銃声。

先を急ぐミサトたちの背後から襲いかかる。

ミサトに押されるようにして、シンジは非常扉に入った。

第7ケイジへつづく非常用エレベーターがある場所。

地上ではアスカが戦っている。さきほどまでは戦自と、そして今は9体の白いエヴァと。

アンビリカブルケーブルが切られ、活動限界が近い。いくら戦い馴れているとはいえ、弐号機1体では荷が重い。

シンジの増援が待たれている。

しかし彼の眼に、いまだ光はもどっていなかった。


異変を感じシンジが後ろを向く。そこには苦痛に顔を歪め、壁によりかかるミサトの姿。

怪我をしている。それもかなり酷い。


「・・・・大丈夫、たいしたこと・・・ないわ」


怯えるシンジをなだめるように言うと、立ち上がりゲートへといざなう。

金網でできた扉にシンジを押しつける、厳しい顔で。

金網を掴む彼女の手には血の痕がある。それが傷の深さを示していた。


「・・・・ここから先はあなた独りよ、すべて独りで決めなさい、だれの助けも無く」


冷たい口調で話す。

エレベーターは一人しか乗れないわけではない。

ミサトが別れを告げようとしている。

それが、シンジにもわかった。





魔女の条件

第5話

Written by かつ丸




やさしい口づけ。

ゆっくりと舌がからめられる。

ミサトとはこれが最初、そして最後になるのか。

悲しいキス。

右手には託された十字架のペンダント。

その固い感触が、シンジを現実につなぎ止める。

一瞬の永遠、そしてミサトがくちびるを離す。名残を惜しむように静かに。


「・・・・帰ってきたら、続きをしましょう・・・」


かすれた声。その時などもうくることなどない。

ミサトがゲートを開き、シンジの身体を押す。

筐体の中に押し込まれたシンジの目の前で、ミサトがゲートを閉じようとしていた。

微笑みながら。



刹那。



「勝手なこと言ってるんじゃないわよ」


その言葉と共に、別の誰かがミサトの身体を抱えた。

そのまま筐体の中に転がり込んで来る。ドアが閉まり、エレベーターは動きだした。


意外ななりゆきに、シンジはただ呆然とするしかなかった。

なにが起こったか分からないミサトが、その顔をあげる。

見慣れた白衣。

「・・・・リツコ!?」

「自分だけいいところ持っていくつもり? あなたは死なないわ、こんな傷じゃね」

憎まれ口を言いながら、リツコがミサトの着ている服を脱がす。

「なんで出てきたのよ・・・・せっかくの見せ場だったのに・・・・」

「ここまで連れてきたんなら、ちゃんと見届けなさい。それがあなたの役目でしょ」

傍らに持っていた治療具を使い止血しながら、リツコが諭すようにミサトに言う。

なにも言わず微笑むと、ミサトはその目を閉じた。

「ミサトさん!!」

黙って二人を見ていたシンジが思わず叫んだ。

「大丈夫、失血のショックで気を失っただけよ」

「・・・・リツコさん、どうして?」

「あら、迷惑だったかしら?」

いたずらっぽく笑うリツコにシンジが戸惑い黙り込む。

ずっと彼女に会いたかったはずなのに、いざ目の前に現れると話す言葉が浮かんでこなかった。

「冗談よ・・・・・さあ、ついたわよ」

その言葉とほとんど同時に筐体の動きが止まり、ドアが開いた。






戦自はすでに撤退したようだ。

ベークライトで固められた初号機。

このままでは搭乗などできはしない。

なすすべもなくずっとそれを見つめている少年に声をかけることもせず、リツコはミサトの治療を続けていた。

深い傷。しかし出血さえ止まれば生命に別状はないだろう。

輸血するのが一番だが、安静にしていれば死ぬことはない。

少なくともこの傷によっては。



ミサトがシンジを庇うことをリツコは予想していた。

ターミナルドグマからここに向かう道すがら、いったん研究室によって治療具を準備したのはそのためだ。

戦自に捕まるようなヘマはしない。ここは彼女の庭なのだから。


ようやく安定したミサトを後にし、リツコはなにもできず佇んでいる少年の所に足を進めた。

シンジがこちらを向く。どこか怯えた顔。


「約束通り・・・・また、会えたわね」

「・・・リツコさん、僕は、僕は・・・・・」

「何も言わなくてもいいわ・・・・」


そう言って黒い髪の少年を抱きしめる。

あの時と変わらない、華奢な身体。


「僕は・・・・・リツコさんに会う資格なんて無いんです。優しくしてもらう資格なんて・・・・カヲルくんを殺して、アスカに酷いことして、そして今度はミサトさんを・・・・みんなを踏みにじって、でも、結局何もできない・・・」

「何も言わないで・・・・」


リツコのくちびるがシンジの口を塞ぎ、そして離れる。


「リツコさん・・・・」

「・・・・あの時言えなかったわね・・・・ありがとう、シンジくん」


シンジの頭を抱えるように再び抱きしめ、リツコはその耳元に囁いた。

少年はただその身を任せている。


「他の人にあなたが何をしたかは知らないわ。・・・・でも、あなたは私を救ってくれた。あの人の呪縛から・・・・・」

「・・・・僕は・・・」

「だから・・・・ありがとう・・・」



『アスカが、アスカが!!』

発令所からマヤの悲鳴が聞こえる。手元のPDAにはエヴァシリーズにさいなまれる弐号機のデータがうつっていた。

カラスのような翼を持つ白いエヴァ達が、活動限界の訪れた弐号機を襲っている。

さきほど殲滅されたはずのものまで復活していた。

S2機関を搭載したそれらは、神に等しい力をもっているのだろう。初号機と同じに。



何の前触れも無く、突然初号機の腕が動いた。

まるでシンジを招くように、ベークライトの海に橋を掛ける。



「ユイさんがよんでるわね・・・・」


何事も無かったように初号機を見ながらリツコが呟いた。

シンジを抱く手を離し、その顔を見つめる。


「行きなさい、シンジくん。そして見てきなさい。あなたの父さんと母さんがやろうとしていたことを」

「リツコさん・・・・」

「私がここで見ていてあげるわ。・・・そこであなたが何をしても、何もできなくても、私があなたを許してあげるから。世界中のだれもがあなたを許さないと言っても・・・・」


優しく微笑む。そしてシンジの右手にあるミサトのペンダントをみつめ、白衣のポケットに手を入れた。

そこから取り出したのは、小さな黒猫の置物。


「これ、預けるわ。あの子のかわりにしようと思ったんだけど・・・しばらく持っていて」

「でも・・・」

「預けるだけよ。必ず持って帰りなさい。そのペンダントと一緒にね」






シンジが乗ると同時に、エントリープラグはエヴァの中に吸い込まれた。

咆哮とともに初号機が動きだす。

ベークライトを砕きながら。

その背中からは羽のような光が伸びる。真の覚醒が始まったのだ。

初号機が起こす嵐を避けるため、リツコはミサトを抱いて身をくぼみに寄せていた。


「・・・・ホントにおいしいとこ持っていったわね・・・」

「起きてたの?」


リツコの腕の中で、ミサトが顔をしかめている。身体はまだ動かないようだ。


「・・・寝てらんないじゃない。あんた司令のとこいったんじゃなかったの?」

「まあね。でもやめたの・・・・どうせなら若いほうがいいもの」

「まったく。人には子供に手を出すななんて言っといて。こんなことならチャンスはいくらでもあったのに・・・」

「ふふ、あなたは家族になることを選んだんでしょ」

「・・・・そうね・・・・でも、どうなるの? これから」

「今は託すしかないわ・・・・シンジくんに」








〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:

「Air」パート終了です。

リツコはケイジで待っているってのもアリだったんですけど、ミサトも助けとこうかなと(^^;
展開について言いたいことある人もいるかと思いますが・・・・(^^;;

次は「まごころ」




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