ゆっくりと初号機の歩を進める。

巻き起こる風のために視界が効かない。

今までのどの出撃とも違う。まるでエヴァにひきずられるような感覚。

制御できる気がしない。

しかし、シンジは行くしかなかった。

手の中にはミサトの十字架、そしてリツコの猫の置物。

彼女達がシンジに伝えようとしたこと、それはいったいなんだったのだろう。


本部の建物を抜け、徐々に風がおさまる。視界が晴れてゆく。

空を見上げるシンジの目に映ったのは、まるで鳥のようにはばたく白いエヴァンゲリオンたち。

弧を描くように飛んでいる。なにかをつかんだまま。


引きちぎられた肉片。飛び出た内臓。

ようやくシンジにも分かった。

それが・・・・・


弐号機のなれのはてだと。





魔女の条件

第6話

Written by かつ丸




リツコの手元のPDAはマギの分析データを表示している。

宇宙より戻ってきたロンギヌスの槍。空中で拘束された初号機。エヴァシリーズが作るセフィロト。

ゼーレによる人類の補完が始まっていた。



S2機関を開放したエヴァシリーズが発するエネルギーは、ジオフロントを掘削するように直撃した。

激しい衝撃波。

周辺に展開していた戦自はひとたまりもなかったろう。

しかし他人のことにかまっていられる状況ではなかった。

端末に写る「LILITH’S EGG」の文字。衛星から送られた映像は、リツコたちが今ここにいる場所の外観をしめしているのだろうか。

黒き月。生命の始まりの場所。

ゼーレは、そこに全てを戻そうというのか。もう一度やり直すために。

シンジの魂とエヴァ初号機を依代に、人為的に起こすサードインパクト。

それでもまだましだと思う。あの男を神にしてしまうよりは。



初号機がここを離れた段階で、リツコはマギに自爆装置の作動命令を出していた。

結果はカスパーによる否決。

やはり母・ナオコは娘には従わなかった。女性としての彼女は、自分の男を選んだのだ。

だが、リツコはどこかでそれを予想していたのかもしれない。

不思議とショックは受けなかった。それはすでに彼女がシンジを選んだからだろうか。


しかし、これでリツコにできることは何もなくなった。



突然、端末に警告表示が現れた。

『Blood Patern BLUE』、使徒を現すその記号は、ターミナルドグマ奥深くから巨大化していく何かを示している。

それがなにか、リツコが考えを巡らす暇も無く、ソレは彼女の前に姿を見せた。

床下からせり出てきた白い塊。


「な、なんなの、これ?」


横で怯えた声を出すミサトに構わず、リツコはなおも大きくなる物体を見つめ続けていた。


「・・・・レイ!?」


そう、それは異形と化した綾波レイの姿。

地下に眠っていた白き巨人に取り込まれたのか、それとも取り込んだのか。

けれどもリツコには解った。

レイもリツコと同じ、シンジを選んだのだということが。


その身を変えても、シンジの元に向かったのだと。


やはり彼女は彼女だ。自らを犠牲にしてでもシンジを守ろうとした純粋な魂の持ち主。

肉体が変わっても何も変わることは無かった。

それに思い至らず、あの男は一人取り残されたのだろう。

最後の最後で破綻したのだ。ゲンドウの計画は。

彼が人類と秤にかけてまで会おうとした女性、その息子の手によって。






「もう、いいのかい?」

シンジにかけられた声は、やさしい響きを持っていた。

思わず顔をあげる。

モニターの向こうに紅い瞳が写る。

先程見た綾波レイではない、そこにいたのはカヲルだった。

白い巨人と化し、シンジに笑顔を向けている。


・・・・・生きていた。


なぜ彼がここにいるのか。そんなことはもうどうでもいい。

慈しむように微笑むカヲルを見た瞬間、シンジの中で張りつめた糸が切れた。

全てを委ねるように目をつぶる。

心の境目が消えていくのがシンジには分かった。自分の形が無くなっていく。

つらかったことも、後悔も、憎しみも、全てが遠くにあった。

カヲルの笑顔だけを意識に残して・・・・・。





やはり傷が痛むようだ。顔色が悪い

ケイジから奥の部屋に移り、リツコはぐったりしているミサトを床に寝かせた。

ジオフロントはシェルターと同じだ。その中にいる限りしばらくは生命維持に支障はない。

たとえ宇宙にいっても。

窓に向かいそこから外を眺める。

ベークライトの残骸だけが残っている、主のいないケイジ。

ここにエヴァが帰ってくることはもうないのだろう。


今、黒い月と化したジオフロントは、成層圏まで到達している。

外ではリリスとそれに同化したエヴァシリーズ、そして世界樹となった初号機。

ゼーレの望み通り、全ての生命が一つになろうとしている。

サードインパクト。

世界の終わり。



レイはゲンドウではなくシンジを選んだ。彼を神とすることを。

全ての生命の母たるリリス、その意思を委ねることで。

まだ14才、成長過程にある未熟な自我しか持っていない少年が世界の帰趨を決める。

母や父の愛を知らぬ、強制された闘いで傷つけられ、歪んだ生き方を強いられてきた少年が。


しかしリツコはシンジを信じていた。


決して他人を傷つけようとはしないその優しさを。

自らを貶めることを厭わないその強さを。


単に弱いだけなのかもしれない。臆病なだけ、痛みを恐れているだけかもしれない。


だが彼の心には光が満ちていた。

触れあったあの時、確かにそれが感じられた。

だからあんなにも心地よかったのだ。


どこかが欠けている、しかし彼の本性は清い。哀しいほどに。

自分の思うままの世界など、彼は望みはしないだろう。


きっとここに帰ってくる。そう約束したのだから。






リリスの発するアンチATフィールド、全ての人々が持つ心の壁を取り去る力。

薄まりゆくシンジの自我に呼応するように、それが大きくなっていく。

リツコが、そして発令塔にいる冬月達が見守る中、リリスは、いや、レイはその力の全てを開放した。

ガフの部屋が開き、全ての魂が呼ばれる。

世界が哀しみと、孤独と、虚しさで満ちていく。

それはシンジの心。

人々を誘うように、無数のレイたちが世界に溢れた。

魂を導くために。






「ミサト?」

異変を感じ振り返ると、そこには既にミサトの姿は無かった。

着ていた服だけが残り、そこからはオレンジ色の液体が流れている。

ATフィールドが消え、生命の形を維持できなくなったのだ。

しかし先程後ろから聞こえたミサトの声。

はっきりとは聞き取れなかったが、誰かを呼んでいた、そして、決して恐れてはいなかった。

歓びに溢れていた。

そんな気がする。


あたりを見渡す。

他に人の姿はない。

物質化したアンチATフィールドが、彼女の心の垣根を取り払う時に幻を見せたのだろうか。

逡巡するリツコの前に、一人の少女が現れた。


綾波レイ。


静かな瞳でこちらを見つめている。

ここにいるはずがない存在。しかしリツコには分かっていた、彼女はシシャなのだと。

リリスの元へと誘うもの。

そしてシンジの元へ。



見つめ返すリツコの前で、レイが徐々に姿を変える、リツコがよく知る人の姿に。

思わずリツコは微笑んだ。


シンジの優しさに。


その人が最も求める人を御使いとして、心の壁を解きはなっていく。

本来、強引な作業なのだ。自分が無くなることに恐怖を感じる者のほうが多いだろう。

だから、これもシンジの心の現れ、それにレイが応えた結果。

世界の運命が決まったのなら、できるだけ多くの人が、幸せな気持ちで旅立てるように。


ゆっくりと歩み寄り自分を抱きしめたその人を抱き返しながら、リツコはその名を呼んだ。

LCLになる、ほんの瞬き一つ前に。

邪気も恐怖のかけらも無い、澄みきった笑顔で。



「・・・・母さん」








〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:


おお、ミサトがおざなりだ(笑)

この展開でマヤや日向のとこに誰が来たかなんて訊かないでね(^^;;
でも冬月のとこにはユイさんが来たんだから、別に死人しか来ないわけでもないでしょうけどね。

次が最終話です。たぶん。



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