オレンジ色に染まった世界。

誰もいない、他人も、そして自分も。

ゼロではない、溶け合うようにして皆が存在している。

境目が無いだけ。

ここでは傷つけることも、傷つけられることも無い。

おだやかな世界。


いつからここにいるのか。どうしてここにいるのか。

シンジには分からなかった。


覚えているのは白い巨人と化したレイの姿、そしてカヲルの笑顔。

そこからは断片化した記憶しかない。


公園で一人取り残された自分。

砂場で作った城。それはジオフロントの形をしていた。

鬱憤を晴らすように泣きながらそれを壊す。


狭いアパートで抱き合う加持とミサト。

じゃれあうように絡み合う肢体。


暗い部屋でゲンドウに組み敷かれるリツコ。

抵抗しながらも、その顔は悦びに震えている。

その両手はいつしかゲンドウの背にまわされ、激しくかき抱く。


リビングルーム、激しくこちらをなじってくるアスカ。

倒れたコーヒーメーカー。床に広がる黒い液体。

さげすむ様に見おろす青い瞳。

耐えきれず彼女の首を締める。




どこまでが本当のことで、どこからがまぼろしだったのだろうか。

知りたくない他人の姿。見たくない自分の心。

逃げ出したかった、そこから。



だからここにいるのだろうか。



シンジが今いる世界は、とても静かだった。




けれども、わからない。


これが現実なのか、それとも夢の中にいるのか。



ここにいてもいいのか。




魔女の条件

最終話

Written by かつ丸




自らのコアを、その手に持つ槍で刺したエヴァシリーズ達。

地表を埋める赤い色の液体と光の十字架。

リリスが両手で抱える黒き月に集まるのは人々の魂だろうか。

もはやそれを確かめる者はどこにもいない。


世界の終わり。


それとも始まり。



15年前から、いや、何千年も前から、この日が来るのは定められていたのだ。


人類という種の最期の時が。


母なる存在、リリスへの回帰という形で。




まるで慈しむように黒き月を抱きながら、うっすらとした微笑みを浮かべる白い巨人。


その身に世界樹と化したエヴァンゲリオン初号機を取り込み、神を具現化した存在。


かつて綾波レイと呼ばれていたヒト。


ソレはいったい何を見ているのだろう。


その紅い瞳で。





「これは違う、違うと思う」

オレンジ色の世界。レイと一つに溶け合いながらシンジは答えた。

十字架と猫の置物が彼の周りで浮かんでいる。

シンジにそれを託した女性たちも、今はすぐ近くに感じられる。溶け合っている事がわかる。

そして目の前の少女。彼女は生きていた。いや、何も変わってなどいなかったのだ。

全てを許すかのように、シンジを受け入れてくれる。

ここちよい感覚。

だが自分も他人もない世界に、何の意味があるというのだろう。

だから断ち切らねばならない。

もう一度、自分と、自分のいたあの世界を取り戻すために。





異変が起こった。

リリスのその白い身体から、まるで血のような紅い液体が吹き上がる。

眼を見開き笑った表情のまま、ゆっくりとその身が傾いた。

羽を広げたまま、地表に倒れていく。

無数の十字架がきらめく赤い海の中に。

その紅い瞳が内部から破られ、中から出てきたのは・・・・・エヴァンゲリオン初号機。

既に世界樹の姿ではない。その手には槍が握られている。

初号機は宙に浮かび大きな咆哮をあげた。己の存在を主張するかのように。

リリスに呼応するように金色の翼を広げる。

12枚の翼を。


それが合図だったのだろうか。


黒き月が弾け、魂たちが解放される。

リリスの身体が崩れ、腕が取れ、その首がもげる。

しかし最期までその顔は笑っていた。







意識が形作られていく。

今まで感じられなかった、自分という存在、それが漠然と自覚できる。

オレンジ色の世界の中で、リツコは月を見ていた。

「・・・・ここは?」

おもわず言葉に出す。

いらえは無い。しかし自分が発した声は確かに聞こえた。

聞こえたような気がした。

両手を掲げる。そこには確かに二本の手。視線を移せば生まれたままの姿の自分。

ここにいるのは自分。赤木リツコという存在。

あたりまえのはずのそれが、今のリツコには信じられなかった。

そう、先程までは違った。彼女は赤木リツコであり、葛城ミサトであり、伊吹マヤであり、冬月コウゾウであり、見知らぬ誰かであり、そしてその誰でも無かった。

溶け合った心。失った境目。しかしそれは心地よかったような気がする。


だからわからないのは、何故、今、自分がいるのか。


ただ、喪失感がある。

さっきまでいた誰かがいない。よく知っている人。自分が求めた人。

ゲンドウではない。彼は最初からここには来なかった。

母でも無い。彼女はずっとリツコのそばにいた。死者はどこにもいかないのだ。ただイメージとしてあるだけ。

では誰だろう。


いや、答えは分かっていた。


リツコの瞳に写る一人の少女。

立ち上がり遠くを見ている。蒼い髪を揺らしながら。

こちらを向く。目が合う。その紅い瞳はどこか哀しそうだった。

彼女がそんな顔をする理由は一つしかない。

行ってしまったのだ。シンジが。

彼がいないせいでこんなにもこの世界が空虚なのだ。

自分にとっても、そして彼女にとっても。


「・・・・それでいいの? レイ?」


リツコのその問いかけにレイは一瞬躊躇し、そして頷いた。

遠慮しているのだろう、その存在の異常さ故に。ヒトでないということに。

思わず苦笑する。

5年間育てた娘。もう憎しみは無かった。


「私は行くけど・・・・・あなたも、帰ってらっしゃい。待ってるから」


微笑み掛ける。彼女に笑顔を見せたのはいつ以来だろう。

しかし、確かにリツコは見た。とまどうように頷き、微笑み返すレイの顔を。

初めての笑顔を。







「みんな、どうしたんだろう」


砂浜にうずくまるように座る。

視線の先には半分に割れた巨大なレイの顔。

それを眺めるシンジに、もはや彼女への恐怖は無かった。現実感が無いだけかもしれないが。

確かにあの時わかりあえた。綾波レイという存在と。本当の彼女と。

だからもう怖くはない。


あのオレンジ色の世界から帰ってきて、どれくらいの時間が経ったのだろう。

傍らには横たわるアスカ。赤いプラグスーツを着ている。

シンジが帰ってきて少ししてから、海に漂うエントリープラグを見つけたのだ。

彼女はあの世界にいただろうか? シンジには分からなかった。

プラグから出した時、右手と顔に怪我をしていた。包帯を巻いたのはシンジだ。

アスカは全く反応しなかった。生きてはいる。目も開いている。

しかしシンジを見ようとも、何も話そうともしなかった。

その後もずっと。

だから二人でいても一人でいるのと同じ。

シンジはただ海を見ていた。


『自らの力で自分自身をイメージできれば、誰もがヒトの形に戻れるわ』


別れ際の、レイの言葉を胸に抱いて。

彼が求めた人たちと、また会えることを信じて。







海。水面に浮いている自分にリツコは気づいた。

帰ってきたのだ。

背後には巨大なレイの顔。そして遠くには砂浜。

人影が見える。


穏やかな波。水温も低くはない。遠浅のためか、しばらく泳ぐとすぐに足が地面についた。

ゆっくりと歩く。

豆粒のようだった人影が徐々に大きくなる。


一人は黒い髪の少年。しゃがみこんでこちらを見ている。

碇シンジ。やはり彼は帰っていた。

その隣に横たわる赤いプラグスーツの少女。アスカだ。

彼女がそこにいるのは少し意外だった。

エヴァシリーズにやられても、死んではいなかったということか。

エントリープラグさえ無事なら、そうであってもおかしくはない。



気配を感じ視線を移す。

斜め前にリツコと同じように歩む女性の姿。

ミサト。

彼女も帰ってきたのだ。

シンジとアスカ。彼女の偽りの家族の元に。

いや、もはやそれは偽りではないのかもしれない。


後ろを向く。自分たちだけではない。

マヤがいる。日向がいる。他にも何人かが波間に浮かんでいるのが見える。

呼ばれたから?

いや、みんな会いたかったのだ、もう一度。

それはシンジにかもしれない、アスカにかもしれない、ミサトやリツコにかもしれない。

あそこにはもういない人がここにいるから。

だからこの世界を選んだ。

お互いに別の存在として言葉を交わすために。

たとえこれから傷つけあうと知っていたとしても。



ようやく砂浜に上がる。

白衣は脱ぎ捨てていたたが、洋服が濡れて重くなっている。

見渡せば十字架のように林立するエヴァシリーズ。


廃墟の街。


これから生きていくのはつらいことが多いだろう。

帰って来ない人もきっと多い。

あの世界にいればずっとやすらかな気持ちのままでいられたのだろう。

たとえ自分も他人もいなくても。

しかし生きていること。赤木リツコという存在として生きていること。それがとても嬉しかった。


ゆっくりと少年のいる場所に近づく。

ミサトは辺りを見てまだ呆然としている。自分ほど事態を把握できてはいないのだろう。

アスカは何の反応も見せない。怪我をしているようだ。


シンジは・・・・・


そう、彼はどこか怯えたような顔でこちらを見ていた。

そして窺うような表情で。

変わり果てた世界の様子に驚いているのだろう。

これからどうしたらいいかわからないのかもしれない。

以前のままのシンジだ。人の顔色を気にしているだけの臆病な子供。人はそう簡単に変わったりはしない。


彼が求めているのは自分だけではないのだろう。ミサトか、ゲンドウか、それともやはりあの蒼い髪の少女だろうか。

だが、それも今はどうでも良かった。

彼が最後にこの世界を選んだことに、人が人として生きるこの世界を選んだことに、とても満足していたから。



だから、明るい声でリツコは言った。

少年の黒い瞳、その奥の光に届くように。





「よくやったわ、シンジくん」










〜fin〜









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katu@osaka.104.net



解説:


以上、「魔女の条件」完結です。
23話後半分岐でEOEの最後まで短い話で進めたため、分かりにくいところがありましたら、申し訳ありません。

リツコとシンジのぬちゃぬちゃした話が読みたかった人にはナニですが、まあ自分的にはラストは気に入ってます。(自画自賛(^^;;)

実はシンレイっぽくなってるし(^^;;
一応約束ごとのもう一つにレイに喋らせないってのもあったんですけどね。アスカは当然として(笑)


皆さまからの感想、質問、苦情等お待ちしてます。
シンジ×リツコは多分もう書かないと思いますが、もっと絡みが読みたいという希望がありましたらシチュエーション込みでご要望下さい(爆)

需要があるのか無いのか最後までわかんなかったですわ。(^^;



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