見えない明日で

第3話

Written by かつ丸





白い部屋。

二人だけの病室。

医師や看護婦には近づかないように言ってある。当然モニターもされてはいない。
ミサトあたりがふざけて怪しいなどと冗談でもいいそうな状況だ。
別におかしな雰囲気になるはずもないが。

相手はまだ子供なのだから。


けれどリツコは緊張していた。目の前の少年の存在に。

ベッドの傍らの丸いすに座る。シンジを見据えたまま。
彼はさきほどから押し黙っていた。言葉を捜しているのかもしれない。


「サードインパクト……そう言ったわね、あなた」


促すように、リツコはくちびるを開いた。
沈黙に耐えられなかった、それが本音だった。


「……はい」

「どういうこと? またどこかに隕石が落ちたの?」


南極に落ちた隕石によりセカンドインパクトは起こった、一般にはそう説明されている。
今もほとんどの者はそれを信じている。
真実を知る者はごくわずかだ。
彼の頭の中の「未来」ではどうなのだろうか?

リツコを見たまま、シンジは首を振った。


「それじゃあどうして?」


アダム、または使徒、委員会の息がかかっているとすればそう答えるだろう。
もしくはリリス、それとも「補完計画」によってと。
もっと突飛な答えならば、ただの妄想だと笑い飛ばせばそれですむ。

ゲンドウの息子は少し想像力が豊かだった、それだけのことだ。

しかしシンジはくちびるを噛んでいた、答えることを怖れるように。


「どうしたの? それとも原因は知らない、とか?」

「……どうして起こったのかは、よくわかりません」


含みのある言葉。別にリツコを試しているつもりはないのだろう。
嘘をつかないように慎重に答える、おそらくそう考えているだけだ。


「…それで? あなたが知っているのは何? 理由? それとも……」

「あれを起こしたものが何かは……たぶん…知っています」

「起こしたものを?」


いつしかシンジの顔は歪んでいた。
もしかしたら泣いているのかもしれない。

「はい……」

「それは何?」

少年の妄想、それとも黒幕の陰謀。
回答によってそれはわかる。


けれどシンジが涙を流しながら答えた言葉は、リツコの想像を越えていた。














「サードインパクトを起こしたのは………綾波なんです」














時間が止まっていた。





世界が足元から崩れていくのが、リツコには分かった。




真っ白になった頭、自分の名前すら一瞬見失ったような感覚。
口を半ばあけたまま、リツコは目を見開いてシンジを見ていた。


この子は、今、何と言ったのか?



「……綾波……レイ?」

「……………はい」

「レイが………サードインパクトを?」

「……………はい」



何を言っているのか、そう笑い飛ばすのが本当だろう。

ふざけるのではない、と。

ファーストチルドレン、綾波レイ。
蒼い髪と紅い瞳の異形とはいえ、はたから見た彼女は華奢な中学生でしかない。

この少年は見たはずだ。
血に染まった包帯を身体中に巻き、ベッドの上で苦悶するレイの姿を。

冗談のたねにするような相手ではない。

馬鹿にするなと、ミサトなら平手打ちでも食らわせているところだ。



けれどリツコのひざは震えていた。




「あなたは………何を知っているの?」



綾波レイ。



人類の母、リリスの魂を宿す少女。



彼女が真の力に覚醒したならば、確かに起こすことができる。


サードインパクトを。


だがそのことを知っている存在は3人しかいない。

ネルフ総司令のゲンドウと副司令の冬月、そして自分しか。
レイ本人さえも知らない、教えてはいない。

委員会にも知らせていないのだ。いや、知られてはいけないのだ、誰にも。

彼女は「鍵」であり、そして「切り札」でもある。
補完計画を完全にコントロールする、そのために不可欠な「道具」。

いずれロンギヌスの槍がこの街に運ばれてくる。
そして襲い掛かる使徒を全て滅ぼした時、地下に眠るリリスを用いて補完計画は発動されると決まっている。委員会がそう決めた。
ゲンドウの思惑はそれとは違うのだろう。
彼自ら提唱した計画のはずだが、自身の手で止めることを考えているのかもしれない。

だから彼は「レイ」を造った。
失われた妻に模して。
リリスを制御するために。


そのことをゲンドウがシンジに話したのか?
自分の息子には話していたのか?

そんなことがあるはずもない。


漏れれば身の破滅なのだ。
ゲンドウはもとより冬月も口外はしていないだろう。
当然自分も誰にも話してはいない。話せるものではない。


ならば、なぜこの少年は知っているのか?

昨年から本部施設を離れ一人で暮らしているレイを見て、誰かが彼女の正体に気づいた?
そんなことが可能なのはそれこそ神か悪魔だけだ。

それともやはり補完委員会か、彼らが試しているのだろうか。
シンジを使って、自分達を。


「どうして………」

「だから……僕は……見たんです。白いエヴァ達に捕まって連れて行かれた空の上で、初号機の中で……巨大な……巨大な綾波が…僕に向かって微笑むのを」


流れつづける涙をぬぐい、シンジは言葉を続けた。
話の中身はすでにリツコの理解の範囲を超えている。

「綾波が創ったオレンジ色の世界が、僕が望んだという誰もいない世界が、最後にいきついたところだったんです。……僕が滅ぼしたんです………人類を」


一度うつむき、またシンジは顔をあげた。
赤く充血した目のまま。


「みんないなくなればいいと、僕が望んでしまったから……みんな……溶けてしまったんです。…あの、赤い海の中に……」



人類を滅ぼした。


この少年が。


それが彼が経験したサードインパクトだというのか。


妄想と言うにはあまりに突拍子もない。
記憶を操作されている?
はたしてそれで説明がつくのか?


言うべきことをすべて言ったからか、くちびるを閉じてシンジはこちらを見ている。
真摯な視線。そこにはひとかけらの嘘もない。
ただ、こちらの反応を伺っている。

彼はリツコにすがっているのかもしれない。

世界中の生命を奪った殺人者、じぶんのことを本気でそう思っているならば、誰かにすがらねば耐えられないだろう。
普通の人間ならば。


答える言葉が見つからない。


慰め?

疑問?

同意?

拒絶?


彼の言葉を信じてなどいない。
何者かの陰謀、そう考えている。

時間をさかのぼることなどありえない。
今自分が生きている時間以外の世界の存在など認められない。


けれど否定の言葉すらも、リツコの口からは出てきはしなかった。


それは、怖れていたからだ。


シンジの言葉が真実であることを。


分かっていたからだ。


彼の言うことを認めさえすれば、すべてにつじつまがつくということが。







「……やっぱり……信じてはもらえませんね」


何も言わないリツコに、自分が疑われていると気づいたのだろう。
落胆したように、それとも、安心したように、シンジは小さなため息をついた。



「ごめんなさい……でも……あまりにも判断材料がとぼしいわ。あなたの言葉が真実だと確信するには」


逃げている、自分でもそう感じる。
けれどリツコは待っていた。シンジがどう答えるのか。


「判断材料……ですか?」

「ええ……未来から来たという言葉が本当なら、これから起こることも知っているんでしょう? だれも予見できないようなことを」


ありえないことだ。
だから試せばいい。
人為的におこなえる事件ならば、その動きは張っていればつかめる。



リツコの心を見透かしたのだろうか。視線を外して、つぶやくようにシンジが言った。


「……三週間後、です」

「…何が起こるの?」


得体の知れない予感を感じ、促すようにリツコは尋ねた。
少し声が震えていたかもしれない。

顔をあげ、シンジが答える。
もう泣いてはいない。その黒い瞳に揺らぎはなかった。



「次の使徒が来ます。 光のムチを持つ使徒が……」












そして三週間の後、それは真実となった。

 







〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:

ドラクエクリア記念、というわけでもないんだけど、第3話です。

これくらいのペースがちょうどいいかな

だんだん難しくなるし

リツコ主役だから、学校シーンはあまりでてこないと思います。
リツコが教師として乗り込む展開とかにでもなったら別ですが。




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