見えない明日で

第5話

Written by かつ丸





いつものように、一人きりの研究室。
何をするでもなく、リツコは机の前に座っていた。

開かれた端末の画面には、今日の戦闘のデータが写っている。他にはメール着信の合図、これはマヤからだ。何かの問い合わせだろう。

地上では使徒の回収作業が行われているはずだ。前回とは違い爆発せずにほぼ原型のまま残っている。
研究材料としては完璧といえるだろう。
これから今までにもまして忙しくなるはずだ。

どうしてあのようにコアだけを狙う倒し方をしたのか。他にも方法はあったはずだ、あれだけの動きを見せる初号機なら。
最初の使徒戦の時はナイフも使わずに使徒を引き裂いたのだから。

シンジは言っていた、あえて前回と同じにしたと。彼の知る「未来」でも、使徒のサンプルが、同じこの戦いで得ることができたそうだ。
結果もわからずに大きく「歴史」を変える勇気が、持てなかったからだと。
それがよかったのか悪かったのか、彼には分からなかったようだが。


彼の話を聞いた後、リツコは訊ねた。どうしても腑に落ちなかったことを。

なぜ、シンジはリツコに「未来」のことを話したのか。

ミサトにも、ゲンドウにも話そうとはしないのに。


『…………もし、リツコさんが父さんに話して、そして父さんが僕を殺すなら、別にそれでもいいんです。殺されなくても初号機から降ろされて先生のところに戻された方が、僕はきっとほっとするでしょう。しょうがないんだって』

寂しそうにシンジは言っていた。

『……でも、ここにいて未来を変えるのは僕一人では無理だから、それにミサトさんや加持さんも真実とは遠いところにいるから……だから、リツコさんに話しました。リツコさんなら、きっと僕を助けてくれるって、サードインパクトを、世界の終わりを望みはしないだろうって、そう思ったから』


買いかぶられたものだ、なぜだかそう思った。

世界が終わることなど、確かに自分は望んではいない。
まだ死にたくはない、それは確かだ。

だがゲンドウが本当に望むものがなんなのかはっきりと分からない以上、それに反するかもしれないシンジに、簡単に協力するわけにもいかない。


隠された委員会の計画そのままにゲンドウが世界の終わりを望んでいるならば、自分はそれに従うのだろうか?

今の自分ならば、「Yes」と答えるだろう。彼と共に終わるのならば、それも悪くはない。

けれど、サードインパクトの果てにゲンドウがしようとしていることは、本当にそんなことなのだろうか。











「零号機の修理が完了しました」

「そうか、では早急にレイの起動実験の準備をしろ」

「暴走事故の原因はわかっていないのだろう? だいじょうぶなのか」

「初号機の起動データがある。少しは改善されるはずだ。どのみちいつまでも引き伸ばすわけにはいかんさ。使徒が来ているのだからな」


司令室、椅子に座るゲンドウと傍らに立つ冬月、そして彼らと向かい合っている自分。
いつもの進捗報告、この施設で母ナオコの後をついでから、何度も繰り返されてきた光景だ。

第4使徒の来襲から十数日が過ぎていた。
まだ、シンジのことはゲンドウには報告してはいない。

言えばゲンドウはどうするだろう。
シンジを殺す? いくらなんでもそこまで非情ではないと思う。
けれど自白剤くらいは使うかもしれない。シンジが何を知っていて何を知らないのか、そのすべてをつきとめずにはいられないだろう。

その誘惑はリツコも確かに持っていたが。

それゆえに、ゲンドウには話せなかった。

怖れているのかもしれない。
シンジが話すことが「真実」であることを。
信じているわけではない、そのはずなのに。


「それから……使徒の分析ですが、やはり思わしい結果はでていません」

「解析不能は予想されていたことだ。あとはドイツに任せればいい」

「かわりにアダムを送らせるのか」

「もともと弐号機の任務はアダムの護衛だ。弐号機をこちらに移す以上、当然アダムもついてくる。……ドイツの連中には、使徒が代わりのおもちゃになるだろう」

「………それでは、私はこれで」

「ああ、ご苦労だった」


S2機関が搭載された完全な使徒が手に入ったのだ。このデータはきっと今後作られる予定のエヴァにフィードバックされていくだろう。
シンジを襲ったという翼持つ白いエヴァたち、それをつくることも可能になるかもしれない。

結果としてシンジは選択を誤ったのだろうか
使徒を完全に破壊してさえいれば、全ては止められた可能性もある。

知っていればそうしただろう。

彼の知識は確かに完璧なものではない。
パイロットが知りえない情報は知らない。そういう意味では首尾一貫している。

だから白いエヴァを操っていた者たちの正体も、彼は知らないのだ。
ゲンドウならば分かるのかもしれないが。
もちろん相談することなどできはしない。

それにその組織が分かったとしても、リツコにもどうすることもできない。

今は、成り行きに任せるしかないのだ。
シンジのことも、これからのことも。
彼を切り捨てる、それとも全面的に協力する、どちらの選択もまだ時期尚早だと思う。

いずれ結論を下さなければならない時が来る。それまでは多くの情報を持つシンジを取り込んでおく、それがきっとずるい大人のやり方なのだろう。












「エヴァと通常兵器の連携?」

「ええ、そのための迎撃施設でしょう。シンジくんも使えることがわかったんだし、より高度な戦術を考えていくのが、あなたの仕事なんじゃないの?」


久しぶりに訪れたミサトの家、相変わらず散らかっている。ごみに埋もれている、そう言ったほうが正確だろう。
それでもリビングに置かれたテーブルに向かい合って座る。
彼女の料理は正直食べる気はしないが、缶ビールを空けながら話をするのは楽しい。リツコにとって数少ない気が置けない相手だ。
仕事の話でも、そうでなくても。


「……そうね、実際今までは手探りだったんだけど。でも使徒のほうに一貫性がないんじゃあ、作戦もなかなか難しいわよ」

「最初が光の槍と怪光線、次が光のムチ。……武器だけならエヴァよりも上かもしれないわね」

「先が思いやられるわ。だいたい武器開発はあんたの仕事でしょ? なにかないの? ガーンと強力なやつは」

「一応ポジトロンライフルくらいかしら、使えそうなのは」

「陽子砲? 戦自で研究してるアレ? あんなものをエヴァが操作できるの?」

「あれの簡易版よ。組み上げたばかりで試射もまだだけどね」

「なんだ、使えなきゃしょうがないじゃない。レイもどこまで戦力になるかわかんないし」

「だからよ。確実なものを積み上げていくことが基本でしょう?」


シンジから次の使徒のことは聞いている。
今までの使徒とは似ても似つかない、青い8面体の無機的な物体、そう言っていた。
ATフィールドすら貫く光線を放ち、一度は破れたと。
それに対抗してネルフは戦自のポジトロンライフルを用い、レイの乗る零号機を盾にして初号機が使徒を撃ったと。

その作戦では、ミサトが日本中の電力を徴用したということだ。本当にやりそうで怖い。
実際ネルフの持つ権力なら難しくはないはずだ。

シンジの言う段取りを踏めば、おそらく勝てるのだろう。
けれどたとえ結果が分かっている戦いでも、初号機の装甲を融解させたというその光線に無防備で対抗するのは危険すぎる。

シンジの言う「未来」では助かったのかもしれない。けれど実際にどうなるのかなど分かりはしない。
当たり所が悪ければそれで終わりなのだから。


使徒の能力がわかっている以上、より確実な方策をとるべきだろう。


いや、本当は違う。
シンジが話した「未来」の作戦、その手段をとりたくない、とってはいけない、その予感がリツコにはあった。

理由はよくわからない。
言葉には言い表せない、黒いしみのような不安、それを拭い去ることができなかった。


だから今日この部屋に来たのだ。
技術部長ではなく、友人として話をするために。

作戦自体はミサトの仕事だが、彼女がリツコが考えるような作戦を立案するように仕向けることは、そう難しくはない。
人の意見を聞かないほど頑固ではなく、充分に聡明な精神を持っている。納得さえすれば受け入れるだろう。自分が決めたとそう思っている限り、ミサトの自信や立場が失われることはないはずだ。


「それで? 具体的にはどんな策があるの?」

「……エヴァにあって通常兵器に無いもの。それが何かはわかるわよね」

「…ATフィールド、でしょ。使徒とエヴァだけがもつ絶対領域」

「そう、エヴァだけが使徒のATフィールドを無力化できる。…逆にいえばその時は通常兵器でも使徒に対抗できるわけよ。プログナイフにしてもエヴァが持つ銃弾にしてもそうなんだから」

「なるほどね。…つまりエヴァの本来的な役目は使徒の無力化ってことか。これで兵装ビルも少しは役に立つかもしれないわね」


さすがは軍人だ。ミサトの理解は早かった。
それに彼女の直接指揮が可能な兵器群を用いることが気に入ったのだろう。すでに頭の中ではシミュレートをおこなっているようだ。


「弐号機が来て3機のエヴァが稼動するようになれば、逆に邪魔かもしれないけどね」

「……その時はその時よ。とりあえずシンジくんにはビルの配置をきっちりと頭に入れてもらわないといけないわね。あの子、覚えが早くてカンもいいから、多分大丈夫だと思うけど」

「私はエヴァの防御力をあげる方法を考えるわ。攻撃を考えないでいいかわりに、使徒に近づかないと意味が無いでしょうから」

「そうね。頼りにしてるわよ」


そう言って笑うミサトの顔は、とても無邪気に見えた。
それがまぶしく思えて、リツコは思わず目をそらした。視界に自分のハンドバッグが入る。
その時思い出した、そこに入っているものに。バッグの口を開き、取り出す。


「何それ?」

「IDカードよ。…レイの」

無表情な蒼い髪の少女が、そこには写っている。

システム変更に伴い、カードの書き換えが行なわれていた。
実験の時にレイに渡そうと思っていて渡せなかったものだ。
明日から彼女はこれがないと施設には入れない。


「……届けないといけないわね」


シンジにそれを頼んだら、彼はどう答えるだろうか。
そう考える自分はきっと悪趣味なのだろうと、リツコはかすかに笑った。

 







〜つづく〜









かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net



解説:


久しぶりです。
いかな不定期連載とはいえ、本編再話でこのペースだといつ終わるかわかんないな。
もう少し早くしないといけませんね。

今回始めてゲンドウたちがでてきました、チョイ役ですが。
次回はレイがでてくるでしょう、たぶん。







自作エヴァSSインデックスへ

トップページへ