見えない明日で

第8話

Written by かつ丸






「なに考えてるの、あんた」

「………それはこっちのセリフよ」


本部内の一室で、リツコはミサトと対峙していた。他に人はいない。
現場と後方、それぞれの責任者である二人が言い争うさまを部下たちに見せるのは好ましくない、そう思ったリツコの配慮だ。
少し頭に血が上った様子のミサトは構わずに文句をいいたそうだったが。

結局、なすすべなく初号機は退避した。

使徒になんら反撃をすることもできずに。

シンジの悲鳴に動揺し、ミサトが即座に指示したのだ。射出口からすぐに引き戻せと。
それを一旦リツコが押しとどめた、その結果がこの現状だ。

ミサトはリツコを睨みつけている。
対する自分はきっと冷たい目をしているだろう。


「あのままじゃシンジくんは死んでいたわ。初号機の装甲は融解してたんでしょう?」

「…完全に溶けてはいないわ、せいぜい半解ね。あと5秒はもったはずなのよ」

「たった5秒しかなかったんじゃないの!!」

「その前にたっぷり10秒は無駄にしてるでしょう。私の言いたいことがわからないの? 何のために、わざわざ使徒の近くから出したのよ」


使徒からの砲撃があってから初号機退避までの時間、それこそが最大のチャンスだったはずなのだ。

砲撃を受けながらもシンジはATフィールドを最大規模で展開していた。
あの瞬間、使徒の持つ障壁は中和されていたのだ。
通常兵器による使徒攻撃プランは、そのためにたてていたのではないのか。


「そんな……あの状況でシンジくんを見捨てるような真似ができるわけないじゃないの」

「………そう。まあいいわ、ここで言い争っている場合じゃないでしょうし」


ミサトの言葉は軍人のものではない。
我々の目的は何か、それを忘れている。
だが、それを科学者の自分が言えば彼女を傷つけることにしかならないだろう。

使徒は今本部に向かって巨大ドリルで装甲板を穿孔している。
その持つ兵器の威力からすればいかにも迂遠な方策のように思えるが、あと十数時間の猶予があたえられたことは僥倖といえる。

まだチャンスはある、しなければならないことも。こうしていても何の解決にもなりはしない。
それはミサトにもわかっているはずだ。


「……もっと遠距離から出しておけばよかったのかしら。初号機のATフィールドが中和されていなければ防げたかもしれない」

「どうかしらね、あれだけのエネルギーを一点に浴びせられたらさすがに難しいと思うわ。万能ではないもの。現に過去の使徒にはN2爆弾が一部有効だったし」


シンジの「経験」ではATフィールドは意味をなさなかったと言っていた。
いかに強力な壁でも次元断層でもない限り力によってそれを突破することは可能だ。でなければ日本中の電力を用いての陽子砲による狙撃などというアイデアはでないだろう。

まだミサトからその作戦を提案されてはいない。彼女の頭の中でそれは形になっているのだろうか、だが隣接戦闘が不可能ならばいずれそこにいきつくはずだ。
決して彼女は無能ではないのだから。

案の定、リツコの言葉にミサトは目を光らせた。


「……つまり逆もまた可能ってことよね。高出力のエネルギーをぶつければ、あの使徒のATフィールドを突破できるかもしれない」

「理屈の上ではね。でも敵はここの真上にいるわ。N2爆弾はいくらなんでも使えないわよ。……それに……」


戦自のポジトロンライフル、そこにミサトの思考を誘導すれば、シンジが言ったとおりの作戦になるのだろう。


「……なに?」

「あの使徒の性能は長距離射撃に特化されているわ。そしてエヴァは近接戦闘を目的で作られている。対抗するのにどんな兵器を使うにしてもこちらは付け焼刃にならざるをえないでしょうね」

「…ある程度の無理はしょうがないじゃない」

「最初のプラン、まだ破られたわけじゃないわ。ATフィールドに頼らない戦闘ならエヴァを使う必要は無い、そうじゃなくて?」

「……最初のって……あんなことがあった後なのに……」


高エネルギーによる突破にしても、エヴァによる中和にしても、求めるところは同じだ。
使徒の持つATフィールドを無力化する、それをしなくて使徒を倒すことはできない。


「初号機の換装は今進めているわ。必要なら零号機を出してもいい、今度は司令も拒否しないはずよ」

「危険すぎない? あの使徒の射程外から攻撃するとか、もっと安全な作戦も……」


ミサトの顔は青ざめている。
先ほど聞いたシンジの叫び声が耳に残っているのかもしれない。
子供たちを死地に向かわせている、そのことを今さらに実感したのだろうか。

そんなことは、はじめから分かっていたはずなのに。


「……使徒の射程もあくまで想定上のものよ、あの砲撃の威力はおそらく10キロやそこらじゃ変化しないわ。それに……安全な戦争なんてあるのかしら? ねえ、葛城一尉?」

「………わかったわ。早急に作戦計画を立案します」


やや紅潮した頬で、それでも軍人の瞳を取り戻してミサトは言った。
きっとリツコのことを怒っている、しょうがないだろう。


「じゃあ、私は行くわ。ケイジにいるから…」


ここから先はミサトの仕事だ。
これ以上彼女のプライドを傷つけてはいけない。相手がリツコでなければ、すでに殴られていてもおかしくはない。


「………リツコ」

「なに?」


ドアのノブに手をかけたまま、ミサトを見た。


「…………装甲、可能な限り厚くしてあげてね」

「…分かってるわ」



リツコが微笑む、それは何に向かってのものだったのだろうか。
















「これから作戦の説明をします」


ミサトの声が部屋に響いた。

制服姿のレイとガウンを着たシンジがその前に立っている。
少し離れたところで、リツコはそれを見ていた。

初号機胸部の装甲を事前に強化していたせいだろう。使徒からの攻撃により大きな負荷はかかっていたようだが、シンジはすでに回復していた。
彼が気を失ったのは救出されてからだ。攻撃を受けている間は防衛本能からかむしろかつてなく強いATフィールドが初号機からは発生していたようだ。だからこそ使徒のフィールドを中和することができたのだろう。
データの収集という面では無駄な戦闘ではなかったかもしれない。

さすがにミサトの前で口に出すことはできないが。


「ジオフロントからの射出後、速やかに使徒の懐に入り、そのATフィールドを無効化する、それがあなたたちの役割です」


シンジの顔色が変わった。目を見開いてリツコを見る。


「初号機は北側、零号機は南側から使徒に接近、東西方向からの通常兵器による攻撃を援護しながら使徒を攻撃」

「………」

「………」


シンジの表情の変化にミサトも気づいたのかもしれない。だが、気にすることもなく彼女は言葉を続けていた。
レイは何も感じないように、ただミサトの言葉を聞いている。


「この間、基本的に個々のエヴァは単独で行動し、使徒の殲滅を第一の目的にすること。作戦開始時刻は追って指示します、それまでは控え室で待機するように。……何か、質問はある?」


「……これは……僕たちに囮になれということですね」


ミサトに向かってシンジが言った。けれどその質問は自分に向けてされたものだということがリツコにはわかった。
怒っている訳ではない、静かな、そして冷めた口調だった。


「……否定はしないわ。でも、他に方法が無いの」

「………そうですか、じゃあ、しょうがないですね」


ミサトの答えに、歪んだ笑いのような、少し皮肉な表情を浮かべてシンジが頷いた。
いや、本気で笑っているのかもしれない。
それを見てミサトが目を伏せる。彼女は未だに納得してはいないのだろう。


「それじゃ、お願いね、シンジくん、レイ」

「…はい」

「…………」


二人のやり取りなど聞こえないように、レイはただ黙っていた。
初めての実戦、シンジが死にかけるところも見たはずだがその怖れは微塵もその顔に浮かんではいない。どんな感情も見えはしない。
死の恐怖など彼女にはないのかもしれない。


「……綾波、自分が何をすればいいか分かってる?」


傍らでしばらくそんなレイを見つめていたシンジの、くちびるが動いた。
我知らずといったふうで。

初めてシンジがレイに語りかけるところを、リツコは見た。
レイにあわせるように感情のこもらない声。
それとも押さえつけているのかもしれない。

表情を変えずに、レイがシンジを見返す。

何も言わないままシンジの言葉が続くのを待っている、そんな様子だった。
ミサトも固まったように彼を見ている。

いや、リツコも含めて誰も言葉を発することはできなくなっていた。
シンジの持つ雰囲気がそれを許さなかった。



「……使徒を倒す、僕らはそのことだけを考えていればいいんだ。…お互いに、何があってもね」


 







〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:



本作初のシンジとレイの絡みです。

しかし会話とは言えないなあ、これでは。


書きながら考えてたんだけど、ATフィールド、本当なら球形じゃないとおかしい気がするんだけど、なぜ六角形なんでしょうね。
障壁、なのかなあ。結局は。
中和可能かどうかというのは少し(かなり?)疑義が残るんだけど、一応本編設定からくずしてはいないと思うんですよね。
なぜもっと通常兵器を使わなかったのかってのは、疑問の一つだったりします
ロボトアニメだから、という理由は却下ね(笑)




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