見えない明日で

第9話

Written by かつ丸





 月が出ていた。


 制御室のモニターが使徒を映している。
 直径は数百メートルほどもあるだろうか、第三新東京市上に浮ぶ巨大な要塞。
 宝石のように青く光るその無機的な物体を、白い満月が照らしていた。

 時間が止まったかのように、画面は静止している。しかしこうしている今も使徒から伸びたドリルはここへと向かっているのだ。
 あと数時間後、確実にこの場所に届く。



「結局盾は1枚しかないのね」

「……あれも無理を言って調達したんだもの。アメリカになら材料はあるかもしれないけど、もう間に合わないわ」

「…当然、零号機よね」

「ええ、装甲の薄い方に使う、その方がいいんでしょう? それにあれを使えば戦闘力は落ちるもの、確実に」

「…そうね。もともと実験用の機体なんだもの。出撃させるのがおかしいのかもしれない」


 ミサトが暗い顔をしているのは、作戦の先行きへの不安を隠し切れないからだろう。
 スペースシャトルの機体を改造して作った盾、計算では二十秒近くは使徒の攻撃に耐えられるはずだ。
 それだけの時間があれば怖れることは無い。いくら使徒の加粒子砲が強力でも、その攻撃は一回につき一方向のみだ。それ以外の方向は、確実に無防備になる。
 理論上は遠方射撃よりはるかに確率が高い作戦だと思える。

 しかし、マギが算出した成功率は10%を切っていた。

 いや、使徒殲滅の可能性だけなら、それは3割を超えている。レイとシンジがそれぞれ計算通りのフィールドの展開さえ行なうことができれば、第三新東京市が持つ兵器群の一斉射撃で使徒の破壊がなされる。強力な加粒子砲を持っていることと引き換えに、あの使徒の自己修復能力はおそらく高くはない。今までの使徒とは違う無機的な風貌がそれをしめしている。
 あの青いクリスタルの一部でも壊すことができれば、加粒子砲の発射は不能になり、あとは赤子の手をひねるよりもたやすく勝つことができるのだろう。

 残されたエヴァを使って。

 そう、使徒を破壊したその時、地上には1機のエヴァしか残ってはいないかもしれない。
 低いのは生存率だ。……初号機パイロット、碇シンジの。


「15秒……それがエヴァの機体が耐えられるリミットなのね。そして最初の5秒で戦闘力は失われる」

「ええ、使徒がレイを狙えば盾の分だけ時間は伸びるけど、おそらくそうはならないでしょうから」

「そうね、一番強いのは誰か、アイツにはきっとわかるのかもしれない。きっと初号機が、シンジくんが狙われるわ」

「ある程度の危険は、しょうがないわよ」


 盾を持つ零号機と持たない初号機の同時展開、マギの予想でも狙われるのは初号機となっている。
 当然かもしれない、零号機には武装はなにもないのだから。
 初号機のような特殊装甲ではないためナイフなどは装備していない。そして兵装ビルからマシンガンを取り出している余裕はこの戦闘では存在しない。
 専用のリフトでは盾と同時に射出するだけで精一杯だった。

 先の戦闘とも違い遮蔽物は全く無い。そしてたとえシンジが砲撃を受けたとしても、ネルフが彼に出す指示は退避ではないのだ。
 一歩でも前に出て、ATフィールドを中和しろ、それが囮として彼に望むことの全てだった。

 決意したように、ミサトが顔を上げた。


「…リツコ、射出のタイミングをずらすわ。5秒早く、零号機を地上へだしましょう…」

「……あまり、意味は無いかもしれないわよ。零号機は敵と認識されない可能性もあるもの」

「だったら好都合だわ。その隙に使徒にできるだけ近づけたら、フィールドを中和する効果も高くなるはずだもの。それに零号機のほうが15秒も長く耐えられるんでしょう?」

「…そうね」


 その方法はリツコの考えの中にもあった。
 より防御力の高い方が囮になりやすい位置にでる、作戦としては間違ってはいない。最初にシンジが撃たれた時の状況から、攻撃しなくても出現と同時に狙われる可能性も高い。そうすれば初号機の危険度は大きくさがるだろう。

 だが、リツコには一つの懸念があった。
 それがその手段を提案することをためらわせてもいたのだ。


「……どうしたの、何か問題がある?」

「………いいえ、確かに、それが最善の策ね」


 心の中に黒い不安を感じながら、それでもリツコはミサトに頷いた。
 懸念の源を説明するには、シンジのことに触れないわけにはいかない、そしてそれはできることではなかった。













 三階構造になっている発令所の中層部、作戦部長として指揮を執るミサトの隣の場所、そこが戦闘時でのリツコの指定席だ。
 下層には三機のマギ、同じ中層にマヤたち3人のオペレータ、そして上層にはゲンドウと冬月がいる。
 実質的にはマギを除けばこの7名が、ネルフという組織の使徒殲滅という行為、それに実際に関わることを許されたすべての者なのだ。オペレータは情報の分析と報告が任務で、ゲンドウたちも権限はあるものの直接の作戦指揮を行なうことは建前としては無い。
 使徒と戦うのがエヴァであり、そのパイロットを指揮、命令するのは直属の上司であるミサトの専任事項、だからすなわちミサトこそがこの場所の中心だとも言えるだろう。

 あくまで発令所の中だけの話だが。

「…よろしいですね」

 ミサトが後ろの席を見上げ、ゲンドウに向かい問いかけた。
 作戦の要諦は当然説明し、事前に了承は得てある。今さら反対されることなどありえない。
 それでも彼女がそう言ったのは、この作戦でパイロットのどちらかを…ゲンドウの息子を殺してしまうかもしれないという不安の現れだろう。

 何の表情も変えずに、ゲンドウは頷いた。それを確認し、ミサトが再び正面を向く。
 手続きがすんだのかと訊ねたら、彼女はきっと傷つくに違いない。
 たとえそれが自覚のないことだったとしても。


「…作戦開始!!」


 発令所に響いたミサトの声を合図に、ケイジから零号機が射出された。
 モニターに写るプラグの中のレイにとっては、初めての射出、そして戦闘。画面の中の顔には緊張した様子は見えない、ただまぶたを閉じて、かかる重力に耐えているようだ。
 彼女には恐怖心はないのだろうか。


「……3秒…………4秒…………初号機射出します」


 零号機が地上へと向っている間にも、マヤのカウントダウンは続いていた。
 5秒後、その予定通りに初号機もまたケイジを出る。
 この瞬間、2機のエヴァを動かすのはそれぞれのパイロットの自由意志のみとなった。あとは止めることしかできない、この発令所からでは。


「地上の状況はどう?」

「零号機到達まであと10秒、目標も反応しています。外周部に高エネルギー確認!」

「この間と同じね。レイ、出たらすぐに避けるのよ」

『了解』

「自走臼砲の準備は?」

「すでに展開完了しています」

「照準はまだつけないで、敵対行動ととられるから。使徒が撃つのを待つのよ」

「零号機、出ます!!」


 地上を映すモニターに、盾を掲げた黄色いエヴァの姿が現れた。
 それを待ち受けていたかのように、使徒の青いクリスタルに閃光が走る。


「レイ、避けて!!」


 モニターが白く染まった。使徒の撃ち出した加粒子砲を零号機の盾が受け止め、拡散させているのだ。
 それが一瞬消えたのち、また少しだけ位置を変えて光のシャワーができた。周囲のビル群が高熱でみうみる溶けていく。


「目標は微妙に射出角度を変えています」

「やはり逃げ切れないわね。通常兵器は使える?」

「駄目です!! 零号機のフィールド探知されません!! 盾の融解10%超えています!」

「どうして?!」

「きっと使徒のフィールドよりも弱いから消されてるのよ」

「初号機まもなく到達します!!」

「シンジくん、急いで!」


 初めての戦闘、起動実験も十分ではなかったレイがぶっつけ本番で強力なATフィールドを発生させることには、やはり無理があったのかもしれない。
 初戦でシンジがあっさりとクリアしてしまったため、エヴァという機体が持つ固有の能力のような思いはあった。防御という面では盾がある、しかし使徒の結界を中和しない限り攻撃はできないのだ。


「初号機出ました!!」


 光のシャワーの反対側に、紫の機体が出現した。使徒の攻撃は零号機に続けられている。構造上同時に射出することはできないはずだ。
 初号機にその攻撃が向けられる様子は無い。一機ずつつぶしていくつもりなのだろうか。


「自走臼砲、一斉射撃!!」


 ミサトの声に応えて、芦ノ湖を挟んだ向こう側とそして山側から、2条の光が使徒に向って放たれた。
 リニアレールにしつらえられた2台の砲台から打ち出されたレーザーの矢は、しかし使徒を捕らえることなく、その直前でオレンジ色の壁に阻まれ、方向を変える。
 使徒の持つ、ATフィールドによって。


「まさか!?」

「初号機のフィールドは?」

「確認できません!!」

「シンジくん!!」


 正面の巨大なモニターの中に初号機が写っている。ゲートからはすでに出され、シンジのすぐ目前には使徒の姿があるはずだ。しかし機体は動こうとはしていなかった。


「零号機の盾、融解率5割を超えました!」

「どうしたの、シンジくん!」


 再びミサトが叫んだ。
 別の画面にはプラグの中のシンジの様子が写っている。
 青い顔でうつむいたまま震えている。
 怯えている?
 ミサトたちの目にはそう映ったかもしれない。
 しかし、リツコには分かった。そうではないと。


「レイ!!」

「盾が、盾がもうもちません!」


 マヤの言うとおり、すでに盾はその形を失おうとしていた。
 途切れることを知らないような使徒の砲撃が零号機の機体を包む。
 逃げる場所はどこにも無い。
 中にいるレイとともに全てが溶かされてしまうのもそう遠くは無いだろう。


「逃げて!! レイ!!」


 ミサトの声が空しく響く。
 絶望が発令所を支配した。ここからではなんのなすすべもない。



 だが、その時、初号機が動いた。



『うあああああああ!』


 振り絞るようなシンジの咆哮とともに、紫色の鬼神と化したエヴァ初号機が上空に向う使徒へと跳び上がっていた。
 エヴァ自らが出すオレンジ色の結界が、使徒のそれを侵食している。何者にもさえぎられことも無く、使徒に向って手に掲げたナイフをかかげていく。


「ミサト!!」

「自走砲、迫撃砲、撃って!!」


 自らに迫る危機を察したのか、零号機に降り注いでいた使徒の砲撃がやんだ。
 反対側から飛びかかってくる初号機に狙いをつけようというのか。

 しかし、すでに決着はついていた。

 砲台から撃ち出された2条の光が、今度は阻まれること無く、使徒を貫いた。
 周囲の兵装ビルから打ち出されたミサイル群が、その傷痕へと一斉に降り注ぐ。

 内部に溜まっていたエネルギーが反応したのだろう、いくつかの破裂音のあと、使徒は大きな爆発を起こした。そして、それはこの無機質な要塞の断末魔でもあったのだ。
 大きく身体をゆるがせ、市街の上に使徒の体が崩れ落ちる。
 その振動は、発令所のこの場所まで確かに伝わっていた。


「……上空の穿孔機、停止しました」

「目標の反応消えています」

「レイは?! すぐに救助に向って!」


 勝利の実感は、まだ誰にも湧いてはいなかっただろう。
 熱で無残に溶けた盾と、そのそばに倒れる零号機の姿を、白い月が照らしていた。

 そしていつのまにか、初号機がその横に来ていた。
 プラグを映すモニターには、シンジの姿はない。


「……私もでるわ、ミサト」

「お願い、すぐに私も行くから」


 ミサトの声を背中で聞きながら、リツコは足早にゲートへと向った。
 なぜわざわざリツコが行かなければならないのか、誰かにそう訊かれれば、答える言葉はきっとなかっただろう。


 







〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:


少し形式変えてみたんだけど、どんなもんかしら。
文の頭を一文字あけるってやつ。
ウェブでの文としては逆に見にくいんじゃないかなって思ってたんだけど、改行多いからね。

いろいろと試してみましょう。そのうちどっちかに統一しないといけないけど。

次回で第1章は終わります。




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