見えない明日で

第3章 第3話

Written by かつ丸





 シンジは、うつむいた顔を上げようとしなかった。

 一度頷いたあと、ずっと黙っている。
 どれくらい時間が経ったか分からない。けれども、リツコは黙ってシンジが話し出すのを待って いた。

 部屋の空気がはりつめている。問い詰める言葉がのどまで出かかっている。
 それでも、急かす気にはなれなかった。


 これからどんな使徒がくるのか。

 そのことについて、今まで訊ねなかったわけではない。
 次に来る使徒についてはシンジの方から話してきたし、彼の持つ記憶に対してリツコが探りを入 れたのも一度や二度ではない。
 あまり先のことをシンジが話したがらない、だから無理に聞き出そうとしなかっただけだ。

 使徒が全部で何体来たのか、そのことについては早い段階で聞き出していた。
 15体と答えたシンジの言葉に、急ぐ必要はないと判断した、それで今まで伸ばし伸ばしになっ ていたのだ。
 どのみち、全ての使徒を倒すまで、ゲンドウが本格的に動くことはない。
 ユイが目覚める時まで、シンジも何もしないと言っていた。そのことに安心していたわけではな いのだけれど。

 シンジの言葉を信じるなら、残りの使徒は6体。
 その先に補完計画の発動があるなら、時間的に余裕があるとはいえないだろう。



「……前にも言ったかもしれませんが、僕も、完全に覚えているわけじゃないです。それに今回の 使徒のように、どうやって倒したのかわからないやつもいます。…それでもいいですか?」

「ええ、答えられる範囲でいいわ。……順番に答えてちょうだい」

「はい…」


 頷いて、しかしまたシンジは黙ってしまった。
 どう言えばいいか悩んでいる。だが、その理由はよく分からなかった。
 よほど言いにくい何かがあるのだろうか。

 また、いくばくかの時間が過ぎる。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを、少しだけ飲んだ。
 ブラックではなく、砂糖を入れてもらえばよかったかもしれない。
 どちらにしても、今はゆっくりと味わう余裕などリツコにはなかったかもしれないけれど。


 やがてずっとうつむいていたシンジが、ようやくその顔を上げた。
 彼が蒼ざめているように見えるのは、気のせいではないだろう。


「次の使徒は……少し先になると思います。たしか母さんの命日よりも後だったと思いますから」

「そう……それで、どんな使徒なの?」

「すみません、僕はよく知らないんです。早い段階で戦闘不能になってしまったから……少し記憶 も混乱してますし」

「あなたがやられたの? かなりの強敵と言うことなのね。…アスカたちによく倒せたものね。形 状とか性能も覚えていない?」


 別に驚くことはないのかもしれない。
 シンジの戦闘力はアスカやレイを凌駕しているといっても、それはあくまで彼の経験が豊富だか らという要素もある。「前回」の時とはおのずと違うはずだ。


「……無機的な雰囲気だったと思います。なにか丸くてつかみ所のない感じの…それがこの街の中 まで入ってきたんです。…光線とかは出さなかったように思いますが、詳しいことは、あまり…」

「…そう、まあいいわ。それで残りの使徒は?」

「はい…」


 覚えていないというなら、信じるしかない。今回の使徒と同様に有益な情報とは言えないが、分 からないものは考えてもしょうがないだろう。
 まだあと5体使徒はいるはずだ。

 一瞬押し黙ってしまったシンジに目で先を促した。
 躊躇しているのは明らかだったが、リツコの気迫のようなものが伝わったのだろうか。訥々とシ ンジは言葉を綴っていく。
 うつむきながら、ときおりリツコの顔を見て。
 怯えている、そんなようにも見えた。


「………その次の、11番目の使徒は、エヴァだったんです。……乗っ取られたんです。参号機が」












 やはり急ぎすぎたのだろうか。

 自分で入れなおした熱いコーヒーを飲みながら、リツコは思った。
 もうこの部屋にシンジはいない。今ごろ自室に帰っているだろう。
 彼が長い話を終えるのに小一時間ほど費やしただろうか。かなり疲れていたようだったので労い の言葉ともに解放してやった。

 ひととおりの話は聞いた。
 記憶が完全ではないと言っていた。だからもれや抜けがあるのかもしれないが、今まで聞いてい た情報よりは桁違いに多い。

 カップを机に置き、端末を開く。起動させ、メーラーを立ち上げて受信欄を見た。
 リツコがここにいる間も、技術部では業務が進められていた。一時的に現場を任せているといっ ても責任者はリツコであるため、いくつかの連絡や質問がマヤを始めとした技術部員から届けられ ている。
 零号機の実験のための計画立案とそれにかかるデータチェックをする、その名目でこの研究室に リツコはこもっている。だからよほどのことがない限り、今日は出張る必要はない。
 ただ、急ぎの質問には答えないわけにはいかなかった。

 メールへの返事をするために、リツコは端末のキーボードを叩いた。
 画面には人が話すよりも速い速度で文字が刻まれていく。
 だがそれも機械的な作業にすぎない。
 リツコの頭の中は、別のことを考えていた。


 11番目、いや、シンジはそう言っていたが、委員会やリツコの認識としてはアダムから数えて 13番目になる。
 その第13使徒は松代で起動実験中のエヴァ参号機を乗っ取り、施設で爆発を起こした後。この 本部を目指したという。リツコやミサトはその時に巻き込まれて怪我をしたそうだ。侵攻する使徒 に対しては三機のエヴァが協力して迎撃し、最後は初号機が倒した。

 第14使徒は強力な光線と鉈のように鋭い腕を持ち、零号機、弐号機を倒した後に、本部の司令 塔近くまで侵攻。そこで初号機が捕まえ施設外に運び、そこで殲滅。

 第15使徒は、はるか上空に浮んだまま、地上で迎撃体制を敷いていたエヴァ弐号機を攻撃。そ れを倒すのにはポジトロンライフルを始めとした通常の武器では不可能だったため、ゲンドウの指 示により槍が使われた、そうシンジは言った。


「槍?」

「…はい、零号機が地下から持ってきました。…巨大な槍です。それで使徒を倒しました」

「……そう」


 思わず問い返したのは、リツコにとって意外なことだったからだ。
 セカンドインパクトの実験で使われたロンギヌスの槍は、先日ゲンドウの手によって南極からジ オフロントへと秘密裏に運ばれた。
 リリスの制御に用いられるそれは、補完計画の要となるはずだ。簡単に武器に使っていいような ものではない。

 それでも、シンジが言った以上、確かに行なわれたことなのだろう。
 でなければ彼が槍の存在を知るはずがないのだから。


 かすかに抱いた疑問はそのままに、リツコは先を促した。


 第16使徒は光で出来たひものような形をしており、本部近くに突然現れた。弐号機が起動せず、  また初号機はライフルを破壊されたため、結局零号機が独力でこれを殲滅したそうだ。
 なぜ弐号機が起動しなかったのかについては、シンジはよくわからないと言っていた。
 アスカのシンクロ率の低下がその原因らしいが。今の彼女のシンクロレベルを考えると、それも にわかには信じ難い。
 ただ彼女にはどこか脆い、精神的に不安定なところがあるようには思える、原因があるとすれば そのあたりだろうか。


 そして最後の使徒、第17使徒。
 そのことを話す前にまたシンジは長い間黙り込んだ。
 沈黙の後、うつむいた顔をあげ、リツコの目を見ながら彼は話した。
 視線を逸らすことは無い、けれど、その瞳に力は感じられなかった。


「……最後の使徒は、僕が初号機で殺しました」

「………どんな使徒だったの?」

「…………そんなに強力な使徒ではなかったんじゃないかと思います。戦意すらほとんど感じられ なかったような気がしますから。…そう、あれは」

「…何?」


 使徒の形状について訊ねたつもりだったが、シンジは取り違えたようだ、少しずれた返事をした。
 しかしリツコは結局その問いかけをやり直すことはできなかった。シンジの言葉の続きを聞いて しまったから。


「…地下にある白い巨人の前でした。自ら死を望んで、そして僕に殺されたんです。彼は……」



 そしてまたシンジは黙ってしまった。
 空ろな瞳をして、身体は少し震えていた。問いかけても返事すらしようとしない。
 過去の記憶に捕らわれ何も話せなくなってしまった、そんなようにも見えた。
 話を聞いている限り、それほどショッキングな出来事とは思えなかったが。
 けれども、特に最後の使徒は彼が人類を滅ぼしたというサードインパクトと時期的に近いはずだ、 思い出すだけで苦痛を伴っても不思議ではない。

 入浴して早く休むように言いつけたが、ちゃんと眠れているだろうか。
 自分がしていることは酷く残酷なことかもしれないと、リツコは自覚せずにいられなかった。


 それでも後悔はしていなかった。
 どのみちいずれは訊かなければいけなかったことだ。それが分かっているからシンジも話したの だろう。

 少なからず収穫はあった。参号機の事故のこと。槍のこと。アスカのこと。地下の巨人、リリス の存在をシンジが知っていたこと。

 シンジが何をしたいのかはまだよくわからないけれど。
 これからの戦いが過酷になっていく、その様がよく見えてきたような気がする。
 使徒の侵食についてこだわったのは第13使徒を気にしてのことだったのだろう。もし参号機に チルドレンが乗っていたとしたら、それはシンジのクラスメートの誰かだからだ。
 そのことについてリツコから質問はしなかったが、はずれてはいまい。彼の知る未来では何かが あったのだろう。
 しかし、わかっていれば防ぐことはできるはずだ。


 ただ、気になったのはダミーシステムの存在についてシンジが話さなかったことだ。
 開発に成功しないのか、成功したが最後まで使用しなかったのか、それともシンジが知っていて 隠しているのか。
 どの可能性もある、そしてどれも考え難かった。完成していない現状では成功しない可能性が一 番高いが、それはリツコとしては認めたくない。

 ダミーシステムの早期開発、それはゲンドウからの至上命令でもあるのだから。

 ゲンドウが望むE計画の進展、それは確実に補完計画とリンクしている。
 それが委員会の望む計画と同じかどうかはわからない、だが今のところ彼が委員会と対立してい るようには見えなかった。
 今回の使徒侵入についてゲンドウが隠蔽工作を行なったのは、その兆しなのかもしれないが。

 シンジの未来では、確実に対立している。
 かつて彼が言っていたようにネルフが兵士によって襲われたというなら、それは委員会の息がか かっているからだろう。この国の政府には国連を相手にするだけの力は無いからだ。


 そう、いつかシンジは言っていた、翼持つ白いエヴァたちが初号機に襲ってきたと。それが他の 支部で作られるはずのエヴァシリーズなら、操縦していたのは一体誰だろうか。
 今いるチルドレン候補なのか、それとも完成したダミーシステムが使われたのだろうか。

 その答えをシンジが持っているかどうかはわからないけれど。


 考えをめぐらせている間に少しさめてしまったコーヒーを、リツコは一口だけ飲んだ。
 そして無意識のうちに打ち終えていたメールを送信し、そのまましばらくぼんやりと画面を見て いた。
 明日からはここではなく、また実験室で陣頭指揮を取らなければならない。そうしないとゲンド ウに誓ったスケジュールにおいつけないからだ。
 シンジと話をできる機会も、なかなかとれなくなるだろう。もちろんゲンドウともそうは会えは しない。

 だが、このまま実験を進めることは、はたして望ましいことなのだろうか。
 リツコにとって、シンジにとって、そしてゲンドウにとって。
 一番ゲンドウが望んでいることなのに、彼を引き合いに出すのはおかしいのだが、リツコはそう 考えていた。

 先に見えている奈落に、今までの自分はひたすら進もうとしていた。

 そのことが怖いと、自覚できるようになったのは、シンジを目の当たりにしているせいかもしれ ない。
 先に進むのは怖い、けれど道を外れる勇気も、いまだリツコにはないのだ。

 ゲンドウにかけられた魔法は、まだ解けてはいないのだから。



 







〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:



登場人物2名、この話の定型かもしんないですね。

使徒の説明をセリフでさせるのはなかなか難しい。





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