見えない明日で

第6章 第7話

Written by かつ丸







 第一種警戒態勢。
 アナウンスはそう言っている。
 使徒と確認されたわけではない、そういうことだろうか。

 それでも、小さな会議室に響くサイレンはいつもよりも大きく聞こえた。
 ミサトは、スピーカーを睨み、唇を噛んでいる。
 話を中断されたのが、よほど腹立たしかったのだろう。


「…行かなくていいの?」

「言われなくても行くわよ! あんたもでしょ!」

「…私は後から行くわ。あなたのおかげで片付けもできてないから」


 なによそれ、そう言いながらミサトは部屋を出て行った。
 カヲルの正体が知りたいなら、発令所に行くのが一番早い。どのような形にせよ、彼が動き出したのは確かだからだ。

 しかし、リツコの判断もまた間違っていた。
 整備の状況を聞くためにいったん実験室に戻った際、その場に残っていた技術部員に聞かされたのだ。
 数分前、弐号機が突然動きだしたことを。
 本部内吹き抜けを通り、地下に向かって降下しているという。警報はそのせいだった。
 カヲルの姿は発見されず。後を追うべくシンジが初号機の準備をしているという。

 そこまで聞くと、リツコは部屋を飛び出した。



 警報は第二種警戒に変化している。
 すでにカヲルは使徒と認識されたのだろう。
 地下への隔壁は次々と閉じられているはずだ。本部でも数人しか知らない抜け道を通って、リツコはターミナルドグマを降りていった。

 カヲルの狙いは、おそらく地下の巨人だ。
 今までの使徒もそうだったのだから、彼も同じに違いない。
 本部を縦に通る巨大な吹き抜け。
 かつて零号機がロンギヌスの槍を取りに行くために使ったそれは、エヴァが通るのに十分な通路になる。隔壁は弐号機のパワーで破壊できるし、ATフィールドに対抗できる兵器はエヴァ以外に無い。

 もっとも、疑問は残る。
 地下に行くだけなら、さきほどでもよかったはずだ。彼自身が使徒なのだから、わざわざエヴァに乗る必要は無い。


 駆け続けて、リツコは吹き抜けを見通す場所に出た。
 激しい警報の音に耳鳴りがする。

 ベランダ状の踊り場から柵越しに下を見ると、数十メートル下に弐号機の赤い機体が降下していくのが見えた。胸の前で、何かを両手で守っている。
 目が合った。
 紅い、冷たく光る瞳と。


「…そんな、ばかな…」


 弐号機は、ロープも何も掴んではいない。まるで重力などないかのように宙に浮かび、そしてゆっくりと降りている。
 カヲルはエヴァには乗ってはいない。念動力とでもいうのだろうか、彼が、その力で弐号機を操っているのだ。

 気配を感じ見上げる。紫の機体が降りてくる。
 初号機だ。
 背から生えているのは、金色の羽だろうか。やはり浮かんでいる。あれは、S2機関を取り込んだ初号機そのものが持つ力か。
 こんな現象が起こりうるとは、リツコも予測していなかった。
 まるでカヲルに対抗するかのように、宙を飛んで追いすがってくる。
 目の前を通り過ぎる初号機は、リツコを一顧だにしない。その鬼を模した顔はただ眼下の赤い機体を睨んでいる。

 再び、下を見た。
 カヲルは笑っている。リツコを見てではなく、追ってくる初号機の姿を見て。
 初号機の方が早い、もうまもなくで追いつくだろう。

 その場を離れ、リツコも下へと続く通路に向かった。
 戦いに巻き込まれる、その恐れは、すでに忘れていた。



 警報が鳴り続ける。
 抗うように、リツコはらせん状の非常階段を下っていく。
 この場所からは吹き抜けの様子は見えない。発令所との連絡も、この状況では取れないはずだ。
 エレベーターが使えないことも分かっている。今リリスのもとに向かうには、この道しかない。

 ぐるぐると永遠に続くかのごとき単調な風景。ジオフロント内数百メートルの深度をつなぐ一本の縦糸。ひたすらにリツコは下っていた。

 あれから、すでに何分か過ぎている。もうとっくに戦闘は始まっているかもしれない。
 しかし、はたしてシンジにできるのだろうか。彼にカヲルと戦えるのだろうか。

 以前の彼ならまだしも、何も背負わず、何の覚悟も持っていない抜け殻のような今のシンジに、ほんのわずかとはいえ言葉を交わし、心を通じ合わせた、この本部で、この世界で、もっとも親しい存在かもしれない相手を殺すこと、そんなことができるだろうか。

 無理だと。
 できるわけがないと。
 そう思う。

 たとえばカヲルが弐号機に搭乗していて、その機体を毀せというならまだしも、さきほど見たカヲルは、特殊な力を持っているとはいえ生身そのものだった。
 そんな彼を、ただ殺せと言われたからといって殺せるわけがないのだ。
 訓練を受けた軍人ならばともかく、そんなことはシンジに限らず誰にとっても簡単ではない。

 ならば、自分は何を求めてこうして彼らを追っているのだろうか。

 初号機を排除した後カヲルが何をするか、それを見極めようというのか。


 途中のドアから、別の通路にと出た。
 このフロアにはさきほどと同じような回廊への踊り場がある、それを知っていたからだ。
 半ば息を切らしながら、早歩きで先を急ぐ。
 警報は、いつのまにか止んでいた。そのかわりあたりの明かりも非常灯のみになっている。
 停電しているのかもしれない。

 ぐわん、ぐわんと空気を震わす音が遠くから響いてきた。
 吹き抜けの方角だ。
 戦いが続いているのだろう。
 突き詰められてシンジも覚悟を決めた、そういうことだろうか。

 気が急き、足を速める。
 闇を抜けて吹き抜けへと出ようとしたその場で、リツコの前に人影が現れた。


「…っ! …レ、レイ!?」


 いつもの、中学校の制服を着て。
 吹き抜けを覗くように半身を向こうに向けて、レイが立っていた。
 リツコと同様、彼女にとってもこの地下施設は庭のようなものだ。カヲルとシンジの戦いに興味を持ってもおかしくはない。
 だが、リツコは不思議に思った。レイはいつからここにいるのかと。
 それとも、レイはどこからここに来たのかと。

 弐号機と初号機はすでに通り過ぎていたようだ。戦いが起こす轟音は、もっと低いところから聞こえてくる。
 レイはリツコなど気にならないかのように、柵越しに彼らの姿を見下ろしていた。

 自分のことは棚にあげても、やはりこのままにしておくのはよくないだろう。
 危ないから上に戻れ、そう言いかけた時、眼前が白に染まった。


「きゃっ!」


 思わず顔を覆う。
 破裂音がいくつも連なって聞こえた。地面が揺れている。立っていられず、その場に膝をついていた。

 数秒、経ったろうか。
 地面はなおも揺れている。しかし空気は震えてはいない。リツコ自身には、特に異状はない。
 ゆっくりと目を開ける。
 そこには、やはりレイが立っている。無事だったようだ。

 だが、リツコの視界には別のものも映っていた。
 おそらく戦闘によってだろう、吹き抜けを渦巻く嵐のような気流がさまざまな工作物を巻き込んでうねっている。だが、この場まで来ることはない。
 全てを防ぐオレンジ色の壁、それがレイの前に広がっているからだ。


「…あ、あなたそれ…」

「………」


 徐々に振動は治まり、それとともに壁も消えていった。
 その様子を何も言わず、レイが見ている。

 リツコはその時初めて気がついた。
 レイの靴底は床についていない、そのことに。

 紅い瞳がリツコを見る。こうしている間にも、二機のエヴァは下に向かっているようだ。
 乱れていた息を整え、リツコは尋ねた。


「…あなた、いつから、その力を?」


 ATフィールド。
 零号機や初号機が使えるのだから、同じ組成でできているレイに使えてもおかしくは無い。
 アダムから生まれたカヲルも同様だろう。

 しかし、リツコはずっとレイの成長を見てきた。身体測定も定期的かつ詳細に行ってきた。
 彼女がこんな能力を持っているなら、気づかないはずが無いのだ。


「零号機の自爆の後からです。使うのは今日が初めてですが、使えることはなんとなくわかっていました」

「…このこと、司令は知っているの?」

「話してはいません。…訊かれませんでしたから」

「そう……」


 零号機もまた、リリスから作られたものだった。
 しかも初号機のようにコアに誰かの人格が取り込まれたわけではない、つまりリリスの一部がコアだったとも言える。
 自爆で失われたことによって、その力が本体である巨人ではなくレイに還った、そういうことだろうか。
 ただ言えるのは、目の前のこの少女が、魂と肉体のみならず能力までも人間から大きく離れつつある、そのことだろう。
 確かに、今のレイはカヲルと近い存在なのかもしれない。
 だから、彼の行く末を見るためにここに来たのだろうか。


 弐号機と初号機は、もう最下層についたころか。
 それでも戦いが終わっていないのは、断続的に起こる地響きでわかった。

 そちらが気になるのか、レイは吹き抜けの方向にしばし視線を向け、そして、再びリツコを見た。


「…どう、なさいますか?」


 言葉の意味は一瞬理解できなかった。
 彼女が、そんなことを言うとは思わなかったからだ。
 憎まれていると、憎んでいると、そう思っていた。
 いや、きっと間違ってはいまい。

 レイは、なおもリツコを見つめている。
 紅い瞳は、いつもと変わらない。

 5年間、ずっと接してきた感情のこもらない色だ。

 だが、もはや以前とは違うのだと、リツコにはわかった。
 お互いの間に、碇ゲンドウという存在はもういない。今いるのはきっと別の誰かだが、彼は取り合うとかそんな相手ではない、すでに遠いところに行ってしまった。

 彼女も知りたいのだ。
 カヲルを見に行くのではない。
 シンジの願いがどう果たされるのか、レイもそれを見に行くつもりなのだ。

 彼女もシンジの手紙を読んだ。
 想いは、リツコと同じなのかもしれない。
 だから誘ったのだ。

 一緒に行こうと。


 小さく、微笑む。


「お願い、連れて行って、レイ…」


 そうして、リツコは足を前に進めた。
 抱き合うようによりそう。レイの身長はリツコより頭ひとつ低い。
 支えているのはリツコのように見えるだろう。

 つ、と、体が軽くなった。
 全身をこわばらせ目をつぶる。もう一度目を開けた時、すでにリツコたちは吹き抜け半ばに浮かんでいた。
 ゆっくりと降下する。ぶら下がっているわけではないが、リツコの手はしっかりとレイの腰を掴んでいた。

 周囲はレイが作り出したオレンジ色の結界が、直径3メートルの球形に包んでいる。
 何かにひっかるように、スピードがゆるやかになった後、突き抜けたようにまた速度が上がった。 結界が弱まったのかフィールドの色が薄まり、視界が開けた。

 二機のエヴァは数十メートル下、すでに降りきっている。お互い、プログナイフを振るっているようだ。時折起こる衝撃波は、刃と刃が噛み合った時に起こっていたらしい。
 無人のはずの弐号機が、誰かが操縦しているように違和感無く動いている。
 しかし初号機はそれ以上の俊敏さと圧力だ。大きく動いたその腕がなんどか赤いエヴァを捕らえ、脚を蹴り上げて転がした。
 組み敷き、ナイフを顔面に振るう。
 装甲が中の素体ごと大きく割られ、弐号機の動きが止まるのが見えた。

 カヲルの姿は見えない。
 が、立ち上がった初号機が向けたその視線の先にはリリスへの扉、巨大なヘブンズドアがいままさに開かれんとしていた。

 銀髪の少年は、そこにいた。扉の前で中空に浮いていた。
 紫のエヴァが追いかける。


「急いで、レイ!」

「はい」


 宙を飛んだまま、後に続いた。
 初号機はこちらを気にしていないようだ。ひたすらにカヲルを目指している。
 扉が開ききる。
 七つ目の仮面をつけた白き巨人が、十字架につながれたその姿を全てあらわにした。

 かつて槍が抜かれたことで封印がとかれ、両脚は床にまで伸び、LCLのプールに浸っている。
 その水面には護衛するかのように軍船が浮かんでいるが、沈黙していた。
 あれには人は乗っていない。発令所から遠隔操作する仕組みになっているはずだ。もしかしたら電波が遮断されているのかもしれない、そう思った。

 カヲルはいつのまにか巨人のそばまで近づいている。
 早足で駆ける初号機だが、すぐには追いつけそうに無い。レイとリツコもだ。
 最後の使徒がついに求めていた場所まで到達してしまった、ミサトなどはそう思ったかもしれない。

 だが、リツコにはわかっている。アダムから生まれたカヲルはリリスとは異質の存在のはずだと。
 だから、リリスによってサードインパクトを起こすことはできまい。
 交わした会話で、カヲルが誤認していることには気づいていた。
 ゼーレが、あの黒石板の向こうにいた者たちが知らないとは思えない。カヲルは嵌められているのではと、そう考えていた。

 案の定、カヲルの動きはずっと止まっていた。
 そうするうちに初号機の腕が伸び、その手の中に掴む。ATフィールドを操り強力な念動力を持つはずの少年は、しかし、なんの抵抗もしなかった。

 諦めたのだろうか。
 もはや、彼にはなすすべもあるまい。自分の体を包む巨大な手のひらから顔だけをだしている。
 初号機も動かない。捕まえたカヲルをみつめ、戸惑っているのか。

 リツコたちもいつのまにか対峙する二人にかなり近づいていた。
 今の状況がモニターされ空を飛ぶレイが映されるのは、問題があると思った。カヲルの結界も今現在効力をもっているか不明だ。


「降りましょう」


 そう言って、レイを促した。
 地面が近づいてくる。静かに、二人は床に降りた。LCLのプールのほとりに。
 その間十数秒もあったろうか、高所を意識した緊張ゆえに、リツコは初号機から注意をそらしていた。
 だから、その瞬間は見てはいなかった。


 大きな、水の音がした。LCLの水面が揺れた。
 一瞬何がおきたのか分からず、初号機を見た。
 その手は開かれていた。紫ではなく、弐号機のように、赤く染まっていた。
 その腕の下では、LCLにもまた、赤い色が広がっていた。

 愕然とした。
 カヲルを殺したというのか、シンジが。

 傍らでは、レイも言葉を無くしている。

 その時だった。

 初号機が吼えた。
 上を向き。野獣のように。
 何度も、何度も。

 まるで、かつて暴走した時を髣髴とさせる。
 哀しんでいるのか、悦んでいるのか、いや、そのどちらでもなく、何かに怒っているような、そんな激しい叫びだった。

 分からない。

 これが、あのシンジの所業だろうか。
 ありえない。
 信じられない。

 混乱するリツコのことなど気にも留めずに、初号機がひときわ大きく咆哮した。

 思わず耳をふさぐ。
 ターミナルドグマの最深部から、ジオフロント全体を震わすような叫び。
 声で世界を滅ぼそうとでもいうかのように、途切れることも無く長く続く。

 しゃがみこみ、目だけ初号機に向けていた。
 怖れで震えているのが、自分でも分かった。レイは、立ったまま見上げている。
 初号機ではない。別のところを見ている。
 もっと上、はるか天井の向こうを。

 彼女には、見えていたのかもしれない。


 突然。

 突然、破壊音が起こった。地響きとともに吹き抜けの上部から、倒れている弐号機の上にばらばらと何かが落ちてくる。
 いや、それだけではない。
 何かが、何かが来た。

 衝撃波とともに異常な速さで飛来してきたそれは、初号機の目前で急激に止まった。
 カヲルの血で染められた手で、初号機が掴む。
 茶褐色の巨大な棒。


「…ロンギヌスの…槍…」


 零号機が月軌道まで飛ばしたはずの超兵器が、今、ここに帰ってきた。
 なぜかはわからない、初号機の叫ぶ声に応えた、そうとしか思えない。
 馬鹿馬鹿しいとも思う、いくらなんでも聞こえるはずもないのに。

 しかし、事実は揺るぎはしなかった。


 槍を手に持ったまま、初号機がリツコに背を向ける。その向かう先には、リリスが、白き巨人がそびえている。
 また、封じようというのか、リツコがそう考えた瞬間、初号機は槍を両手に持ち替え、上段に大きく振りかぶった。


「なっ!」


 何をするのか、そう叫ぶ暇は無かった。どちらにしてもリツコの声など届きはしなかっただろう。
 槍の切っ先は巨人の頭頂に食い込み、そのまま仮面を割りながら、下まで振り下ろされた。
 再びLCLが大きく揺れる。
 リリスの顔を隠していた仮面が二つになり、地に落ちる。
 そして、そして巨人の体も二つに引き裂かれていった。いつかの使徒戦を思い出す。あれはアスカがこの街に来た最初の戦いだったか。
 あの時と同じように、エヴァが振るった槍によってリリスは縦に大きく分かたれる。
 だが、それからは違っていた。

 分かれた二つの体が再び命を持つことは無く。

 支えていた力を失ったようにぐにゃりと折れ。

 そのまま、リリスは泥のように崩れだした。


 ゆらり、と、リツコの隣で何かが揺らぐ。


「…レイ!?」


 声をかけたのと、レイがその場に倒れたのはほぼ同時だった。
 駆け寄り、上半身を抱き上げる。


「ぅ、ぅぅ……」

「レイ! どうしたの!」

「……ぅ、ぅぅ…」


 息はある。
 だが、全身が弛緩しているのか、彼女の身体に力は入っていない。
 目を瞑り小さくうめいている彼女の異状は、今の初号機の行動に原因があることは明らかだった。
 リリスから造られたもの。その本体が滅されたのだ、影響を受けないわけが無い。

 では、初号機はどうなのだろう、そうリツコは気づいた。
 同じようにリリスをその源とする機体もまた、無事ではないのではないか。

 レイを抱いたまま、再び、振り向いた。
 すでに初号機はそこにはいない。水音がはるか向こうで聞こえる。
 音の方向に視線を移す。
 
 そこにリツコは見た。
 
 初号機が、紫色の鎧をまとった鬼が、倒れ動かなくなっていた弐号機を、何度も槍で突き刺している姿を。


「………」


 もはや、唖然とするしかなかった。
 ひときわ深く、地面に縫い付けるように初号機が槍を刺す。
 カヲルのコントロールが解けて力を持たないはずの赤いエヴァが、暴走しているのかその両手をあげ、自らを滅ぼさんとする敵を掴もうともがく。
 だが、それも断末魔の足掻きだった。

 こんどこそ、弐号機の動きが止まった。
 初号機が、赤黒く染まった槍を抜きだす。

 そしてまた動きを止めた。初めて気づいたのか、こちらを見ている、そんな気がした。

 狂ったのだろうか、シンジは。
 なぜ、こんなことをしなければならないのか。

 恐ろしくなって、リツコは目をそむけた。


 そこに――


 そう、そこに、目を向けた先、波立つLCLの上に、それは浮かんでいた。


「……うそ、でしょ?」


 レイを床に置き、思わず立ち上がった。
 着ていた白衣と靴を脱ぐ。

 流れに乗ったのか、ほとんどふちまで漂ってきていた。LCLに入り、とってに手を伸ばして引き寄せた。リツコの力では、もち上げることはできまい。
 それでもぎりぎりまで寄せて、リツコは床に戻った。

 非常用のハンドルをまわす。
 ゆっくりと、開いた。
 中からLCLが零れる。ここにあったものではない、ケイジから運ばれてきたLCL。

 浮かんでいたのはエントリープラグだった。側面には01と書かれている。


「…ちょっと、大丈夫?」


 声をかけた。いらえはない、気を失っているようだ。
 外傷はあるまい。いささか乱暴だったが、リツコは腕を掴み、引きずるようにして表に出した。
 その時、初めて彼が、シンジが動いた。


「…大丈夫?」

「…え、えと…」


 力の無い瞳。

 目を開けた少年は、リツコが再会を望んでいた彼ではなかった。
 予想通り、本来のシンジだった。

 顔を上げ、立ち上がる。
 また、リツコは初号機のほうを見た。
 こちらを見つめていたのか、さきほどと同じ姿勢のまま初号機はリツコを向いていた。


 目が合った。
 そんな気がした。


 初号機が金色の翼を広げた。飛び立つ。視界から消える。

 それでも、リツコは動くことはしなかった。



「…あなたは、そこにいたのね。…ずっと、そこにいたのね」



 操縦者たるシンジはここにいる。惨劇は初号機が暴走した故だ。
 だからといってユイの所業だとは、思わなかった。


 これが彼が、「あのシンジ」が出した答えだと、リツコには分かった。







 







〜つづく〜












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解説


使徒戦終了。
いくつか書いてないのはあるけど。

第6章もあと3話。













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