「レイちゃんを追い出したんだって?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。誰よ、そんなデマ流してるのは」

「もっぱらの噂だよ。シンジくんへの嫉妬に狂って命令権を濫用したって」

「なによそれ。どうせリツコでしょ」

「さあな。でもどうなんだ? ほんとのところは」

「ただ隣に移っただけよ。やっぱりシンジくんと同居させるのは色々と問題があるもの。私もずっと監視するわけにもいかないし」

「まあ、司令たちはあまり気にしていないのかもしれないけどな」

「・・・シンジくん、最近やる気がでたのはいい傾向だと思うんだけど」

「確かにここのところの彼の実績は素晴らしいな」

「ええ、レイと同居しだしてから特にね。それだけに不安なのよ」

「でも、俺たちは彼に頼るしかないんだろう」

「まあね、だから少しづつレベルアップしてくれるのはいいんだけど」

「急にはりきって無茶をやられても困るってことか」

「そう、だから少し頭を冷やして貰おうかなって思って」

「でも、この間の戦いぶりを見た限りは、心配いらないような気もするけどな。立派なもんだったが」

「だからあの子は納得してないわ。私の事怒ってるかもしれない」

「レイちゃんはどうなんだ? 彼女もまんざらじゃなかったんだろう?」

「・・・本当は、レイのためなのよ」

「彼女の?」

「そう・・・あのままじゃ潰れていたわ。レイが」





Mの肖像

〔最終話 凱旋〕

Written by かつ丸




放課後。レイとシンジが並んで歩いている。

今日は二人ともネルフにいく必要はない。特に時間を気にすることもなく、ゆっくりと家へと向かっている。



レイがマヤのところで暮らすことを選んだ後、シンジは一度だけレイに理由を尋ねた。

荷造りをするレイの部屋。ミサトがネルフに行っていない時に。

それまでずっと思いつめていたのだろうか、黒い瞳はなにか訴えかけるようだった。

なにも言えず黙ってしまったレイに、シンジも黙り込む。

長い沈黙。

それに耐えきれなかったのか、諦めて立ち去ろうとしたシンジ。その時、レイは思わず彼の腕を掴み引き留めていた。


そのあと、二人に言葉は必要無かった。

レイはシンジを求めた。激しく。彼がとまどうほどに。

それが彼への答えだったのか。

それだけではない。レイは刻み込みたかった。シンジの匂いを、そして全てを。

ずっと、シンジが消えてしまいそうな気がしていたから。



ひたすら、お互いに貪り合った。まるで飽きることなく。

あの日、ミサトが帰らなかったのは、偶然だろうか?




今、シンジは何もきかない。

決して納得したわけではないだろう。

マヤとの同居を勧めたミサトの言葉に頷いた理由。それは、レイ自身にもはっきりとは分からないのだから。

ただ、あの時はそばにいたくなかった。シンジのそばには。

同じ家で過ごしたくなかった。シンジを感じながら。

だから、気がついた時には頷いていた。

そう言えば、彼はきっと傷つくだろう。

自分を信じてくれるのか、いつもと変わらない微笑みをみせる彼が、レイには少し眩しかった。







「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ・・・・・」

シミュレーターの中。マヤの乗る模擬体が、使徒の形をした標的に向かってライフルを発射している。

呪文のように唱えている言葉とは裏腹に、命中率はあまり良くない。

「マヤ、もっとちゃんと狙いなさい」

モニター室からリツコの声が飛ぶ。

「でも、せんぱ〜い」

泣きそうなマヤの声。すでに半泣きなのだろう。

「シンジくんの最初の時のほうが、成績良かったわよ。ちゃんとクリアしてね。こっちの仕事も溜まってるんだから」

「ひどいです。レイちゃんの面倒もみないといけないのに」

「なに言ってるのよ。知ってるわよ、シンジくんにおさんどんやらせてるの。あまりエースパイロットを酷使しないようにね」

リツコの声は冷たい。ただ、表情は笑っているが。

「・・・だって、ずっとオートパイロット実験の準備だったし、もうすぐマギの診察だし。無理ですよパイロットとの兼務なんて」

「あきらめなさい。あの子たちも学校に行きながらやってるんだから。・・・さあ、無駄口はやめて、続きをなさい」

マヤの苦労はまだまだ続きそうだった。







「どう、マヤとの同居、少しは慣れた?」

青い車。運転をしながら、ミサトが助手席のレイに問いかける。

マヤに頼まれていた買い物をするため、レイが部屋を出たところで、ちょうど帰ってきた彼女にでくわしたのだ。

買い物につきあうというミサトを、拒否する理由もない。ここ数カ月一緒に暮らしたことで、レイもミサトと一緒にいることに、さほど抵抗は感じなくなっていた。

ただ、投げかけられた質問には少し困惑する。



実際、少しも慣れてなどいない。


マヤは良くしてくれていると思う。料理や家事など、手の開いた時には色々と教えてくれる。居心地は悪くはない。

レイから話しかけることはほとんどしないが、優しく接してくれる。彼女と過ごすのは嫌いではない。

だからといって、シンジと比べられるものではないが。


慣れないのは、シンジと暮らしていないことだろう。

会えないわけではない。夕食は毎日のように一緒にするし、登下校も今は一緒にしている。

家で話せないぶん、学校ではむしろ二人でいることが多くなったように思う。

しかし、二人きりでいられることはなくなった。レイ自身は人の目などあまり気にならないが、シンジはそうではないようだ。

やはり遠慮しているのだろう。シンジはマヤの家には入って来ない。

レイもミサトの家に入り浸るわけにもいかない。マヤと一緒に訪れることがほとんどだった。


シンジを求める気持ち。それを今ははっきり自覚できる。

独り暮らしをしていたのは、ついこの間のことなのに。

一人でいることがつらくなっている。シンジがいないことが。

いつのまにこうなったのだろう。自分の中で、シンジのことが占める大きさに驚く。


ただ、何か楽になったのも本当だ。

ミサトの家でずっと感じていた漠然とした恐怖が、マヤとの暮らしではあまり感じない。

いや、マヤの家にいるときだけそれが薄まる。そう言った方が正確だろう。



いったいどうしてだろう。

シンジがいなくてつらいのも確かに本当なのに。


レイには何も分からなくなっていた。そしてそんな自分の気持ちに戸惑っていた。



「まだ、慣れない?」

黙り込んでしまったレイに、優しく微笑みながら、ミサトが問いかける。

「・・・・・はい」

「そう・・・よし、お姉さんがいいとこにつれてってあげるわ」

そういって急にアクセルを吹かす。突然、荒くなった運転に、レイは少し怯えていた。





「あれ、シンジくん、一人なんだ」

「おかえりなさい。・・・なんだか、疲れてますね」

玄関が開き、入ってきたマヤの姿を見て、シンジが言う。

「うん、ずっと戦闘訓練だったの。本当は技術部の仕事も残ってたんだけど、先輩が今日はもういいって」

「へえ、リツコさんて思ったより優しいんですね。なんだか、厳しそうに見えるのに」

その言葉に、マヤがひきつった笑みを浮かべる。

「・・・はは、ホントね。今日はいいから午前0時にまた来なさいって。明日は丸一日お仕事みたい」

時計は5時半を指している。

「そ、そうですか・・・」

シンジは言葉を無くしていた。

「それで、レイちゃん知らない? 家にいないんだけど」

「こっちにも来てませんよ。帰りは一緒でしたけど」

「そう・・・買い物頼んでたのに。食べるものがなにもないの」

「ああ、じゃあぼくが作ります。座って待ってて下さい」

微笑んで、シンジは台所に向かった。






夕焼けに、街がオレンジ色に染まっている。

高台。第三新東京市を一望に見下ろす場所。そこに、ミサトとレイは来ていた。

「シンジくんとはたまに来るのよ」

そう言ってレイをこの場所に案内してから、ミサトは一言も話していない。ただ、街を眺めている。

レイもその横で同じ風景を見ていた。

ゆっくりと夕陽が沈んでいく。黄昏色に変わっていく。

少しずつ街に明りがともっていく。


いつまでこうしているのか。レイがミサトの横顔に視線を移した時、初めて彼女が話した。

「・・怖いんでしょう?」

その言葉に、レイの身体が一瞬震えた。ミサトがレイの方を見る。

その優しい眼差しに、レイはゆっくりと頷いた。そして俯く。

「ねえ、レイ。あなたが何をそんなに恐れてるのか、自分で分かる?」

再び顔をあげ、レイがミサトを見る。

そしてかぶりを振る。視線は外さない。

ミサトが微笑む。

「やっぱり自分でも分かっていないのね。・・・あなたが恐れてるのはシンジくんよ」

「碇君を?」

意外そうにレイがきく。

「そう、相手の存在があまりにも大きくなったとき、人はそれに恐怖するわ。それは、失うことへの恐怖」

ミサトがレイを見つめる。

「怖いんでしょ、シンジくんがいなくなるのが。使徒との戦いで、彼が死んだり傷ついたりすることが」

レイが自分の両肩を抱く。顔が青ざめていく。

「だから、一緒に暮らすのがつらかったのよ。近づきすぎると、無くした時に自分が壊れてしまうようで。寂しいことよりも、そのほうが嫌だと思ったのよ」

ゆっくりと近づき、ミサトがレイを抱きしめる。

「ねえ、レイ。シンジくんはあなたを守ろうとしているわ。そのためにいつも無理をしている。見ていてつらいのは分かるの。でも、あなただけはそれを認めてあげなさい。目を逸らさずに」

レイが顔をあげる。

「自分を否定しないで、彼の気持を信じなさい。シンジくんはあなたを求めているわ。そしてあなたも、でしょう?」

ミサトがレイの蒼い髪をそっとなでる。

「私は昔、逃げ出したの。自分の気持が信じられずに。それで相手を傷つけてしまったわ。そして、自分も傷ついていた」

「・・どうして?」

「逃げたほうが楽だったからよ。本当の自分に、自分の中の真実に向き合うよりも。でも、ずっと後悔してるわ。今までね」

レイがミサトを見つめる。

「あなたはそんなことの無いようにね。逃げてはだめよ、レイ、それがどんなにつらいことでも。せっかくあなたを守ろうとしてるんだもの、遠慮しないで、シンジくんに飛びこんじゃいなさい」

そう言って、また微笑む。辺りはもう薄暗くなっていた。

「あなたが望むなら、いつでも帰ってくればいいわ。まあ、すぐにとは言わないけど。・・・マヤはいい子よ。一緒に暮らすのは、きっとあなたのためになるわ」





「二人とも遅いですね」

夕食の準備を終え、テーブルに座ったシンジがマヤにいう。

「そうね、レイちゃん、ミサトさんと一緒なのかもしれないわね」

シンジが作った料理を食べながら、マヤが答える。シンジは手をつけていない。

「ねえ、シンジくん。レイちゃんと一緒じゃなくてさびしくないの」

あどけない表情でマヤが尋ねる。シンジが少し困った顔になる。

「べ、別にさびしくなんかありませんよ。どうしたんですか、突然?」

「うん、なんだか最近レイちゃんの元気がないから。やっぱり私じゃだめなのかなって思って」

マヤの顔に影が差す。

「・・・そんなことないですよ」

「ううん。私ってだめね。今日の戦闘訓練も散々だったし、先輩はなんだか冷たいし」

だんだんマヤの目が潤んでくる。

「・・・弐号機のパイロットって言っても、何の役にも立ってないし。ううん、この間はシンジくんの邪魔してたもんね。情けないよね」

箸を手に持ち、ボロボロと涙を流しだす。シンジにはどうしていいか分からない。 

「そ、そんなことないですよ」

「いいの、慰めてくれなくても。先輩だって本当に私が必要だったら、パイロットになんかしなかったはずだもん。所詮私の片思いだったのよ」

すでにマヤ自身、自分が何を言ってるのか分かっていないだろう。

「あの子は眠ったままだし、レイちゃんもあまり話しかけてくれないし、私なんていないほうがいいのよ」

号泣。テーブルに突っ伏して泣きだしたマヤに、シンジは一瞬呆然としていたが、意を決して立ち上がると、マヤに近づき、その背中をさすった。

「・・・そんなことないです。マヤさんがいない方がいいなんて、誰も思ってませんよ」

マヤがゆっくりと顔をあげる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。シンジがハンカチを差し出す。

「綾波もマヤさんのこと嫌ったりしてませんよ、見てればわかります」

「本当?」

ハンカチで顔を拭きながら、マヤがシンジの腕を掴む。

「ええ、リツコさんだって、ちゃんと理由があってパイロットにしたんだと思いますよ」

「そう思う? シンジくん」

興奮して顔を寄せる。ほとんど抱きつくようにして、マヤがシンジに尋ねる。

シンジが笑顔で答える。

「だって、ミサトさんみたいな人がパイロットだったら、そっちの方が使徒よりも危険じゃないですか」

「ふふっ、本当ね」

ようやくマヤの顔が和む。

「・・・・面白いこと言うじゃないシンジくん」

存在する筈のない声にシンジが顔を入口にむける。

そこには二人の女性。どちらも引きつった表情をしている。

自分の姿に気づく。

まるで抱き合っているようだ。慌てて離れる。

「お、おかえりなさい。ミサトさん、綾波。・・・遅かったんですね」

愛想笑いをしているシンジにつかつかとレイが近づく。そして大きな音が響く。

頬を押さえたシンジを一睨みすると、レイは踵を返して部屋から出て行った。

シンジが後を追う。

その様子を見ながら、ミサトは苦笑していた。









「使徒・・・使徒の侵入を許したのか?」

冬月の叫びが発令所に木霊する。

「セントラルドグマを物理閉鎖! シグマユニットを隔離しろ!」


ネルフ本部の内部。

オートパイロットの実験。それを行っていたプリブノーボックスが使徒に乗っ取られたのだ。

兆候は、あった。タンパク壁のシミ。

突如として増殖したそれが、パイプからボックスへと進行してきたのだ。そして実験中の模擬体を侵食。排除のため発射されたレーザーを、ATフィールドで跳ね返した。

二人のパイロットは、実験用プラグごと、すでに外に射出されている。

ゲンドウの指示によって、3機のエヴァも地上に隔離されていた。




「あれが使徒か。仕事どころじゃなくなったな」

セントラルドグマの奥。

壁にきらめくオレンジ色の光を見ながら、加持がつぶやいた。コンテナから横穴に飛び込む。

上に向かい走る彼の前に突然、誰かが立ちふさがった。思わず身構える。

「久しぶりね」

蒼い髪の少女が声をかける。加持が身体から力を抜く。

「あ、赤木博士。やっぱり、生きていたんですか?」

「なんだ。気がついてたの。あの子も知ってるのかしら?」

少し不満そうな表情。

「いえ、知らないでしょう。・・・それでなんの御用ですか?」

「別にたいして用はないわ。ただ、あの子に伝えて欲しいの。あの使徒はマイクロマシーンよ。おそらくマギを狙ってくるわ。早いうちに手を打ったほうがいいって」

加持が不敵に微笑む。

「それは承りますが、いいんですか、俺なんかの前に姿を現して。老人たちに知られると問題があるんじゃないんですか?」

「べつに問題はないわ。私にはね。あの人は少し困るかもしれないけど。・・・それにあなたにも弱みはあるでしょう?」

黄色い瞳が光る。

「俺に・・ですか?」

「ええ、リツコとのこと、ミサトちゃんにばれてもいいの?」

加持の身体が固まる。少女の笑い声が響く。

「じゃあ、頼むわね」

そういって彼女が去っていく。

加持はしばらくその場を動けなかった。







「マギをかね」

加持からの電話をとったゲンドウが、問い返す。

『はい、伝言は司令にではありませんが、俺が直接言うのも変ですから』

「わかった、ご苦労だった」

冬月がゲンドウに近づく。

「どうした?」

「アレからだ。・・・赤木博士、この使徒はマイクロマシーンだ。おそらく擬似的な電子回路となっている。マギの防御を図ってくれ」

発令所の下段で、リツコが頷く。

「マギをか。むしろ彼女に任せたほうがいいのではないのか」

「必要ならでてくるだろう。それに、すでにシステムをかなりとりこんでいるはずだ」

「・・・それは、使徒よりもたちが悪いぞ」



使徒が次々とパスワードをクリアし防御壁を突破していく。

「マギのロジックモード変更! シンクロコード15秒単位にして」

リツコの声が響く。

「メルキオール、使徒に接触」

「どれくらい持ちそうかね」

「今までのスピードからみて、3、4時間ですね。その次はバルタザールに」

「このままではマギが敵にまわるな」




作戦会議室。ゲンドウ以下、発令所のスタッフが集まっている。

「彼らは個体が集まって群れを作り、この短時間で爆発的な進化を遂げています」

「進化・・・かね」

「最初は酸素が苦手だったが、世代交代でそれを克服する種をつくる。さらにはATフィールドによる防御」

「バスターランチャーですべて焼き払うぐらいしか方法が無いんじゃないの?」

「本部を壊してどうするのよ」

「他に方法があるのかね?」

「はい、使徒が進化を続けるなら、逆にそこに付け込む隙があります」

「進化の終着点は自滅。そこに導くつもりか」

「はい」

「わかった、やってみたまえ」



リツコがマヤを呼ぶ。

「マヤ、私はマギへの侵食を遅らせるため、防壁を展開し続ける必要があるの。自滅促進プログラムはあなたが作って」

「わ、わたしがですか?」

驚いてマヤがリツコを見る。

「ええ、あなたならできるわ。3基のうち2基が取られると不味いの。あと3時間、信じてるわよ」




「よかったの? あの子にまかせて」

「ええ、彼女は優秀よ。プログラミングに関しては、私の後釜ができるくらい」

「・・・どうしてそんな娘をエヴァに乗せたのよ?」

「決まってるじゃない。私が一番信頼してるからよ」

二人が視線を移す。そこにはすさまじい速さで端末を叩くマヤの姿があった。

ミサトに聞こえないように、リツコが小さく呟く。

「それに他の人にはふれて欲しくないもの。・・・母さんの機体には」





もうどれくらいこうしているのだろう。

射出されたプラグの中。実験のためプラグスーツは着ていない。

生まれたままの姿で、レイは横たわっていた。

外部と連絡はつかない、だから今なにが起こっているのかはわからない。

事態が収束するか、レイが必要になれば、迎えがくるだろう。

シンクロされていない状態。だから、今、レイの他に何の存在も感じられなかった。

かつて独りで暮らしていたころ、部屋の中でよく味わった感覚。

あのころはそれで心が休まっていたのに。今は欠落した何かを感じる。


シンジのことを思う。

思わず頬を叩いていた。2回目。

1回目はエスカレーターで、ゲンドウのことを信じられないと言われた時。

あの時、初めて人を叩いた。

あれは怒り。絆を否定されたことへの。

今ならばわかる、シンジが持つゲンドウへの気持ちの揺らめきが。

けして嫌っているわけでは無かった。彼は信じたかったのだろう。

だからあの時、彼を叩くべきではなかったのだ。


今度は少し違う。

マヤ。彼女はよく笑い、そしてよく泣く。

彼女と抱き合っていたシンジ。

怒っていたわけではないと思う。マヤには悪い感情は持っていない。

ただ、自分にないものを彼女に感じるのも確かだ。

そこに、シンジを叩かなければならない、理由があったのだろうか。

わからない。

あの後、顔を真っ赤にして言い訳をしていたシンジ。

その姿は少し可愛らしかった。

あの顔が見たかったわけでもないだろうが。


一人、プラグの中で、思い悩みながら、レイの表情は和んでいた。








「メルキオール、使徒に乗っ取られました!」

「続いてバルタザールをハッキングしています!」

「マヤ、まだなの!?」

「・・・いけます!!」









「へー、じゃあマヤさんが使徒を倒したんですか?」

ミサトの家。マヤやレイの他に、今日はリツコも来ている。五人分の料理は、やはりシンジが作っていた。

「ええ、凄いでしょ」

自慢げにマヤが答える。

「まあ、エヴァを使ってでないところがパイロットとしては問題だけどね」

ミサトが茶化す。

「いいじゃないですか。ちゃんと公式資料にも書いてくださいよ。伊吹マヤ一尉が殲滅って」

「まったく、この間まで愚痴ってたのに、この娘はほんとに現金ね」

あきれたようにリツコがいう。

「でも、これもシンジくんのおかげだわ」

マヤがシンジを見つめる。

「シンジくんがあの時励ましてくれたから、私もがんばろうって気になれたの。本当にありがとう」

そう言ってシンジの手を握る。

「え、いえ、そんな」

シンジが赤くなる。レイの瞳が冷たく光る。ミサトとリツコはそれに気づくが見てみぬふりをしていた。

「マヤ、あの子のことといい、ちょっとショタの気があるんじゃないの?」

「せ、先輩、なんてこと言うんですか」

マヤが慌てて手を離す。

「あら、そうだったの、レイ、ライバル登場ね」

皆がレイの方をみる。

リツコやミサトの言うことは、レイにはよく理解できない。

ただ、さきほどからのシンジとマヤの様子を見ていて、胸の奥になにかもやもやした感情がわいているのも確かだ。

立ち上がり、シンジに近づく。先日のことを覚えているのだろう。少し怯えた顔をする。


また、彼を叩きたいのだろうか。一瞬、自分の気持を見失う。


手を伸ばす。

シンジの髪に触れる。柔らかい感触、もう、どれくらい触れていなかっただろう。

その時、思い出した。忘れていたことを。

ここが、レイの居場所だった。だから、あの時は思わず叩いたのだ。

自分が素直にできないことをしていたマヤの姿。それを受け入れていたシンジを。


高台でミサトに言われた言葉が、レイの背中を押す。

座ったままのシンジに両手をまわし、レイは優しく抱きしめた。



誰もが言葉を失う。

驚いているシンジの顔に、激しく接吻をし、離す。

そして、再び抱きしめる。


「あ、あんた何をしてるの?」

いち早く現実に帰ってきたリツコがレイに尋ねる。

「こうしたかったから」

シンジの頭を抱いたまま、顔を少し赤くしてレイが答える。

「遠慮するなって言われました」

ミサトの顔色が変わる。

「レ、レイ?」

「・・・ミサトに言われたの?」

「はい」

動くこともできず、シンジは顔を赤くしている。

二人の様子をみて、リツコはため息をついている。

マヤは目を丸くして見ている。

ミサトはただ、笑うしかないようだ。


離れようとしないレイを見ながらリツコが言う。

「全く、何を指導してるんだか。・・・でも、少しは元気でたみたいね、あなたも」

ビールを片手に、ミサトが答える。

「まあねえ。マヤが使徒を倒しちゃうんだもの、エヴァ無しで。認めるしかないわよ」

マヤは固まってしまっているようだ。二人の会話は聞こえていない。

「何を?」

「彼女が選ばれたってことをよ。まあ、私は私の仕事をするだけだけどね」

ミサトがしみじみと言う。

「へえ、前向きじゃない。もう酔っぱらったの?」

「うっさいわねぇ。これでも色々考えたんだから」

リツコが優しく微笑む。

「・・・この間、弐号機に乗らなかったわね。少し心配だったんだけど。まあ、あなたの選択が正解よ」

「お見通しって訳? あの子たちには顔向けできないわ、逃げ出したみたいで」

「別にシンジくんたちが乗らなくてすむわけじゃないんだから。あの子たちはそれを望んでいないわよ」

ミサトがシンジとレイを見る。

「・・・そうね。まあ、あの子たちの手助けができれば、今はいいか。それが言い訳にはならないけど」

そう言って微笑むミサトの顔は少し寂しそうで、また、どこか嬉しそうだった。




シンジの体温を感じながら、レイは思った。

恐れることなどないのかもしれない。

ミサトにしても、マヤにしても、いろいろな想いを抱えて生きている。

それはリツコにしてもそうだろう。

だから、レイにもそれができるはずだ。

たとえ色々な感情を知り、それがもたらすものに傷つくことがあっても。

それに耐えられる強さを、きっと持つことができる。


だから逃げないでいよう。

自分自身から、ゲンドウから、シンジから、


そして運命から。



彼のぬくもりに、触れ続けるために。








〜fin〜








かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net



解説:

最後にマヤが使徒を倒して三部作終了です。
この後彼女がパイロットとしてまともに活躍できるかどうかは不明ですが(笑)
ほとんど弐号機のリミッターとなっているような気がしますね。

一連で実際に書きたかったのは、ミサトの描写です。
シンジたちの保護者としてのミサトと、使徒を憎み倒すことを目的としているミサト。
私の中で持っている彼女へのイメージ・・・うまく表現できているか不安ですが・・・それがこの話の元になっています。
原作ではレイとミサトは接点ほとんどなかったですから、違和感持たれる方も多いかもしれませんが(^^;;
一応この話ではレイの保護者でもありますんで(^^;

でもレイはミサトのことを「葛城三佐」とよぶんだろうな(^^;;;
で、マヤのことは・・・・基本的に「伊吹一尉」だけど本人に向かってはそうは言わんだろうし(^^;
その辺微妙に避けて書いてます(笑)


で、このへんからぼちぼちとソースでのお遊びがはじまり、次の外伝パートに続くわけです(笑)
表現的にはぬるいし、そんな過激なのは書けないんですけどね(^^;;;




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