「なにをしてるの?・・・碇君」



ここはシンジの部屋。

ベッドの上で本を片手に動きの止まってした少年をしばし見つめながら、紅い瞳の少女は、自分がなにかしてはいけないことをしたことに気づいた。



「・・・ごめんなさい。こんな時、どんな顔をすればいいのかわからないの」







全ては・・・の中に

Written by かつ丸







『どきどき、エンジェル病棟』

そう題された写真集を手にとって、レイが眺める。

表紙には白衣の女性。にこやかな笑顔を向けている。

「これは?」

呆然としたまま、レイが彼の左手から本を奪いさったのにも気づかなかったシンジが、その言葉にようやく我に返った。

ズボンはまだ履いていない。

慌てて後始末をし、下着と一緒にズボンを引き上げる。


しばし息を整え、ひきつった微笑みでレイの方に顔を向けると、彼女は興味深そうな様子でその本に見入っていた。

「・・・綾波?」

返事はない。

とりあえずシンジ自身、他人にこういった現場を見られるのは初めてだった為、まだ動揺が納まっていなかった。

だからレイの意識がよそにいっているのは好都合かもしれない。


・・・このまま逃げようか。


そうしてほとぼりを覚まし、何事もなかったような顔をした方が賢明かもしれない。

これがミサトなら死ぬまでどころか弔辞でも言われて墓にも刻まれそうだが、レイはシンジのしていたことが、多分理解できていないだろう。

そっと身体を動かし、ベッドから離れようとした時、レイが顔を上げた。

「どうして?」

「えっ」

紅い瞳がシンジを見つめている。その手には本が握られたままだ。

「どうして・・・この人は・・・服をちゃんと着ないの?」

開かれたページには、胸をはだけ、煽情的に足を開いた女性の姿。白衣だけをその身にまとい、それすらも半ば以上着崩れている。
修正はされていない。シンジの親友の一人、相田ケンスケ、彼の収集力は確かだった。

「そ・・・それは・・・そういう・・本・・だから・・・」

しどろもどろでシンジが答える。

「そう・・・」

そう言ってまた視線を本に戻す。

シンジにとって気まずい空気が流れる。

先程見られた光景そのものは、冷静に考えればレイも同じようなところを何度も見ているはずだ。

ただ、その時はレイも普通の状態ではなかったろうが。

それよりもこの本の方が問題なのかもしれない。

セーラー服ならともかく、白衣、しかも看護婦と女医さんのコスプレ本。
彼の趣味に対する勘違いで、嫉妬に走られると怖い。

彼の身の回りには白衣の女性が存在するのだ。

勘違いといえるかどうかはわからないが。

シンジにも、なぜその本を選んだのかは分からない。
昼間、学校の屋上でケンスケが差し出した本は、正統派のものから、女子校生もの、軍人もの、アニメもの、果てはSM、しばり系まで何冊かあり、どれも粒揃いだったのだが、迷わずこの白衣ものを手にとっていた。

昨日、ネルフでリツコとすれ違ったとき、彼女の醸す香りにおもわず目が眩みそうになったが、あれが原因だろうか。

そういえば、先程の想像の相手も、なにか・・・。



「これで・・・さっきはあんなことしてたの?」


思案に沈んでいたシンジの耳に、レイの声が響く。

「・・・・あ、あんなことって?」

当然、意味が分からないシンジではないが、やはりその話には触れたくなかった。

しかしレイはそんな気持ちに気づかないのか、いつもの口調のまま続ける。

「自慰。手淫。オナニー。マスターベーション。独りだけで快感を得ようとする行為。己で己を弄ぶ行為。寂しさをまぎらわすために、ヒトがおこなうコト。・・・そう、寂しかったのね、碇君」

淡々と、繰り出されるその言葉に、シンジの顔が徐々に青くなっていく。

「あ、綾波・・・ひどいよ・・・」

ほとんど涙が出てきそうだ。やはり自分の彼女に言われて嬉しい言葉ではない。

しょげかえってベッドに座り込んでしまったシンジの隣に腰をおろし、身体を預けながら、レイがシンジに優しく囁く。

「よかった・・・私もだったから・・・」

「えっ」

その言葉に驚いたシンジがレイの方を向く。

少し顔を赤らめてレイが話しだす。

「・・・私も・・・自分で・・・慰めていたから。・・・嬉しいの・・・碇君も同じで・・・」

そう言うと、恥ずかしそうにシンジの胸に顔を預ける。

その肩を抱きながら、しかし、あまりに意外な答えにシンジは戸惑う。

何度も身体を重ねたとはいえ、彼女が独りでそういうことをすることが、いや、そういう行為の存在を知っていることが彼には不思議だった。

「自分で?」

そのシンジの問いかけの意味が分かったのか、顔を少し離し、シンジの方を見ずにレイが答える。

「最初は・・・・伊吹一尉のを見てしまったの・・・夜中に・・・」

「マ、マヤさんのを?」

レイが頷く。

「ええ・・・大きな声で・・・せんぱい・・・って、呼ぶ声が聞こえたから・・・驚いて行ってみたの」

「そ、そうなんだ・・・」

なにかマヤに危ないものを感じながら、シンジが相槌をうつ。

「そしたら・・・顔を赤くして呻いていたから・・・思わず近寄ったら・・・」

「そ、それはマヤさんもびっくりしただろうね」

「・・・ええ、とても怒られたの。最初は意味がわからなかった。でも彼女を見ているとわかったの。碇君との時の私と同じだって・・・あんなところに誰かくれば、私もきっと怒るもの」

レイの顔の赤みが増す。

「それで・・・なにかあったのか尋ねたら・・・独りが寂しい時、人はこうするものだって・・・あなたも彼が近くにいなくて寂しいなら・・・した方がいいって・・・そう言われたから・・・だから」

そして再びシンジの胸元に顔を埋める。その頬はおそらく真っ赤になっているだろう。

あまりのいとおしさに、シンジはレイをきつく抱きしめた。

愛し愛されている歓びが二人を包む。





「・・・痛い、痛いの碇君」


長い抱擁の後、まるでシンジをさとすようにレイがささやく。

「あ、ご、ごめん・・・」

ようやく我にかえったのか、少し力をゆるめたシンジに、レイが優しく口づけ、そして離す。

「・・・・いいの」

そんなレイに軽く口づけを返しながら、ふと疑問に思いシンジが尋ねる。

「ねえ、マヤさんにはやり方まで教わったの?」

その問いに、恥じらいながらレイが首を振る。

「・・・なんとなくわかったから・・・」

「そ、そう・・」

レイの答えに少し安心したものの、マヤがレイに教える風景も見てみたいと、シンジは心のどこかで考えていた。


「・・・この本・・・」

少し気持ちを逸らしていたシンジに、レイの囁きが聞こえる。

「えっ」

「こういう人が好きなの?」

その言葉に驚いたシンジが慌てて言う。

「ち、違うよ。そんな訳ないじゃないか」

しかし、レイは心配そうな顔をしている。

「でも・・・私はいつも碇君のことを考えてするから・・・あなたは違うの?」

「え、ぼ、僕は・・・いや、僕もいつも綾波のことを考えてるけど・・・こ、これは違うんだ・・・好きとか嫌いとかじゃなくて・・ただ、そういう時に見るものと・・・本当に好きな相手とは別なんだ」

不思議そうにレイが首を傾げる。

「そ、そりゃ僕も綾波とのことを思い出しながらすることもあるけど・・・こう言う時に見るものは、ただ欲情できればいいっていうか、いやらしければっていうか・・・な、何をいってるんだろう僕は」

「・・・こういう人に欲情するのね」

またレイの視線が本に戻る。

「い、いや・・・その女の人がいいんじゃなくて・・・いや、いいんだけど」

「・・・いいの?」

紅い瞳がシンジを見つめる。

「だ、だから、そう、その白衣とかナースウェアとか、そういった服装がそそるっていうか・・・だから中の人はあまり関係ないんだ」

「服装? ・・・なにも着ない方がいいんじゃないの?」

「それもいいんだけど・・・コスプレっていうんだ。制服とか色々な衣装をきてそういうことをするって・・・文化の極みだって聞いたことない?・・はは、はは・・」

シンジの虚ろな笑いが響く。

「じゃあ、あなたは白衣が好きなの?」

「う、うん。で、でも白衣っていうより病院が好きなんじゃないかな・・・病室で裸なのを見たら猿にでも欲情するかもしれない、はは」

ほとんどシンジはやけくそになっていた。

やはり責められているような気がする。なんとか話を逸らしたい。

何か考えこんでいるレイに、裏返った声で問いかける。

「ね、ねえ。それで綾波はどうしたの? 僕に用事だったんじゃないの?」

学校から帰り、夕食までの数刻。
いつもならお互いの家で家事をしている時間だ。ミサトやマヤが帰ってくるまでもういくばくもないだろう。

軽く掃除を終え、夕食の準備を始める前に、いつになくシンジに魔が差したのが、現在の状況を生み出す原因となったのだが。

「・・・ええ、伊吹一尉から仕事で遅くなるって連絡があったから・・・そう伝えようと思って」

「ああ、じゃあマヤさん夕食はいらないんだ?」

「ええ・・・それに・・・」

レイが少し俯く。

「うん・・・わかった・・・すぐに夕食の準備を済ませるよ」

彼女の言わんとすることが分かったシンジが頷く。

「じゃあ・・・・待ってるから」

そう言ってシンジから身を離すと部屋から出ていく。

その手に先程の本が握られていることに、シンジは気づかなかった。




手早く夕食の支度をする。

ミサトの帰りは何時かわからない。
朝まで帰らないこともあればやたらと早いこともある。しかし基本的に夕食は一緒にとろうとしてくれている。

だから彼女が帰るまでに夕食の準備はしておく、それが世話になっている礼儀だろう。

そしてレイやマヤを交えて食事をする。繰り返される日常。


ただ、例外はあった。


マヤの帰りが遅い日。
シンジとレイがマヤの家にあるレイの部屋にこもることを、ミサトは黙認していた。

自分の家では抵抗があるのかいい顔はしないが、基本的に二人の仲を認めてくれている。
パイロットの精神安定のためか、そういったことに並外れて理解があるのか、それとも過去の己の行状から注意する資格は無いとおもっているのか、それは分からないが。

シンジ自身、ペンペンがいつもいるミサトの家ではあまり気がのらないので、その心遣いはありがたかった。

レイの部屋から帰った後、ミサトと目を合わすのがひどく恥ずかしくなることも確かだが。

マヤは特に気にしていないようだ。レイに対しては、恋人同士なら不潔ではないからいい、と話したらしい。

話がうますぎる気がしないでもなかったが、月に何度かしかないその機会を、シンジも心待ちにしていた。






ミサトの分だけテーブルに置き、シンジは隣のマヤの家に向かった。
彼女のところにもなにも無いわけではない。冷凍食品のスパゲティぐらいはあるだろう。

マヤが遅い時はいつも日付が変わる。
時間はある。落ち着いてから何か食べればいい。今は食欲は特に無かった。


チャイムを押し、しばし待つ。

反応は無い。

マヤの家の鍵を、シンジは持っていない。ノブを回す。鍵は掛かっていなかった。

中に入る。
電気はついていない。

ミサトの家とつくりは同じなので、少しくらい暗くても迷うことはない。
シンジの部屋と同じ位置にあるレイの部屋に向かう。


ゆっくりと襖を開け、中に入る。レイがベッドの縁に座っている。

「来たよ・・・綾波」

「いらっしゃい」

そう言ってレイが立ち上がる。その姿にシンジが目を見張る。


白衣。研究員用の。


「伊吹一尉の部屋にあったから・・・」

少し恥ずかしそうにレイが言う。

それに引き寄せられるようにシンジが近づき、レイを抱きしめる。

感触で分かった。下には何もつけていない。

「・・・綾波?」

「好きなんでしょう? こういうのが・・・」

なにか挑発するようなレイの言葉。

きっと無意識のものだろう。しかしシンジの脳は熱く焼け、荒々しくレイの唇を奪っていた。






「・・・激しい・・・」

レイの呟きが洩れる。




「今日も・・・無いけど・・いいよね?」

レイの耳元でシンジが囁く。

「ええ・・・問題・・・ない・・・わ・・・来て・・」

目を瞑り、レイが答える。


それからは言葉による会話は無い。

ただお互いを感じ合うための時間。
明日をもしれない状態の中で、その時だけがただ信じられる。

他人には絶対見せたことのないレイの乱れた姿。
それを知っているのは自分だけだということも、シンジの理性を失わさせていた。

まるで彼女を壊したいかのようにふるまうシンジを、深くレイも受け入れている。

それが彼のレイを想う強さだとわかっているから。



そして時が過ぎる。シンジの動きが激しくなる。それに応えるレイも。

やがてシンジの身体が止まった時、レイは歓びとともに、自分の中にシンジが注がれるのを感じていた。




しばしのまどろみ。

自分の横で、荒い息をしているシンジに、レイが小さな声で話しかける。

「どうしたの・・・今日は・・・」

「・・・なにが・・・」

「なにか・・・凄かったもの・・・いつもより・・・」

息が整わないまま、シンジが少し微笑む。

「そうかな・・・きっと、綾波のせいだよ・・・」

「私の?」

「うん・・・・とても、綺麗だったから・・・」

「・・・何をいうのよ・・・・・・・でも、まだ・・・こんなに・・・」

「はは・・・なんだか・・・何度でもできそうな気がする・・・」

レイがシンジをみつめる。

「そう・・・じゃ、して・・・碇君・・・」

「綾波・・・・何回くらいしたい?」

「・・・18万回」

「・・はは」

「・ねぇ」

「あっ」






ネルフ技術局の一室、二人の女性がモニターを眺めている。

「また始まったわ。さすが若いわねえ」

「せ、先輩、やっぱり不味かったんじゃないですか、これって」

「なに言ってるの? あなたも乗り気だったじゃないの。だいたい私の実験はシンジ君があの本を選んだ時点で終わってたもの。現場のチェックが必要だなんて言ったのは誰よ」

「そ、それは・・・・・でも、先輩、この反応値に回復力。やはり効果の顕れですよ」

「ねえ、あなたが遅くなるって連絡したの、前回はいつ?」

「えっ・・・確か一週間くらい前ですけど・・・」

「・・・それじゃあ単に溜まってただけかもしれないじゃないの。それ以来なんでしょ、あの子たち」

「はい・・・・」

「まあいいわ・・・そっちの方の臨床実験は自分でするから・・・」

「えっ、私とですか?」

「・・・・違うわよ。あなたは今日はここに泊まりなさい。帰っても鉢合わせするだけよ。じゃあね」

「あっ先輩」


「さてと・・・あの髭親父に試してみないと。これでだめなら本当に乗り換えてやろうかしら。ミサトには悪いけど」



部屋を出て行った白衣の女性を物欲しげに見送った後、残されたショートカットの女性は再びモニターに視線を移すと、そのままずっと画面に見入っていた。


いつまでも、いつまでも。





特務機関ネルフ、使徒からこの世界を守る最後の砦。

人類の未来は明るい。たぶん。




〜fin〜








かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net



解説:

これは「ぴぐの部屋」18万ヒット記念競作・・・通称ぎしぎし競作に投稿した一連の作品の一つです。
競作の「しばり」は
・シンジがレイにH本またはHビデオを見つかる。
・それをきっかけにぎしぎし(爆)に突入
などですが、詳しいことは向こうのHPをご覧ください。私のなんかより凄いのがいっぱいありますから(^^

この辺になるとキャラクターがかなり自分のものになったのか、オリジナルな話も書けるようになってきたみたいです。
その分、原作のキャラから少し離れつつある、という意見もあるでしょうが(^^;;
とりあえず自分の中で違和感がでないようにはしてるんですけど。
シンレイの度合いを原作より進めているわけですから、ある程度行動が変わってくるのはしかたないかなと。
少なくとも彼女ができたてで色々してる時は、親のことなんかどうでもよくなるでしょうし(笑)

ぎしぎし競作の三つは基本的にソースの遊びを激しくしてます(笑)。
それも一つの形、WEB表現の手段の一つ・・・ということで。
内容はたいしたことないです。表でも別にいいんですけどね。

あとマヤが汚れになってるように見えますが(笑)、彼女は基本的に清純キャラです。(爆)
自分ではしてるようですが、他人とはさせません。<シゲルンにはもったいない(笑)
カヲルがでてくりゃわからんけど(^^;;




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