「え〜っ、無くしちゃったのかよ」

「ご、ごめん」

「あれ結構高かったんだぞ」

「ごめん、ちゃんと弁償するよ」

「・・・・ならいいけどさ。ほんとに無くしたのか? えらく気に入ってたみたいだし」

「ほ、本当だよ。なんか知らない間に消えてたんだ」

「ミサトさんかな? 俺が渡したなんて言わないでくれよ」

「ミサトさんなら喜んで問い詰めてくると思うんだけど・・・・」

「まあいいや。なんなら他のも買うかい? セット価格にしとくぜ」

「えっ、貸してくれないの」

「一度無くしたら信用は失うさ。格安にしとくからさ、これなんかどうだ。お勧めだぞ」

「こ、これは・・・・・。いくらなの。ケンスケ」








そして、全ては・・・の中で


Written by かつ丸






「お疲れさま。今日はもう上がっていいわ」

リツコの声が響く。

いつものシンクロテスト。ここしばらく使徒が攻めて来ないため、モニター室の緊張感は少し薄れている。

「シンジくんの調子、まあまあって言ったところかしら」

テストプラグから出ようとしているシンジたちを、ぼんやりと眺めながらミサトが言う。

「・・・そうね。実戦には充分なレベル。身体は疲れてるはずなのにさすがね、彼」

「まあ、昨日は帰ってこなかったし・・・・って、なんであんたが知ってるのよ」

ミサトの顔が強張る。リツコが目を逸らす。

「な、なんのことよ。わ、私はあの子の計測データを見て言ってるだけよ。じゃあ、私はデータを解析しないといけないから・・・・」

そう言って足早に去っていくリツコを、ミサトは訝しげに眺めていた。






ネルフからの帰り道。

シンジとレイ、制服姿の二人が歩いている。

お互い何も話さない。レイはシンジに寄り添い、まるでしがみつくように腕を絡めている。

道行く人が見ている。

しかしレイは気にしない。
シンジもすでに慣れたのか振りほどいたりはしない。顔は少し赤くなっていたが。

昨日の感触がまだ残っている。

だから、そうして身体を密着させることが、むしろ自然に思えた。


何も言わず相手の体温を感じていたレイに、シンジが尋ねる。

「ねえ、綾波・・・・昨日の本、知らないかな。僕の部屋になかったんだけど・・・」

レイが立ちどまる。シンジから身体を離す。

少し驚いたシンジがレイの様子を見る。

「綾波?」

「・・・どうして?」

「えっ?」

紅い瞳が射抜くようにシンジを見つめる。

「どうして、アレを気にするの? ・・・あなたはまだ寂しいの? 私じゃ駄目なの?」

「な、なに言ってるんだよ」

「また、自分で慰めるんでしょう。・・・それとも、あれは嘘? やっぱりあんな人が好きなのね」

レイがシンジを睨む。

「ち、違うよ。・・・あれはケンスケに借りてたから、その、返さないといけないんだ。だから・・・」

「ケンスケ? あのメガネが・・・」

「ね、ねえ綾波、もし知ってるなら教えて欲しいんだけど・・・」

上目遣いにシンジが尋ねる。

「・・・・知らない」

「そ、そう・・・・」

すげなく答えるレイに気押されたのか、それ以上きくことを諦め、シンジが歩きだそうとする。

それに追い打ちをかけるかの様に、レイの声が響いた。

「昼間、屋上で何をしてたの?」

思わず動きを止めて、シンジがレイをみる。

まるで能面のように、表情をなくした顔がそこにはあった。

「・・・そ、それは」

「あの人と一緒だったわ・・・・何をしてたの、碇君?」

「い、いや・・・・あの・・・」

咄嗟に言葉がでてこない。

完全にうろがきてしまったシンジにつかつかとレイが近寄り、素早くそのかばんをうばう。

「あっ、何を・・・・」

慌てるシンジをよそに、レイがかばんを逆さにして振ると、教科書やノートとともに、紙袋が地面に落ちた。
落ち着いて拾い上げ、レイが中身を調べる。


一冊の本。


周囲の視線も気にせず、レイがそれを開く。

シンジは動くことができない。すでに事態は彼の対処できる範囲を超えていた。

徐々にレイの頬が赤くなる。それは怒りのためか、他の理由のためかはわからないが。

長い長い時間が過ぎ、ようやくレイが顔をあげた。

「これも、あのメガネが?」

「う、うんケンスケが・・・その・・・見ていいって」

実際は今月の小遣いの大半をつぎ込んで買ったのだが、そう言う根性はシンジに無かった。

「・・・・私が、返しておくから」

「えっ、い、いいよ。そんなの」

「碇君は、これを見ては駄目・・・・必要ないもの」

レイがその本を自分のかばんに入れ、シンジの方を見ようともせず歩きだす。

「ま、待ってよ。綾波ぃ〜」

地面に残された教科書やノートを掻き集めてかばんにつめ、シンジがレイの後を追ったが、彼女はすでにはるか先を歩いていた。





「どうしたの? シンジくん。黄昏ちゃってるじゃない」

「えっ、そんな、そんなことないですよ」

夕食後、ミサトの家のリビングルーム。マヤとレイはすでに自分たちの家に帰っている。

ぼんやりと焦点が合わないままテレビの画面を眺めていたシンジが、それを目敏く見つけたミサトの言葉を否定しても説得力は無かった。

「なんかレイの様子も変だったし・・・あんた達ケンカでもしたの?」

「そんな・・・そんなことないです」

俯きがちに答えるシンジに軽く微笑みながらミサトが言う。

「まあ、シンジくんお尻に敷かれてるから、ケンカにはならないだろうけど」

「そ、そんなふうに見えますか? 僕は別に尻に敷かれてなんか・・・」

「いない?」

シンジが口ごもる。

「は、はい・・・」

「まあいいわ。自分でそう思ってるなら。・・・でも、たまには男らしいとこ見せないと、逆に愛想つかされちゃうかもね」

「男らしいところ?」

「そう、優しいだけってのも物足りないものよ。相手が間違ってるって思ったらちゃんとそれを伝えないと・・・お互いに不満が溜まるから」

少し遠い目をして話すミサトに、シンジが問いかける。

「やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ駄目ですか?」

「まあ、言葉が全てじゃないけどね。きちんと伝えるにはそれなりの努力をしないと・・・」

「そういうものですか・・・」

考えこんでしまったシンジに、悪戯っぽい目をしてミサトが言う。

「ふふ、頑張んなさい。レイも頑固そうだから苦労するかもしれないけど。押さえつけて無理やりにでも言うことをきかせるくらいの強引さも、たまには必要よ・・・」

「はあ、必要ですか・・・」

あまりに無茶なミサトの言葉に、シンジは少し冷や汗をかいていた。





翌日。

土曜日で学校は休み。シンジは朝から溜まっていた家事を片づけている。

リビングや玄関、そして風呂場の掃除。ゴミだしをしてフローリングを拭く。

あまり家では過ごしていない筈だが、やはりそれなりに汚れている。

ひととおり済ませ、洗濯に取りかかる。ミサトの服も全てシンジが洗う。彼女に抵抗感は無いようだ。

全自動洗濯機に洗濯物を放り込み、一息ついたシンジは少しぼんやりしていた。

ミサトはネルフに行っている。ペンペンは冷蔵庫の中、まだ寝ているようだ。


レイのことを考える。

どうしても自分が悪いとは思えない。彼女に見つかったのは不味かったかもしれないが。

おととい、あれほど何度も抱き合ったのに、まだ気持ちを疑われるのだろうか。

別の女の子に目がいったとかならともかく、たかが写真集くらいで。


・・・・まだ、全部見てなかったのに。


いつしか、シンジの瞳に昏い影が差していた。





マヤの家、レイが洗濯物を干している。

ミサトの家にいた頃は、シンジが全ての家事を行っていたが、こちらにきてから少しずつレイも行うようになった。

もともと掃除や洗濯は、独り暮らしのころは拙いながらも自分でしていた。
自己流のやり方をマヤに直してもらった後は、家事をこなすことにさほどの不手際はなかった。

料理はあまり覚えていない。シンジの手料理が食べられる現在、その必要性をレイはほとんど感じていなかった。


チャイムが鳴る。

このマンションにはセールスマンは入れない。
マヤなら鍵を持っているはずだから、きっとミサトかシンジだろう。

急いで玄関に行き、ドアを開ける。そこには黒い瞳の少年が立っていた。


「どうしたの?」

なにげにきく。シンジが呼ばれもしないのにこちらに来るのは珍しい。

「うん・・・綾波の顔を見たくなって・・・・迷惑だったかな?」

少し俯くようにしてシンジが答える。

「・・・・ううん、そんなわけ・・・ない」

頬を染めながらレイが言う。

「・・・入っていいかな」

「ええ・・・でも、今、洗濯ものを干してるの」

シンジがベランダの方を見る。

「ああ・・・・じゃあ、中で待ってるよ」

「ごめんなさい・・・」

シンジを招き入れ、レイが再びベランダに向かう。そして洗濯ものを手に取る。

先程よりレイの手際は悪くなっている。心なしか焦っていたのかもしれない。

濡れて手にまとわりつくブラウスやアンダーウェアと格闘しているレイに、後ろから声が掛かった。

「手伝おうか?」

いつのまにかシンジが立っている。静かに微笑みながら。

「い、いいの。伊吹一尉の服もあるから・・・」

「そう・・・」

背中を見つめるシンジの視線を感じながら、少し背伸びをするようにして、レイは手の中の洗濯物を干しつづけた。

最後の洗濯物を干そうと手を伸ばし、それを掛けた瞬間、レイの身体が抱きしめられた。

思わず動きを止めたレイの首筋に、シンジの唇が触れる。

「あ・・・」

爪先立ちになったレイのバランスが崩れ、シンジの方に倒れそうになる。
それを支えながら、シンジはなおも愛撫を続けた。

レイの眼が閉じられる。

「・・・・だめ・・・ここじゃ・・・」

わずかにあらがいをみせるレイにかまわず、シンジは彼女が着るTシャツの中に手を入れ、その小振りな胸を揉みしだく。

「・・・いや・・・」

昼前の明るい日差しの下。徐々にレイの白い肌がその光の中にさらされていった。




「・・・眩しい・・・」

登ってきた太陽が目に入ったのか、下着姿のレイが、目を伏せながら言う。

「うん・・・」

まだ何も脱いでいないシンジが、レイの言葉に頷き、掛けられた洗濯物の一つを取り、レイの顔にあてる。

スポーツタオル。

洗われた後、半乾きになったそれで、レイに目隠しをする。

「・・・・冷たい」

「とっちゃだめだよ・・・綾波」

どこか強い響きを持ったシンジの言葉に、レイがゆっくりと頷く。

それでも不安があるのか、顔に巻かれたタオルに手をあて、レイが尋ねる。

「どうして?・・・・・なにを・・・・するの?」

レイにはシンジの表情は見えない。彼はいつになく妖しい微笑みを浮かべていた。

「・・・・あの本を読んだろう? あれが・・・・僕に必要ないって・・・だから・・・代りに・・ね」

その言葉にレイが戸惑う。

今日シンジから奪った本、そこには・・・・。

「さあ、綾波・・・手を後ろで組んで・・・・」

レイの耳元でシンジが囁く。それに誘われるように、レイの手が動いた。

後ろ手に組まれたレイの腕に、なにか紐のようなものが巻かれる。

洗濯ロープ。

ベランダに放置されていたそれが、レイの自由を奪う道具となっていた。

「・・・・痛い」

レイの顔が歪む。シンジは気にしない、つよくロープで縛りつける。

「痛いの・・・・」

「痕が残るかもしれないね。でも、しょうがないよ。自分が選んだことだもの・・・」

冷たく突き放すシンジ。

「碇君・・・・やめて・・・・」

「だめだよ・・・綾波はあの本を全部読んだんじゃないか・・・・だから教えてよ、こんなときどんな顔をすればいいのか」

怯えたレイの首が振られる。言葉も出ないようだ。

「分からないの? じゃあ、思い出すまで僕が協力してあげるね」

そう言ってレイの下着を取る。

自由を奪われたまま、やがてレイの全てがさらけ出された。

目隠しとロープだけを残して。

「ああ・・・」

恥ずかしさのあまり、レイが身悶える。

その身体をゆっくりとベランダのコンクリートの床に横たえ、シンジがその上に覆いかぶさっていった。




「お願い、もう許して・・・・」

すがるようなレイの声に、シンジが答える。

「だめだよ・・・だって、綾波は僕を疑ったじゃないか」

レイの耳にくちびるをよせ、シンジがささやく。

「これは罰なんだ。教えてあげるね、僕がどれだけつらかったのか」

「ご、ごめんなさい・・・碇君」

「まだ、謝らなくてもいいよ・・・・」

そう言うと、シンジは服を脱ぎだした。



自分も裸になり、横たわったレイの上半身を抱き起こして、そのまま抱きしめる。

後ろ手にくんだままのレイは抱き返すことはできないが、安心したのか少しなごんだ顔になる。

「どうして、本を取り上げたりしたの?」

シンジの問いかけに、やや戸惑いながらレイが答える。

「・・・だって・・・・見て欲しくないもの・・・・他の女の人を・・・・」

「どうして・・・そう思うの。ただの写真じゃないか」

「わからない・・・・でも、嫌なの」

日の光に白く輝くレイの裸体を見ながらシンジが言う。

「大丈夫、綾波より綺麗な人なんていないから・・・だから、少しぐらい、見たって・・・」

おそらく本心から言っているのだろうが、そのシンジの調子のいいセリフにレイは少し腹が立った。

「どうして・・・・そういうこと言うの?」

「だめ? ・・・じゃあ・・・代りに・・・責任とってよ」

「あっ・・・・」

レイの身体を再びシンジの指が這う。

それに抗う術を、レイは持たなかった。




レイにとって永遠とも思えた愛撫の後。

再びレイの身体を起こし、背中を向けさせたシンジは、後ろから抱きすくめるようにして、ゆっくりとレイを引き寄せた。

一瞬、その白い肌が強張り、小さな叫びが洩れる。

こちらに向かって軽く背中を逸らしたレイを受けとめ、まるで彼女を押し止めるかのようにシンジが抱きしめる。

二人を遮るものはなにもない。お互いをそのままに感じながら、一つの生き物のようになっていく時間。

シンジにも先程までの荒々しさは無い。レイの縛った手だけはそのままに、優しく穏やかに動く。

レイの反応を確かめるように。


タオルの布地を通してもれる光の明るさだけがわかる世界で、レイはシンジをひたすらに感じていた。

全ての感覚が研ぎ澄まされるような不思議な気持ち。

確かに後ろにいるはずのシンジも、ただその息遣いだけが存在をあらわしている。
一つになっていること、それだけが今のレイにとって全てだった。

声が出る。

自分では止められない。止めようという気持ちすら起きなかった。



やがてシンジの動きが早まり、レイの中に己を解き放つ。

その時、それを感じながら、自ら発した大きな叫び声とともに、レイの意識は途絶えた。






「ごめん・・・ベランダ、汚しちゃったね」

さっきまでの態度が嘘のように、まるで憑き物が落ちたようになったシンジが、レイを縛った洗濯ロープをほどいて言う。

少し痕になっている。手首に赤い縞。

「・・・・いいの」

レイはどちらも気にしていないようだ。

黙々と服を着ている。すでに目隠しはしていない。

「ミサトさんやマヤさん、気づくかもしれないね・・・」

レイの手首を見ながらシンジが言う。

「問題ないわ。・・・・これも・・・・絆だから」

自分の手首にできた痕を撫でながらレイが答える。

まるで喜んでいるようにも見える。

そんなレイに理解できないものを感じながら、おずおずとシンジが尋ねた。

「ね、ねえ綾波・・・・それで、僕の本なんだけど・・・・あれ、本当はケンスケから買ったんだ。だから、返してほしいんだけど・・・」

女子校生の縛りもの。なかなか可愛いモデルにシンジは少し萌えていたのだ。ただ、下心は知られたくない。

レイが答える。

「いいの・・・・私が責任とるから・・・・だから必要ないわ」

「あ、綾波ぃ」

情けない声を出したシンジに、レイが追い打ちをかける。

「ちゃんと表情も研究しておくから、だから安心して・・・」


なにか自分が間違ったことをしたことに、シンジはようやく気づいた。

もう彼の手に二冊の本が返ってくる可能性はほとんどなくなったのかもしれない。

どこか無邪気な表情をみせるレイを可愛く思いながら、シンジは少しだけ肩をおとした。


大きな疲労感とともに。



〜fin〜









かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net



解説:

ぎしぎし競作第二弾です(^^;;;
前回の話で終わってるつもりだったんですけど、各界からの要望により続いてしまいました。
この時点で他の作品がほとんど出てなかったので、競作の「しばり」があるとはいえ、ダブる心配が無かったですから、さほど苦労はしなかったように記憶しています。

本編でシンジをかっこよくしすぎた気がしてたので、一連の外伝のテーマは「へっぽこシンジ」ですかね。
やっぱりシンジとレイなら、主導権をとるのはシンジだけど結局尻に敷かれる、という構図にしかならんような気がするし(笑)
まあ幸せそうだからいいか(^^)

今回「縛りモノ」にしたことで、不快感持たれた方もいるかもしれませんが、本格的なものではないのでゆるしてやって下さい。(^^;;
本編ではもうこの手のはあまりないと思います。
でももっと凄いのを望む声もあるし・・・・裏サイトでもつくろうかしらん(爆)

でも目隠しと白昼ベランダは特にリクエスト無かったな(^^;;

今回もソースで遊んでます(笑)




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