再会
Written by かつ丸
「いいんだな、これで」
「………ああ」
オレンジ色に光るカプセル。
その中を見つめながら、問い掛けてきた冬月にゲンドウは頷いた。
そう、これでいい。
カプセルの中で眠る、一人の少女。
ゲンドウの妻を模して作られた、人でないヒト。
『綾波レイ』
それが彼女の名前だ。
第16使徒に融合された零号機を道連れに、自爆したファーストチルドレン、彼女と同じ顔、同じ名前、そして同じ魂を持った存在。
そう、彼女は魂を持っている。
この部屋をとりまく水槽で今も泳いでいる、数多くの『レイ』たちとはそこが違う。
このジオフロントすなわち黒き月と、その中に眠っていたリリス。魂の苗床、ガフの部屋とも呼ばれる白き巨人、そこから作られた器たちに宿ったただひとつの魂を持つ者、それが彼女だった。
「まだ、我々はレイを失うわけにはいかん」
「……だが、前回とは違うぞ。レイは他人と触れすぎている。シンジくんや葛城三佐にどう説明するつもりだ」
「…説明する必要は無いさ」
残る使徒はあと一体だ。約束の時は近い。
周囲の者にレイを不審に思われようとも、それを頓着する理由はすでに少ない、そう思う。
カプセルの中で眠る少女、一糸まとわぬその身体には傷一つついていない。
第三新東京市の中心部に巨大なクレーターをつくり、零号機をこの世から完全に消したほどの巨大な爆発、その中心にいたのにもかかわらず、だ。
普通の感覚を持っていたら疑問に思うだろう。
だが、この現実を想像できるものなど、はたして存在するだろうか。
それに、彼女は『綾波レイ』だ。
それ以外の誰でもない。
彼女が持つ魂が、自爆した少女のそれを引き継いでいるように、彼女が持つ記憶も、確実に引き継がれているはずだ。
その異形の魂とともに。
レイが死んだのはこれが初めてではない。
5年前、赤木ナオコによって一度絞殺させられていた。
その時も、彼女は覚えていた。
混乱はしていた。
異常な体験ゆえか、離人症ともいえる兆候が現れてはいた。
しかし、ゲンドウの名前も、自分を殺した相手も、どうして殺されたか、その理由も、すべて知っていたのだ。
今回も同じだろう。
記憶は、魂と共にある。
身体が失われても、それは失われることは無い。
脳神経が持つ電気信号、それだけではないのだ。
そしてそれはゲンドウ自身の希望そのものであった。
エヴァの起動実験の犠牲となったゲンドウの妻、ユイ。
彼女の身体はどこにもない。12年前に消えてしまった。
けれど、その魂は生きている。初号機の中に。
数度にわたる暴走、そしてシンジとのシンクロは、そのことを示している。
この地球が失われ、人類が滅びたとしても、彼女は生きつづけるのだ。
そしておそらくそれこそが、ゲンドウを捨てて、ユイが選んだことなのだろう。
人類の証を残すこと。
その記憶と共に。
彼女を取り戻すために、自分はここにいるのだ。
再び彼女と逢うために、自分は人間の心を捨てたのだ、
かつて一度初号機に溶けたシンジが、その肉体と共に蘇ったように。
2度死んだレイが、3度目の生を生きることができるように。
ユイも必ず取り戻すことができるはずだ。
ゲンドウの妻として。
二人で過ごした思い出と、ゲンドウに誓った愛を持ったままで。
カプセルの中の少女が、一瞬顔をしかめた。
目覚める前兆だろう。
失われた妻と同じ容姿を持つ少女、それがゆっくりと目を開ける。
「………レイ」
呼びかける、その声は震えていたかもしれない。
いつか起こりうる未来、再びのユイとの邂逅、その幻を見ていたからだったろうか。
彼女が記憶を持っていること、消えたはずの少女と同じ存在であること、それを確かめることが怖かったからだろうか。
『………し………れ……い……』
カプセルの中の少女のくちびるが動く。ゲンドウを紅い瞳が見つめている。
思わず笑いがこぼれるのを、押さえつけることができなかった。
それは歓びの啓示。
再びユイと逢える、その確信の証。
だから気づかなかった。
カプセルの中の少女が自分を見つめる視線に、暗い光が宿っていることに。
そこにいる者が、すでにゲンドウの人形ではないことに。
彼は笑っていた。
約束の時、その日が来ることを、疑いもせずに。
オレンジ色に染まった部屋、
まるで彼一人だけがそこにいるような、
そんな笑い声だった。