はじまりの日

Written by かつ丸





雑踏。


夕暮れ。


また、一日が過ぎる。

行き交う人々は、みな家路を急いでいるのだろう。
あたたかいご飯と、やさしい家族が待っているのかもしれない。

みんな幸せそうな顔をしている、そんなふうに見える。


「・・・・はあ」


小さくため息をついた。
それでもベンチに注意をはらう者はいない。

声をかけられても困るけど、ボクが待っている人じゃないなら。


「帰ろうかな・・・・」


よいしょと立ち上がる。少し肌寒い。
もうすぐ、また、冬が来る。それを告げているみたいだ。

冬は好きだ。楽しいことがたくさんあった気がするから。



出会えたこと、

一緒に遊んだこと、

約束をしたこと。


ぼんやりと、霞の向こうに見えるあいまいな記憶たち。


そう、約束したのは冬の日だった。
雪が積もる、真っ赤な夕焼けの日だった。

冬がくれば、雪が降れば、あの人に会えるのかもしれない。


久しぶり・・・・って、

やっと来れたよ・・・・って、

忘れてなんかなかった、俺も会いたかったよ・・・・・って、


そう言って笑う顔が見られるのかもしれない。

冬がくれば。



「あの人」がなんて名前で、どんな顔だったか、もうボクは覚えていないけれど・・・・、


だけど、なにかを約束したこと、それだけは忘れていない。

だから、きっとまた会える。
そう信じて、ボクはここに来ている。

ずっと、

ずっと、

ここで待っている。


約束が果たされれば、その時にボクが無くした何かが帰ってくる。
そのことを知っているから。
























雪。


いつのまにかわからないけれど、街は一面の白に変わっていた。

空を見上げる。誰かがばら撒いているかのように、際限なく落ちてくるモノたち。

しばし、見ていた。
なぜだろう、こんなにも懐かしい。
もう何十センチも積もっているのに。
昨日も、その前も、ずっと降っていたはずなのに。
そんな気がするのに。


まあいいや。


またいつものベンチに行こう、そう思って近づこうとすると、そこにはもう誰かが座っていた。


男の人、男の子かな。高校生くらい。


身体中雪に埋もれながら、上を向いて口をつむんでいる。

寒くないのかしら。他人事ながら心配してしまう、でも、そういえばボクも傘をさしてないや。

ダッフルコートに分厚い手袋で重装備をしているボクと、なんだかペラペラっぽい上着のあの子とじゃ全然違うだろうけど。
よけいなお世話かな。


いつもは忘れられているベンチ。座る人なんかほとんどいないのに。
特にこんな雪の日には。

ボクくらいだと思ってたよ。


どうしよう。
しばらく待とうかしら。

でも、どこにも行きそうにない。
ずっと座ってるつもりなのかな。


さすがに隣に座るのは恥ずかしい。
いきなり行ったら変に思われそうだし。

そこはボクの場所だよ、って、そんなこと言えるわけないよね。



・・・今日はいいや、もう帰ろう。



踵を返し、歩きかけてまた振り向いた。

なんだか、懐かしい匂いがする、そんなふうに感じた。


・・・・・気のせいだよね、きっと。















学校が終わって、また、ボクはこの場所に来た。
昨日の男の子はもういない。
ボクみたいに誰かを待ってたのかな。
もう出会えたのかな。

少し羨ましい。

二日ぶりだけど、いつものようにベンチにちょこんと座る。
でも、今日はなんだかおかしな感じがした。

いつもと同じはずなのに、どこか違うような気がする駅前のベンチ。
一日来なかっただけで、風景さえも変わってしまったかのように思える。



なぜだろう?


なぜなのかな?


分からないまま立ち上がる。



ここはボクのいる場所じゃない。ボクが行かなければならないところは他にある。
そう思えたから。

ここにいちゃいけないよって、このベンチがボクにささやいてくれたような、そんな気がしたから。



『ここにいても約束は果たされない』って



そうだね。


もう、ここにいなくてもいいんだ。
願いが叶わないなら意味なんて無い。


さよなら、ベンチくん。長い間ありがとう。


哀しいはずなのに、なんだか楽しくなった。
小さく手を振る。思わずスキップでもしたくなる。

まだ昼間といってもいい時刻だもの、帰ったりせずにどこかに行こう。

久しぶりに商店街もいい。

歩き出す。白く染まる街の中を。



日の照り返しがまぶしい。

まるで夢の中のように、世界が光って見える。


何年も続いてきた繰り返しの日常が、今日終わった。

ううん、昨日終わったのかな?



それでも・・・・、


ボクが無くしたもの、失ってしまったもの、

あのベンチでとうとうやってこなかった大事ななにか、

それを探さなければいけない。探し始めないといけない。


そのことだけ、ボクは知っている。



他のことはなんにもわからないけれど。



冬の街、雪を踏みしめながら、早足で商店街へと急ぐ。
別に誰かが待っていてくれている、そんなわけでもないのに。


やっぱりおなかがへってるからかな。


たいやき食べよう。
やっぱり、冬はたいやき、それも焼きたてが一番だよね。


懐かしい、でも、覚えていない「あの人」に向かって微笑みかけ、ボクは速度を上げた。

そう、商店街はもうすぐそこ。
ボクはなぜだか、胸の鼓動が高くなるのを、抑えることができなかった。



見上げれば青空が、雲の切れ間からのぞいている。

きっと、今日は夕焼けが見られるよ。



忘れてしまったあの日と同じ、綺麗な、赤い、涙が出るくらい赤い、夕焼けの空が。








〜fin〜








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katu@osaka.104.net



解説:

kanon第2弾。
あゆの話です。

ストーリー性皆無だな、しかし。

ワシは属性は栞ですが、あゆも好きです。
メインヒロインは彼女だと思いますし。

だから連載があるとすればこの子の話になる・・・のかなあ。
でも栞な話もいいし。
ネタがありませんが(笑)





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