夕焼けの中で
Written by かつ丸
いつから、ボクはここにいるんだろう。
いつまで、ボクはここにいるんだろう。
夕焼けの街。
建物が全て赤く染まっている。
「もうこんな時間だな」
傍らの男の子が空を見上げてそう言った。
その子の顔も赤く染まっている。まるで知らない国の人みたいだ。
「・・・そうだね」
小さく頷いた。ボクは空は見ていない。その男の子をずっと見ている。
チラチラと、気づかれないようにして。
別に気づかれてもかまわないのかもしれないけど、なんだか、恥ずかしかったから。
「そろそろ、帰んなきゃいけないな」
彼が、さっきよりも小さな声でつぶやいた。
「・・・・うん」
ボクが答える。もっと小さな声で。彼には聞こえなかったかもしれない。
そう、今は夕暮れ、じきに日が暮れる。今日という日はもう終わる。
家に帰らないといけない。
彼は、彼の家族が待つ家に。
そしてボクは、誰もいない、家に。
「・・・また、明日も遊ぼうな」
ボクを励ますように、ことさらに大きな声で彼が言う。もう空は見ていない。こちらを見てくれている。
「うん・・・・また、遊ぼう」
明日になれば、またお日様が空にのぼり、ボクたちの時間は再び訪れる。
今日と同じように北風がふく商店街をうろついて、あつあつな焼きたてのたいやきを二人して頬張って、寄り添うようにして歩きながらおしゃべりをすることができる。
彼の帰る場所も連絡先もボクは知らないけれど、そしてボクの住所も電話番号も教えてはいないけれど、それでも、必ず、明日にはまた会える。
そのことをボクは少しも疑ってはいない。
だけど・・・・
だけど、明日がきて、また次の明日がきて、それが何度か繰り返されれば・・・
彼は、この街からいなくなってしまうのだ。
彼が本当に住んでいる場所はずっとずっと遠いところで、この街は冬休みの間をすごす、ただそれだけのところだから。
だからもう、あと少ししたら、彼は帰っていってしまう。
ボクは、ひとりぼっちになってしまうのだ。
明日なんてこないほうがいいのかもしれない。
家にも帰らずにずっと、ずっとこうしていられればいいのに。
このまま日が暮れずにいたらいいのに。
今日の、この夕焼けのままで。
「・・どうしたんだ?」
黙ってしまったボクに、とまどったように彼が問いかける。
困らせちゃ、いけないよね、やっぱり。
心配かけたら、だめだよね。
それでも、ボクはしばらく何も言えなかった。
一言でも喋れば、なんだか涙がこぼれてきそうな気がしたから。
「そんな顔してたら、明日大雪が降るかもしれないぞ。そうしたら、俺は家からでられないから、きっと遊べないな」
「・・・そんなの・・・嫌だよ」
「だってしょうがないじゃないか。雪がたくさん積もったら、駅までなんかとても歩けない。明日はお預けだな」
だいたい寒いのは苦手だし、そう言って彼は、残念そうにため息をついた。
きっと嘘だよ。ちゃんと来てくれるよ。
でも、もしほんとに大雪がふったらどうしよう。
ほんとに彼と遊べなかったらどうしよう。
だんだん目の前がぼやけてくる。彼の顔が見えなくなる。
「ばか、泣いてどうするんだ。よけい雪がふるって言ってるじゃないか」
「うぐぅ・・・だって・・・」
「大丈夫だ。俺がちゃあんと晴にしてやるから。こうみえても気合いが入った時の俺はスーパー晴男と呼ばれてるんだ」
「・・・・ほんとに?」
本当だって、言いながら彼が大きくうなずいた。
ボクの頭に右手をあててなだめるようになでる。
「だから、笑ってろ。そうしないとお日様だってでてきちゃくれないだろ? お前の泣き顔なんか見たくないってきっと言うぞ」
「うん・・・ごめんね」
涙をぬぐいながらボクは微笑んだ。
応えるように彼が手を大きく動かして、ボクの髪の毛をクシャクシャにする。
「隙あり!」
「あ〜、ひどいよ。もう」
走って逃げようとする彼を追いかけた。泣き笑いの顔をしたままで。
彼が駆けていく。笑い声をあげて。この冬初めて知った、だけどとても懐かしい声。
赤く染まる夕焼けの街の中、前を走る彼の姿はその赤い色に溶けてしまいそうな気がする。
まるでまぼろしを見ているような気がする。
手を伸ばしても届かない。振り返りこちらを見る笑顔は確かにそこにあるはずなのに。
「ま、待ってよ」
「まったく、しょうがないやつだなあ」
また泣き出しそうになったボクに気づいたのか、彼は近寄ってボクの手を取ってくれた。
乱れてしまったボクの髪の毛をもう一つの手で元に戻し、パンパンと軽くたたく。
もう、ひどいよ。
抗議の声は口から出なかった。
だって本当はとても嬉しかったから。
「じゃあ、そこまで一緒に帰ろうな」
「・・・・うん」
意地悪で、わがままで、でも、とてもやさしい男の子。
つないだ手は暖かくて、しっかりとボクをつかんでくれる。
もう少し歩いたら、離さなくちゃいけないけど。
明日もきっとつないでくれるよね。
そうさ・・・
明日の明日のその先で、お別れしないといけなくても。
でも、それはきっとホントのさよならじゃないよね。
口をつぐんで、でも、微笑みながら、ボクは心の中でそう言った。
きっと彼は「そうだ」って「あたりまえだ」って答えてくれる。
だけど、言葉で聞いたらなんだか泡のように消えてしまいそうな気がするから。
だから、口には出さないけれど。
笑ってるよ、ボク。
それでまた会えるなら、ずっと笑ってるよ。
夕焼けに染まった真っ赤な街の中、手をつないで何も言わずゆっくりと歩く。
強く握られた手のひらは、少しだけ痛かったけど、そこに彼がいることが、確かにまだ彼がいることが感じられたから。
また明日、
またいつか、
寒い冬の日、
こんな夕焼けの中で、
こうやって、手をつなげる時が来るよね。
あれからどれくらいたったんだろう。
いつからか、ボクの周りから夕焼けの赤い色は消えてしまった。
ただ白い、どこまで行っても白い、それだけの世界、そこにボクはいる。
手をつないでくれる人なんて誰もいない、誰も来ない、何もない世界に。
ひとりぼっちの世界に。
でも、ボクは笑ってるよ。
ずっと、笑顔でここにいるよ。
もう顔も名前も覚えていない彼に、きっと、届くと信じているから。
だから、寂しくなんかないんだ。
ボクは・・・
〜fin〜
かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net
解説:
kanon第3弾。
あゆの話、その2です。
別に連載ってわけじゃないけど。
それでも連作になっていくのかもしれません。
形になれば、ですけど。
時期的には「木」に行く前の話なんだろうけど、矛盾はないかな(^^;;;
少し不安だったりして。
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