朝の風景

Written by かつ丸






風が吹いている。




冷たくて透明で、見えない氷のような空気のかたまり。




白く濁る息を吹き飛ばし、ボクの頬を赤く染める。




寒い。




だけど、それがとてもここちよかった。











晴れているけどお日様はまだ低い。
休日だからかな。それとも朝早いからかな。行き交う人影もまばらだ。

白く積もった雪に足あとをつけながら、青い空を見上げていた。

ずっと過ごしてきたはずの街、だけどよく知らない景色、良く知らない場所。
あまり不安を感じないのは、ここが嫌いじゃないからかもしれない。
このあたりには一度しか来たことがないけれど、その一度の時がとても楽しかったから。




「あら、いらっしゃい」


あてどもなく、ぶらぶらと歩くボクに掛けられた声は、優しい響きを持っていた。
青い髪の女性が立っている。エプロン姿、出かけるところじゃないみたい。右手に抱えてるのはゴミ袋かしら。

「あ、おはようございます、秋子さん」

「おはようございます」


暖かい瞳がこちらを見ている。
なんだか懐かしい感じのする、そんな笑い顔。
会うのはこれがまだ二回目なのに、ずっと昔から知っているようなそんなふうに思える。

昔、この人のことを聞いたことがあったのかも知れない。
全然覚えていないけれど。

「祐一さんに会いにきたの?」

「えっ、ち、違うよ・・・」

慌てて答えた。
でもここは祐一くんたちの家のまん前、あまり説得力なかったかな。
だけど、ほんとだもん。
気分がよくて歩いていたら通りがかっただけだから、だからここで秋子さんに会わなければ、そのまま通り過ぎていたはず。


「ボク、お散歩してたから」


・・・・何回かこの家の前を行き来した気もするけど、目的もない散歩だもん、そんな偶然だってあるよね。


「ああ、そう」

疑った様子も無く秋子さんが微笑む。
なんだか、ボクはいっそう恥ずかしくなった。

「それじゃ、ボクもう行くね」

ひょっとしたら赤くなっていたかもしれない顔を隠すようにして、ボクはその場からから離れた。
・・・・・つもりだったんだけど。


「ふぎゃ!」

「あらあら、大丈夫?」

「・・・・うう、痛いよお」


慌てたのが悪かったのかな。
空回りした足はそのまま地面をすべって、気がついた時にはボクの顔は雪の中につっこんでいた。

「ほら、だめよ、気をつけないと」

「うぐぅ・・・ごめんなさい」


どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。
優しくさしだされた秋子さんの腕につかまりながら、半べそでボクは立ち上がった。
コートが雪まみれだ。

「けがはないみたいね」

そう言いながら秋子さんの手が雪を払い落としていく。
ボクはうつむいたままそれに身をまかせた。


パンパンと、朝のお日様の下、大きな音が響く。
秋子さんの手が、ボクの肩から背中に、そして腰へと移っていく。

ああ、なんだかとてもいい匂いがするよ。

厚手のコート越しに感じたその感触は、
遠い昔、
こんな冬の日に、感じたことがあるような気がした。

そう、ボクがもっともっと小さかった時に、こんなふうにやさしく微笑んでいた人が、微笑みながら雪をはらってくれた人が、たしかにいた。

でも、それはいったい誰だったんだろう。


・・・・まあ、いっか。

一瞬だけ感じた疑問は、気持ちよさの中でいつしか薄れていた。
ううん、ほんとは考えないようにしたんだ。
そのまま考えていると、今のこのなんだかここちよい朝が、どこかに消えてしまうような、そんな気がしたから。

幸せなこの瞬間が、春に降る雪のように溶けて流れていってしまいそうな気がしたから。


どうしてだろうね?




「はい、これできれいになったわ」

「あ、ありがとう・・・」

「でも、少し濡れてるから、乾かしたほうがいいわね。うちに上がっていきなさい」


なんだか断れない雰囲気。
断る理由もないし、別にいいのかな。
秋子さんがいいって言ってるんだから、いいんだよね、きっと。
けど、秋子さんの家に行くってことは、つまり・・・。


「・・・で、でも」

「朝ごはんまだなんでしょ? 食べていったらいいわ」

その言葉を聞いたのと同時に、ボクのお腹がグーって鳴った。
ほんとに恥ずかしいね、ボクって。
ニコニコとこっちを見ている秋子さんを前にして、うつ向きながら、ボクはうなずくしかなかった。






はおっていたコートを脱ぐ。
外とは違って暖かい。

大きな家、いくつ部屋があるんだろう。
たしか3人で暮らしてるっていってたよね。
秋子さんと祐一くんと祐一くんのいとこの人と。

この家にくるのは2回目、前回は午後だったけれど。


コートを秋子さんに預け、ダイニングに入った。そこには誰もいない。
祐一くんはまだ寝てるのかな。少し残念。



「まだ早いですからね。起こしてきましょうか?」

「えっ? い、いいです・・・・」


僕がキョロキョロしていたからかな、おかしそうに秋子さんは笑っている。
いじわるな感じはしない。きっとボクがそんな顔を、祐一くんに会いたいって顔をしていたんだと思う。
だから家にあげてくれたのかな、もしかしたら。
でも、あらためて考えれば、祐一くんがボクを見たら絶対変に思うよね。

どうしてここにいるんだって。
なに考えてるんだって。

祐一くんはいじわるだから。
絶対そう言うに決まっている。

それにどう答えたらいいのか、わからないよ。




「あゆちゃんはごはんとパンとどっちが好きなの?」

「あ、ボク、ごはんが好き」


頷いてキッチンに向かう秋子さんを見送り、ボクはテーブルの前の椅子に座った。
なにか落ち着かない。
いまにも祐一くんが起きだしてくるかもしれない、そう思うと頬が熱くなる気がする。

やっぱり帰ろうかしら。

けれど、それもなんだか失礼な気がする。


「あゆちゃんは嫌いなものはあるの?」

「え、ううん、ボク、何でも食べられるよ」

「そう、偉いわねえ」


迷うボクのことを見透かしたように、キッチンからやさしい声がした。
気がつけばなんだかいい匂いがしてる。
トントンと包丁の音がする。
秋子さんが忙しくキッチンを動いている。

そう、朝ご飯を作ってるんだ。
今さらながらにそれに気づいた。

ボクのために作ってくれてるんだよね。
祐一くんや、娘さんのためかもしれないけど、それでもあの中にはボクの分もはいってるんだよね。


なぜだろう、それが、そのことがこんなにもうれしい。
涙がでそうなくらい、うれしい。

ううん、もしかしたら、かなしいのかもしれない。
自分でもよくわからないけれど。
その理由も、意味もわからないけれど。

ずっと触れることができなかったなにかが、今まで忘れていたなにかが、秋子さんが作ってくれている朝ご飯の中にはあるような、そんな気がする。

なくしてしまったもののカケラが、ボクが探しつづけているものとよく似たものが、この家の台所にはあるのかもしれないって、そう思えるんだ。



・・・・おおげさだよね。


ほんのうっすらと流れた涙を指でぬぐいながらボクは笑った。


朝ご飯なんて、毎日、自分の家で食べているはずなのにね。
泣くほどお腹がすいてたのかな?









「はい、おあがりなさい」

気が付けば、ボクの前には白いご飯とお味噌汁にお漬物、そしていろんなおかずが並べられていた。


「わあ、おいしそう。すごいよ、秋子さん」

「ふふ、ありがとう。たくさん食べてね」


優しい瞳がボクに微笑む。
暖かくて、少し懐かしい。


もう、祐一くんのことはあまり気にならなかった。
会いたくないわけじゃないけれど、今はそれよりもこの暖かい場所に少しでも長くとどまっていたい、そう思えたから。

別に食欲に負けた・・・・ってことじゃないと思う、あんまり自信は無いけどね。


茶碗とおはしを持とうとして気づいた。

うん、忘れちゃいけないよね。

興味深げにこちらを見ている秋子さんに、大きな声でボクは言った。



あたりまえの、


だけど、


ずっと誰かに言いたかった、


言う相手を探していた、


そんな気がする言葉を、




「いただきます、秋子さん!」









〜fin〜








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katu@osaka.104.net



解説:

kanon第5弾。
あゆの話です。

ストーリー性皆無ですが、本編の一部ですね

分岐という形式をとりにくいので、難しかったです。
同内容のがもしあったらすみません。

秋子さんのあゆに対する口調、少し悩みました。
祐一に対するものと比べて、もう少し幼い子と接する感じになってたんじゃなかったかなあと
だから敬語の度合いを減らしてあります。

しかしだんだんあゆが可愛そうになっていく気がするよ。



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