しんじとれい

〔第四話 困惑〕

Written by かつ丸






白い部屋。白いベッド。そこでは白いシーツに包まれて薄茶色の髪の少女が眠っていた。

ベッドのそばにはそれを見ているふたくみのまなざしがあった。どちらもどこか哀しい光をたたえている。
ジャージ姿の少年と黒衣の男性。

けれど少女は穏やかな寝顔をしていた。
なにも悩み事などないかのように。

眠る少女から目をそらさないまま、短髪の少年はかたわらに立つ男性に尋ねた。


「なんでこないなことになったんですか?」

「・・・・・すまなかった」


何も言い訳をせず、男が謝る。その言葉に誠意を感じたのだろう、少年はそれ以上責めることもなく、小さくため息をついた。


「・・・すんません。もともとはワシが悪いんです。教団からの資料を机にほったらかしにしてたから、ちゃんとしまっといたらこいつが見ることもなかったですから」

「・・・・・・まだ希望がないわけじゃない。時間がたてば回復する可能性はある」

「はい、こいつの才能はワシなんかよりずっと上です。だから、きっと大丈夫やと、そう思います」


まるで自分自身に言い聞かせるように少年は言った。そして少女に右手を近づけそっと髪をなでる。

その感触に反応したのか、少女が眠ったまま微笑を浮かべた。

夢を見ているのだろうか、少女のくちびるが小さく動き、ひとつの名前を呼んだ。


「・・・・シンジさん」


その声は少年にしか聞こえなかったかもしれない。
一瞬、虚を衝かれたように呆然としたあと、少年は顔をゆがませた。
それは怒りだろうか、それとも憎しみゆえだろうか。


「そういえば、葛城はどうしてるんだ」

背後から声がかけられた声に、少年は我に返ったようにその表情を素に戻した。何事もなかったように答える。少女の方を向いたままで。

「ああ、師匠はまた旅にでてはります。じきに帰ってきはるとは思うんですけど」

「そうか・・・・・」

「やっぱり怖いですか?」

「まあね。このことを知られたらきっと殺されるな」

「・・・・その前に多分ワシが半殺しにされると思いますわ」

和んだふうには見えないのは、きっと二人が冗談を言ってるのではないからだろう。
少し重くなった部屋の空気など気にならない様子で少女はまだ眠っていた。

少年の手をその髪に乗せられたまま、幸せそうな笑顔は消えてはいなかった。








窓から日の光が差している。
昨日カーテンをきちんと閉めなかったためだろうか、そんなことを思いながら、シンジはゆっくりと目を覚ました。

夢見が悪かったせいかもしれない、霧がかかったように世界ははっきりとしない。

ぼんやりした頭で、今日これからのことを考える。とりあえず休日ではない、学校にいかねばならない、それは分かっている。ならば支度をしないといけないだろう。

「よいしょっと」

寝ぼけた自分に気合を入れるように、掛け声とともに体を起こす・・・・・はずだったが、シンジの身体はなにかに縛られたように動かなかった。

「えっ?」

金縛り、いや、それとも少し違う気がする。何かが上に乗った感触ではない、両腕が重いのだ。
そういえば額には汗がにじんでいる。背中もパジャマがべっとりと張り付いてしまっている。
蒸し暑い。エアコンを効かせているはずなのに。

その時気づいた、自分のすぐ近くで別の寝息が聞こえることに。

誰かいる。徐々に頭がはっきりしてくる。

自分の想像が外れていることを祈りながら、シンジはおそるおそる首を右に向けた。

「・・・・どうして?」

そこには見覚えのある茶色い髪の頭があった。顔はシーツに隠れて見えない、けれどシンジにとっては確認するまでもなくそれが誰かはすぐに分かった。

霧島マナ、彼女に間違いない。

近所の中華料理屋の一人娘、小学校からずっと同じクラスの幼馴染。

なぜ彼女がシンジと一緒に寝ているのだろうか。まだ夢の中に自分はいるのだろうか。
けれどここは確かにシンジの部屋だ、見慣れた天井がそれを示している。

夢などではない。

ならば・・・・自分は知らぬ間に取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか。
右腕にあたるマナの柔らかい感触は、覚醒しつつあるシンジに別の刺激をあたえつつある。
そう、そこにいるのはただの幼馴染などではなく、一人の生身の女性だった。


・・・・・いったいなんてことを。


寝汗はいつしか冷汗へと変わっていた。マナが嫌いなわけではない、けれどはっきりした恋愛感情も自覚していないのに結ばれたことを納得できるほど、シンジは図太い神経は持っていない。

彼女を起こして事情を訊いたほうがいいだろうか、でも本当にことに及んでいた場合、覚えていないなどと言えば彼女を傷つけてしまうだろう。しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。いずれマナの目は覚める、そのときには自分のしたことと向かい合わなければならないのだ。

どうしていいのかわからない思いと、両腕にあたるふくよかな感触に、シンジの頭の中の混乱は度合いを増していった。ふりほどいて逃げるわけにもいかない、だいたいここはシンジの家だ。


・・・両腕?


その時ようやく気づいた。息遣いが聞こえるのは右側だけではないことに。

ゆっくりと首を左側に向ける。

そこにはシンジの予想したとおり、青い髪の少女がいた。
眠ってはいない、その紅い瞳は間近でシンジを見つめていた。


「・・・・おはよう、碇君」

「お、おはよう・・・・」


ほんのかすかに微笑を見せた彼女に、強張った笑顔で挨拶を返しながらシンジは思った。


昨夜、自分は一体何をしたんだろう?









「はあ・・・・」

ため息をついて、シンジは窓の外をながめた。
6時間目の授業ももうすぐ終わる。教壇では教師が何か喋っているが、まるで身が入らない。
別に放課後が楽しみというわけではない、チャイムがなる時が近づくにつれて、むしろ憂鬱な気分は増していった。

今日も天気がいい、初夏の日差しがまぶしい。健康な中学生なら、もっと陽気な気分になるのが本当だろう。
そういえば夏休みも目前に迫っている、ただ、その前に期末試験が立ちふさがっているが。

「でも・・・・勉強してる余裕なんかあるのかな?」

思わずひとりごちる、自分の言葉にいっそう気が重くなった。
まだ2年生になったばかりで受験を意識しているわけではない、けれどゲンドウは学校の成績にはうるさいのだ。
中間テストより悪くなっていれば、これ幸いと学問に専念するようにいいつけるだろう。つまりはチェロを練習する時間が減るということだ。

せっかくの休みなのだ、それはなんとしても避けたい。

もっともこの一週間、別の理由でシンジは楽器に触れることができなかったけれど。


「はあ・・・・」


また、ため息が出る。
そしてそんな自分を見ている視線があることを、シンジは自覚していた。

隣の席でこちらを見つめる青い髪の少女。授業などまるで関係ないように、彼女はずっとシンジのことを見ていた。
睨んでいるわけではない、ただ静かにながめているだけだ。
きっと見守っているつもりなのだろう。

けれど彼女こそがシンジの憂鬱の原因だった。

彼女と、そして対抗するように別の席からシンジをみているもう一人の少女が。




「さあ、シンちゃん、帰ろう!」

「う、うん・・・」

担任が教室を出て行った瞬間、抱きつくようにしてマナが駆け寄ってきた。圧倒されながら返事をする。長い付き合いのはずなのに、ここのところの彼女はどこか殺気立っている気がする。

「帰りましょう、碇君」

そして反対側ではレイがシンジのすぐ隣で待っていた、彼女もすでにカバンを持っている。

「そ、そうだね、行こうか・・・」

「ええ」

しぶしぶ立ち上がる。ここでごねても事態は悪化するだけだからだ。
昨日、おとといと、用事を理由に別に帰ろうとしたが、レイはマナが、マナはレイが抜け駆けしてシンジと一緒に帰るのではないかと疑い、どこまでも後をつけて来た。
監視されながら意味もなく街を徘徊するくらいなら、まっすぐ帰ったほうがはるかにましだろう。

右手に槍とカバンを持ちドアへと向かう。
両側には二人の美少女、クラス中が自分に注目しているのが分かる。やっかんでいるのか、同情しているのか、それはよくわからないが。



「どうしたの、シンちゃん、元気ないみたいだけど・・・。やっぱり変な女と同居なんかするから神経が参ってるのよ。早く追い出したほうがいいんじゃない?」

「そうね、自分で分かってるなら早く出て行けばいいのに」

「やめてよ、二人とも」


教室から一歩踏み出した瞬間から、二人のいさかいはもう始まっていた。辟易としてシンジが仲介する。
この間からずっとこうだ、しかも日に日に悪化している。

2体めの使者と戦ったあの晩、マナが着替えを持って家に泊まりに来た。加持がいないためにレイと二人きりで過ごす一夜に身の危険を感じていたシンジは、逡巡の末にそれを了承したのだ。

マナを泊めた後、彼女の両親からなんと言われるか分からない、いきなり婿扱いされるかもしれない。マナの父親はシンジの料理の腕を見込んで、坊主なんかやめて中華料理の修業をしないかとよく言っている。シンジは冗談のつもりで聞いているが、マナとそういう仲になったと思われたら、本気でゲンドウに申し立てるかもしれない。
それが悩んだ理由だ。

けれどレイと一晩を過ごせばもっと悲惨な事態になりそうな気がした。
貞操だけならまだしも、命の危険すら皆無ではないのだ。
背に腹は替えられないだろう。

だからマナに手を出すことなど考えてはいなくて、当然別の部屋を準備するつもりだった。
マナが本気だなどと想像はしていなかったのだ。

彼女がシンジの寝床に忍び込んでくるまでは。

深夜突然現れたマナに、シンジはただうろたえるしかできなかった。
けして彼女が嫌いなわけではない。それにシンジにも人並みの欲望はある、十分に魅力的な少女に迫られて、何も感じないわけがない。

今まで姉弟のように過ごしてきた二人だが、もしかしたらあの日がその一線を超える日になっていてもおかしくはなかったろう。

だが、シンジは必死の思いで自制し、マナを押しとどめた。

枕もとに立つもう一人の少女に気づいていたから。


「何してるの、あなた?」

冷たい瞳でマナを見つめながら抑揚のない声でつぶやくレイ。
そんな彼女のことなどまるで気にせず、マナはシンジに身体を摺り寄せつづける。

けれどシンジには分かっていた。怒りゆえにレイが獣の姿にその身をかえようとしていることが。
唸るように震える槍が、先ほどからシンジに命の危機を教え続けていた。

理性を失ったレイがどうなるか。またかつてのようにシンジが槍を使って止めるしかなくなるはずだ。
いくらなんでも家の中でそんなことをしたら、この寺が廃墟になってしまう。

摺り寄せてくるマナの感触に耐えながらも、破滅から逃れる選択ができたのはシンジの意思の力だろうか、それとも臆病さゆえだろうか。


「・・・き、君もおいでよ、綾波」

「な、何言ってるのよ、シンちゃん」


マナの叫びも聞かず、布団の片側を上げたシンジは、ほとんどやけくそになっていたのかもしれない。
しかし他に事態を収拾する方法はなかっただろう。


始めての添い寝にとまどうように喜ぶように、それでもシンジの腕につかまり寄り添ってくるレイ。そして彼女に対抗するように密着しながら熱い吐息でシンジをくすぐるマナ。
一つの布団の中で二人の少女に挟まれ逃げ出すことも切れることもできずにシンジはただ固まるしかなかった。

結局その夜はそのまま朝を迎えたわけだが、それ以来だろう、レイとマナ、二人がお互いを不倶戴天のライバルと認識しあったのは。

そしてこの数日、シンジに平穏な日常と呼べるものは存在しなかった。

レイとシンジの目が合うだけでマナは嫉妬でわめき、マナの言葉に笑顔を見せるだけでレイの瞳は紅く光る。
彼女たちから逃げて二人きりになることすらできない。
マナが自分の家に帰れば少しは事態は好転するのかもしれないが、ゲンドウや加持が帰ってこない限り、彼女はこの家に居座るつもりのようだ。

・・・マナの家族はどう思ってるんだろう?

当然その疑問はあったが、シンジはあまり考えたくなかった。
着替えや教科書を取るためにたまにマナは家には帰っているが、夜は必ずシンジの部屋に戻ってくる。
その状況を放置していることですでに、答えはでているような気もする。
マナは一人娘なのだ。そしてさほど放任された家庭なわけでもない。



「・・・はあ」

「ほら、またため息なんてついてる。シンちゃん何か心配事でもあるの?」

心配事の原因を作った張本人がそう問い掛ける。シンジはただ苦笑いを返すしかできなかった。










「これが本部から送られてきた『使者』のデータですね。有効な資料は写真くらいしかないのはやはり急だったからでしょうか?」

「ああ、これほど早く事態が動くとはほとんどの者が予想していなかったからな。測定装置を設置する余裕などなかったのだろう。だが高レベルのアストラル体であることに間違いはあるまい」

いくつもの機材が並ぶ実験室。そこに白衣を着た男女がいた。
初老の男と髪を金色に染めた女性、いずれも日本人だ。

「はい、形状や性質は一般的な妖怪とはかなり違うようですが、伝承とは大きく逸脱してません」

「『槍』が現れてわずか数日のうちに2体もの『使者』が音流布寺に現れた。狙いは『槍』か、それとも『少女』か。どう思うかね、リツコくん?」

「もう一つの可能性がありますわよ、冬月先生」

「なんだね?」

「槍の使い手かもしれませんわ。狙われているのは」

手にした書類から目を離さずに、リツコと呼ばれた女性は言った。
赤木リツコ、この実験施設の研究者の一人である。向かい合っているのは彼女の上司でこの施設の責任者だ。
リツコの言葉に一瞬虚を突かれたような顔をした後、白髪の男、冬月コウゾウがつぶやきを発する、それはほとんど独り言のようだった。

「・・・使い手か・・・碇の息子が選ばれるとはな。やつの血か、それとも・・・」

「かつて教団史上最高といわれた霊能力者、碇ゲンドウ・・・そのご子息が高い霊力を持っていても不思議ではありませんですわ。だけど候補者では無かったとも聞きましたけど、そうなるとまた教団内の調整が難しいかもしれませんわね」

「あ、ああ、そうだな。そういえば君もかつては候補者の一人だったか」

「はい、もう15年も前、前回の「試し」の時ですけど。でも、私はよかったんです、使い手なんかに選ばれなくて。こうして研究活動をしてるほうがよほど性にあってますから」

昔のことを思い出したのだろうか、少し頬を赤く染めながらリツコが答えた。
その口調には負け惜しみのようなものは含まれていない。

「そうか、もうそんなになるのかね。では次の『試し』も間近だったはずなのだな」

「はい、前回、その前の碇ゲンドウ氏や私の母が参加した時、そしてそれ以前もずっと、槍の使い手を見出すことはできませんでしたが・・・」

「だが、いずれの候補者たちもその後教団をささえる幹部として重責についている。そう考えると皮肉なものだな、いくら関係者とはいえ、候補者以外から使い手が選ばれるとは」

リツコが別の書類を手に取った。そこにも1枚の写真が添えられている。
学生服姿の少年、線の細いその顔はどこにでもいる普通の中学生にしか見えない。

「・・・けれど教団縁者の子弟で霊力の高い者は強制的に候補者にされるんじゃなかったんですか?私はそうでしたけど」

「確かにそのはずだな。幼児の段階で選別がされるのがきまりだ。その少年の場合は、・・・そうだな、表面的な霊力は少なかったか、碇のやつがあえて隠していたか、・・・・あるいは」

「あるいは?」

いぶかしげな顔をして問い返すリツコに、冬月は小さく微笑んで首を振った。

「・・・私たちがずっと追い求めていた力とは違う何かを彼が持っていたのかもしれん。それを槍が選んだのかもしれんな、もしくは、『少女』が」

「・・・・・」

「・・・・いや、科学者に予断は禁物だったな。やはり事実を知るものから話を聞いてそれから判断するとしよう」

自嘲気味に言った冬月の言葉に、リツコが答えた。

「ええ、もうすぐ加持くんがここに着きますわ。音流布寺に戻る前にいろいろと先生の意見を聞きたいそうですから・・・」

「君に会いに来るのではないのかね?」

「まさか・・・彼の想い人は私じゃありませんもの」












「どうかしたの?」

紅い瞳がシンジを見つめていた。
にらんでいるわけではない、うかがうような視線。

ご飯を箸にはさんで口元まで持ってきたままの姿勢でシンジの身体が固まる。レイのせりふがいきなりだったからだ。

マナは今は自宅に帰っている。夕食を終えてからまた来るのだろう。
だからここにはシンジとレイしかいない。

これまではゲンドウとはさんでいた食卓に、二人座ってシンジがつくった料理を食べている。
新婚、というにはあまりにも幼いし、甘い雰囲気などなかったけれど。

だがマナがいない今、そこには穏やかな空気が流れていた。
特に会話を交わすわけでもなく、もくもくと食事をとる。人間ではないレイがどんなものを食べるのか最初はわからなかったが、特別なことはなかったようだ。
肉類はなぜか食べないが、シンジと同じものをあたりまえのように食べている。

そうしていると彼女の正体など忘れてしまいそうだった。

彼女の問いかけは、無意識にレイのことを見ていたシンジをいぶかしんでのことだろうか。

「ご、ごめん。なんでもないんだ」

「でも・・・あなたはとても何かに困ってる。生気も失われているわ。・・・あの女のせい?」

マナのことを思い出したためだろうか、レイの瞳に冷たい光が宿った。
その光に押されるように、思わずシンジが口ごもる。それを肯定ととったのだろう、レイが右手を上げ、その爪を長く伸ばした。

「あ、綾波?」

「あの女が碇君に害になるなら、私が排除するわ」

「や、やめてよ、なんてこと言うんだよ!!」

我知らず立ち上がり、シンジはレイに怒鳴りつけた。
テーブルの上のものが音を立てて飛び散らかる。だが二人ともそれには気づいてはいない。
突然の豹変に驚いたのだろう、レイは呆然とシンジを見つめている。

「碇君?」

「排除ってなんだよ。マナをどうするつもりなんだよ」

「・・・あなたは私が守るの」

「なに言ってるんだよ。だからってマナを殺すの? マナが、彼女が僕の敵のわけないじゃないか」

「碇君・・・」

自分の言葉に刺激され、シンジは激昂しつつあった。普段ほとんど人に怒ったりなじったりはしない、だが、頭に血が上ったまま、口からでる怒りの感情は止まらなかった。

「相手が『使者』なら、僕らを殺そうとする化け物ならいいさ。でも、マナは人間なんだ。この前のサクラちゃんの時もそうだよ。あの時も綾波は彼女を殺そうとしてたじゃないか」

「・・・・・」

「ましてやマナは教団の関係者でも霊能者でもない。ほんとにただの人間なんだ。綾波がなにかしたら、簡単にこわれてしまうんだ」

いつしかシンジの瞳の色が普段のそれとは変わっていた。彼自身気づいていないが体全体が紫色のもやのような光に包まれている。彼の感情の昂ぶりに足元の槍が反応しているのかもしれない。

髪は伸びてはいない。だが、今の彼は力を発現しつつあった。レイを前にして。


「もし、マナに何かしたら・・・絶対許さない」

「・・・あなたは、あの女をかばうの?」

「綾波がマナを襲うなら、僕は彼女を守る」

「そう・・・・」


シンジから目をそらし、レイは立ち上がった。そのままきびすを返し部屋から出て行く。


「・・・・・さよなら」


彼女が小さくつぶやいたその言葉だけが、シンジの耳に響いていた。










「どうかしたの?」


「えっ・・・?」

どれくらい時間が経ったのだろう。かけられた言葉にシンジは顔を上げた。
さきほどと同じ、しかし声のトーンはあきらかに違う。
シンジの視線の先に立っていたのも、やはりさっきとは違っていた。

「何してるのよ、シンちゃん。・・・・いったい何があったの?」

唖然とした様子でマナが尋ねた。
テーブルの上にはおかずが散乱している。シンジは今まで自失して椅子に座り込んでいた。
不審に思われて当然だろう。

マナの黒い瞳を見ながら、しかしシンジはどう答えたらいいのかわからずにただ黙り込んでいた。

「・・・綾波さんは? 彼女はどうしたの?」

「・・・・さあ、自分の部屋じゃないの?」

「そう? でも玄関に靴がなかったわよ」

「・・・・・」

「・・・・・・フフフ」

下を向き、また黙ってしまったシンジに対し、マナが小さな笑い声をあげた。
いぶかしげにシンジが彼女を見る、どこか拗ねた顔で。

「・・・何がおかしいのさ」

「喧嘩したんでしょう、綾波さんと。そして後悔してるんだ」

「別に・・・そんなんじゃ・・・」

「シンちゃんの考えてることくらいわかるわよ。つきあい長いもん」

「・・・マナ」

シンジに向けられたマナの顔には、苦笑いが含まれているように見えた。
手のかかる弟を相手にしているような、そんな笑顔。
それはレイが現れるまで、何度もシンジが目にしていたマナの表情だった。
だがそれだけではなかったのかもしれない。マナの瞳は深い色に染まり、その心の奥底を隠すように光っている。

静かに彼女は言った。

「ねえ、シンちゃん。彼女、行くとこなんてないんじゃないの? 放っておいていいの?」

「う、うん、で、でも・・・」

「土地カンもない女の子がうろうろしていい時間じゃないわよ。・・・探してくるね、私」

「えっ?」

シンジの返答を聞こうともせずに、マナは部屋を出て行った。


何が起こったかわからず彼女を見送ってしまったシンジだが、次の瞬間慌てて立ち上がった。

レイのことが心配だったわけではない。もし今マナとレイをふたりきりにしたらいったいどうなるだろう?
マナはレイの正体は知らないのだ。そしてレイに常識は通用しない。

テーブルの下に置いていた槍に手を取る。正直レイと戦いたくはない。
けれどもしレイがマナを傷つけたら、あまつさえ命を奪うようなことがあれば、自分は彼女を許すことはできないだろう。

止めなくてはならない、取りかえしのつかないことが起きる前に。

槍をその手に抱え、シンジは玄関に向かって駆け出していた。





寺の門をくぐり、シンジは道路へと出てきた。
すでにあたりは暗くなっている。
車一台通らない道を、街灯だけが照らしている。
周囲には人影は見えない、レイもマナも近くにはいないようだ。

いったいレイはどこに行ったのだろうか。少し焦りながらシンジは頭を働かせた。

マナの言ったとおりレイには土地カンがない。彼女にそんなものが必要かどうかはよく分からないが、やはりここ数日の行動範囲から考えたほうが合理的だろう。

となると学校だろうか?

ほとんど馴染んだ様子はなかったが、この街でレイの居場所は他に無いような気もする。

教団に帰った可能性もある、それならいずれ来る連絡を待てばいいだけだ。
けれど加持が教団でもレイの制御はできないと言っていたのではなかったろうか。

悩んでいても事態は進まない。とりあえず学校のほうに向かおうとシンジが通学路を駆け出そうとしたその時、だれかが行く手をふさいだ。

黒い影が。


「えっ!?」

「なあ・・・・自分、今、その寺からでてきたんとちゃうか?」


聞きなれないイントネーションがシンジに向かって問い掛ける。
黒い影のように見えたものの正体がシンジの焦点の合うにつれてはっきりと形になってきた。

黒いジャージ姿の少年、背はシンジより少し高い、年齢はきっと同じくらいだろう。
顔に見覚えは無い。この近所の住人ではないと思う。

そして厳しい視線でシンジのことを見ていた。右手には彼の身長と同じくらいの長さの棒のようなものを持っている。それだけで分かる、彼が普通の少年ではないことが。

「なあ、どやねん?」

「え、う、うん・・そうだけど」

「・・・やっぱそうか」

シンジの言葉にうなずくと、その少年は風を切る音とともにシンジに向かい棒を振りおろした。

「わっ!」

とっさに腕が動く、シンジにあたる寸前で手に持った槍が棒を受け止めていた。
少し意外そうに少年がつぶやく。

「それが槍か・・・一応使えるみたいやな。本気や無かったゆうてもワシの棍を受けたやつは数えるほどしかおらへんから」

「ど、どうして?」

「おまえ、碇シンジやろ」

シンジを見据え、棒を打ちつけた姿勢のまま、少年は静かに言った。

「ワシの名前は、鈴原トウジや」

「す、鈴原?」

槍の柄の部分を両手で持ち、必死で耐えていたシンジが、その苗字に反応する。
彼は知っていた、それと同じ苗字を持つ一人の少女を。

「ああ、サクラの兄や。・・・お前には妹が世話になったみたいやからな。ちゃんとお礼をしとかんとワシの気がすまへんねん」







「何してるの? 綾波さん」

本堂の裏、母屋からの明かりもほとんど届かない場所で、マナはレイを見つけた。
最初から表には向かっていない。シンジの家に入る寸前、何か小さな青いものが視界の片隅を掠めた。その時は気づかなかったが、シンジと話をした時思いついたのだ。
レイがこのあたりにいるのではないかと。

ここは正門とは反対側にあたる。外へ出ることはできない。シンジと喧嘩したはずの彼女だ、頭を冷やそうとしたのかもしれない。
だから別に疑問には感じなかった。

マナからかけられた声に気づいたのか、青い髪の少女はこちらを見ている。
その瞳からは感情をはかることはできない。ただ静かに紅く光っている。

レイと二人きりで会うのはこれがきっと初めてだろう。いつもそばにはシンジがいたから、そしてマナもシンジのことばかり気にしてこの突然二人の間に現れた闖入者のことを深く考えたことは無かった気がする。

自分と同じくらいに、いや、認めたくは無いが、もしかしたら自分以上にシンジは彼女のことを想っているのかもしれない。
正直自分でもバカみたいだとは思う。けれどレイに対して憎しみの感情は無かった、シンジとレイ、二人の様子は恋人たちのそれとは違うように感じていた。
だからかもしれない。

むしろ今日二人がケンカをしたことのほうが意外だった。そのことにマナは嫉妬を感じていた。
台所で放心していたシンジ、話をしているときもマナのことなどほとんど視界に入っていない、彼の心はあの場を去ったレイのことで埋まっていた。それがわかったから。

ならば無理にでも仲直りをさせ、この状態を解消する。そうしないとマナの心の平衡が保てないように思えた。
後のことはまたゆっくりと考えればいい。


「シンちゃんが心配してるわ。もう戻りましょう」

「・・・・・」

シンジの名前に一瞬身体を震わせたような気がしたが、やはりレイの表情は変わらなかった。
らちがあかない、そう思いゆっくりと近づく。
数メートルの距離になった時、レイのくちびるが動いた。

「・・・来てはだめ」

「ヘっ!?」

思わず足を止め、レイを見る。
視線はマナから動いていない、彼女の表情も変わらない。けれどさっきの言葉は、彼女が何かに耐えているように思えた。

「どうしたの? 綾波さん」

「私のそばにいてはいけないの・・・・このままでは、私はあなたを壊してしまうから」

「私を・・・壊す?」

まるで意味がわからない。
だからレイの言葉に素直に従う気にはなれなかった。
別に彼女に好意を持っているわけではないが、何か悩みがあってそれがマナにも関係あることなら知る必要があるだろう。
シンジとレイのけんかの原因がそこにあるならなおさらだ。

「ねえ、いったいそれってどういうことなの? ちゃんと教えてよ」

そう言ってまたレイの方に歩み始める。
一歩、また一歩と。
別に何が起きるわけでもない、レイはやはり表情を変えずにこちらを向いたままだ。

そして間近に迫ったとき、また、レイが言葉を発した。

「・・・・あなたは、碇君の何?」

「な、なによ、突然!?」

「あなたのせいで、碇君は困っていたわ。そしてとても疲れていた。・・・あなたは、あの人を苦しめても平気なの?」

「シンちゃんを? そんなわけないじゃない! そりゃあ、少しは強引だったかもしれないけど。苦しめようとしてるなんて・・・」

冗談にしてもひどい、そう言いかけてレイの目を見る。
マナには分かった、レイが本気でそう思っていると。
言葉を切ったマナに逆らうようにレイが言う。

「・・・あなたは碇君を苦しめているわ」

「そうかな? じゃあ、綾波さん、あなたは違うの? あなたにだって原因はあると思うけど」

「私?」

「そうよ、あなたが来てからじゃない、シンちゃんの周りが騒がしくなったのは・・・」

軽口のつもりだった、だが口に出したその時マナの脳裏に一つの光景が思い浮かんだ。

夕陽に染まりながらこの場所に立っていた黒い巨人。

目の錯覚だとシンジは言った、そんなものは知らないと。
しかし、レイは真実を知っているのかもしれない。

「あの時の化け物も、あれもあなたが関わってるんじゃないの? 加持さんやシンちゃんは隠してるけど、私はたしかに見たんだから」

「・・・・・・」

「ねえ、なんとか言いなさいよ」

「・・・・・・・・」

「やっぱり知ってるんだ。・・・まさか、あなたのせいであれが出てきたの?」

なぜだかそう思った。レイの沈黙、それこそが真実をあらわしているように思える。
やはりあの黒い巨人は実在した、幻などではなかったのだ。
では、この少女はいったい何者なのだろうか?

その時、ずっと黙り込んでいたレイがくちびるを動かした。
かすかなつぶやきがマナの耳に響く。

「・・・そう・・・・・・しかたないわ・・・・」

「綾波さん、あなたは・・・・・」

突然、マナの心の中になにか得体のしれない感情が生まれた。

それを何と呼べばいいのか分からない。だがあたりの空気の色が変わったような気がした。
彼女のせいだろうか?

思わずあとずさる。張り詰めた何かが壊れないように、静かに。
目の前のレイは再び口を閉ざしマナを見ている。いや、焦点はあっていない。その紅い瞳はマナの方を向いているが、どこか違う何かをみているように空ろに光っている。
だが、マナは彼女から視線をはずすことができなかった。

何かが起こる。

それとも、もう起きているのかもしれない。

「あ・・・ああ・・・・」

言葉を失ったマナの前で、ゆっくりとレイの身体が宙を浮く。

そしてマナは見た。

目の前の青い髪の少女が、人とは違う形へと、その姿を変えていくのを。








音流布寺の門の前、まだ深夜というには早い時間。
なぜか人通りのない暗い道路。

そこで二人の少年が闘っていた。

いや、黒いジャージの少年が一方的に襲っている、それが正確かもしれない。
シンジはトウジの繰り出す攻撃をただ槍で受け止めているだけだったから。

「どうしたんや? そんなもんなんか、オノレは?」

揶揄するように言う、本気で打ち込んでいるわけではないのだろう。
なぶるようにシンジの肩や腕そして足を打ちつけてくる。
無意識に槍が動き、シンジを守ろうとしている、けれど槍を握る少年の顔は蒼ざめ、抵抗する気力などないように見えた。
シンジの全身はすでに痣だらけになっているはずだ。
それでも加持との時のようにシンジの様子に変化が現れることは無かった。

シンジはそれを望んでいない、だからだろうか。

「ぐうっ」

トウジが薙ぐようにふるった一撃がシンジの頭にあたり、彼は地面へと転がされた。
アスファルトに顔がこすられ、そのまま突っ伏す。
側頭部に焼けるような感触がした、血が出ているのかもしれない。

「立てや。 抵抗してくれなおもんないやないか。・・・殺しはせんけどな、二度と歩けんように したるわ。それでもまだ足りへんくらいやけどな」

「・・・サ、サクラちゃんは・・・」

頭を抑えながらシンジは身を起こした。
加持につれられてサクラがこの寺を去ってから数日、その後何の連絡も無い、サクラからも、加持からも。
決して忘れていたわけではない。だが考えないようにしていたのかもしれない。
シンジが手にもつ槍で自らの身体を貫いた彼女、霊的エネルギーの減少で身体が弱っていると加持は言っていた。
けれど大丈夫だと微笑んでいた彼女の言葉にすがろうとしていた。

シンジの臆病さが、その優柔不断が、彼女を傷つけたと認めたくなかったから。

「オノレのせいで・・・・オノレのせいであいつは・・・・」

吹き上がる思いを押さえつけるように、トウジはくちびるを噛んでいる。彼の瞳は憎しみに赤く燃えシンジをにらんでいた。

「・・・槍の使い手なんてハナからどうでもええんや。ワシはあいつを守るための力が欲しかったんやから。そやからサクラを傷つけた・・・・あいつから霊力を奪ったお前を、ワシは許すことはでけへん。教団がなんと言おうと、ワシはお前を認めへんのや」

ふりしぼるような声とともに、トウジは再び棒を構えた。
立ち上がることもできず、シンジは彼を見つめている。
自分に向けられた弾劾に、反論することもできない。立場が逆なら、自分もきっとそう思うだろう。

「ご、ごめん・・・・」

「謝らんでええわい!! オノレが謝ってそれでどうなるっちゅうねん。許すとか許さんとかそういう問題とちゃうんじゃ」

「ごめん・・・」

「うじうじしとらんで立てや! 使い手のお前を守るためにサクラは傷ついたんとちゃうんか? オノレがそれに値するかワシに見せてみろや!」

「ごめん、僕は、僕は・・・・」

もともとそんな資格は無い。そう言ってもトウジは納得しないだろう。
なりゆきのままに槍の使い手と呼ばれ、何も知らないまま使者と戦っている
明確に否定したわけでも逃げ出したわけでもなく、流されるままにきた。
その結果サクラを傷つけたのなら、それは確かにシンジの罪なのだ。

「もうええわ、オノレと話をするだけでもむかついてくるわ。抵抗する気が無いならそのまま座っとれや、どうせ結果は一緒じゃ」

苛立ちを抑えきれない様に、トウジは棒をシンジに向けた。

彼は本気だ。それは目を見れば分かる。
ここで傷つけられることを望むわけではない、けれどいったい自分はどうすればいいのだろう?

逃げることもできないだろう、そして戦うわけにもいかない。

槍が発動すれば自分は勝ってしまうかも知れない。傲慢などではなく恐れとしてその思いがシンジにはあった。
理性が保てればいい、槍が作るオレンジ色の壁はトウジの攻撃など跳ね返してくれるはずだ。
だが戦いの中で押さえが利かなくなったら?

槍の持つ力は圧倒的だ。あれは人間を相手にしていいものではない。
獣となった自分を、シンジは完全にコントロールできているわけではないのだ。


「・・・・覚悟せえや」

小さな呟きとともにトウジが地面を蹴った。
棒の先端をシンジに向けたまま突っ込んでくる。

必殺の一撃がシンジを捕らえようとしたその瞬間、

シンジの身体が光った。


「うわっ」

突然現れた何かにはじかれたように、トウジの身体が宙に舞う。
1回転し猫のように着地した後、彼は驚いた目でシンジを見た。

おびえた目をした少年の姿はもうそこにはいない。
そこにいたのは紫色の身体をした長い髪の化け物。

「な、なんやねん、こいつ・・・・」

とまどうトウジのことを気にするゆとりなどシンジには無かった。
震える槍を構えながらあたりをうかがう。

自分が変身したのはトウジのせいではない、それが分かっていたから。

この感覚は知っている。
今までに二度、よく似たものを相手にした。


使者。


それがすぐ近くにきているのだ。


「・・・ワシは妖怪を相手にするために修行してきたんじゃ。そんなこけおどしが怖いことあるかい」

言いながらトウジがまた突っ込んでくる。

その時、シンジには見えた。

迫り来るトウジのその背後、街灯も届かない闇の中で、何かが形づくられ、そしてこちらに狙いを定めるのを。


「来るな!!」

叫びとともにシンジは走った。
このままではトウジを巻き込んでしまう、それは避けねばならない。

「がっ!」

柄の部分でトウジを突き飛ばす、出鼻を打たれた彼はそのまま脇の方へと転がっていった。
怪我などしていないはずだ、それにかまっている暇は無い。

真の敵は別にいるのだ。

スピードを落とさず、少し先にいるはずの使者のもとへ向かおうとしたその時、シンジの視界は白く染まった。

「わあああああああああ!!!!!」

熱と光の奔流、全身を衝撃が包む。

いけない。

必死で抗おうとする気持ちとは裏腹に、シンジの意識は途切れようとしていた。









「あ、綾波さん・・・・」

つぶやくマナのことなどまるで気にならないように、レイは、いやレイだったものは宙に浮かんでいた。

長く蒼い髪、白い身体。着ていた服は全て破れ地に落ちている。
とがった爪は鋭利な刃物のように光っている。巨大な猫のようなしなやかなフォルム。大きな口、そこから覗いているのは牙だろうか。

紅く光る瞳だけが、同級生の少女の名残をとどめているような気がする。

妖怪、化け物、得体の知れないなにか、けれどあれは間違いなくレイだ。
マナの目の前で変身したのだから。

夢ではない。

あまりのことに気を失いそうになる

シンジは知っていたのだろうか、知っていた上で一緒にいたのだろうか。

薄れていく現実感を幼馴染の少年を思うことでようやくふみとどませる。

白い獣はマナ視線から3メートルほどの高さのところにいる。
どこを見ているのか、こちらをにらんでいるような気もするし、どこか違うところを見ている気もした。
けれどマナは目をそらすことができなかった。

「・・・どうして?」


その時、突然レイが咆哮をあげた。
空気が震えるのをマナは感じた。

襲いかかってくる? 

一瞬、身構える。しかしレイはマナに気をとめることもなく、そのまま身体を滑らせた。

寺の正門の方へと。

「待って!」

思わず後を追う。何かいやな予感がした。

もしかしたらレイが向かった先にはシンジがいるのかもしれない。
彼女がシンジを襲う? いや、そんなことはないだろう。
マナが感じたのはもっと別のことだ。

『わあああああああああ』

シンジの声がした、間違いない、彼の悲鳴だ。

駆け出す。わすか数十メートルの距離がとても長く感じる。

門をくぐったその時、マナは見た。

眼下の道路に光が溢れている、まるで川のような白く質量をもった光。

道のはたには見知らぬ少年が呆けたように座り込んでいる。いや、そんなことはどうでもいい。

光の中心に、何かがいた。
うごめく二つの塊、それが飛び上がろうとしていた、光の外へと。

一つの塊がもう一つをかかえるようにしながら天高く飛ぶ。

白いけものの姿。あれはレイだ。

標的が逃げたことを察したのか、光の川は一瞬途切れた。空に舞った何かに照準を合わせるように、再び照射が始まる。
ダメージを受けているのか、ふらつくようにジグザグに飛びながらレイがそれを避けている。

しかしマナはレイが抱えているものから目が離せなかった。

長い黒髪、淡く紫色に光る身体。

そんなわけがない、しかし、その顔は確かによく知る少年のものだ。


「シンちゃん!!!!」


思わず叫んだ。
他のことなどなにも気にならなかった。

マナの声が届いたのだろうか?

その時、確かにシンジは空ろな目でマナを見ていた。


いつもの彼とは違う、紅い瞳だった。





〜つづく〜








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katu@osaka.104.net



解説:

4万ヒット記念です。

一話完結でいくつもりでしたがおもいっきり引っ張っちゃいましたね(笑)
とりあえず前回影が薄かったマナとレイを前面に・・・レイの影はまだうすいかしら(^^;

なんか話が暗くなりつつあるのは気のせいかなあ(^^;

リツコや冬月もなんか出てきたし、徐々にメンバーそろってきましたね。
ミサトももうすぐでてくるだろうし。
マヤはどうしようかしら?

ちなみにトウジの大阪弁はワシにとって違和感の無い言葉にしてます。だから「原作」とは少し違うかもしれません。
でも原作設定ではトウジは堺市の生まれのはずだからむしろ問題ないはずなんだけど。
まあいいか。




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