しんじとれい
〔第五話 開眼〕
Written by かつ丸
白い世界。
あふれる光。
何も見えない、自分の姿すらも。
『・・・・・・・・』
誰かの声がした。
何を言っているのかよく聞き取れない。
はるか遠い場所で自分を呼んでいる、そんな気がした。
・・・・助けて
思わずそう言った。言ったつもりだった。
けれど声は出ることは無く、そのまま、意識は薄れていった。
いつのまにか、辺りには平穏が戻っていた。
薄暗い街灯がともる見慣れた道。
呆然と佇みながら、マナは空を見上げていた。
そこにはただ星がまたたいているだけだ。
「・・・シンちゃん・・・・」
彼女の幼馴染の少年の姿は無い。獣へと姿を変えたレイに身体を抱えられたまま、どこかに飛んでいってしまった。
それとともに道路を埋めていた光の奔流もいつしか消えていた。
後にマナと、そして見知らぬ少年を残して。
自失からようやく立ち直り、マナは道の脇に座り込んでいるその少年の元へと歩み寄った。
黒いジャージを着ている、このあたりでは見ない顔だ。
ジョギングの途中で巻き込まれたのかもしれないが、彼も関係者だとマナの直感は告げていた。
おそらく事情を知っているはずだと。
「・・・・ねえ、何があったの?」
「・・・えっ?」
魂を抜かれたようにぼんやりとしていたその少年は、今はじめてマナの存在に気づいたようだ。
とまどったような顔でこちらを見ている。
「あの光はなに? シンちゃんに、いったい何があったの?
「あ、あんたは・・・・?」
「質問に答えてよ!! あなた知ってるんでしょう? どうしてシンちゃんはあんなふうになってたのよ? いったいどうしたっていうのよ?」
堰が切れたように口から言葉があふれてきた。
ようやく「非現実」を実感する。
マナの目の前で長く青い髪を持つ異形のけものへと姿を変え空中をすべるように飛んだレイ、そして紫色の光に包まれ、違う何かになっていたシンジ。
つい数時間前までマナと共にすごしていた彼らが、いつのまにか得たいの知れない化け物になっていたのだ。
自分は夢を見ているのだろうか。それともおかしくなってしまったのだろうか。
どちらも違う、それくらいはわかる、ではいったいなんだというのだ。
「ねえ、シンちゃんと綾波さんはどこに行ったのよ? あなたここで何してるのよ?」
「ちょ、ちょっと・・・・」
「いったい、いったいシンちゃんになにを、何をしたのよあんたたち!!」
思わず少年の肩をつかみ、マナは強く揺さぶっていた。
レイが現れて以来、シンジの周りは騒がしくなった。
加持、このあいだの少女、この少年もきっとそれにつらなるものだ。それがわかった。
シンジがあんなになった原因もきっと彼らにある、そうに違いない。
彼は抵抗することも無く、言葉を失ったように黙ったまま、ただマナを見ている。
「・・・・つうっ」
我知らず力をこめたマナの指が彼の肩に食い込んでいる。
だが、マナは緩めることはしなかった。
痛みに少しだけ顔をゆがめた少年を、仇のように睨みつづける。
どれほど時間が経ったろう。背後から誰かがマナの腕に手のひらを重ねた。
「・・・・・はなしてあげてくれない?」
あたたかい感触に思わず腕を放し、後ろを振り向いた。
長い髪の女性がそこに立っていた。少し困ったような顔をして。
「・・・師匠、どうしてここに?」
「サクラちゃんに頼まれたのよ。バカな兄貴が暴走して取り返しのつかないことになる前に止めてくれって」
「そうですか・・・・・すんませんでした」
少年は神妙な顔をしている。サクラというのはこの間公園でシンジを呼び止めた少女のことだろう、たしかそう名乗っていたように覚えている。
あの後どうなったのか、シンジから教えてはもらっていないけれど。
「あの、あなたたちは・・・・」
「ああ、ごめんなさい。私は葛城ミサト。この子は鈴原トウジよ。あなたは・・・・綾波レイちゃん、ではないみたいね」
「は、はい・・・私は霧島マナといいます。シンちゃんの・・・友人です」
「よろしくね」
そう言ってミサトは笑顔を見せた。年齢は20代半ばかもう少し上だろうか。赤の上下のスーツに包まれた大人の女性、そんな印象だった。
「・・・・あの、あなたも教団の関係者なんですか? だったら教えてください、いったい何がどうなってるんですか?」
「私にも全てわかってるわけじゃないんだけど。・・・ねえ、トウジくん、加持のバカは今はいないのね?」
「は、はい。なんや研究所によるってゆうてはりました。サクラのことも含めていろいろ調べたいことがあるって・・・」
「リツコのところか・・・・・」
しばらく思案するように黙り込んだ後、ミサトは再びマナの方を向いた。
「とりあえず状況を整理した方がいいわね。お寺の中に入ってもかまわないかしら?」
この家の人間は今は誰もいない。マナに許可をする権利などない。いくらマナがシンジやゲンドウと親しいとはいっても見知らぬ者を勝手にあげていいわけがない。
「・・・・わかりました」
それでもマナは頷くことしかできなかった。今は真実を知らなければならない。それ以外のことはすべて些細なことだ、そう思えた。
『・・・・・・』
誰かが耳元でささやいている。
「・・・・う・・」
『・・・・・メザメ・・・・ナサイ・・・・』
「・・う・・・うう・・・・うん・・・」
『・・・メザメナサイ・・・・・・エラバレシ・・・・・モノヨ・・・』
空耳ではない。女性の声。誰かは分からない。けれど知っているような気がする。聞き覚えがある声色。
機械のように平坦なイントネーション、そこからはなんの感情も感じ取ることはできない。
導かれるように、シンジはそのまぶたを開いた。
「・・・・ここは?」
思わず口にした言葉は、そのまま虚空へと消えていった。
誰もいない。何も見えない。
暗闇だけがあった。
『エラバレシモノヨ・・・・』
「だ、誰?!」
確かに、聞こえた。シンジのすぐ近くから。
彼の問いかけには答える様子は無く、ただどこからか言葉がつながれてくる。
『・・・・・・・メザメナサイ・・・・』
「・・・」
『・・・・ソシテ・・・・ホロボシナサイ・・・・』
滅ぼせ、そう言っているのだろうか。
『・・・・ヤガテ・・・・・トキガ・・・・・ミチル・・・』
「ね、ねえ、なに言ってるんだよ」
『・・・・・・・・・エラバレシモノヨ・・・・・・・ソノテヲ・・・・・チニソメナサイ・・・・ワレノチカラヲモッテ・・・・』
突然、空中から何かが現れた。
らせん状に巻かれた二叉の槍。それがシンジを貫く。
「わ、わあああああああああ!!!!」
刺された胸を中心にして赤い液体がシンジの服を染めていく。恐怖に震えながら、シンジは大きな叫び声をあげた。
「わああああああ!!」
悲鳴と共に身体を起こす、光が世界に溢れる。
一瞬、自分がどうなったのかまったくわからなくなる。
「・・・・・はあ、はあ、はあ」
興奮したからだろうか、動悸がひどい。全身に汗をかいていた。
「はあ・・・・・・」
ようやく息がつき、シンジはあたりを見回した。
生い茂る木々、そういえば土の上にじかに座っている。どこかの山の中だろうか。
「・・・・どこだろう、ここ」
「あの街ではないわ」
「あ、綾波?」
視線を上げたそこには全裸の少女が立っていた。
少し・・・3、4メートルほどシンジからは離れた場所、近づくのをおそれている、そのようにも見える。
そして彼女の姿と共に、シンジの記憶も戻ってきた。
襲ってきたサクラの兄、鈴原トウジ。使者の放った光線。自分をつかんだレイの腕。
マナの叫び声。
シンジの手にはまだ槍が握られている。変身はもう解けていたが。
「ありがとう・・・・助けてくれたんだ、綾波」
「・・・約束だから」
「そう、そうだったね」
ほとんど表情を変えずにつぶやくように答えたレイの言葉に、シンジは思い出した。
自分達はケンカをしていたのだと。
どこかよそよそしく思える態度もそれゆえなのだろうか。
「・・・・あの女に見られたわ」
「変身した姿を?」
「ええ」
マナや他の人には正体を見せるな、それはシンジがきつく言い含めていたことでもある。
教団からも言われていたからか、レイも特に拒否はしなかった。我を忘れて爪を尖らせることはたびたびあったが、いくらもめていてもマナを力ずくで襲ったことはない。
しかしレイを責める資格はシンジにはないだろう。
「僕も見られたし・・・・説明するのが大変かもしれないね」
「・・・・・」
冗談めかしていったつもりだったが、レイの顔に全く変化は無かった。
じつのところマナなどどうでもいいというのが彼女の本音に違いない。
普通の人間にまじって生活をしていても、彼女は千年以上を生きた人外の存在だ。
その思考や行動はシンジたちが持つ常識にとらわれてなどいない。
世間にばれたらかつての魔女狩りのように石もて追われる、そんな怖れなどみじんももってはいないのだろう。
圧倒的な力を持っている、だからかもしれない。
彼女からすれば、他の人間などカゲロウのようなものでしかないのかもしれない、実際のところ。
ならば、なぜレイはシンジを助けたのだろうか。
黙ってしまったレイに合わせるように、シンジも口をつぐんで彼女のことを見つめた。
マナを傷つけるなら、この槍をレイに向ける。そうまで言ったシンジを、身を危険にさらして救ってくれたのだ、この少女は。
確かに一緒にいると約束はした。シンジのことを守るとも言ってくれた。
それでも、なぜそれほどにレイがシンジに執着するのか、その理由がよくはわからない。
10年前の約束、それだけが理由とも思えない。
自分が槍を持っている、だからだろうか。
ならばこの槍を手放せば彼女はシンジのもとから去ってしまうのだろうか。
トウジは使い手の候補だったといっていた。
シンジよりも明らかに戦闘力の高い彼が使った方が、よりふさわしいようにも思える。
自分は本当のところ彼女をどうしたいのだろう。どう思っているのだろう。
幼いころに刻まれた幻の中に住む妖精、それを無意識に追い求め続け、ようやくめぐり合えた後、その感情を引きずっているだけなのかもしれない。
小学生のころからずっと過ごしてきたマナとつきあうほうが、おそらく自然なのだろう。
レイと出会うほんの数週間前の状態、あれがあのまま続いていたら遠からず結ばれていたはずだ。マナと自分は。
けれど今はわからない。
レイが人間ではない、凶暴な妖怪だと知ってはいても、こうして彼女から目をそらせない自分がいる。
そしてそれゆえかもしれない。
シンジが槍の存在を受け入れているのは。
加持に槍を渡してレイと共にひきとってもらっても良かったはずなのだ。
使者が現れこの身が危険にさらされても、未熟さゆえにサクラを傷つけても、それでもシンジは槍を手放そうとはしなかった。
そんなことなど考えもしなかった。
それもすべてレイの魔力なのかもしれない。
だとすればすでに手遅れだろう。
「・・・・・どうしたの?」
「ごめん、なんでもないんだ」
かすかな笑い声をあげたシンジに、レイが不審気に訊ねた。
あいまいに言葉を濁す。なんだか少し気が晴れた気がした。
そしてようやく彼女の状態に気づいた。それまでも見えていなかったわけではないが、あまりに自然で思い至らなかったのだ。
「ああ、綾波、なにか着ないとまずいよ」
そう言ってはみたがシンジの服もボロボロだ。レイに羽織らせられるようなものはない。
先ほどのレイの口ぶりでは音流布寺からもかなり離れているのだろう、裸のままで一緒に帰るわけにもいかない。
「・・・・・いえ、すぐに無駄になるわ」
「えっ?」
「追いついたのね・・・もう」
レイが遠くを見つめ、徐々にその姿を変えていく。
そしてその時、シンジの手の中の槍が震えた。
「槍・・・・ですか?」
シンジの家のリビングルーム。
ミサトたちとマナが向かい合って座っている。
冷静に考えるとシンジを探すべきなような気がしたのだが、あてもないのに探しても無駄だとミサトに言われた。
確かにそうかもしれない。
心配な気持ちを隠して自分を無理に納得させ、マナはミサトの話を聞いていた。
「そう、この寺に伝わっていたの。その封印を解いたのが碇シンジくんってわけ」
「シンちゃんが・・・・」
言われて初めてマナは気がついた。このところシンジが肌身はなさず持っていた長い棒状の包みのことに。
あとから疑問に思うことはあっても、シンジを目の前にした時にはなぜか気にならなかった。
「正確には槍と、『少女』の封印ね」
「じゃあ、綾波さんは・・・・」
「ええ、この寺にある『どぐま』というところにいたはずよ。教団に伝わる伝承では封印されたのは平安時代後期、約千年前ね」
「そんな・・・」
にわかに信じられる話ではない。だが、マナの疑いのつぶやきに頓着した様子も無く、ミサトは言葉をつないだ。
「教団はずっと封印を守り、そして解こうとしてきたわ。槍の使い手を自ら生み出そうと多くの霊能者を育ててきもした。でも千年の間、この寺にある扉は開かれることはなかったの」
「でも、それならどうしてシンちゃんが・・・」
シンジは修行などしていないはずだ。この寺を継ぐことすら嫌がっていた彼の興味は、もっぱら音楽方面に向かっていたことをマナはよく知っている。
槍を使うなどとそのような攻撃的なところからは一番遠い気がする。
シンジと出会ってからの十年近く、彼が他人にこぶしをふるうところすら見たことが無い。
「さあ、それは私にもわからないわね。間近で見てた加持ならなにかわかったかもしれないけど・・・」
「それは買いかぶりすぎだよ」
「・・・遅かったじゃないの。リツコもついてきたのね」
「ひさしぶりね、ミサト。でもどうしてあなたがここにいるの?」
マナが振り向くと、そこには加持と、そしてもうひとり髪を金色に染めた女性が立っていた。
リツコと呼ばれた彼女は、ミサトと同年代だろうか。
「バカ弟子の尻拭いよ。珍しいじゃない。あんたが研究所から外に出るなんて」
「加持くんから話を聞いてね。使い手の姿を生で見ようと思ったんだけど、いないみたいね」
「表の痕跡はやはり使者か? シンジくんはどうしたんだ? レイちゃんも?」
ミサトとリツコのあいさつをさえぎるように、加持が問いかけた。
「・・・・飛んでっちゃいました」
「そうか・・・」
マナが答えたことで事情を飲み込んだのだろう。加持が厳しい表情で頷いた。
傍らの金髪の女性の方を見る。
「倒していないなら、まだどこかで戦ってるはずだ。りっちゃん、探索はできるかな?」
「冬月先生に連絡を取ってみるわ。今までの使者に共通する霊波を出していれば、そっちのほうからわかるかもしれない」
「そう、じゃあ追いかけるのね」
嬉しそうな顔をしてミサトが立ち上がった。
加持とリツコが呆れたように嘆息する。
「なにしにいくかわかってるの? あなた」
「倒すんでしょう? 教団の真の敵から使わされた、滅びをつかさどる『使者』を。その辺の小物の妖怪退治には飽き飽きしてたのよ。腕試しにもならないんだから」
「あいかわらず物騒だな」
「使者なら相手にとって不足は無いわ。・・・・今の私がどれだけの力なのか、どこまで通用するのか、ちゃんと知っておきたいの」
そう言って微笑んだミサトが、それまでと違って凄惨な空気をまとっているように、マナには思えた。
とっさに地面を蹴り、シンジは跳びあがった。
それまでシンジがいた場所に白い光の河ができ、木々を薙いでいく。高熱のためだろう。あたりは蒸気でもやがかかったようになっていた。
「綾波!!」
呼ぶ声に応え、獣へと姿を変えたレイがシンジの元へと飛来した。またがり白い背中につかまりながら、地面を見下ろす。
すでに光は消えている。だが熱で発した炎は広がりつつあった。これでは下りることはむずかしいだろう。
・・・・・どこなんだ?
敵の姿は見えない。
かなりの長距離から攻撃を仕掛けてきている。
「うわっ!」
空中にうかぶシンジたちをかすめるように光線が襲う。
ジグザグに飛んでレイがかわしていく。
ふりおとされないようにしっかりとまたがりながら、シンジは光の源を探していた。
しかし見つからない。
二人の周囲をつつんだオレンジ色の壁、それすらもこの光にどこまで効力があるかわからない。
先の戦いでシンジが耐え切れたのはこれゆえだが、それでも限界点は近かったように思える。
いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。
じりじりと力を奪われやられるだけだろう。
だが、相手の正体すら見極めていない現状では、倒すことなどかないはしない。
街に戻って屋内に逃げ込んだとしても、この光線はそれにかまわず襲ってくるだろう。
だいたい他人を巻き込んでしまうわけにはいかない。
この山の木々のように、力をもたない者たちはみな燃やされてしまう、そんな真似はできない。
「・・・・綾波、広いところに行こう」
『・・?』
抽象的すぎたのか、レイがとまどっているのが分かる。
見渡すと遠くに水平線が見えた。
「あそこに、海にでよう。急いで」
「それで、シンちゃんの居場所はわかったんですか?」
後部座席から、助手席に座るリツコにマナは尋ねた。
自己紹介はすでにすませてある。
運転しているのは加持、この赤いミニは彼の車だそうだ。可愛らしくてにつかわしくない気がする、そう言ったら笑っていた。改造はしているそうだ。
ミサトとトウジは後ろを走る青いスポーツカーに乗っている。
それを従えても特に無理をしている様子はなかったから実際性能は高いのかもしれない。
時折出会う前方車両はすべてあっさりと抜き去っているのだから。
最初加持はマナには寺に残るように言っていた。一般人には危険すぎると。
それでも無理矢理に同乗した、あのままじっと帰りを待つことなどできるはずが無い。
「だいたいのところはね、使者の反応が認められたわ。移動しているみたい」
さきほどまでリツコは携帯電話でだれかと話していた。敬語を使っているところをみると、彼女の上司かなにかだったようだ。
「まだ、戦いは続いているってことか」
「戦闘は確認されてないわ。なんだか使者から逃げてるだけみたいだけど。方向的には海を目指しているみたいね」
「かなりの強敵ってことか・・・」
「指向性の高い光学兵器。ほとんど妖怪とは思えないわね」
データの写っているらしいノートパソコンを覗きながらリツコが言う。
その言葉は冷静でまるで実験の推移を見守っているだけのように見える。
実際彼女はシンジと面識が無いのだ、それは止むを得ないのかもしれない。
リツコをなじりたい衝動を押さえつけ、マナは加持の方を向いた。
「加持さん。おじさんは、シンちゃんのお父さんは今までのことを知ってるんですか?」
「・・・ああ、俺は碇住職を含めた教団上層部の指示であの寺に派遣されたわけだからね」
前を向いたまま加持が答える。その言葉は、マナにとって予想通りのものだった。
ゲンドウが知らないはずが無い。
あの寺に関わっていたことなら当然だろう。
「どうして? いったいおじさんたちはシンちゃんに何をさせるつもりなんですか? こんなあぶないこと」
「それははっきりとはわからないよ。でも、ひとつだけ言えるのは、碇住職にしても、俺達にしても、シンジくんに強制したり、彼をおとしいれたりしたんじゃないだ」
なだめる調子ではない。
加持なりに誠意をもって答えようとしていることがマナにもわかった。
リツコは何も言わずにパソコンのモニターを見ている。
「彼が自ら扉を開け、そして槍に選ばれた、それははっきりしている」
「シンちゃんが・・・・でも・・・そんな・・・・」
「彼は使い手になった。そして全ては動き始めたんだ、彼を中心にしてね。これから何が起こるにしても最後に趨勢を決めるのはシンジくんだよ」
加持の言葉はマナだけでなく、リツコや加持自身に対しても言っているのかもしれない。
「俺達は手伝うことしかできない。だから住職はあの寺に帰ってこないのかもしれないな、彼自身で考えられるように。父親にたよらないようにね。俺はそう思うよ」
「すんませんでした・・・」
「私に謝る必要は無いわよ。だけどあんまり妹に心配かけるもんじゃないわ」
助手席で神妙にしているトウジに、優しくミサトは言った。
視線は前を走るミニを追いかけている、結構とばしているつもりだが、なかなか差は縮まらない。
別にレースをしているわけではないが、加持の運転だと分かっている以上、あまり離されるのはしゃくだった。
抜かしてもその後どこにいけばいいのかミサトにはわからない。だからどのみち後ろに続くしかないのだが。
だが排気量でも倍以上違うような車と、このルノーが互角に走っていることに腹が立つ。腕の差のようではないか。
少しいつもより運転が荒くなっているのは、そのいらだちの現れかもしれない。
それでもトウジに動じた様子は無い。いいかげん慣れているのだろう。
「サクラの様子はどないでした?」
「とりあえずは元気そうだったわよ。外傷は無いんでしょう?」
「はい・・・・ですけど・・・・あいつの力は・・・」
「本人は別に気にしてなかったわ。それに一時的なものだと思うわよ、私は」
慰めた言葉は嘘ではない。
それでもトウジが落胆し、動揺している気持ちはわかる。
封印が解けない「獣の槍」にかわる妖物鎮魂の手段として教団に伝わる武器、「破邪の杖」。
使用者の霊力を強め高度な術の使用を可能にするそれの「使い手」として、幼いながらもサクラは選ばれていたのだ。
正式なお披露目はまだ行なわれてはいない、だからそれを知る者はほんのごく一部だったけれど。
すでに先の「杖の使い手」から引継ぎはうけていたのだ、「使い魔」とともに。
教団の中心は「槍」、それは動かない。だが、シンジが現れなければいずれはサクラが教団の要になっていただろう。
いや、たとえ「槍の使い手」があらわれようとサクラの重要さに変わりはなかったはずだ。
槍でその身体を貫かれた影響か、サクラは霊力を大きく減少させている。
それは彼女の人生を大きく変えることを意味しかねない。
妹思いのトウジが気に病まないわけはなかった。
トウジの師匠であるミサトはよく知っている。
彼がわき目もふらずに修行に打ち込んでいた理由、それは妹であるサクラを守る力を得るためだと。
だから槍の使い手が現れたと聞いたときも、さほど落胆した様子は見せていなかったはずだ。
口下手なゆえにそのことがサクラにはきちんと伝わっておらず、それが今回の事件の発端となってしまったのだろう。
自分が旅に出ていなければ、事態は違っていたかもしれない。
けれどミサトにも理由はあった。
かつて加持やリツコ、そして他の候補生とともに目指していた槍の使い手の座、得ることができなかったそれを手にしたものがついに現れた。
そのことに動揺したのだ。
修行とは言ったが、いつもとは違いほとんど気晴らしのような旅だった。それを正直に話すのは師匠の立場としては恥ずかしいことだろう。
「・・・・どんな子だった?」
「えっ?」
「だから、戦ったんでしょう? 槍の使い手」
碇シンジ、トウジと年齢は同じはずだ。
彼の父親である碇ゲンドウの名前は教団では伝説のように語られているが、その息子もやはり高い霊力の持ち主なのだろうか。
「・・・・・なんや、ようわかりませんでした。まともには向かってきよりませんでしたから」
「ふうん。負けたってわけじゃあないのね。そうなら相手が誰であれお仕置きするところだけど」
「戦い自体はワシが押してました。少しはつかえるみたいでしたが技量は洞木やケンスケよりずっと下やと思いました。強い霊力も別に感じませんでしたし」
「そう?」
トウジに対して武術はみっちりと仕込んである。同世代の相手には簡単に遅れをとったりはしないはずだ。
けれど彼の持つ霊力はさほど高くはない。彼に感じられなかったからといって碇シンジが力を持たないとはいいきれないだろう。
見舞った病室でサクラにシンジのことを訊いた時、彼女はシンジを『不思議な人』と言っていた。
それが何を意味するのか、それはミサトがシンジに会い、見極めればいいことだ。
運転しながら考えに沈んでいるミサトの隣で、トウジが言葉を続けた。
「そやから簡単に勝てると思ったんです。そやけど、突然・・・・」
「どうしたの?」
「突然、あいつの身体が光って。化けよったんです、なんや得体の知れんものに・・・・」
『少女』が変身することは聞いていたが、それは初耳だった。
槍の力の発動、そういうことだろうか。
「いったいどんなふうになったの?」
「・・・・髪が突然伸びよりました。黒かった瞳が紅く染まって肌も変な色になって。そして・・・・なんや圧倒的な『力』を、あいつから感じました」
「・・・・・そんな、バカな」
「ほんまです、ワシは確かにこの目でみたんです」
呆然としてつぶやいたミサトの言葉に、トウジがムキになって答える。
けれどそれはミサトの耳に届いてはいなかった。
ハンドル操作がぶれたのか、ルノーが激しく揺れる。
「し、師匠、どないしはったんですか!!」
「ご、ごめん」
一瞬失っていたコントロールをあわててとりもどし、トウジに謝りながら、ミサトは厳しい表情を前方に向けた。赤いミニ、その向かう先に。
「・・・・どっちにしても確かめなければいけないわね、碇シンジ、それが何者なのか」
口の中だけで言った言葉は、ミサト本人にしか聞こえなかった。
「海・・・・」
打ち寄せる波を見つめながら、レイがつぶやいている。
はじめて見るわけではないようだ。
彼女のすぐとなりで砂浜にたち、シンジは周りを見ていた。
敵の移動速度が遅いゆえか、ここにつく途中で攻撃はいったん止まっている。
槍も今は反応してはいない。
時間稼ぎにしかならないだろうが。
海上で待ち受けることも考えたのだが、船が無い以上、空を飛んでレイに無駄な力を使わせることはないだろう。
だいたいもし海に落ちたら泳げないシンジはおぼれてしまう、ここにくるまでそのことを忘れていた。
民家がある場所は遠い、海や両側に続く砂浜は遠くまで見通すことができる。おそらく敵は残る一方向から襲ってくるのだろうが、それがわかっているだけでも心の準備はしやすい。
あくまで敵が一体だけならば、だが。
傍らの少女は裸のまま、ただ海を眺めている。
今は獣の姿はしていない。
だが、変身のなごりだろうか、夜の海を前に彼女の身体だけがほのかに光っているような気がした。
月の光がそうさせているのかもしれない。
・・・・綺麗だ。
敵から追われている今の状況など忘れ、シンジはレイに見とれていた。
青い髪、白い肌、まるで月の精霊が具現化したような、神秘的な少女。
初めて会った10年前も、そして今も、全く変わらない美しさ。
それはずっとそうなのかもしれない。千年前も、シンジが寿命をまっとうし、この世界からいなくなったあとも。
ずっと一緒にいると、そう約束した。
けれどレイはこの先無限ともいえる生があり、シンジのそれは限られている。
約束を果たすには一つになるしかない、そう言ったかつてのレイの言葉は確かに真実なのだろう。
打ち寄せる波の音を聞きながら、シンジはわけもなく悲しくなった。
月が、海が、星々がそうであるように、レイもまた永遠にこの世にあるのだ。
自分は、いつかは彼女と別れなければならない時が来るのだ。
そのことがなぜか実感できた。
二人きりの、この、夜の底で。
「・・・どうしたの?」
いつのまにか、レイがこちらを向いていた。
シンジの間近に立ち、不思議そうな顔で見ている。
「泣いてる」
知らぬ間にシンジの頬を伝っていた涙を、手を伸ばしレイがぬぐう。
されるがままに、シンジはその手に委ねていた。
「・・・・ごめん」
レイの手はシンジの頬に張り付いたまま動かない。名残を惜しむように。
「私のせい?」
「違うよ。ただ・・・・」
悲しい。違う、寂しいのだろう、自分は。
「ううん・・・・なんでも、なんでもないんだ」
「そう・・・・」
自分の頬に当てられたレイの手にそっとシンジは手のひらを重ねた。
しずかに離し、そのまま引きよせる、彼女の身体ごと。
目前には紅い瞳。
戸惑っているのか、そこから感情は窺い知れない。
かまわず、シンジはくちびるを彼女の口元に寄せた。
ゆっくりと重ねる。
マナともまともにはしたことはない、生まれてはじめてのくちづけ。
ただ合わされただけのくちびる、それでもレイの鼓動がシンジには聞こえた。
「・・・・・・ん・・・」
レイの左手は、シンジの腰にまわされている。
紅い瞳は、いつしか閉じられていた。
槍が震えた。
そっとくちびるを離す。
再び開かれた紅い瞳は、うるんでいるように思えた。
「・・・・来たね」
「ええ」
見つめるその前で、レイはまた姿を変えていった。
そしてシンジもまた。
「行こう、綾波」
紫色にシンジの身体が光っている。
獣となったレイの背にのり、シンジは槍を握りなおした。
レイが空高く飛び上がる。それを追うように白い光が夜を切り裂いた。
「沖へ出るんだ!!」
光を避けながら青い髪の獣が飛ぶ。
もう数百メートルは離れただろうか。
シンジは自分達がいた砂浜を見つめていた。
陸地からゆっくりとこちらに近づくなにか。そこから光線がでている。それがわかった。
あれこそが敵の姿だろう。
完全に砂浜に姿をあらわす。遮蔽物が無いのはお互いに同じだ。向こうの狙いも確実に正確さを増している。
光線が二人のからだを何度もかすめ、ときおりレイがバランスを崩す。
「近づける? 綾波」
やってみる、そう言うかのように旋回すると、レイは砂浜の方を向いた。
槍をかまえシンジが敵を見る。
まだ、かなり遠い、はっきりした姿は見えない。
近づくにつれて確実に光線の威力は強くなっている。
圧迫されるようなプレッシャーを感じる。直撃されれば無事ではすまないだろう。
それでもレイが敵に迫る。砂浜まで間近に来た時にシンジの目に映った敵の姿は、青く輝く宝石のように見えた。
「な、なんだあれ!?」
なにかのエネルギーの固まりなのだろうか。
無機物にしか思えない。敵意も何も感じられない。
だが、時折固まりに穴が開き、そこから光線を発してくる。
あきらかにこちらを認識している。
常識など通じない、そういうことだろうか。
光の束が行き過ぎた一瞬の隙をつき、レイが口から焔を発した。
しかしそれがあたる寸前、敵の前にオレンジ色の壁が現れ、焔が霧散する。
やはり遠すぎるのだろうか、だが、これ以上近づくのは危険すぎる。
槍は接近しないと使えない、敵の攻撃が途切れるその瞬間を狙うしかないが、むしろ光線を発する間合いは短くなっているように感じる。
『私が囮になるわ』
レイの声がシンジの頭に響いた。
「な、何言ってるんだよ」
マユミの時とは違う、レイの動きでも間近であの光線を避けきることは難しいだろう。
『少しなら耐えられる。もう試したから』
寺の前でシンジを助けた時のことだろうか。
だが、あの時は敵はもっと遠くにいたのではないか。これほどの圧力は感じなかったように思う。
オレンジの壁が相殺されるほどの近さ、そこに飛び込むのは自殺行為だ。
「だ、だめだよ!!」
必死で止める。
対案があるわけではないが、危険な目にはあわせたくなかった。
けれどシンジの声など聞こえないように、レイは一気に使者との間合いをつめようとした。
「や、やめて、危ないって!」
空気が震える。これは使者の声無き雄たけびかもしれない。
繰り出される攻撃をかいくぐりながらレイが飛ぶ。
もう砂浜はすぐそこだ。
「ちっ」
ここまでくればシンジも腹をくくらざるを得ない。槍を握り締めその一瞬を待つ。
まだ遠い、ぎりぎりまでいかないと外したら意味は無い、チャンスは一回きりなのだ。
『行って!!』
レイの声がした。
迷わず飛び上がる。
長い髪を振り乱しながら、シンジは槍を使者へと向け突っ込んだ。
レイはシンジより先に使者へと向かっている。光線をぎりぎりでよけながら口から焔をはいている。
敵はシンジに気づいていない。注意はレイへと向いている。
今なら倒せる、そう思い槍を振りかざしたシンジの前で、使者が白く光った。
「わあ!!!」
罠だった。シンジが近づくのを待っていたのだ。
とっさに身体をひねり槍を盾にして光線を避ける。
それでもその勢いで弾かれ、シンジは砂浜へと落下した。
衝撃で息がつまる。動きが止まってしまった。
『碇君!!』
レイの叫びが聞こえる。
身体を起こすと白い獣がシンジをかばっていた。
あたりの景色は光に染まっている。
「あ、綾波!!!」
背中で光線を受けながら、レイは声もなく耐えていた。
「ち、畜生!!!」
怒りで身体が震えた。
許せない、そう思った。
「わああああああああああああ!!!!」
後のことなど気にしてはいなかった。
本能の命ずるままに叫び声をあげながら飛び上がると、大きく振りかぶりシンジは槍を投げた。
使者の発した光線がレイからシンジのほうに向けられる。
しかしそれを切り裂いて槍は一直線に飛び、使者の身体を突き抜けると、そのままはるか先まで飛んでいった。
青く光っていた使者がその輝きを失い、そのままあとかたもなく消えていく。あとにはシンジと、そして砂浜に倒れたレイの姿だけが残っていた。
「あ、綾波!!」
シンジがレイの元に走りよる。力尽きたのだろう、すでに獣の姿はしていない。
抱き上げた。息はしている。
「・・・・・碇君?」
紅い瞳が確かにシンジを見ていた。
「ごめん、ごめんよ、綾波、ぼくのせいで」
「・・・・問題ないわ」
静かに答えるその言葉はいつもと変わらない。
シンジを安心させようとするように、身体を起こすとレイは立ち上がろうとした。
その身体がぐらりと揺れる。
慌ててシンジはレイを支える。
「無理しちゃダメだよ」
変身の効果だろうか外傷や焼けどは見えない。だが、何事もないはずはないだろう。
「・・・私はあなたやあの女とは違うから。このくらいで滅びたりはしない、だから気にしないで」
「でも、だからって・・・・」
目の前でレイが苦しむのを見て、平気でいられるわけが無い。
「・・・・ねえ、綾波。マナのことを傷つけないで欲しいって言ったのは僕の正直な気持ちだよ」
「ええ」
わかっている、そう言うようにレイが頷く。その表情は動かない。
「それは、僕は君に、綾波にそばにいてほしいからなんだ。君がマナや他の人を傷つけたら、死なせてしまったら、もう僕らは一緒には暮らせない。それだけは忘れないで欲しいんだ」
「・・・碇君」
「君が妖怪でもなんでも、僕は気にしない。マナが君のこと怖がるなら、僕がマナを怒るよ。それで彼女が離れるなら仕方が無いって思うし」
どちらが大事だなどと比べることはできない。けれどただの一般人でしかないマナはシンジのそばにはいないほうが本当はいいはずなのだ。
「だから、あんまり無茶しないでよ。綾波が怪我したりするのも、僕はいやだから」
「そう・・・・ありがとう」
「どういたしまして」
そしてシンジは微笑んだ。目の前でレイも笑っている。彼女の笑顔を見たのは久しぶりのような気がする。
ようやく終わった。それが実感できた。
「さあ、帰ろうか」
「ねえ、碇君・・・・さっきしたこと、もう一度して」
少し恥ずかしそうに、レイが言った。
一瞬言葉につまり、そのあとシンジは彼女の言いたいことに気づいた。
「え・・・・う、うん」
顔を赤く染め、おずおずとレイに近づく。要領が分かっているのだろうか。レイは目を閉じて待っている。
その身にはなにもまとっていない。白い肌がまぶしい。こぶりな胸の丘からあわてて視線をそらした。
肩に手を添え、そっと顔を近づける。
レイの息遣いが聞こえる。
「ああああああああ!!!!!! なにしてんのよ、シンちゃん!!!!!!」
静かな夜の海に響き渡る金切り声。
くちびるが触れる寸前、シンジの身体は硬直した。
「い、いやらしい。綾波さんなにも着てないじゃない、誘惑してたんでしょ、シンちゃんを」
ずかずかと近づいてくる足音がする。
それが誰かは分かっていた、冷や汗をかきながら振り向く。そこにはやはりマナの姿。
マナだけではない。加持、トウジ、そして見知らぬ二人の女性。
「ど、どうしてここに・・・」
「どうしてじゃないわよ。心配してきてみればこんなとこでいちゃいちゃしてるんだから。いったいなに考えてるのよ」
「な、何言ってるんだよ」
「・・・・・邪魔」
ぼそりとつぶやいたレイの言葉で逆上したのか、マナが二人を睨みつける。そして次の瞬間、彼女の瞳からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれおちていた。
「マ、マナ?」
「ひどい、ひどいよ、シンちゃん・・・・私、本当に心配してたのに・・・」
「ご、ごめんよ。泣かないでよ」
慌ててマナに近づき、シンジがなだめる。その姿を周囲では呆れるような視線が見つめていた。
レイは冷たく、だかなにも言わず見ている。
「・・・・無様ね」
「この子が槍の使い手? なんか想像してたのとだいぶイメージが違うわね。間違いないの? トウジくん」
「・・・・」
「・・・あんた、さっきからどこ見てんのよ!」
「あ、ワシは別に・・・」
「ああ、ほら、レイちゃん、とりあえずこれ」
予想していたのだろう、加持が、持っていた服をレイに渡した。トウジが少し残念そうな顔をする。
何も気にしていない様子で、それでもレイは服を着はじめた。
「全く・・・バカ弟子め」
「なあ、シンジくん、槍はどうしたんだ?」
加持の言葉に、みなが固まった。
正確にはマナとレイを除く三人が。
頭をかきながらばつが悪そうにシンジが言う。
「あれ、投げたらどこかいっちゃいました。凄い勢いだったから」
「あ、あんたねえ」
「おいおい・・・・まあ大丈夫だろうけどな。一度呼んでごらん」
「呼ぶ?」
「ああ、言ったろう、君は選ばれたんだって。槍のほうで簡単に離してはくれないはずさ」
その加持の言葉にシンジは自分の手を見た。
そんなことがあるのだろうか。
だが、槍を投げたあの時、すでに自分は知っていたような気がする。
だからこそ、躊躇しなかったのかもしれない。
「大丈夫よ・・・」
シンジに向かいレイが言った。
このまま放っておけばもう使い手などと呼ばれることはない。
異形の化け物がくることもないのかもしれない。
・・・・・だけど
晴れやかな笑顔とともに、シンジが片手を高々と挙げる。
そして夜空に向かい大きく叫んだ。
「槍よ!! 来い!!!!」
空気を切り裂く音と共に、槍が飛来し、シンジの手にその柄が収まる。
再会を喜ぶように槍が小さく震えた。
この瞬間、シンジは「使い手」になったのかもしれない。
自ら望んで。
シンジには分かった。
これからが、本当のはじまりだということを。
〜つづく〜
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katu@osaka.104.net
解説:
5万ヒット記念です。
一応前回の話に決着をつけたし、ミサトも自然に(?)登場したし、
シンジとレイがラブラブな雰囲気にもなったし、まあいいかな。
3話でサクラを出したせいでいろいろ設定つくらないといけなくなったけど、でもいずれ彼女は復活させられるかもしれません。
マユミは無理っぽいですけど(^^;;;
次は6万・・・・より先に1周年記念にしようかしら?
書きやすいし、この話。
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