しんじとれい

〔第七話 切迫〕

Written by かつ丸







箱根、是得礼宗総本山。
平安時代中期の開山以来約千年の間、多数の僧侶たちがここで過ごしてきた。
コンクリート造りの近代的な建物よりも古い木造のそれが多いことからも、他の街とは違った雰囲気が漂っている。
比叡山の天台宗や高野山の真言宗などとその設立時期はさほどかわらないが、箱根という都から遠く離れた土地ゆえだろうか、そこには現在の門前町にありがちな観光地的な俗の空気はみじんもかんじられない。

いや、本来ここは箱根という観光地の中心近くに位置しているはずなのに、だれも外から訪れない隠れ里のような、澄んだ色の空気をまとっているように思えた。


「結界」とリツコは言っていた。
だからそれはシンジの思い過ごしというわけではないのかもしれない。

変身をしたすぐ後だからか、感覚が研ぎ澄まされている。
これまでここに来たときには感じられなかったそのことが、今は自然に受け入れられた。
そして、それはけっして不快な感覚ではなかった。

教団は槍をその中心とし、シンジは槍の使い手だ。
この山に他者を排除する結界が張られているとはいっても、それがシンジに向けられることがないのは当然なのだろう。



「まだ、加持くんから連絡はないの?」

「・・・・・」

「ミサト!!」

「えっ? あ、ごめん・・・」


荒げたリツコの声に、ミサトは我に返ったようだった。
道場をでてから少し様子がおかしい。いや、シンジの変身を見てから、といったほうが正しいだろう。
獣と化したシンジの姿と対峙したことでまるで魂を抜かれたように、焦点の合わない瞳をしたまま歩いている。
どこに向かっているのか、シンジは聞いていない。
それでもミサトに問い掛けることはしなかった。
きやすく声をかけられない、深刻な悩みをミサトが抱えているように見えたからだ。

心配な気持ちが無いわけではなかったが、昨日初めて会ったばかりの、しかも一回り以上はなれた大人の女性である彼女に、シンジがかける言葉などあるわけがなかった。

ミサトの傍らで呆れた顔をしているリツコは違うようだったが。


「どうしたの? おかしいわよ、あなた」

「別に・・・・どうもしないわよ」

「そう? 別にいいけど、らしくないんじゃないの?」

「・・・なによそれ?」

「悩むくらいなら行動する、それが信条じゃなかったの? この子達に訊きたいことがあるなら、ちゃんと訊いたほうがいいわ」

「・・・・・・・・そうね」


苦笑いをして、ミサトがシンジたちのほうを見た。
リツコの言葉はどうやら図星だったらしい。
複雑な笑顔のままシンジの間近にせまってくる。
別に凄んでみせられたわけでもないが、シンジはミサトに気おされたように後ろに下がった。


「えと・・・・」

「・・・そんなに怯えなくてもいいじゃない。何も捕って食おうってわけじゃないんだから」

「す、すみません・・・」


もしかしたら、ミサトのことを苦手に感じ始めているのかもしれない。
赤いスーツに包まれた豊満なミサトの身体をすぐ近くに感じながら、シンジはうつむいて頬をそめていた。


「・・・・困ってるの? 碇君?」

「だ、だいじょうぶだから」


咎めるようなレイの冷たい声に我に返り、シンジは顔を上げた。
すぐ目の前で、ミサトが笑っている。見透かされたような気がして、またうつむきたくなった。
そんなシンジの顔にミサトがそっと手を伸ばし、撫でるように頬に触れた。
あまりに突然だったため、シンジの身体は硬直している。


「あの・・・」

「ごめんね、シンジくん・・・・でも、どこもおかしくはないわよね」

「まさに変身ね。どうやって霊体でもない生身の人間が細胞レベルで変化するのか、とても興味深いわ」

いつのまにか近づいていたリツコが、ミサトに同意した。
あたりに人影は無いとはいえ、往来の真中で女性二人に囲まれている格好になっている。
シンジはされるがままになるしかない。


「・・・ねえリツコ、槍の力、それだけで説明はつくのかしら」

「伝承のとおりではあるわ。人を獣に変える、だから獣の槍。今までの解釈では力の増大化や理性の低下とかを比喩で表現してると考えられてたんだけど。加持くんのレポートにはたしかに変身のことが書いてあったし、彼本人からも話は聞いてたけど、目の当たりにするとやはり信じ難いわね」

「音流布寺のどぐまに千年眠っていた槍・・・もし「試し」の時に選ばれていたら、獣に変わるのは私たちだったのかもしれないのよね」

「まあ、そうでしょうね。・・・仮定の話に意味はないけど」

「封印の槍・・・・・開かずの扉・・・」


また、ミサトの様子がおかしくなった。
シンジの顔にあてた手のひらはそのままに、彼女の口元から笑みは消え、その瞳から焦点は少しずつ失われていっている。
何も見えていない。


「でも・・・・じゃあ・・・どうして、あいつは・・・」

「・・・ミサトさん?」


自分ひとりだけがそこにいるように、他の者の存在など忘れてしまったかのように、ミサトはシンジの後ろに広がる虚空に向かって小さくひとりごちている。

異様に感じたシンジが問いかけかけたその時、突然、ミサトのポケットから音楽が聞こえた。

携帯電話の着信音。
聞き覚えのある昔のアニメの主題歌、緊張感のかけらもない。

あわててミサトがシンジから離れ、ポケットをまさぐる。


「・・・・はい、ああ、加持君・・・」


電話を取り出し話をしているミサトの表情に、もうおかしなところは見つからなかった。








本山の中心部、長く続く石段をのぼった先の巨大な建物。
かつての羅生門もかくやと思われるほど壮大な門をくぐりぬけ、シンジたちはそこに来ていた。
五重の塔と木造の伽藍、ほかの施設よりもさらに年季が入っているように見える。

「これが総本山是得礼寺本殿よ」

とまどうシンジの様子が見て取れたのだろう。そびえる建物を眺めながら立ち止まり、ミサトが言った。
シンジの家である音流布寺などとはアリと巨人ほども違う。
歴史があり多くの信者を持つ巨大教団にふさわしい荘厳な建物だった。


「シンジくんはここに来るのははじめてなの?」

「は、はい」


そう、本山には何度も来たことはあるが、本殿を見たのはこれが最初だ。
教団全体の中心、聖なる場所。
さほど信仰心があるほうだとは思っていないが、それでも末寺で育ち幼い頃から教義に接してきただけあって、どこか感動している自分をシンジは感じていた。


「よう、すまんすまん」

「まったく、遅いわよ」


加持が手を振っている、迎えに来てくれたのだろう。
憎まれ口を叩くミサトに苦笑を返している。


「父さんは、ここにいるんですか?」

「ああ、中で待ってるよ」

「・・・いったい、何をしてるんですかね」

「さあな。それを聞きにきたんだろう?」

「・・・そうですね」


槍のこともレイのことも使者のことも、ゲンドウは承知の上でシンジを放り出したのだ。
文句をいいたいとか恨み言を言うとか、そういった感情は特に無いが、真意を問いただしたいのが確かだ。
ゲンドウが本山にこもっているのも、槍が絡んでいるのかもしれない、加持やリツコたちの言葉を考えればその可能性のほうが高いようにも思えるが。

法衣を来た若い僧侶たちに警備された入り口を抜け、シンジたちは長い廊下を歩いていった。
建物の中は外見とは違い近代的な構造をしている。
古くからの木造の寺の中に、施設をつくっているのかもしれない。
確かにこのほうが機能的ではあろうが。


「なにか雰囲気がちがうんですね。なんだか事務所みたいだ・・・」

「ああ、こっちは『裏側』だから」


先ほどの感動を裏切られたような気がしたシンジのつぶやきに、リツコが苦笑で答えた。


「『裏側』?」

「ええ、拝観者や一般信者向けのところとは少し違う入り口からはいったのよ。気が付かなかったの?」

「は、はい・・・」

「帰りに確認すればいいわ。あまり意味はないと思うけど」

「・・・ええと、それじゃあこっちはやっぱり事業や事務とかする場所なんですか?」


出版や墓地経営、そういう言葉が頭に浮かぶ。
だがいかにも新興宗教然としたそれらは、シンジが知る教団のイメージとは少しはなれている。
それに先ほどの警備の僧侶も時たますれ違う者たちも、みな精悍な雰囲気を持っているような気がした。


「そういうことは別の施設でしてるわ。歴史のある本殿を使うようなことじゃないもの」

「ですね・・・だったらいったい」

「・・・だから『裏側』よ、碇住職に聞いたことはない? ミサトや加持くんはこちら側に所属しているの」

「それって・・・」

「本当に、あなた何も知らずに使い手になったのね」


意味がわからず、シンジはくちごもっている。
苛立つ様子はないが、少し呆れた口調でリツコは答えた。


「・・・・是得礼という教団の最大の目的、妖怪の殲滅、そのための場所よ」









ノックもせずに加持がドアを開けた。促され、シンジが中に入る。

シンジの家の本堂の半分ほどもあるだろうか。
広い部屋に平机が一つ、そして二人の男がそこにいた。

一人は椅子に座って、もう一人はそのかたわらに立っている。


「・・・・ああ、ちょうど今来た。・・・・・・わかっている、約束は守る」


椅子に座った男は電話をしている。さほど大きくはないが低くよく通る声が、ここまで聞こえてきていた。
よく知っている声、けれどどこか違和感がある、聞いたことの無い口調。


「・・・・父さん」


確かにゲンドウだ、自分の父親を間違えはしない。
だが、近寄りがたいなにかを感じ、シンジは立ちつくしていた。

話が終わったのか、ゲンドウが受話器をおいた。
顔を上げ、こちらをみる。オレンジ色のサングラスの向こうでは、黒い瞳がシンジを見つめているはずだ。

無言のまま、促されるようにシンジは、ゆっくりと足を進めた。


「・・・・何をしに来た?」

「何をって・・・」


表情を隠すように顔の前で手を組み、ゲンドウは言葉を発した。
冷たい声。家にいる時のような腑抜けた雰囲気は微塵も無い。
シンジの知らないゲンドウがそこにいる、そのことにシンジは頭の中が白くなった。
訊きたいことはたくさんあったはずなのに、なにも思い浮かばない。


「・・・私は忙しい。用があるなら早く言え」

「・・・・それが久しぶりにあった息子にいう言葉なの? こんなところで何をしてるんだよ」

「教団の仕事だ。そう伝えておいたはずだが」

「何言ってるんだよ!! 全部父さんが仕組んだんじゃないの?! 綾波のことも、この槍のことも!」


言葉を出すうちに徐々に怒りが込み上げてきた。
顔色も変えずに応対するゲンドウを見ていると、彼がいなくなってからシンジに降りかかった様ざまな異常事態が思い出されてくる。
三度にわたる使者の到来、そのことで死ぬ思いをしたのだ。
そして意思も固まらぬまま、槍の使い手としての道を歩まされようとしている。
今までのことは加持が報告しているだろう。知っていながら放置しておいてその言い方は無いはずだ。


「私が仕組んだわけではない。言いつけを破って「どぐま」に入ったのはお前だ」

「僕が悪いって言うの?」

「現に今もお前は槍を持っている。嫌なら手放せばよかろう」

「どうして・・・・」


突き放すような口調を変えないゲンドウに、シンジの怒りはさらにつのった。
14年間生きてきてまともな親子ゲンカなどしたことはない。母親のいない家で暮らしてきたただ一人の家族である父親に、軽い反抗期こそあったかもしれないが憎しみなど持ったことは無かった。
寺の後継やチェロのことで衝突が無かったわけではないが、その時もこんな雰囲気にはならなかった。まるで他人と話しているような気がする。


「その槍を持っている限りお前は使い手として生きねばならん。選択の余地は無い」

「・・・僕に何をしろって言うのさ」

「いずれ分かる」

「・・・・また、あの怖いのが・・使者が来るんだろ。父さんは僕にあれと戦えっていうの?」

「そうだ。使者と、そしてそれを使わしてくるものと戦う、それが槍の使い手の役目だ」

「何で、何のためにそんなことをしなきゃいけないんだよ」

「悪しき妖怪からこの国を守る、それが我々是得礼宗の勤めだ。そうしなければ力なき多くの民が苦しむことになる」

「だからって、どうして僕が・・・」


使い手の役目。使者と戦う定め。
そのことは今まで加持やミサトたちからも言われていたことだ。レイと一緒にいるために必要なら使い手となることもやむをえない、その覚悟も確かにした。
しかしゲンドウを前にして、今までシンジの心の奥底でくすぶっていたことが言葉となって湧き出てくる。
甘えなのかもしれない、けれど実の父親に甘えて何が悪いというのか。
一緒に来た他の4人はレイも含めて何も言わず成り行きを見守っている。ゲンドウの傍らに立つ初老の男も静かな目でシンジと、そしてレイを見ている、何も言う気は無いようだ。


「槍がお前を選んだ、それが理由だ。いやならば拒否すればいい。レイと槍をここに置いて寺に帰れ。楽師にでもなんでも好きなものになればいい」

「父さん・・・・」

「戦う覚悟の無い者など、迷惑なだけだ。そんな腰抜けを私は使い手とは認めん」

「・・・・・・・・・」


ならば言うとおり寺に帰ってもいい。そう叫びたい気持ちがシンジにはあった。
戦うことなど望みはしない。
得体の知れないものの相手をすることなど正直もうたくさんだ。
音楽への道を許してくれるなら、たとえ見捨てられても構いはしないと思う。


「・・・選ぶのはおまえだ。進むのも退くのも好きにしろ」

「また使者が来ればどうするんだよ」

「使い手とならないなら、おまえが気にすることではない。教団の中で考えることだ。槍のことも。レイのこともな」

「・・・・・綾波も」


確かに槍が無いとレイを抑えることはできない。
しかしゲンドウはレイと槍をおいていけと言った。再び彼女を封印するのだろう、槍を使って。
そうすれば、シンジには元の平穏な日々が戻るのかもしれない。
槍とレイを解放したことにより使者は現れた、もう一度封印すればもうあらわれないのかもしれない。


「碇君・・・・」


レイがシンジを見ている。
その口調から感情は窺い知れない。
答えを促しているようにもシンジを疑っているようにも思える、それともそれはシンジの心が揺れているせいでそう聞こえるのだろうか。

父親から目をそらし、青い髪の少女を見た。

シンジを見る紅い瞳と視線が絡む。
その奥に何も見えはしない。不安も、怖れも、期待も。
彼女にはどう写っているのだろう、シンジの瞳の中が。

ひとこと「さよなら」と言えば、それで終わるのだろうか。


表情の無かったレイの顔に、ほんのかすかな微笑みが浮かんだ。


一瞬迷ったシンジの心を見透かしたように。

それは承諾の意味だったのかもしれない。
シンジが望むとおり、好きな道を歩めばいいと。


「・・・・わからないよ」


再びゲンドウの方を向いて、シンジは言った。
もう落ち着いている、先ほどまでのように頭に血は上ってはいない。


「これからどうすればいいのか、僕にはまだわからない。・・・・だから教えてもらいにきたんだ。なぜ僕が選ばれたのか。槍とは、使い手とはいったいなんなのか。・・・・どうしてあそこに槍があったのか」


レイと今すぐ別れたいなどとは思っていない。
あの浜辺でレイに感じた想いは、シンジの中から消えてはいない。
けれど今の自分を取り巻く状況にはあまりにも不透明な部分が多すぎる。
前に進むには知らなければならない、今から歩こうとする道が、どこに続いているのかを。


「あらゆる結界を切り裂き、いかなる妖怪をも滅ぼす。すべての霊的なエネルギーを吸収し、己が贄となす、それが槍の力だ」


冷たい口調を変えないまま、ゲンドウが答える。
だがシンジは、もうそのことに怒りは感じなかった。真実を知りたい、その心情の方が勝っていた。


「僕が戦えたのも、槍の力なんだよね」

「そのとおりだ。伝承によると、槍は使う者を羅刹となす、とある。人の魂を喰らい、それを糧に獣に変えると。お前が得た力もすべてそれで説明はつく」

「・・・魂を? じゃあ、このままだと僕は・・・」

「喰らい尽くされる可能性はゼロではない。だが、お前が真の使い手なら、妖怪を倒すことで力は補充されているはずだ」

「・・・・それも伝承にあるの?」

「そうだ。何事も無くお前が成人したら、伝えられることになっていた。音流布寺にある口伝の一つだ」


リツコとミサト、そして加持は息を飲んでシンジたちの会話を聞いている。
今ゲンドウが話していることを彼らも知らないからだろうか。
獣の槍の呼び名のことはリツコたちも知っていた、だがその真の実態は初耳なのだろう。


「僕が音流布寺に住んでたから、寺の跡取だから、槍は僕を選んだのかな・・・」

「寺は後から作られたものだ。そしてただの建物にすぎん、いまや用無しのな」

「用無し?・・・どういうことなのさ」

「槍の封印を守る、それが音流布寺の役割だった」

「それじゃあ」

「封印が解かれた今、あの寺に存在理由は無い。私があそこに帰ることはもうなかろう」

「・・・・なんだよそれ」


ゲンドウの言葉の意味が理解できず、シンジは一瞬呆然とした。
それはつまりシンジを捨てるということだろうか。
今までの暮らしは、ただ封印を守るために必要だった虚構のものだと言うのだろうか。


「・・・・じゃあ、父さんは僕をどうするつもりだったの?」

「槍の使い手となるなら、その運命はお前をあの場所にとどめはしないだろう。・・・そしてそうならないなら、この後のお前の人生に私が関与する必要はなくなる」

「・・・・父さんはどうするのさ」

「私には別の仕事がある」

「・・・・・使者、だね」


そのシンジの言葉に、ゲンドウは無言で答えた。
くちびるを噛んで、シンジは自分の父親の顔を見つめる。少し変わり者の住職、若干天然ボケの入った偏屈親父、彼の良く知る父の面影はそこにはなかった。
それも全てシンジが槍を解放したからなのだろうか。

初めてシンジは気づいた。巻き込まれたのは自分ではない。自分が原因で多くの者が巻き込まれているのだと。


「父さん・・・・」


小さく呼びかけた声は擦れていた。誰にも聞こえなかったかもしれない。
けれどサングラスの向こうのゲンドウの瞳が、両手で隠されたその口元が、ほんのかすかにほころんだような気がした。

昔悪戯をして叱られた時、泣いて謝るシンジに向けられたものと同じように。

その瞬間、そこにいたのは確かに彼の父親だった。


「・・・父さん・・・・僕は・・・・」


どうすればいいのか、そう問いかけようとしたその瞬間、


槍が震えた。







「この感覚!!」

「ああ、なにかが来る!!」


身を翻し、加持とミサトが出口へと駆けた。
槍を持たない彼らがほとんどシンジと同時に異常を感じたのは、彼らの霊力の高さをあらわしているのだろう。
ゲンドウたちも動じた様子はない。
そして紅い瞳の少女は、何事も起こっていないようにシンジを見ていた。


「碇君・・・」

「・・・・行こう、綾波」


答えを出したわけではない。何も分かってはいない。
それでもこの手の中にある槍を目指して敵が来るのならば、逃げるわけにはいかないのだろう。
まだシンジは槍を捨てていないのだから。

槍の震えは止まらない。今までのどの使者の時よりも激しい。
かつてない強大な敵が迫っているのかもしれない。
けれど怖れることもなく、シンジも出口へと向かった。すでにその身体は紫の光を帯びている。

父のほうを振り向くこともなく駆けて行ったシンジの後を、すべるように宙を飛んでレイが追って行った。




「・・・・似ているな、ユイくんに」

「・・・当然だろう」

「そ、それよりも、いったい何があったんですか、碇住職、冬月先生。 この気配はいったい?」


のんきに話すゲンドウと冬月に一人取り残されたリツコが噛み付いた。


「ほう、君も感じるのかね、さすがはかつて候補者に選ばれただけはあるな。碇、彼女が赤木リツコくんだ。研究所で私の手伝いをしてもらっている」

「赤木・・・なるほどな」

「自己紹介は後でゆっくりとお願いしますわ。それより本部の結界の中にこんな大きな妖気が出現するなんて・・・」

ここは霊的に浄化された結界のはずだ。
リツコのその戸惑いに答えるように、机の上の電話が鳴った。ゲンドウが手を伸ばしスピーカーのスイッチを入れる。


「私だ」

『・・・本山内に得たいのしれない化け物が出現しました!!』

「場所は?」

『本殿外周部を高速で移動しています』

「対応はどうしている?」

『僧兵隊がさきほど出ました!』

「足止めだけを考えろと伝えろ。こちらから討伐隊は出した」

『了解しました!』


ゲンドウがスイッチを切ると同時に、冬月が小さくため息をついた。


「視認してからとは、反応が遅いな」

「やむをえんさ。今の教団はまだぬるま湯の中だ。体制はこれからつくる、今回の事件はいい機会になるだろう」

「・・・ならばあまりあっさりと倒すのも不味いわけだな」

「その心配は無い。槍をもってしてもおそらくてこずるはずだ」


ゲンドウが口元を怪しく歪ませた。


「この気配、覚えがある。ただの使者ではない、15年前と同じ、「獣」の臭いがする」

「・・・まさか・・・あの時は精鋭ぞろいの葛城調査隊がほとんど全滅したんだぞ。それにこれが口伝に伝わるヤツなら・・・」

初めてあせりの表情を見せた冬月に、ゲンドウは首を振って否定した。


「いや、15年前がそうだったように、おそらくこれもただの眷属だ。封印はまだ破られてはいないからな」

「ならばいいが。・・・しかしタイミングが良すぎるな、やはり狙いは使い手か」

「・・・・どういう意味ですか? 15年前って、ミサトが巻き込まれたあの、・・・お二人は何を知っているのですか?」


割って入るようにして問いただすリツコに、冬月は戸惑いの顔を見せた。存在を失念していたのかもしれない。
かまわない、そう言うようにゲンドウが冬月に頷く。
渋い表情で冬月が口を開いた。


「・・・・・リツコくん、これから話すことはまだ他言無用だ、いいね」









身体からこみあげる戦いの衝動を抑えながら、シンジは本殿を飛び出した。
気配は門の向こうから感じる
ミサトや加持はすでにそちらへ向かったようだ。

槍が震えている。シンジを急かすように、激しく。

空を見上げ、地面を蹴る。十メートル以上の高さでそびえている門の瓦ぶきの屋根に、黒く伸びた髪をたなびかせながらシンジは一気に跳び上がった。

見下ろせば眼下には本山の施設が広がっている。ミサトと戦った道場やサクラのいる病院、そしていくつもの寺や建物。
先ほどまでの静寂な空気はもうない。
数十人の僧侶たちが錫杖を手に走り回っている。シンジの方には気づいていない、彼らが見ているのは別のものだ。


黒い固まり。


シンジにはそう見えた。


大きさはシンジとそう変わらないだろう。50メートルほど先の木の上でそれが枝の先に止まっていた。
この気配はそこから感じる。
だからわかった。
あいつが敵だと。

二本の手に二本の足。人と同じ形をしている。
顔は良く見えない、その頭頂部から長く無造作に伸びたもの、あれは髪の毛なのだろうか。


「碇君・・」


追って来たレイがいつのまにかシンジのすぐ後ろに立っていた。いや、彼女の足は屋根についていない、浮かんでいたと言ったほうが正しいだろう。


「気をつけて、綾波」


自分自身に言い聞かせるように、シンジは言った。
先の使者のように突然砲撃をしてくるのかもしれない、槍を投げて先制攻撃をするべきだろうか。
しかし投げた後のシンジは無防備になる、それは危険だと今は本能が告げていた。

槍が戦い方を教えてくれているのかもしれない。


「来るわ」


レイがつぶやく。それとほぼ同時に黒い固まりはシンジのほうを見つけていた。

激しい叫び声とともに枝から離れると、こちらに向かって地面を跳びながら迫ってくる。


「行くよ!!」


シンジは屋根を蹴り、再び跳び上がった。
槍を構え、目線は敵から外さない。黒い固まりもシンジを見逃すことなく、長く腕を伸ばして襲ってきた。
交差する。槍を振るう。
オレンジ色の結界は出ない、いや、中和されているのだ。
相手の長く尖った爪が、漆黒の刃のようにシンジの肉を切り裂こうとする。手に持った槍でそれを防ぎながら、シンジは敵に向って足を蹴り上げた。


「グアァッ」


黒い固まりが悲鳴をあげる。
手ごたえはあった。そのまま身を離し地面に降りる。振り向いた。しかし、敵はすでにそこにはいない。とっさに槍をかざす。

「うわ!」

視界がふさがれる。
黒い焔。
それがシンジに降り注いでいた。


『碇君!!』


体中が焔に包まれようとしたその瞬間、レイの声が頭に響き、シンジの身体は宙を浮いていた。
獣と化したレイの太い腕がシンジをつかみ、青く伸びた髪がシンジを庇うようにくるんでいる。


「・・・ありがとう、綾波」


空高く飛ぶレイの背中にシンジは移動した。
槍を握りなおし、再び敵を探す。

手強い。

ほんの一瞬の戦闘だったが、そのとき受けた圧力は今までのどの使者よりも大きかったように思える。


『・・・・あれは・・・』

「・・・な、なんだ、あいつ」


人の形をした黒い固まり、いや、それはさきほどまでの姿だ。
シンジとレイの視線の先にいるものは、すでに別の何かに変わっていた。

長く伸びた黒い髪、紅く光る瞳、太い手足、獅子のように巨大で、そしてしなやかな身体。
全身を黒く染めたその容姿は、確かにシンジが見知ったものとよく似ていた。

今、彼をその背中に乗せて飛んでいる、獣と化したレイの姿に。


呆然としたシンジたちの虚をつくように、黒い獣が口を大きく開いた。
焔を吐き出す。火柱が襲いかかる。


「避けて!!」


シンジの叫びに応え、レイが身を翻した。それを追うようにしていくつもの焔の固まりが迫る。
紙一重で避けながら、二人は体勢を整えようとした。

空を飛びながら追ってくる黒い獣の姿がシンジの視界に入る。

レイと同じ容姿、それが意味するのは何か、そう問い掛けたい気持ちがシンジにはある。
今対峙している相手は今までの使者とは違う。
レイという存在の根本に迫るなにかを、共有しているのではないかと。

そのシンジの逡巡が伝わったように、レイの回避行動が一瞬遅れ、黒い焔の一つがレイの身体を捕らえた。


『くぅっ』

「あ、綾波!!」

『・・・大丈夫』


心話で言いながら、何事もなかったようにレイが身体を起こした。
しかしこのまま逃げ回っていても埒はあかないだろう。

シンジは槍を握りなおした。

敵が何者か、今考えている暇は無い。
襲い掛かってくる以上、倒さねばならない。雑念は危険を増すだけだ。

武道の心得など無い、しかし誰かがそう言うのが聞こえた気がする。
槍が激しく震えている、今は敵のことだけを考えろと、そう言うかのように。


「いくよ、綾波!」


その言葉とともにレイから離れると、シンジの身体は宙を舞った。








「な、なんだあれは!!」

本山付きの僧侶たちが叫んでいる。その横を加持とミサトは駆け抜けていた。
向こうに見える空の上では、人ならざる者たちが戦っている。

黒い獣と白い獣、そして紫の身体持つ少年が。


「あれが綾波さん?」

「ああ、白いのはレイちゃんだ。・・相手は・・・しかし、あれは使者なのか?」

「・・・私は、あいつを知ってるわ。いいえ、あいつとも違うのかもしれないけど」

「葛城?」

「急ぐわよ!!」







黒い獣が焔を吐いた。

肉迫する焔をギリギリでなぎ払いながら、シンジは敵に迫った。
相手は空を飛ぶ、避けられたらこちらの防御は難しい。
しかし今、この瞬間、シンジの姿は死角に入っているはずだ。

焔を突き抜けるようにして槍を正面に向ける。

狙いどおり、眼前に獣がいる、口を開けた体勢のまま。


「うおおおおおおお!!」


叫びながら気合を込め、槍を突き入れる。
闇のように黒く染まった身体に茶色い槍が突き刺さる。

その刹那。

黒い獣の腕が大きく伸び、シンジの身体を薙いだ。


「うわああああああ!!!」


跳ね飛ばされ、身体のコントロールが失われる。
何が起こったのか分からない、天地が逆転し、敵の姿は見失われている。


『碇君!!』


レイの声が聞こえる。
その言葉にシンジも冷静さを取り戻した。慣性で空を飛びながら、それでも襲ってくるはずの敵を警戒する。


・・・下だ!!


地面を向いたシンジの頭を狙うようにして、黒い獣が腕を伸ばして迫る。手の先に伸びた爪がきらめく。

迎え撃つシンジを助け、レイの吐きだす白い焔が敵を襲う。黒い獣の身体が揺れる。


・・・今だ!


手の中の槍に力をこめる、シンジの意思に応えるように、槍がその姿を瞬時に剣へと変えた。
反動をつけ身体を回転させる。
その瞬間、再び敵の腕が伸びた。シンジの身体に爪が伸びる。

・・・やられる?!

しかし、その寸前に黒い獣の顔に何かが突き刺さった。

咆哮をあげ、獣が顔を抑える。
紅い瞳に鋲が食い込み、そこから赤い血が流れている。
攻撃を止め、シンジから離れようとする。


「こいつぅ!!!」


その機を逃さず、シンジは切っ先を黒い獣に向けた。
渾身の力で切る。

肉を断つ感触が確かにあった。
しかし次の瞬間視界が黒く染まった。
衝撃が走る。


「うわああ!」


再び、シンジの身体は獣によって弾かれた。
バランスを崩し、地面に落ちる。


「くっ!!」

「大丈夫、シンジくん!?」

「大丈夫か?」

「加持さん・・・ミサトさん・・・」


駆け寄ってきたミサトたちを見、そしてシンジは身を起こした。
まだ相手を倒してはいない。
しかし、見上げた空には、すでに黒い獣は見当たらなかった。

槍もすでに震えを止めている。
敵の気配も感じない。
それでも警戒を解かないシンジをなだめるように、空中にただ一人残っていた白い獣が、もとの華奢な少女へとその姿を変えながら、ゆっくりと地上に降りてきた。


「アイツは行ってしまったわ・・・怪我はない? 碇くん」

「うん、僕は問題ないよ。綾波は平気なの?」

「ええ・・・」

「そう、よかった。・・・加持さんたちが助けてくれたんですね、ありがとうございます」


シンジの身体の紫の光も、徐々におさまっていった。それは戦いがいったん収まったことを示しているのだろう。
レイの身体に上着をかけながら加持が答える。


「あれは、俺じゃないさ。やったのは葛城だよ」

「そうなんですか。ありがとうございます、ミサトさん」

「いいのよ。・・・でもよかったわ、私の攻撃が少しは通用したんだもの」

「結界が中和されていたからだな。単独で俺たちが勝てる相手じゃない」

「・・・・そんなこと、やってみないと分からないわ」


口ゲンカがはじまるのかと思ったが、加持とミサトの間にただよう空気は暖かかった。
シンジは思わず苦笑し、肩の力を抜いた。
その視界に何かが写る。


「・・・あれ?」

「どうしたの、碇君」

「う、うん。何かな、あれ」


レイの問いかけに生返事で答え、シンジはそれにゆっくりと近づいた。
地面に落ちる、肌色の物体。
間近で見るまで、それが何かわからなかった。


「こ、これは・・・」

「腕・・・だな。それも人間の腕だ」


シンジの横に立ち、加持がつぶやいた。
その口調にふざけた響きはない。


「う、腕って、でもこれは・・・」

「シンジくんが切り落としたあの化け物の腕・・・そう・・・やはりそう言うことね」

「心当たりがあるのか、葛城」

「確証はないわ。でも、15年前のあいつと、さっきのやつはよく似ていたから・・・」


残された獣の腕をミサトは手に取った。
どういう作用か知らないが切り口から血は流れてはいない。


「小さい・・・大人の手じゃないわね」

「そうだな。どうする? 左手の無い子供を捜すか?」

「・・・それも一つの方法だけど・・・でもなんだかこの腕・・・」

「見覚えがあるのか?」

「いえ、まさかね・・・」


考え込んでしまったミサトとそれをいぶかしげに見ている加持、その二人にどんな声をかけたらいいのかわからずに、シンジは傍らを見た。
いつのまにかレイが立っている。さきほど自分とよく似た敵を見たのにもかかわらず、そこに動揺は見えなかった。
あの獣も千年生きたものなのだろうか、それもなにかおかしな気がする。
それにレイの時のような、意思の疎通ができるといった感覚は無かった。はっきりとはいえないけれど。


「・・・逃がしたようだな」

「父さん・・・」


いつのまにかシンジたちを遠巻きに取り囲んでいた僧侶たちを割るようにして、ゲンドウとリツコ、そしてさきほどゲンドウの隣にいた初老の男の3人が、シンジたちのところに近づいて来た。
咎める雰囲気は無い。ただ事実を確認している、それだけだ。


「これが敵の残した腕です。・・碇住職、あいつは15年前に私が見た化け物と・・・」

「同じだったか?」

「いいえ、けれどとてもよく似ていました」

「そうか・・・・・」


赤いサングラスの奥で、ゲンドウの瞳が厳しく光ったような気が、シンジにはした。
今日現れた敵に心当たりがあるのかもしれない、なぜだかそう感じた。


「シンジ、槍とは、使い手とは何か、それが知りたいと言ったな」

「・・・うん」

「ならばレイとともに京都に行け。そこで真実の切れ端と出会えるだろう」

「京都に?」


問い返したシンジに、ゲンドウが頷く。
高圧的な感じはしない。しかし他の感情も読み取れなかった。
逡巡する。けれど悩むことではないのだろう。現れた新たな敵、確実に事態は進んでいるのだから。


「・・・わかったよ。今から行けばいいの?」

「もう遅いからな、今日はここに泊まるといい。加持くん、宿舎をあてがってやってくれ。・・・葛城くん」

「はい・・・」


ゲンドウとミサトの視線が一瞬からまった。
それをリツコがなにも言わず見ている、厳しい瞳で。


「京都へは君がついていってやってくれ。向こうで君も話を聞くといい」

「はい、でも、どこへ行けばいいんですか?」

「是得礼宗京都別院、赤木ナオコ氏のところへだ」













空は澄んでいた。夏休みまであと少し、まだ強すぎない日差しとそよ吹く風は、さわやかな朝を運んできてくれる。
実際学校に向かうほかの生徒達はみなどことなく晴れやかな顔をしている気がする。


「はあ・・・」


小さくため息をついて、マナは視線を道路に移した。
いつもの学校への道、いつもと同じ時間、けれど今日はいつもと違い、一人きりで歩いていた。

別に初めてではない。シンジが風邪で休んだ時など一人で登校したことは過去に何度でもある。

普段もとりたてて約束をしているわけでもない。シンジの家がマナの家からの通学路の途中にあるから、そしてお互いに規則正しい生活をしているから、だから「たまたま」一緒に登校している。
そんな言い訳を他人にはしていた。
帰りも一緒なのはなぜかなどと問われたら言葉につまったかもしれない。
実際それがどう写っていようと別に気にはしないが。

マナは思っていた。

まあまあ繁盛している中華料理屋のマナの家と、古くからこの地にある寺にであるシンジの家。転勤のあるサラリーマンを親にもつ場合と違い、マナやシンジがこの街を離れることはほとんど考えられない。
別の地方の大学にでも行けば別なのだろうが、だがそれは今の自分には遠い先のことのように感じる。

だから、シンジと過ごす毎日。軽口をたたきあいながら学校に通い、休みの日には買い物につき合わせたり、たまに映画を見に行ったりする。お互いが一人っ子で、小学生のころから二人で遊んできたことの延長の日々、それはこの先もずっと続くのだと。

今まで、いや、昨日まではそう思っていたのだ。


「はあ・・・」


また、ため息が出た。

昨日の朝に本山に向うのを見送ったのだが、結局今朝もシンジは帰ってきていなかった。

寺には見慣れぬ僧侶が一人いるだけだ。加持ではない。昨日入れ違いで留守番として来たといっていた。ゲンドウの指示だそうだ。
つまりシンジたちは当分帰らないということなのかもしれない。

シンジの周りに起こっている様ざまな怪異。
彼が大きな事態に巻き込まれているなら、それもやむをえないことなのかもしれないが。

それでも、壁ができたような、引き裂かれていくような気がする。
教団とかかわりのない、ただの幼馴染のクラスメートでしかないマナには、立ち入ることさえ許されないのだ。

今、こうしている瞬間にも、シンジは危険な目にあっているかもしれないのに。


「はあ・・・・・」


「黄昏てるのねえ」


何度目かのため息に、嘲るような声が答えた。


「えっ?」

「こんなに空は青いのに、どうしてそんなにため息ついてるの?」

「べ、別に・・あなたに関係ないじゃない」


他に誰も通っていないと思っていた通学路、しかしそこに知らぬ間に誰かが立っていた。
見たことのない制服を着ている、見たことのない少女。
長い髪に赤いポッチが二つ。身長や年齢はマナと変わらないように思える。


「そりゃあ、そうなんだけどね。・・・ねえ、あんたさっきあそこのお寺からでてきたでしょ、関係者なわけ?」

「そ、そういうわけじゃないけど。あそこは知り合いの家だから・・・」

「ふうん・・・無関係でもないのね」


値踏みするようにマナを見ている。その時初めて気づいた、その少女の瞳が青く澄んでいることに。
カラーコンタクトではないだろう、ハーフかなにかだろうか。
よく見れば腰まで伸びた栗色の髪の毛も染めているわけではないのかもしれない、顔立ちも少し日本人離れしている。
音流布寺のことを気にしていたが、教団の関係者なのだろうか。
シンジの知り合いでは、おそらく無いと思うが。


「あなた、あの寺に用があるの?」

「取り合えず用はすませたわ、アタシもさっきのぞいたから。『どぐま』の中がどうなっているのか見たかったんだけどね」


つぶやくように話した後半はマナには聞き取れなかった。けれども目の前の少女が教団に関わっていることに間違いはないようだ。
年齢からして、彼女もトウジのように候補者の一人で、シンジの持つ槍を狙ってきたのかもしれない。


「・・・シンちゃんは当分帰って来ないわよ」

「シンちゃん?・・・ああ、『使い手』のことね。なに、あんたの彼氏なの?」

「そ、そうよ」

「ふうん・・・・それで、どこにいったの、その『シンちゃん』は」


どこか小ばかにした響きが、その問いかけにはこもっていた。
思わずマナの頭に血がのぼる。


「ほ、本山よ。シンちゃんのお父さんがいるから・・・」

「今は本山にはいないわ」

「えっ?」

「なんだ、知らないの、連絡もないわけ? ホントに彼氏なの?」

「ホ、ホントだもん・・・」


少し意気消沈して、小さな声でマナは答えた。
自信満々に答えるこの少女が嘘をついているようには思えない。


「なんだったら、連れて行ってあげましょうか。その『シンちゃん』のところへ」

「・・・どういうこと?」

「アタシはもうすぐ会わなくちゃいけないみたいだから。あまり気は進まないんだけどね。かったるいし」

「もうすぐって・・・」

「仕事、みたいなものよ。どうする? あんたが望むなら、一緒に連れてってあげてもいいわよ」


いたずらっぽく微笑む。そこに邪気は含まれていないように思えた。それともそう見えるだけだったのかもしれない。
少女の青い瞳に吸い込まれるように、マナは頷いた。


「じゃ、行きましょうか。あんた名前なんていうの?」

「霧島・・・マナ」


とまどいながら答えたマナのことなど気にならないように、破顔して少女は答えた。


「アタシは惣流アスカよ、よろしくね、マナ」









〜つづく〜








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katu@osaka.104.net



解説:

7万ヒット記念です。


ラストのアスカ登場は当初の予定どおり。
次回はシンジたちと絡むのかな?
ナオコの方がが先かもしれないけど。

ナオコさんの髪が青かったり瞳が紅かったりすることは、たぶん無いと思います(笑)
そのほうが面白いかもしれないけどね。



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