Ghost Hunt

眠り姫の見る夢は
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「かんぱーい!」
 男の音頭と共に次々にカツンカツンとグラスが鳴り合う音が続く。
 場所はどこにでもあるような創作料理屋のパーティスペース。
 メンツは東京都内某私立高校の卒業生達。そしてそのメンツの中に麻衣が居た。
「プハーッ! うーん、ビールが美味しい〜〜ぃ!」
 ジョッキの三分の一ほどを飲んで麻衣はジョッキをテーブルに置いた。
 このクラスの幹事は余程真面目な性格なのか毎年この時期には忘年会を兼ねて同窓会が開かれていた。人付き合いの良い麻衣の事、毎年予定を遣り繰りして参加していたのだが、去年だけは例の事情のため不参加であった。しかも全く所在が知れなかったのだから、去年の会では麻衣の行方について色々取り沙汰されたものだった。
 だが今年は違った。また違う話題で麻衣について取りざたされたのだ。


 バタバタと慌ただしかった結婚、波乱尽くしの新婚旅行を終え、漸く落ち着いて麻衣が新住所を昔のクラスメイト・恵子やミチルに知らせたのは十二月も半ばの事だった。
 そして今日、二人はデイビス家にお邪魔している。
 麻衣はまた一年間の不義理を責められる事となった訳だが事情が事情だけにそれ以上二人は麻衣を責めなかったが、今年の同窓会は何が何でも出席するよう強要した。
 麻衣としても勿論そうしたいのは山々だったが、この所家を空ける事が多いので流石に断るつもりで居た。
「うーん、やっぱり今年は欠席させてもらうよ」
 麻衣は申し訳なさそうにそう言った。
「ああ〜〜そこを何とか!」
「去年なんかみんな麻衣の顔見れなくてすごい残念がってたんだよ? しかも行方知れずなんかなっちゃって、みんな心配してたんだから」
 恵子とミチルが交互に麻衣を説得する。行方云々を言われると麻衣には何も言葉を返せない。
 恐らくナルのこと、同窓会に行きたいと頼めば不承不承の上、不本意と顔に書いて嫌みを百ほど言い連ねた後でOKを出すことだろう。
 だが、来年二月には本国イギリスで学会が開かれる。常に睡眠を削って机に向かっているナルの姿を知っているだけに無理は言えない。ナルの負担になるような真似だけは絶対にしたくない。
 麻衣は二人の目を見つめてそう言うとはっきり断った。
「……しゃあないかぁ。確かに今一番大変な時期だもんね……」
「うん……、ごめん無理言って」
「ううん、こっちこそごめん。麻衣はもう独り身じゃないんだもんね。あたしらが我が儘言い過ぎたよ」
 3人が3人一頻り謝りあっているその時。
「行ってくればいいだろうが」
 酷く静かな声がリビングの入り口から響いた。驚いて見てみればコートを脱ぎながらナルが入ってきた。
 驚きながらも麻衣は立ち上がってコートとマフラーを受け取りハンガーに掛けた。表面に触れるとしっとりしている。
「もしかして雨降ってるの?」
「いや、雪だ」
「駅からずっと歩いてきたの? 傘は? 買わなかったの?」
「大した降雪量じゃない」
「ったく、面倒くさがり何だから。せっかくのカシミアが台無しじゃん。買ったばっかしなのに」
 麻衣はぶつくさ言いながらハンガーを温風の通り道に掛けた。そしてキッチンに向かい、ナルのために熱いお茶を用意する。
 恵子とミチルの二人は突然のナルの登場に一瞬惚けていた。が我に返ると立ち上がって「お、お邪魔してます!」と、深々と頭を下げた。対してナルは小さく会釈を返すと麻衣に向かって先程の言葉を繰り返し、ソファに腰掛けた。
 麻衣は流石に眉根を寄せる。
「気持ちは有り難いけどね、そうそうナルに甘えてられないよ。前だって温泉に行かせてもらったしね」
「別に麻衣がいなくたって論文の進み具合に支障はない。それどころかうるさく言われない分はかどると思うが?」
 ナルの言葉に麻衣の頬が引きつった。脇にいる二人は「相変わらず素直でない上に辛口な人だよね〜」とひそひそ話し合っている。
「あたしが居ない間優人はどうするのよ」
「別に泊まりがけで出かける訳じゃないんだろう? 夕食さえ作り置いてくれさえすれば後は僕一人でどうにでもなる」
「そ、そりゃそうだけど……。でも……」
「最も麻衣が行きたくないのなら話は別だが?」
「……久しぶりにみんなに会いたいです」
「わかった」
 ナルは無表情で頷くとカップを片手に書斎に入っていった。


「渋谷さん、なんだかんだ言ったって麻衣だけには甘そうだね〜」
 ワイワイガヤガヤとざわめきの中、恵子の言葉にミチルがうんうんと頷いた。
「そぉかなぁ〜? う〜ん、でもそぉなんだろぉなぁ〜」
 腕を組みながら麻衣は頷いた。
 乾杯から一時間も過ぎた頃だろうか。麻衣の顔はアルコールで真っ赤になっており、口調は間延びしている。
 周りを見れば既に何グループか出来上がっており、麻衣達は女3人で顔を突き合わせているわけだ。
「いーじゃん、愛されててさ! 憎いぞ! この、この!」
「そーそー! あんな超絶美形に特別扱いされちゃってさぁ! くぅ〜〜代われるもんなら代わりたい!」
「じゃ〜さぁ、代わってみる?」
 麻衣の言葉に二人は即座にNOと首を振る。
「どして?」
「そりゃあんた、あの性格に付いていけるのは麻衣だけだよ〜〜」
「慣れたらどうってことないよ〜?」
「慣れるまでに胃に穴が空きそう〜〜」
 ミチルの言葉に3人がケタケタと笑う。
「おっ、ここ、なんか盛り上がってんな〜」
「あ、松岡君だ〜〜」
「よ、谷山、すっかり出来上がってんじゃん」
 グラス片手に松岡が余っていた椅子を引っ張って来ると3人は椅子をずらして松岡を輪の中に引き入れた。
 彼はこのメンツの中で目敏く麻衣の結婚指輪に気づいた人物だった。そして素っ頓狂な叫び声を上げてしまい、麻衣は皆からの質問責めに遭う羽目になってしまったのだ。
「まま、改めてかんぱ〜い」
「かんぱ〜い!」
 何度目の乾杯だろうか? そろそろセーブしなければならない頃だ。だがそこは酔っぱらい。雰囲気に飲まれて杯を重ねてしまう。
「しっかしまあ、あのガキンチョの谷山が結婚して子持ちとはなぁ〜〜。アンビリーバボーだぜ。世界の七不思議だよなぁ!」
 麻衣の左の薬指に光る指輪を見ながら松岡はそんな失礼な事を言った。
 松岡は大学でも麻衣と一緒でこのメンツの中では親しい部類に入る。それ故の無礼講か、ともかく麻衣は子供のように頬を膨らました。
「ほら! それ! こんなにも『人妻』って言葉が似合わない奴も珍しいよなぁ」
「ひっどい言い様! ふんだ! 良いもん! 『愛する旦那様』がこのままで良いって言ってくれてるんだから!(ちょっと誇張)」
 麻衣がそう言い切った瞬間、松岡の目が切なげに曇った。だがそれも一瞬のこと。
「へ〜〜、一体どんな物好きなんだか、いっぺんお目に掛かって見たいもんだぜ」
 ニヤリと笑うと松岡は立ち上がって呼ばれた方へ行ってしまった。
「ぶ〜〜、なんて失礼な奴!」
 脹れる麻衣に二人は「まあまあ」と宥め掛かる。
「ま、許してやんなよ。アレでも松岡、あんたの行方不明で一番心配してたんだから」
「え……?」
「そうそう、だって、ねぇ、松岡は……」
「ミチル!」
 恵子がミチルを鋭く制した。
「あ……ごめん」
「な、何? どうしたの?」
「あー、失言ぶちかますとこだったよの。だから忘れて」
「う、うん」
 訳が分からないながらも麻衣は頷いてテーブルのグラスに手を伸ばした。
「あれ? これ、誰の?」
 見ればエメラルドグリーンの液体が満たされたロンググラスがあった。
「松岡のじゃないの?」
「なにこれ、キレーな色」
「メロンサワー……かな? ストロー指してるよ? ソフトドリンクじゃないの?」
「ちょっと飲んじゃえ」
 と恵子が一口飲んでみた。
「うわ! 甘〜〜」
「え、じゃあ、あたし要らな〜い」
 顔をしかめる恵子にミチルは体を引いて言った。
「んじゃ、あたし飲むね。……ほんとあっまぁ〜い。でも美味しい〜〜」
 言って麻衣はコクコクと飲み続ける。
 他人の物なのに酔っぱらい3人にはどうでも良い事らしかった。
「なぁ、俺のグラス知らねー? 緑色の奴ー」
 松岡が辺りを見回しながらやって来た。3人は揃って麻衣の手の中で既に空になっているグラスを指さした。
「飲んだのか?! しかも全部?!」
 慌てた松岡の声に3人は目をパチクリさせた。
「あ〜ゴメンね〜。凄いキレーな色だったし、甘くて美味しかったから〜」
「いーじゃん、ジュースの一杯や二杯、ケチケチしなさんなって」
「そうそう、も一回頼めばいーじゃん」
「……ばっかやろう、そーじゃねーよ。それジュースじゃねーよ。エメラルドミストって言ってアルコール度数25%以上のきっついカクテルなんだよ〜」
 頭を抱えながら言う松岡に3人はキョトンとしている。訳が分からないって感じだった。
「おい〜、谷山って酒強かねーんだろ? 頼むよ〜〜。後で足に来たって知らねーぞ! 俺は! ってゆーか、お前らもう酒飲むな! 酔いさましてろ! 女の酔っぱらい程始末の悪いもんはねーんだからな!」
 松岡はそう言い付けると店員にウーロン茶3つを頼んで行ってしまった。
「何あれ! エラそー!」
 憤慨しながら恵子はベーっと舌を出した。すぐさま運ばれてきたウーロン茶を一気に飲み干す。
「自分だって酔っぱらいじゃん。男ならよくて女なら悪いって男尊女卑も甚だしいよ!」
 ミチルも同じくウーロン茶を飲み干した。
 しかし実際の所、松岡の言うとおりだった。
 男が酔っぱらって道ばたで寝ていようと心配なのはスリか凍死ぐらいのものだが、女性はそうは行かない。
 何かあってからでは遅いのだ。しかも(純粋に、下心無く)介抱しようものなら途端にチカン扱いを受ける事もある。
 松岡もその辺を心配して言っていたのだが3人には通じていなかった。
「あたし、もう一杯今の飲みたいな〜。名前なんて言ってたっけ?」
「う〜ん、確か……エメラルド……なんとか」
「とりあえず店員さんに言ってみれば?」
「うん」
 そうして麻衣はエメラルドミストを短時間で2杯飲み干した。
「ちょっと、麻衣。そろそろ止めた方が良いよ……?」
 余程気に入ったのか、更にもう一杯頼もうとしている麻衣の手を押さえて恵子がいさめた。
「ううーん、もう一杯だけ、ね?」
「……ざけんじゃねーぞ」
 不穏な声に後ろを振り返って見れば松岡が仁王立ちしてた。
「もう、飲むなって言っただろ! お前らも、なんで止めねー……」
「怒っちゃイヤ〜〜」
 麻衣は吐息混じりにそう言うと座ったままギュッと松岡に抱きついた。
「!!!!!!」
 一瞬その場がシンと静まり、そして囃し立てる声や口笛で沸き返った。
「いいぞ! 谷山ー!」
「おい、松岡。公衆面前で不倫はイカンぞ!!」
 当の松岡は顔を真っ赤にして固まっていた。
「まっままま、麻衣。ダメ! それはダメ!」
「は、離れなさい! 麻衣!」
「や〜〜〜〜〜」
 すると麻衣はいやいやする様に松岡の腹の辺りに顔をすり寄せる。
「!!!!!!」
「ま、麻衣。そ、そうだ! もう帰ろう! ね、ね?」
「………」
「麻衣? ちょっと、麻衣?」
 見れば麻衣は松岡にしがみついたまま眠り込んでいた。
「ちょっと! 麻衣! 起きなさい! 起きろってば! 麻衣!!」
「ミチル、あたし渋谷さんに電話入れてくる。迎えに来て貰う!」
 言って恵子は電波の通じる店外に出ていった。
「……松岡、もう少し我慢してよね」
「あ、ああ」
 漸く我に返った松岡は小さく返事した。既に周囲の関心は二人から外れているらしく、それぞれで飲んで食べて騒いでいる。
 松岡は俯いて麻衣の顔を見た。思わずその頬に手を伸ばし掛け、ミチルの視線に気付いて自分の頬を掻いた。
 ミチルはテーブルに肘をつき、その手に顎を預けて松岡を見上げている。少し哀れみの表情で。
「難儀だね……。あんたもさ」
「!」
「みんな知ってるって。知らないのは麻衣だけ……」
「そう……か」
 松岡は少し唇を噛むと麻衣の額を軽く指ではじいた。
「うん……」
「人の気も知らねーで呑気に眠りこけてんじゃねーよ……」
「松岡……」
「只今〜〜」
 携帯を片手に恵子が戻ってきた。
「旦那さんいつ頃迎えに来るって?」
「……途中で切られちゃった」
「なんだよ、それ」
 恵子の言葉に松岡は不機嫌そうに眉根を寄せた。
「今お仕事が追い込みの時だからね……、迷惑掛けないって言ったのにこのザマだし……」
「うん、まあ、店の名前と住所は伝えられたから……。多分、来てくれると思うんだけど……。なんせ難しい人だからね」
「うん、麻衣じゃなきゃ付き合いきれないよね」
「……お前ら人の旦那よくそこまで言うな」
 呆れ顔の松岡に二人は「会ってみれば判るよ」と口を揃えた。
「まぁいーや。迎えに来なかったら俺が送ってくよ」
「え、ちょっと、それは……」
「誓って送り狼なんかにゃならねーよ。……俺、こいつを傷つけるような真似……絶対出来ないから……」
「松岡……」
 二人はいたたまれないと目を伏せた。
「こいつんちってここから車で何分ぐらい掛かんの?」
「あ、えーと、一時間ちょっとくらいかな?」
「んじゃ、それまで待つとするか」
 松岡は明るくそう言って麻衣の手を解いた。椅子を引き寄せて隣に腰掛けると麻衣を支えて横たわらせ膝枕をする。そしてジャケットを脱いで羽織らせた。


 それから30分ほど経った頃だろうか。俄に店内が騒然としだした。何事かと思い同窓会のメンツが入り口を見やると誰もが口を閉ざした。
 容姿、スタイル、身に纏う雰囲気。それら全てが常人のレベルを凌駕した存在が不機嫌そうに立っている。
 一瞬の沈黙後、彼の正体を知らない者達が顔を見合わせて囁き合う。
「うっそ、超っぱやじゃん……!」
 恵子があんぐりと口を開けた。
「え!? じゃ、じゃあ、アレが谷山の旦那さん?!」
 殊の外松岡の声が大きく周囲では「うそー!!!」とか、「マジかよ〜〜〜!」とかとにかく叫び声が上がる。
「……」
 ナルは恵子とミチルを見てその後、ふと気づいたように松岡を見た。そしてその膝で安らかに眠りについている麻衣を見た。
 明らかに不機嫌絶好調のナルに恐怖を覚えた恵子とミチルは直立して深々と頭を下げた
「ごごごご、ご足労ままま誠に申し訳有りません!!」
 普通の人間ならここまでされれば恐縮するものだが一般人でないナルは只チラリと目を向け、軽く会釈するだけだった。
 ナルは一直線に麻衣の元に歩み寄ると麻衣が羽織っていたジャケットを松岡に突き返し、
「妻が迷惑を掛けました」
 と言い、思わず呑まれそうになった松岡は腹と視線に力を込めて、
「いいえ、大したことありませんよ」
 と笑顔で受け応えた。
 一瞬二人の間に火花が散ったのは見間違いだったのだろうか。周囲は固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
「麻衣、帰るぞ」
「う〜〜〜〜ん。……あれー? どうしてナルがいるのぉ?」
「お前が酔い潰れたと連絡があったんだ。……歩けるのか?」
 麻衣が起きあがり、温もりが冷えてゆくと、松岡の胸にはっきりとした喪失感が生まれた。
「うん……、多分……、きっと……」
 言って立ち上がろうとするが麻衣の足には全くと言って良いほど力が入らなかった。
「……立てないかも」
 あはははと笑う麻衣にナルは盛大にため息を吐いた。恵子とミチルの方を見遣る。何事かと思って二人は居住まいを正した。
「精算の方はいくらですか?」
「え? あ、と、とりあえず先に徴収してます。もし不足が出ても私が立て替えておきますのでご安心下さい!」
「……そうですか、ではよろしくお願いします」
 小さく頭を下げた後、ナルは麻衣のコートを右腕に掛け、バッグを麻衣に手渡すと、ひょいっと麻衣を抱き上げた。
「おお!」
 と男達からはどよめきが、女達からは羨望の眼差しとため息が漏れた。
 当の麻衣はとてもご機嫌だった。素面ならば恥ずかしすぎて顔も上げられないだろうに今は、
「うわ〜い、お姫様抱っこだ〜〜」
 と、嬉しげにナルの首に腕を絡めた。再びどよめきが生まれた。
「帰るぞ」
「はぁ〜〜〜い。じゃ〜ね〜、みんなバイバ〜イ」
 陽気に手を振る麻衣に他の人間は力無く手を振った。そして二人は同窓会会場を後にした。
 台風が過ぎ去ったような静けさが辺りを支配した。
「す、……すっげ〜〜〜〜!」
 誰かが口火を切ると話題はナル達の事で盛り上がる。そんな中松岡は心底脱力したように椅子にもたれ掛かる。
「……太刀打ち出来ねーな、ありゃ……」
「まま、気を落とさずに」
 恵子が松岡の肩をポンと叩いた。
「そうそう、相手が悪かったんだよ」
 ミチルが反対側の肩を叩いた。
「もしかしてクールな振りしてラブラブ?」
「そりゃそうでしょ。一時間強の距離を半分ですっ飛ばして来たんだから」
「普通出来ないよ。公衆面前でしかも素面でお姫様抱っこはさ……」
「だよな〜〜」
 こうして松岡の長年の片思いは幕を閉じたのだった。



 ハンドルを握りながらナルは只静かに前を見つめている。前方の信号が赤に変わるとゆるゆるとスピードを落として振動がないように停車した。
「……」
 横を見れば安らか寝息で麻衣が眠っている。
「……相変わらず危機感の無い奴だ」
 声に出して言ってナルは麻衣の目に掛かっている髪の毛を掻き上げた。
(無防備に寝顔なんか晒して……)
 柔らかな頬を軽く抓ってからナルは再び前を見た。信号が変わり、そしてまた静かに走り出す。
 麻衣の眠りを妨げないようにそっと……。
「ナル……」
「起きたのか?」
 応えはない。ただ先程と同じ寝息が返るだけ。ナルはチラリと横目で見ると麻衣は幸せそうに微笑んでいる。
 ナルも柔らかな笑みを浮かべて視線を戻す。
 眠り姫の見る夢に思いを馳せながらナルはほんの少しだけアクセルを踏み込んだ。



おわり



あとがき
長らくお待たせ致しました。
若干リク内容から外れている気がしないでも無いのですが……。
ハネジロー様、ダメ出しお願いします。

それはさておき、
……書き終わって一番に思ったことは
「松岡、スマン!」
でした。いやマジで。

ほんの少しだけ夢を見た彼。
結局彼にとっては良いとこなしの展開でしたが別に嫌いな人物ではないです。はい。
切ないね男の片思いって……。純情で有れば有るほど切なさが増しますわ。
……って、女のわたしが一体何を語っているのでしょうか。ねぇ?
でもそう言う話が好きなんです。私。
頑張れ松岡、明日があるさ。

それはそうと麻衣は今回も平穏無事でしたね。
ナルも(多分)役得やし。でも最後のお姫様抱っこは松岡に対する牽制ですよ。
なんせ彼はやきもち焼きですから(私の中ではね)
恐らく膝枕だけで腑煮えくり返りそうな程ムカついていた筈……。
くすっ。


最後に、

この作品をハネジロー様に捧げます。
リクエストありがとうございました!
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