Ghost Hunt
Duty or a Right !? |
それは冬のある日の事。一週間に及ぶ調査が終わった翌日の事だった。
昨日の今日でも事務所は普通通りに営業中で、調査に同行していた滝川もいつも通り昼過ぎに現れて優人の遊び相手となっていた。優人も甲斐甲斐しく遊んでくれる滝川が大好きらしく顔を見るなりべったりと張り付いて離れない。
まあそれはいつもの事。
リンが資料室に籠もって調査結果のデータをまとめているのも、ナルが所長室に籠もって読書に耽っているのもいつもと同じ事。
そしてナルの不機嫌ですらいつもと同じ事であった。
「で?」
「???? 『で?』って?」
唐突な滝川の問い掛けに麻衣は首を傾げた。
「いやさ、今日の不機嫌の原因はなんなのかと思ってさ」
滝川は親指で所長室を指した。
「昨日の帰りまでは上機嫌とはいかねーまでも取れたデータの内容に結構満足してたみたいだからな。……って事は不機嫌の原因は家に帰ってからって事になるだろ?」
言ってから滝川は少し眉根を寄せ、俯いた。
「夫婦間のいざこざに口出すのもどーかとは思ってんだけど、……やっぱ心配だからよ」
「ぼーさん……」
お茶とお茶請けを用意していた麻衣は柔らかく笑ってから少し照れたように小さく「ありがと」と呟いた。
滝川は優人を抱いて応接セットまで来、ジタバタと忙しない優人をベビーチェアーに座らせベルトを締めた。
「んま! んま!」
「……相変わらず旺盛な食欲だな。大丈夫かよ。ほっぺたはちきれそうだぜ」
「あはははは」
麻衣は滝川の言葉に複雑な笑い声を返した。その後しばし二人は黙り込んだ。
「……で?」
再度滝川が尋ねると麻衣は俯いて肩を震わせ始めた。
「お、おい。麻衣!?」
「…………」
尚も俯いたまま肩を奮わせる麻衣に滝川はそれ程深刻な問題なのかと顔を強ばらせた。
「あ、あのだな、麻衣。えと、その……言い難いんだったら無理しなくても……」
「あー!! もう思い出すだけで笑いが止まんないよ!」
「……は?」
「もう聞いてよ、ぼーさん。ナルってば傑作なんだから!!!」
麻衣の変化についていけず滝川の目が点になる。そんな滝川に麻衣は目尻に笑い涙を浮かべたまま「あのね……」と話し始めた。
「あのね、ナルの不機嫌の理由ってね、優人が関係しているんだよ」
「優人が? 何でまた。子育てについての意見の食い違いか?」
いたずらっぽく話し出す麻衣の言葉に、内心安堵の吐息を吐きながら滝川は冗談めかして答えた。
「あはは、まさか。そんな深刻なものじゃないよ。ねぇ? なんだと思う?」
「ん〜〜〜さあな。見当もつかねぇよ」
「もう少しくらいは考えてみてもいいんじゃない?」
「言いたくてたまらないって顔してよく言うぜ。ほらよ、勿体ぶらずに放してみろよ」
急かす滝川に麻衣はぷぅっと頬を膨らませるがやおら満面の笑みを浮かべ一言。
「お風呂」
と言った。
「は?」
「だーかーらー、お風呂だよ、お・風・呂」
「風呂ぉ?」
「そう、お風呂」
「……どういうこったよ」
理解不能と言う風に滝川は首を傾げた。
「あのね、ナルと結婚してからね優人のお風呂係ってナルなんだよ」
「うん」
「でもね、ナルが調査に行った時なんかは勿論あたしが入れる訳よ」
「そうだな」
「この頃文句は言わなくなったんだけど最初の内はもんの凄いブツクサ文句を言っててね」
「なんて言ってたんだ?」
「『なんだって僕がこんな事を……』的な事かな?」
「あー言いそうだな、あいつなら。……でも最近は言わないんだろ?」
「うん、なんかさぁ、諦めの境地ってヤツ? 時間になったら自分から用意して優人を連れてってくれるんだけどね」
「良い傾向なんでないかい?」
滝川の言葉に麻衣は少し微笑んだ。
「ん……、でもさやっぱ無理させてるのかなぁって思ってたりもしてたんだ。子供をお風呂に入れるのってかなり疲れるから……。でもってね昨日は調査から帰ってきたばっかだからいつもより余計に疲れてる訳じゃん? だからさ、旦那様を思いやるかあーいー新妻としては気を利かせた訳よ」
「ふむふむ」
「ナルが帰って来るまでにねご飯用意して、優人をお風呂に入れて準備万端でナルの帰りを待ってたの」
「俺も嫁が欲しい……」
「……ぼーさんの事はとりあえず脇に置いといて」
「ひ、ひどい」
物を横に置く仕草をする麻衣の素っ気なさに滝川はがっくりと肩を落とす。
「8時ぐらいだったかな? ナルが帰ってきたの。とりあえずお風呂が先かご飯が先か訊ねたの」
「それともあ・た・し? ってゆーのはねーの?」
「……一回シャレのつもりで言ったら「この馬鹿は何者だ?」って感じの物凄い目で見られた……」
「……男としてなってねーなそれは」
「うん、まあね。ま、それはさておき。訊ねたら……
麻衣による再現シーン(シナリオ調で……)
麻衣:「おかえりなさい!」
ナル:「ああ。……ただいま」
麻衣に上着と荷物を渡す
麻衣:「お仕事ご苦労さまでした。ね? お風呂先に入る? それともご飯を先に食べる?」
ナル:「先に風呂に入る」
麻衣:「分かった」
ナルの荷物を置きに書斎に入る。
ナル:シャツのボタンを外しながら書斎に向かって、
「優人は?」
麻衣:書斎から出て来て、
「もう寝てるよ。昼間一杯遊ばせたからね」
ナル:「……風呂は?」
麻衣:「もうとっくに入れたよ
ナル:「え?」
麻衣:「だってナルは調査で疲れてるだろうし優人も眠たそうにしてたし先に入れちゃった」
ナル:じわじわと眉根が不機嫌を表し始める。
麻衣:訝しげに
「ナル?」
ナル:ぷいっと身を翻して風呂に向かい、ぼそっと呟く。
「何でもない」
麻衣:「え? えっ? ナル? どうしたの!? あたし何かマズイ事した??」
「おい……それってまさか……」
「そう、そのまさかだよ。その時は気付かなかったんだけどね、お風呂上がっても機嫌悪いし、ご飯食べてる間何聞いても無言だし、そのくせ寝てる優人にちょっかい出して起こすし泣かせるし……」
「……」
滝川は肩を震わせて笑いを噛み締めていたがやがて堰を切ったように、近隣に響き渡るような大声で笑い出した。
そしてその不愉快極まりない笑い声に勿論ナルが所長室から出て来た。不機嫌絶好調な顔と声で「うるさい!」と怒鳴りつけた。
いつもなら慌てて口を押さえるなり、謝るなりの行動に出る滝川もこの時ばかりは泣き笑いの様相でナルを見つめ、そして、
「ぶっ!」
と吹き出した。恐らく麻衣の話を想像してしまったのだろう。
流石に訝しく思ったのかナルは滝川に不可解な視線を向ける。だが勿論真相を語れる筈もなく滝川は「あー腹イテー」と涙を拭いながら立ち上がり戸口へと向かう。
「い、いかん。笑い死ぬ……」
「ぼーさん帰っちゃうの?」
同じく笑いをかみ殺した麻衣の問い掛けに滝川は大仰に頷いて見せた。
「何なんだ一体!」
当然の事ながら訳の分からないナルは説明を求めて麻衣に目を向けるが麻衣は敢えて無視して優人を抱き上げ、滝川の方へと歩いていく。
「ぼーさん、もうお昼だしご飯食べに行こ! ご飯食べに!」
「おーっし! ほんじゃこの太っ腹なお兄さんが奢って進ぜようじゃないか。行くぜ、麻衣。優人」
「おーっ!」
と麻衣と優人が腕を振り上げ歩き出す。残されたのは勿論ナル一人。
完全に無視されたナルは勿論この上もなく不機嫌だったが「この場に居ない人間に対して怒っていても意味がない」と極めて理性的な理由で怒りを収め、大きな大きな溜息を一つ吐きだして所長室へと姿を消した。
当然の事ながら食事先でも麻衣による爆笑暴露話は続いていたりする事をナルは知らない。
その夜、ナルは昼間の事を麻衣に問い詰めたが麻衣は全て笑顔で交わした。
そしてその夜のお風呂は当然の様にナルが優人を連れて行き、麻衣は肩を震わせ大急ぎで滝川にメールを打った。
翌日。
滝川は腹が痛いとの理由でSPRには姿を現さなかった。腹痛の理由が笑い過ぎに因る筋肉痛であることも、やはり知らないナルであった。 |
おわり |
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