──オレ、江藤亮。22歳なりたて。職業アイドル。
────……ってオレ誰に向かって自己紹介してるんだろう?
……まあ、いいか。
今日も
オレたちと
五つ子は同じ歌番組に出演するから同じ楽屋で銘々くつろいでいた。
瑞希とあつきとなおとはプロレス。オレとかずやは読書。さとしはファンレターの仕分け。たくみは睡眠。……そんな感じで誰一人本番に向けての打ち合わせなどする気もないっぽい。
「ねーねー、江藤さん。さっきから何読んでるの?」
少しして仕分けが終わったのかさとしがオレの背後から雑誌を覗き込んだ。
「ん、コレ」
さとしの目線まで雑誌を持ち上げるとさとしはページタイトルを声に出して読む。
「えーっと、『男が嫌う女の質問 女が嫌う男の質問』……? なんか難しそう」
「うん、読んでてもあんまり頭に入ってこない」
オレは肩をすくめてまた雑誌を机に戻す。
「お前何だってそんなの読んでんだよ」
さとしの声を聞いたのか瑞希たちが話に加わった。オレの肩に乗っかりながら紙面を覗き込む。本を読んでいた筈のかずやも寝ていた筈のたくみもいつの間にかオレの周りに集まっている。……ちょっと嬉しい気分になった。
「あー確かに聞かれるとヤな質問ばっかりだな」
「「「「「「そうなの?」」」」」」
オレたちに一斉に突っ込まれて瑞希は一瞬「うっ」と詰まってる。
「だって、ほら、これ。これなんか典型的じゃん。『私と仕事とどっちが大事なのよ』」
「あー女ってよく言うよね。それ」
たくみがうんうんと相づちを打ってる。……言われた事有んの? たくみ。
「なになに、たくみってば、言われた事あんの?」
あ、なおとが同じ事言ってる。ちょっとおもしろい。
「ないちょ

」
「なんだよそれーっ!」
「なんだよ、なおと。17にもなって内緒も知らないのか? いいか? 内緒って言うのは…」
「意味を聞いてるんじゃない〜〜〜〜っ!!!」
「だぁ〜もぉ〜、うるさいんだよ! お前ら!」
瑞希が一喝を下した。あ〜あ、おもしろかったのに。
「でも、なんだってこんなの読んでんだよ」
「なんでって……オレ、よくはじめちゃん怒らせるだろ? だから怒られない話し方とか載ってるかな? って思って」
オレの言葉に瑞希が何だか複雑な表情をしている。目を瞑って眉間に薄くシワを寄せて……。
「なんなの? その顔」
「……」
見回せば五つ子たちも複雑な表情をしている。……オレ変な事言ったのかな? 思い返してみるが別段可笑しいとも思えない。?マークを飛ばしてるオレに瑞希がポンと両肩に手を置いた。
「いいか、亮」
「うん」
「こんなの読んでも無駄だ」
「……なんで?」
「考えても見ろよ。こんなもの読んだからって、お前、会話に活かせられるのか?」
無理だろう? と繋げる瑞希。……失礼な。………………でも、瑞希がそう言うのならそうなのかも知れない。
「無理……かな?」
「無理だ」
「そうか。うん、わかった」
頷くオレに瑞希はもう一つアドバイスをくれた。
「話のネタを覚えるよりも話す時にワンクッション入れろ。言って良いかどうか考えてから話すんだぞ?」
言って良いかどうか……。今『わかった』って言っても問題ないよな?
「わかった」
言われたとおりワンクッション入れて答えたオレに瑞希はまた複雑な表情を返す。……質問、しても良いよな?
「なんなの? その顔」
「……いや、やっぱ良いや。ワンクッション入れるの止そう。そうでないとはじめちゃんストレスが激増する」
「……入れない方が良いの?」
「……ああ、もう良いよ」
ちょっと疲れた顔で瑞希は再び紙面に目を向けた。
「……つっても相手の愛情とか関心を測る為にはやっぱりなんやかんやと質問しちまうよなぁ」
「そう?」
そういうもんなのかぁと思ってオレは首をかしげた。だって大事なのは相手が自分をどう思ってるより、自分がどれだけ相手を思っているかだと思うから。
そりゃ勿論オレだって好意を持たれればそれなりに嬉しい。それが自分の大事な人だったりしたら物凄く嬉しい。
……それで十分だと思うんだけどな? オレ
だが瑞希はそうでないらしい。「いいか? 亮」と話を進めてくる。
「例えば……はじめちゃんがピンチだったとする」
「うん」
「はじめちゃんのピンチを救う為にはお前の大切なものを一つ犠牲にしなきゃならないとしたらどうするんだ?」
「……」
こう言う時、『はじめちゃん=大切なもの』な場合はどうしたらいいんだろう?
はじめちゃんを助けるためにはじめちゃんを犠牲にする……。酷く矛盾した話にオレは考え込んでしまった。 考えても判らないので瑞希に聞いてみると瑞希も五つ子もがっくりと肩を落とした。
「あ、じゃあ、こう言う質問は!?」
「何?」
なおとが良い事思いついたらしい。
「例えばぁ、崖があって、そこに和田さんとはじめちゃんがぶら下がってたとしたら、江藤さんはどっちを助けるの?」
「はじめちゃん」
「「「「「「!」」」」」」
即答したオレをみんなが意外な表情で見つめ返した。……なんで?
「なんでそんなに驚くのさ」
「意外に即答返したからさ」
瑞希がそう言った。
「え、だって江藤さんなら絶対和田さんを助けるって思ってたから……」
五つ子たちの言葉にオレの眉間にしわが寄ったのが判る。
「何言ってんだよ。はじめちゃんは女の子なんだし、先に助けなきゃダメじゃん。それに瑞希ならはじめちゃんを助けてる間くらい我慢できるでしょ?」
そう言うと瑞希たちははぁーっと溜息をつく。
「こういう場合、先に助けた方しか助からない事になってんだよ」
「えっ」
「それを踏まえてもっぺん考えてみろよ」
「……う…ん」
頭の中に崖が現れた。足元には瑞希とはじめちゃんが今にも落ちそうになってる。助けられるのは一人だけ。オレが選択しなきゃならない────。
……オレはどっちを助けたら良いんだろう?
……わかんない。
判んないながらも考え、一つの方法を思いついた。
「あのさ、オレが選ばなきゃ結果が出ない訳だから、片方も失わないで済むって言うのは……」
「無し、だ! 勿論」
「……ちぇ」
「……どうやったらそう言う事を思い付くんだよ、お前は〜〜〜〜」
心底呆れたような瑞希に、「江藤さんらしい発想だね〜」と感心してる五つ子たち。
……名案だと思ったのにな。
しょうがなくオレは順序立てて考える。ちらりと瑞希を見た。
勿論、瑞希を失ってオレは生きては行けない。
……だったらオレは瑞希を選ぶのか?
頭の中で瑞希を助け上げたオレは今まではじめちゃんが居た場所に目を向ける。
「……!」
当然のようにはじめちゃんはそこにいない。
……永遠に……失われてしまったのだ。
はじめちゃんがいなくなる……。
もう怒っても笑ってもくれない……。
イヤだ! 耐えられない。絶対に耐えられない!
知らずオレは自分の体を抱きしめていた。震えが止まらず歯がカチカチと成る。
「亮! もういいから!」
「瑞希、ごめん、ごめん。……オレどっちも選べないよ……」
抱きしめてくれる瑞希にしがみつきながら俺はずっと瑞希に謝りつづけた。
「意地悪な質問だったよな。悪かった」
「江藤さん、ごめんなさい……」
瑞希となおとが謝る。どうして二人が謝るのかが理解できない。全ては選びきれないオレが悪いのに。
確かに以前なら何も考えずに瑞希を選んでいたに違いない。でも今は違う。
なんだかそのどっちつかずな感情が二人に対して後ろめたく思えてしょうがなかった。
多分他の人間は選べるんだろう。
前に読んだ『MONSTER』って漫画を思い出した。母親が双子の子供のどちらかを研究所に引き渡すシーン。物凄い葛藤だったと思う。究極の選択だったんだと思う。
他の人間は選べるんだろう。
多分選べないのはオレだけなんだ。
そう思ってオレは五つ子たちをみた。
「崖に…、オレとはじめちゃんがぶら下がってたら、お前らはどっちを助ける?」
「「「「「!」」」」」
オレの唐突な質問に五つ子たちは目を見開いた。五つ子はそれそれ俯いて考え始める。恐らくはオレと同じ葛藤。どちらかを選んだ母親と同じ葛藤。
しばらくして五つ子たちは顔を上げ、うなづきあった。そしてオレが期待した通りの答えをくれた。
「「「「「はじめちゃんを助けるよ」」」」」
その目は今にも涙が零れ落ちそうになって……。馬鹿だなぁ。泣く事なんかないのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい。江藤さん……」
あつきがそう言って勢い良くオレに抱きついたのをきっかけに他の4人もしがみついてきた。
「謝る必要なんかないだろ?」
「だって、だって……」
「オレでもそうするよ」
そう言った時、もう一つの選択肢が唐突に頭の中に閃いた。
……なんだ、そうか……。その手が有ったんだ。
「亮?」
瑞希がオレの顔を覗き込んで手を振った。
「亮? おい? 起きてるのか?」
ピタピタと頬を叩く瑞希の顔を見上げて思った。
オレとはじめちゃんならはじめちゃんを────。
オレと瑞希なら瑞希を────。
そしてはじめちゃんと瑞希ならオレが────。
「そうだよな、そうすれば良いんだ」
「あ、亮? おい、大丈夫なのか?」
「江藤さん? どうしたの、何が良いの?」
「なんでこんな簡単なすぐに思い付かなかったんだろ? オレってやっぱりバカなのかな?」
「おい、亮っ?」
瑞希がガクガクとオレを揺さぶる。
「おーい、みんなぁー、もうすぐ本番だよー。用意はいいかいー?」
「瑞希ー、亮ー。準備はいーかー?」
志賀さんと遠ちゃんが顔を出した。それでこの話はこれまでだ。
「今行くよー」
オレは晴れ晴れとした気持ちで答えた。だが瑞希たちはそうでないらしく、オレの気持ちの変化に戸惑ってるみたいだ。
「行こ? 瑞希。ほら、お前らも行くぞ」
オレは立ち上がって呆然としている瑞希を立たせ、次に同じく呆然としている五つ子たちを立たせた。
「亮……お前」
「……ぷっ、瑞希そんな調子じゃ歌詞とちるんじゃないの?」
「! んなことある訳ねーよ! ふざけんな!」
俺の言葉に瑞希が食って掛かる。よかった、いつもの瑞希だ。
「オレがトチったのは後にも先にも一回だけだ!」
「あー江藤さんの誕生日にやっちゃった奴だね」
「うん、あのウンコ座り」
「歌詞もめちゃくちゃ間違ってたもんね」
「思えばあの日からWEはお笑い路線になったんだよな」
「そう言えばあの頃のオレたちって、めちゃくちゃ嫌われてたよな、和田さんに」
「お、お前らなぁ〜っ!!!」
「ぐひゃひゃひゃひゃひゃ──────……」
い、息が出来ないっ……。
「おい〜〜! 何やってんだよ! もうすぐ本番だぞ!」
「み、みんあぁ〜、急いで〜〜!!! 後5分も無いよ〜!!」
腹が痛くなる程笑い転げてたら遠ちゃんと志賀さんが必死の形相で呼びに来た。
「やべっ、行くぞ! 亮」
「うん!」
瑞希の掛け声にオレは大きく頷いた。オレたちの後ろであつきが長男らしく音頭を取る。
「おーっし今日も頑張るぞ!」
「「「「「エーイ、エーイ、オーッ!」」」」」
とにかく気持ちを逸らせてオレたちは光の中へと走っていった。