はじめちゃんが一番
お中元
 青い空、白い雲。白い砂浜と澄み渡った青い海。真っ白なビーチパラソルにビーチチェア、そして傍らのテーブルに山と盛られた色鮮やかなパッションフルーツ。
 そんな心の洗濯にはもってこいのロケーションで只ひたすら所在なさげに椅子に座り込んでいる中年の一組の男女……。
「お父さん」
「なんだい、母さん」
「空が……青いですね」
「そうだな」
「「………………………………」」
 二人は呆然と目の前の景色を見ている。
「母さん」
「何ですか?」
「海も……青いぞ」
「青いですねぇ」
「「………………………………」」
 最早何を言えばいいのか分からない彼らは長いビーチの彼方を見た。そこには彼らの息子達と先輩達が波打ち際でこれでもかと言うくらいにはしゃぎ回っている。……カメラの前で。
 そう、現在A.A.O.とWEは沖縄へとプロモーションビデオの撮影に来ているのだった。そしてこの男女……言うまでもなく岡野夫妻であるが、あれよあれよと言う間に飛行機に乗せられて人生初の沖縄の地に下りたったというわけだ。
 そう、それは夫妻が揃って夏期休暇を取った日のこと。五つ子達をスカウトにに来た時と同じくらい唐突に前田が岡野家に現れたのだ。


「是非」
 これまたスカウトの時と同じように前田が差し出したものは名刺ではなく旅行券だった。
「「あの〜これは?」」
「お中元です」
「「は?」」
 ますます訳が分からないと言う夫妻に前田はジェントルなスマイルで説明を始める。
「あつき君達が明日から沖縄にプロモーションビデオの撮影に向かうことはご存じでしょうか?」
「ええ、まあ」
 と夫妻はぎこちなく頷いた。あのはじめが着いて行くのだからなんの不安も抱いておらず、ただ「気をつけて行ってらっしゃい」としか言っていなかった。
「お中元には食料品が喜ばれるのは判っているんですが」
 前田の言葉に夫妻はしっかり者過ぎる長女を思い出し焦ったように苦笑した。
「何か違うものを思いまして……。今年はご夫妻を沖縄にお招きしようと思った次第です」
「で、ですが……」
「今日来て明日とは余りに乱暴なお話しで有ることは重々承知しております。ですがあつき君達からご両親が揃って夏休みをとることは伺っておりまして、こうしてサプライズで企画していたんですよ」
 前田は何ら理由にならない事をにっこりと言って聞かせた。
「ちなみにご夫妻がご出立なさらない場合、前日ですからそれ相応のキャンセル料が発生します」
 にっこり笑った前田の言葉に対して夫妻に否の返答は無かったという……。


「はじめ達、私たちが一緒に来ることを喜んでくれましたね」
「ああ……」
「家族で旅行するなんて夢のまた夢だったからなぁ」
「そうですねぇ」
「「………………………………」」
「親孝行してくれたんですね。あの子達。……6人ともあんなに小さかったのに」
「嬉しいねぇ」
「そうですねぇ」
「「………………………………」」
「もっと素直に楽しもうか」
「そうですねぇ」
 夫妻はそれから顔を見合わせて笑い合うとゆったりとビーチチェアの背もたれに身を預けた。◇ ◇ ◇ 夕方近く、本日の撮影も終わってA.A.OとWEはそれぞれ沖縄のオフをくつろいでいた。
 そして周りが気を利かせたのか亮とはじめは二人で白い砂浜に隣同士に座って波の寄せては返す様を見ている。
「おじさんとおばさんはどう?」
 砂に瑞希と思しき顔を落書きしながら亮が尋ねた。目を合わせないのは少しばかり返答が怖いからだろう。まるで子供の様な亮の様にはじめは苦笑して答えた。
「なんか連れてきたときは茫然自失でしたけど今じゃすっかりくつろいでますよ」
「そっか、良かった」
 心底ホッとした様子で亮は笑った。
「江藤さんのお陰です。江藤さんが今回のことを言い出してくれなかったらあたし考えつきもしませんでしたから……。ありがとうございました」
 そう、岡野夫妻を沖縄に連れて行こうと言い出したのは亮だったのだ。前田はただその手伝いをノリノリでやったに過ぎなかった。
「お礼なんて良いよ。オレはオレがしたかったことしただけなんだからさ」 
「……江藤さんの? 江藤さんがうちの両親を旅行に連れて行きたかったんですか」
 訳が分からないと言わんばかりに怪訝な顔をしているはじめに、亮はちょっと頬を赤らめた。
「別に旅行に拘ってないけどさ。オレ……前々からはじめちゃんのおじさんとおばさんには何かしたかったんだ」
「しかも前々からですか……。でもどうしてですか?」
「だって、はじめちゃんがこの世にいるのはおじさんとおばさんがいたからでしょ?」
「え……?」
「でも何をすれば良いのか分かんなかった。大人の人が喜ぶ事なんて全然知らないし。だからとりあえず後で考えようって思って、今度は五つ子に何か欲しいものあるかって尋ねたんだ」
「あ、あいつらにぃ〜〜〜〜〜? 何でまた」
「え……? だってオレがはじめちゃんと会えたのはアイツらがいたからでしょ?」
「!」
「おじさんとおばさんがいなくても五つ子達がいなくてもオレははじめちゃんと会えなかったんだもん。どんなけ感謝したってしたりないよ」
「……………………」
 言って亮は手を伸ばしてはじめの頬に触れた。突然の事にはじめはドギマギして亮を見つめた。
「え、江藤さん?」
「だからオレ、はじめちゃんのそばかすも好きだよ」
「…………は?」
「そばかすだけじゃなくてこの世に2つと無いこの剛毛も好きだよ」
「…………あんたケンカをうってるの!?」
 瞬間的に怒りが頂点に達したはじめを不思議そうに見返して、亮は小さく笑った。
「違うよ。そうじゃなくて、どれ一つ欠けても今のはじめちゃんはいないかも知れない事」
「はぁ?」
「はじめちゃんがこのそばかすとか髪とか嫌ってるのは知ってるけどオレは好きだよ。大好き」
「!」
 はじめの顔が夕日の光ではなく赤みを帯びていく。
「はじめちゃんを形作ってる全部が大好きだし、全部にありがとうって言いたい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。あ、あたしはやっぱり嫌いよ!」
 意地っ張りなはじめは照れ隠しかそっぽを向いてしまった。そしてはぐらかすように弟たちが亮に言った欲しいものを尋ねた。
「そ、それで、弟達は江藤さんに何が欲しいと言ったんですか?」
 くすくす笑って気付かないふりをして亮は答える。
「家族旅行だよ」
「はあ!?」
「アイツら声そろえて言うんだぜ? 家族旅行に行きたい! って。オレ達じゃ『勿体ない!』の一言で黙殺されるから〜〜〜〜! 江藤さん家族旅行に連れてって〜〜! って」
「あ、あいつら〜〜〜〜〜〜!!!!!」」
 笑いながら言う亮にはじめは怒りで拳を握りしめてギリギリと歯ぎしりをした。
「だって父さんも母さんもはじめちゃんもオレ達の為にしかお金貯めて、使ってくれないからって……」
「え……?」
「五つ子達なりに家族に何かしたかったんだよ。アイツらが一番に考えてる事って家族の事なんだな〜って思ったら絶対に何かしてやりたいなぁ〜って思ったんだ。オレ」
 驚いたようにはじめは亮を見た。亮はずっとはじめを見つめていたようで視線が合うとにっこりと笑った。
「オレ、ちっちゃい頃親父と一緒に色んな所を旅したんだ。すっごい楽しかったの覚えてる」
「……」
「家族と一緒ってすっごい嬉しい事だよね。でもはじめちゃんも五つ子達も忙しくてゆっくり家族団らんって難しそうだし……。それで今回の思いついたんだ」
「江藤さん……」
「オレさ、スッゴい楽しかったんだ。何だろ、お祭り待ってる気分に似てるかもしれない。いたずら仕掛ける気分にも似てるかも知んない」
 本当に楽しかったのだろう亮は子供っぽい笑顔そう言った。自然とはじめも柔らかい笑みを浮かべて亮を見つめていた。
「ありがとう……ございます」
 何と言って良いのか判らずはじめは少し震える声でそう言った。
「ドウイタシマシテ」
 そう答えた亮は飽きることなくニコニコとはじめを見つめている。段々と見つめられていることに照れてしまったはじめはまたも照れ隠しにと亮に質問を投げかけた。
「あ、あの! 江藤さんはどんなお中元が欲しいですか!?」
「へ?」
 唐突なはじめの質問に亮はきょとんとした。それからブンブンと首を振る。
「別にい……」
「いらないなんて言わないでよね」
 先んじて亮の言葉を封じたはじめは鼻息も荒く亮の目を凝視した。
「ん〜〜〜だって、オレ、いつもはじめちゃん達に色々して貰ってばっかだし……」
「そこをなんとか!」
 まるで値切り交渉の様にはじめは諦めず詰め寄る。
「何でも良いの?」
「あたしに出来て、そんなにお金がかからなきゃね!」
 余りにはじめらしい言葉に亮はぎゃははははは!と相好を崩して大声で笑う。
「あ、あーじゃあお金のかからない奴にするね」
「よしきた!」
「んじゃ、はじめちゃんココに座って」
 と亮は自分の前を指さした。
「は? そこに座れば良いんですか?」
 おやすいご用だと言わんばかりにはじめは亮の前に移動し向かい合うように座った。
「違う違う、はじめちゃん、海の方向いて」
「海? ……って何な……ぎゃあああ!!」
 突然後ろから抱きしめられ、心底ビックリしたはじめは辺りに響き渡るような叫び声を上げた。
「なななな、なんなのよ! いきなり!!」
「充電」
「はあ????」
「だって最近はじめちゃんとあんまり会えなかったから。だからはじめちゃんを充電してるの」
「また、訳の分からんことを……」
 亮特有の訳の分からなさに落ち着きを取り戻してしまったはじめは「はぁーーー」とため息を吐いて亮にもたれ掛かった。確かに最近はコンサートにレコーディングにと何かと忙しく会えない時間が続いていた事を思い出したからだ。
 そして話に夢中になっていて気付かなかったが海の彼方では今にも太陽が没しようとしている。一日のうちで空と海のコントラストが一番強くなる時間。海から吹く風に若干の肌寒さを感じると逆に亮の腕の暖かさに安堵を覚えてはじめは心からこの光景に魅入っていた。
「綺麗……」
「うん。怖いくらいに綺麗だね」
 そう答えた亮の顔をはじめはそぉっと首を捻って見れば亮の色素の薄い瞳が夕映えのように美しかった。
 はじめの視線に気付いた亮もはじめの瞳を覗き込む。
「すごい、はじめちゃんの目がキラキラ光ってるよ」
「! あ……あんたには負けるわよ」
 嫉妬混じりの複雑な乙女心故にはじめはそっぽを向いた。本当はずっとずっと見ていたいくらいに綺麗な瞳だったのに。
 しかし拗ねている間に太陽はじわじわと沈んでゆき、そしてだた海の彼方が残照で赤く照らされている。だがそれも幾許の間に藍から濃紺へと色を変えていった。途端に辺りは闇に包まれる。だが二人は動かない。
「────あ」
「何──ってぎゃあ!」
 小さな声を上げて突然亮は後ろに倒れ込んだ。勿論はじめ諸共に。はじめの背中にはまだ暖かい砂の感触が、後頭部には亮の右腕があった。ビックリして閉じていた目をおっかなびっくり開くと目の前には少し上気した亮の顔が……。
「な、何なのよ! いきなり! ビックリするじゃない!」
「はじめちゃん、見て見て! ほら! すごいよ」
「何がよ!」
 身を引いた亮は左腕で天を指さした。
「空だよ空。星が──降ってきそう……」
 言われて空を見上げてはじめは息をのんだ。満天の星空。
「う……わぁ────っっっ」
「Starry heaven」
「え? な、何?」
「Starry Heaven こんなまるで星が降ってきそうな空の事」
「へ、へぇ────」
 はじめは両手を空に向けて伸ばす。今にも届きそうで届かないもどかしさにぎゅっと開いていた手を握りしめた。
「届けば良いのになぁ」
「だね」
 しばらく二人はそのままで星空を見上げていた。
「……ねえ、はじめちゃん」
「なんですか?」
「お中元、もういっこお願いしてもいい?」
 お中元の意味を完全に間違っている亮は星空を眺めながらおずおずと切り出した。
「……………………なんですか?」
 十二分に間を開けてからはじめは先を促した。
「また、来年も見ようよ。この星空」
「……………………」
「だめ?」
「……………………」
「はじめちゃん?」
「……………………旅費は……江藤さん持ちですからね!」
 顔を真っ赤にさせてはじめがそう言うと亮は心底嬉しそうに笑う。嬉しくて嬉しくてたまらない時の笑顔にはじめも照れながら小さく微笑んだ。
「ありがとう。はじめちゃん。大好き」
 言うなり顔を寄せて軽くキスをした。何度も、何度も────。
「来年もたくさんキスしようね」
「!!! し、し、知るかぁ────っ!!!!」

 はじめの叫び声は亮の唇と波音に消えていった。
おわり

残暑お見舞い申し上げます。
久々に皆様に広めするのはやっぱり一番需要の高い(笑)はじ一かと思い、はじ一書いてみました。
皆様もたまには心の洗濯をしてリフレッシュして下さい。
人間、走り続けていられる程、強くはないですからね。
生物で有る以上ある程度の休息は必要です。

ではでは皆様、時節柄、どうかご自愛の程を……。