某月某日──。はじめは某テレビ局をぼんやりと歩いていた。
何故にはじめがテレビ局にいるのかというと……。インフルエンザが流行り始めた今日この頃、A.A.O.の付き人であるマルと宇都宮も流行に乗ってインフルエンザの毒牙に掛かったのだった……。そして急遽はじめが付き人として弟たちの世話に来ているというわけだ。日々家で顔を突き合わせているにもかかわらず五つ子ははじめのが付き人として傍にいることが嬉しいのかいつもよりもハイテンションに暴れ回る。そしてはじめに殴られ大人しくなる。そんなのを何度も繰り返して本番を迎えたのだった。
本来なら本番も離れず馬鹿をしないか等と言動のチェックを入れるのだが次の仕事が押していて本番中に準備しておかなければならなかった。手際よく用意を終えたはじめはスタジオに向かってぼ〜っと歩いていたのだ。
その時──。
ドン!
「イテ!」
「きゃあ!」
と曲がり角を曲がったときにはじめは誰かと出会い頭にぶつかった。
「す、すみません! ぼんやりしてました! お怪我はありませんか!?」
即座に我に返ったはじめは額をさすりながらもぶつかった相手に謝った。
「あ、いえ、オレの方こそ……ってなんだ。岡野かよ」
「え?」
深々と頭を下げていたはじめは身体を起こすと相手を見た。
「一志くん!」
「お前気をつけろよな。オレだから良かったもののこれが大御所さんだったら土下座モンだぜ」
「う、うん。ごめんなさい」
「あ、いや、オレもちょっとぼんやりしてたからさ。気にすんなよ」
また頭を下げたはじめを制して一志はそう言った。相も変わらず爽やかな、それでニヒルな笑いを浮かべているがそれが全然嫌みでなくはじめもホッと肩の力の抜いた。そして改めて一志を見る。
「……それどうしたの?」
それと言うのは一志の服装である。そう、一志は今学生服を着ていたのだ。
「衣装に決まってんだろ! い・しょ・う! ドラマの衣装だよ! 誰が好き好んで学ランなんか着るんだよ!」
「あ、そ、そうよね」
言われて得心が行ったようにはじめは一志をじっと見た。
「な、なんだよ」
「……一志君、背伸びた?」
「あ? ああ、少しだけど伸びたぜ。それがどうかしたのかよ」
「……そう」
言ってはじめは少し俯いた。その表情は少しばかり重々しい。
「お、おい。岡野?」
「一志君にちょっと聴きたいことがあるんだけど……いい?」
「は?」
「時間押してる?」
「あ、いや、大丈夫だけどさ」
「んじゃ、行こう」
「……行くってどこに?」
「楽屋に戻る所じゃなかったの?」
怪訝そうに尋ねる一志にはじめはきょとんとして答えた。確かにその通りなのだが……。
「あんまり余所サマに聴かれたくない話だし、出来れば二人きりになりたいんだけど……一志君の楽屋って大部屋?」
「ひ、一人だけど」
「好都合! んじゃ行こう」
「……」
(コイツ、本当にオレのこと男と思ってねーな)
「一志君」
深々とため息を吐いた一志にはじめは首を傾げた。
「まいっか。オレの楽屋こっち」
言って一志ははじめを先導した。楽屋について一志は私服に着替え、次の仕事の準備をしている。着替えの間壁の方を向いていたはじめはハンガーに掛けられた学生服をじぃーっと見ていた。そして徐に……。
「うわ〜! やっぱり大きい!」
「は? って! お前! 何してんだよ!!!!」
見ればはじめは学ランに袖を通して鏡を覗き込んでいた。
袖口が大分余るらしく手は見えない。
裾も大分長いらしく、マルサンストアのスカートは見えない。
健全な青少年にはかなりヤバい出で立ちであった。
「あ、ごめんなさい。でも衣装は汚さないから」
「だから! そう言うこと言ってるんじゃなくてだな!!!」
「????」
顔を真っ赤にさせている一志を不思議そうに見るはじめ。
「あ────!!! もう! いいよ! 話って何だよ!」
頭をガシガシ掻き乱して一志は強引に話を進める事にした。唐突な一志を怪訝に思いつつも話し出す。
「一志君って高校時代にどれくらい背が伸びた?」
「……高校時代?」
「うん。所謂成長期にどれくらい背が伸びた?」
いきなりの質問だが一志は「えーと」と思い出す。
「ざっと20センチくらいか?」
「20センチ……」
「オレは中学ん時は結構小さかったからな、必至にメシ食って運動して気合いで伸ばしたぜ」
「それがどうかしたのかよ」と一志ははじめをみた。そして未だ学ランを着たままのはじめに気づきまた目をそらす。
「一志君から見てうちの弟たちどう思う?」
「ど、どうって何だよ」
「今日も他の、同い年ぐらいの芸能人見てて思ったんだけど……」
「うん」
「うちの弟たちって背が低くない!?」
「はぁ!?」
「19歳の一志君がまだ伸びてるのにうちの弟たちってまだあたしとそんなに変わらないのよ! 服だってまだ貸し借り出来るし!!!!」
「すんなよ」
脱力したように一志は肩を落とした。
「大体アイツらまだ17だろ? 食うもん食ってたらこれからまだまだ伸びるって」
少々投げやりに答えた一志の言葉にはじめがずーんと落ち込んだ。「食うもん食って……食うもん食って……」とブツブツ呟いている。
「お、岡野?」
「じゃあ、やっぱり栄養が足りないのかな……」
はじめは落ち込んだ様子で重いため息を吐いた。
「……日頃、どんなモン食わせてるんだよ」
何気なく聴いた一志は返ってくる品揃えに頭を抱えた……。
「あのなぁ! 今時日の丸弁当ってどうなんだよ!」
「あ、あの、いつもって訳じゃないのよ」
「じゃなくてもだなぁ! あれだけ踊って唄ってどれだけエネルギーが居ると思ってんだよ」
家庭の事情があるにせよ一志は少しばかり五つ子達を気の毒に思い、自分が食べていたバランスの良い食事の内容などをレクチャーした。その内容のコストの高さにはじめの顔色がどんどんと悪くなっていく。
「岡野?」
「………………………………………」
一志にとっては身体は資本で商売道具。それに金を掛けるのは当然のことなのだがはじめにとってみれば死活問題の何物でない。
しばらく頭の中で色んな案を巡らせていたはじめは「しょうがないか……。背に腹は代えられないもんね」と自分を納得させた。
(大袈裟な)
と思った一志の呆れ顔も気付かずはじめは晴れ晴れとした顔でこう言ったのだった。
「まあ、成長期が終われば元に戻せば良いだけだし? どうせ貴奴らの成長期なんて持って2年だろうし。あ〜2年後が待ち遠しい!」
「……」
最早一志には何も言えなかった。言えなかったがただ……。
(早く制服を脱いでくれ!!!!!)
と思わずにはいられなかったとか……。
おわり