春爛漫。京の桜も今が盛りと咲き誇るある日の午後。その日の巡察を終えた総司とセイはいつものように甘味処への道すがら、舞い散る桜花に酔いしれていた。
散ればこそ
惜しみて
愛(しむ 桜哉
舞い散る花びらを一つ掌に収めてセイが詠う。
「? 沖田先生。どうかなさったんですか?」
セイはぽかんと自分を見つめている総司に問うた。
「え?」
「鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてますよ?」
「え? あ、だ、だって、神谷さんが突然句を読むんですもん。宝玉宗匠が乗り移ったのかと思いましたよ」
「なっ……。私だって句ぐらい詠めますよ! 句を詠んだ位で鬼副長と一緒にしないで下さい!」
真っ赤になって反論するセイに総司はいつもの笑顔でごまかした。
(まさか言えませんよね。淡く笑みを浮かべて句を詠むあなたがあんまり綺麗だったからだなんて)
思い出しても顔が綻ぶとはこの事だろう。
(……でも)
と、総司は思案に耽る。
「先生?」
黙りこんだ総司を訝しく思ってセイはその顔を覗き込んだ。
「神谷さん」
「はい、なんでしょう」
「あなた、あんまり笑わない方がいいですよ」
「えっ!?」
突然の総司の言葉にセイは強烈な衝撃を受けていた。
(ど、どうして!? わ、私の笑顔ってそんなに変なの!?)
ぐるぐるしゃがみ込んで唸るセイに総司はくすっと笑って本意を告げる。
「あのですね、神谷さんは無意識かもしれませんが、笑うと女子にしか見えないんです」
「なっ……」
「今だってそうですよ。見惚れるほどに女子の顔で笑んでましたよ」
「えっ……」
(み、見惚れるって…せ、先生ってば……!)
顔を真っ赤にしているセイに気付かず総司はセイを窘める。
「いつも言ってるようにあなたはもう少し自分を知るべきです」
「……はい」
セイはその言葉に深々と頭を下げ、そして
「では、清三郎はこれから先生の前だけで笑うようにしますね」
とさっき総司が見惚れた笑顔で言った。
「えっ!?」
総司の目が驚愕に見開かれ、セイはくすっと笑った。
「だって、私の正体をご存知な先生の前でしたら笑みを抑える必要はないでしょう?」
セイの言葉に総司の顔が赤らんだ。セイの笑顔を独り占めという思わぬ行幸故だ。だが……。
「あ」
思いついたと言うようにセイに総司は「な、なんですかっ?」と尋ねた。
「お里さんを忘れてました」
「あっ……」
「う〜ん、それに兄上の前だと自然に笑っちゃうからなぁ。……涙と一緒で堪えるの難しいなあ」
本気でウンウン唸るセイに総司はクスリと笑った。
自分だけに笑顔を向けてくれると聞いて心が震えたのは事実。
里乃や斎藤の存在を思い出して心に影が差したのも事実。
(情けは人の為ならず、ですか。笑顔を諌めた訳が他ならぬ自分の為だったとは……。つくづく私も修行が足りませんね)
そっとため息をついて総司はセイの頭を撫でた。
「先生?」
「あなたの笑顔が涙と一緒なら諌めても止まらないんでしょうね」
「……」
「では存分に笑ってください。あなたの笑顔で癒されるのはきっと私だけではないんでしょうから」
「! ……はいっ!」
セイの舞い散る桜よりも鮮やかな笑み。
総司の吹き抜ける春風よりも穏やかな笑み。
それぞれの笑みを称えて二人は共に歩いていく。
この馨しき桜並木を──。
おわり