五月晴れのある日の事。相も変わらず総司とセイの姿は甘味屋にあった。
幾重にも積み重ねられた皿と器──。それでも総司は嬉しそうに手にした団子を頬張っている。
「……美味しそうですね」
それはそれは低い声音だった。
「勿論ですよ! ここ最近、五月雨で巡察以外出歩く事も無くて甘い物にはとんと御無沙汰だったんだから殊更ですよ!」
そう力説して総司は次の串に手を出し、もぎゅもぎゅと団子を食んでいる。そしてお茶を一啜り……。
「はぁーーーーー。幸せですねぇ」
突然しみじみとし出した総司にセイは怪訝な顔をする。
「……どうしたんですか突然」
「え? なんだか凄く幸せだなぁ〜って思たんです」
言って総司は「うーーーん」と天を仰ぎ、爽やかな風をその身に受ける。
「近藤先生も土方さんも日々元気だし、甘い物は美味しい、そして良い天気だし」
そして更に伸びをする。
「そうですね……」
相づちを打ちつつもセイの心の中に靄が立ちこめる。
(どうせね、私なんかじゃ沖田先生を幸せに出来ない事なんて分かってるんだから)
唇を噛み締めながら善哉を睨むセイ。自分の存在が目の前の善哉にすら劣るのかと思うと憎らしくてしょうがない。
「神谷さん? どうかしたんですか?」
「えっ? あ、いえ、何でもありません!!」
「何でも無いって事ないでしょう? 土方さんみたいに眉間に皺が寄ってますよ」
総司に顔を覗き込まれてセイは慌てて言い繕う。
「あの、えと、お、お腹がいっぱいでの、残りをどうしようかと思っていたんです!」
セイの言葉に総司は目を丸める。
「もうですか? 神谷さんまだ三杯しか食べてないじゃないですかっ」
「普通の人は三杯も食べれば十分です!」
「その言い方だと私がまるで普通じゃないみたいじゃないですか」
「お団子八皿、お善哉四杯、極めつけに牡丹餅五つも食べてどこが普通なんですか!」
見ているだけで胸焼けがしましたよ! とセイは言い捨て、総司は「だって美味しいんですもの」と覇気無く言い返す。
「だからって一日で食べる量は超えてます! ……この様子じゃ明日も晴れそうですからまた明日存分に食べて下さい。どうせその後はまたしばらく雨なんですから」
セイの言葉に総司は愕然とする。
「はっ、そ……そうですよね。また雨が降り続いたら甘いものが食べられなくなってしまう……。神谷さん! また明日も来ましょうね!」
「無理です」
「はい! 無理ですよね! ……ってどうしてですかっ!?」
「私は明日から三日居続けです」
溜息混じりに心底鬱陶しそうに言うセイと情けないくらいに眉根を寄せる総司。
「え……も、もうそんな時期なんですか?」
「はい、ですから明日はお一人でご存分にどうぞ」
少しばかり剣のある言葉に総司はぶぅっと唇を尖らせる。
「一人で食べたって美味しくないですよ」
「は?」
「あ、いえ、その、美味しい事は美味しいですけど、やっぱり『美味しいですね〜』って笑い合って食べた方が美味しいに決まってるじゃないですか」
「だったら他の隊士を誘えば良いじゃないですか」
総司の言葉にセイは怪訝に眉根を寄せ、総司は加えて頬を膨らませる。
「誰とでもって訳にはいきませんよ」
「……え?」
「だって皆さん一回目は美味しいって付き合ってくれますけど次からはもう結構ってあからさまに嫌な顔するんだもの」
(……それは先生が人の食欲を殺ぐような食べ方をするからですよ)
とセイは密かに心の中でツッコんだ。
「神谷さんだけなんです、こうしていつも付き合ってくれるのは」
(だってやっぱり好きな人のお願い事は断れないよ。……甘い物は私も好きな訳だし……)
「だから誰とでもって訳にはいかないんです。むしろ神谷さんじゃなきゃ駄目なんです! 神谷さんが居なきゃ私の幸せは半減してしまうんです!」
「!」
そうキッパリと言い切った総司の言葉にセイは途轍もない幸せを感じた。
(こんなにも必要として貰えるなら、例えそれが甘い物の為であろうともいいじゃない!)
「あ、そうだ! こうしましょう!」
涙ぐみそうになってるセイにも気付かず総司は名案を思いついたとばかりに手を打った。
「居続けが終わる日に迎えに行きますからその足で甘味屋さんに行きましょう! それなら雨でも出歩く理由になりますもんね」
「……」
口を開けば涙が零れそうでセイは応とも否とも言えず唇を噛み締めている。
「か、神谷さんどうしたんですか!? な、涙目になってますよ!? あ、もしかして迷惑だったんですか!? 」
焦った総司の言葉にセイは勢いよく頭を振る。その勢いで涙が振り零れる。
「違います。嬉しいんです」
「う、嬉しいんですか?」
「はい、だからこれは嬉し涙です!」
そしてセイはニッコリと花の綻ぶような笑みを浮かべた。
「……」
「三日後……楽しみに待ってますね。先生」
「え? あ……。はい!」
「よぉっし、お腹がこなれてきたからもう少し食べようっと!」
言ってセイは満面の笑みで善哉を口に運ぶ。
最早善哉に対してまで悋気を抱いていたのが嘘のようだ。
「美味しいですね、先生」
「はい!」
総司もまた団子と幸せを噛み締める。
何よりも、誰よりも、側にいてくれる幸せを感じながら……。
おわり