Ghost Hunt

◇◆◇嵐を呼ぶオンナ◇◆◇
#1
「リンさん、これ落としたよ・・・・・・って」
「・・・・・・あ」
リンが抱えていたファイルの間から滑り落ちたものを反射的に拾ったのは、丁度水仕事を終えて給湯室から戻ってきた麻衣。その麻衣にかけられた声にやはり反射的に振り返ったリンは、どこか間の抜けた声を出した。
気のせいだろうか。窓の外から聞こえる北風の寒々しい音が異様にマッチしたバックミュージックのようだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人揃って二の句が出ず、二人しかいない室内はしばし沈黙に支配される。
麻衣の拾った『リンの落し物』。それが何であるかを思いっきり視覚で認識してしまった麻衣はそれを食い入るように見つめ、やがて物も言わずゆっくりと視線をリンに向けた。そんな麻衣の反応を受け、リンは気まずそうにあらぬ方向に視線を逸らす。
リンの抱えるファイルの間からひらりと舞い落ちた物・・・・・それは一枚の写真。
問題はそこに写っているモノ・・・いや、人だ。少なくとも日本にいる間に撮られたのではないのだろう。白衣を纏ったリンと二人、綺麗な金髪の女性が写っている。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・えーと・・・・・」
「・・・・・・・・・はい?」
「この人・・・・お知り合いですか?」
「・・・・はい。そうです」
「・・・そうですか」
「・・・・・・・・・・そうです」
(・・・・・き、気まずい・・・・・)
ぼーさんならこんな時あっさり冗談言って済ませるかもしれない。でもそのタイミングも既に逃してしまっている。とにかく何か、何か言わなきゃ。
「き、綺麗なヒトですね、この金髪のヒト」
「ええ、そうですね」
「リンさん白衣着てるけど、何処で撮った写真なの?」
「イギリスですよ。日本に来る直前に、研究室で撮ったものです」
「じゃあ、このヒトも研究室の?」
「同僚です」
『同僚』だと言うリンの言葉に麻衣は妙な違和感を覚える。同僚・・・本当にそうだろうか?
手を繋いでいるわけでも寄り添っているわけでもない、ただ並んで立っているだけの二人。だがそこに写っているリンの表情は、笑ってこそいないがとても穏やかなものに見える。
日本人もイギリス人も嫌いだと言うリン。そうでなくてもあまり他人と関わろうとしない人だと麻衣は知っている。だからこそ浮かんでしまう疑惑というものがある。
「同僚?ただの同僚なの?」
「はい?」
「いや。なんだか、仲良さげに見えるから」
「・・・・・・・そう見えますか」
「うん。・・・・・この人ってイギリス人なの?金髪だけど顔立ちは東洋人っぽいし」
「いえ。日系人です」
「ふーん・・・」
その時、軽やかなドアベルの音と共に滝川が姿を現した。
「よ!久しぶり〜」
「久しぶりって、ぼーさん昨日も来たじゃん」
「まあまあ、細かいことは気にしなさんな!リンも久しぶり〜」
「昨日も会ったと思いますが。滝川さん」
「・・・・なんだか似てきたんじゃないか?お前ら。――ところで、お客が来てたぞ」
そう言って滝川がドアの前からずれると、丁度陰にいたらしい『お客』がひょっこり顔を出す。
そしてその顔を見たのとほぼ同時に麻衣とリンは驚きで目を見開いた。
「・・・うそ!!写真の人!?」
「は?写真?」
「Sherly!!」
滝川の疑問の声を遮るようにその名を口に出したリンは真っ直ぐにドアへと歩み寄る。すると彼女―――シェリーは、自分の前に立つリンを見るなり子供のような笑みを浮かべ、柔らかな仕草でしっかと抱きついた。
その光景に突如ボー然自失状態に陥った麻衣と滝川は目に入っていないのか、彼女はその後およそ45秒間リンに抱きついたまま離れなかった。





「はじめまして。SPR本部の要請で来ました、Sherly−Frederickと言います」
流暢な日本語で自己紹介をすると、彼女は思わず見惚れてしまうような微笑を浮かべた。
・・・・・とゆ―か実際麻衣と滝川はうっとりと見惚れていた。唯一平然としているリンは、普段とまったく変わりない態度で彼女と話し出す。
「どうしてあなたが日本に来ているんです?」
「今言ったでしょ。本部の要請です」
「どうして連絡が一度も無いんです?」
「え?連絡なかったの?」
彼女の問い返しにリンは不思議そうな目で彼女を見る。そして彼女もどこか不思議そうな目でリンを見返した。
「・・・・・確かに私はこの事務所に連絡は入れてないけど、教授が言ってたんですよ。
『ディヴィス博士の自宅に連絡入れて話は通ってるから』って。博士が言ってなかっただけじゃないんですか?」
「・・・・・・・・・・。谷山さん、ナルは」
「ここ一週間ほど自室に篭って最愛のコイビトたちとのヒトトキを楽しんでいらっしゃいます」
「・・・・・つまりは連絡が来たことも」
「多分、忘れてるんだと思うよ」
「口も利けない紙切れのコイビトよりも、生きた人間のコイビトを相手にしたらどうなんだ?」
滝川の言葉にその場にいた全員が頷く。なかでも現時点でナルの『コイビト』の座に落ち着いている麻衣は、特に深く二度三度と頭を縦に振った。よほど構ってもらえていないらしい。
「とりあえずは親睦を深めよう」との滝川の意見で、麻衣の淹れた専門店顔負けの紅茶が振舞われ四人だけのお茶の時間となる。
滝川が手土産にと持ってきた某有名洋菓子店のケーキの数々を小皿に取り、早速『本部からのお客様』を囲んでの質疑応答から始まった。
「えーっと、シェリーさん?」
「日本名もありますよ、ナオミって。お好きなほうでどうぞ」
「んじゃ、ナオミちゃん・・・ナオミさんかな?日本にはいつまでいるんですか?」
「まだはっきり決まってないんです。用件が済まなきゃ当分は帰れませんね。・・・・ところで、あなたは?」
「あ、アルバイトの谷山麻衣って言います」
「そちらの方は・・・滝川さんでしたっけ?」
「ああ。日本支部の協力者ってとこだよ」
黙ってその会話を聞いていたリンが唐突に口を挟んだ。
「シェリー、用件とは?」
「・・・・・早速嫌なところ突いてきますね」
浮かべた『美笑』はそのままだが、リンの言葉で不意に眸の色が深くなる。最初のリンとの再会で見せた子供のような笑顔は欠片ほども窺えない。冷たく、柔らかさの感じられない鋭利な微笑み。
彼女は「このことはディヴィス博士も知りませんから、今の所他言無用です」と前置きをしたうえで話を始める。
「まあ、黙っていてもディビス博士なら勘付くかもしれませんけど。・・・・・私が今回来たのは、『日本支部をこのまま分室として残すか否か』を決める判断材料を得る為です」
「・・・・・・・え」
「・・・お嬢さん、それはつまり」
「日本支部の存続問題ですか」
麻衣、滝川の言葉を代弁したリンの口調はいつもと変わらない。が、明らかに硬かった。
それに気付いているのかいないのか、彼女はちらと一瞥しただけで話を続ける。
「表向きの理由は兎も角として、日本支部を作ったのはディビス博士のご兄弟を探す足がかりにする為だった。そして去年ついに博士の兄・・・ユージン‐ディヴィスは見つかった。間違っていませんね?」
確認を促す彼女にリンは黙って頷く。
「本当ならばその時点で日本支部は必要なくなった。ですが博士は日本支部をこのまま存続させたいと本部に申し立てをした。その理由は『日本ではイギリスとは違うタイプの心霊現象が数多く報告される。研究の一環として日本における多くの現象をデータ化したい』というもの」
「・・・・・・・・・・・」
「実際には博士が言ったとおり、日本支部からのデータにはなかなか興味深いものも多い。それは研究員達も、私も認めています・・・・・・が、頭でっかちのタヌキ親父共はどうでしょう?」
「要するに・・・・上層部のお偉方ですか」
おどけたような彼女の物言いに溜め息をひとつ付くと、リンの声は幾らか和らいでいた。
そして彼女もまた、いつのまにか柔和な笑みを浮かべている。
「その通り。博士がその場にいないのをいいことに、結構好き勝手言ってますよ」
「具体的にはどんなことを?」
「そうですね。『日本から報告される現象には確かに興味を覚えるが、データそのものが漠然とし過ぎていて役立てようが無い』と。早い話『単なる金の無駄ださっさと止めとけ若造が!』ってことですよ」
「・・・・・イギリスって紳士の国じゃなかったの?」
「枠から外れる野蛮人ってのは、案外何処にでも居るんですよ」
さらりと言われ麻衣は脱力する。それを見ている彼女の目は穏やかだが、ふと暗い影を落として呟くように言った。
「・・・・・・実際には金の援助だけで研究にはノータッチ。そのくせ何でも知ったかぶりして権力に物を言わせて上り詰めて。研究員がどれだけの時間をかけて事を進めているのか、調査の中でどれだけ危険な目に遭っているかも知らないで好き勝手なことをほざいて結果ばかりを求めるエセ紳士。はっきり言って金を出すしか出来ない能無し共ですよ」
沈黙。やけに情感の篭った彼女のセリフに三人は思わず声を失った。
僅かな後、リンはやっとで声を出す。
「・・・・・・・そこまで鬱憤がたまってたんですか」
「そりゃあもう。毎日のように顔を合わせてれば溜まりに溜まりますよ」
ははは・・・と乾いた笑いをもらしたのは滝川。アイスコーヒーで喉を潤しながら言う。
「そのうえ今回は日本まで来させられたのか。いくら腹立っても目上には逆らえないよなあ」
「あら、残念でした。私は自分から日本に行かせてもらえるように頼んだんですよー」
「へ?どうして?」
麻衣の疑問の声に彼女は簡潔明瞭な返事をした。
「理由なんて、リンさんに会えるからに決まってるじゃないですかv」
ツルッ
がしゃっ!
再び沈黙。
リンの手から滑り落ちたティーカップを隣に座っていたシェリーが寸でのところでキャッチ。素晴らしい反射神経と言えよう。
「・・・・・・・シェリー」
「・・・・・・・はい?」
「冗談はよそで言ってください」
「失礼ですね。冗談じゃないです」
「本気なら尚更よそで言ってください」
「え?よそでなら言ってもいいのv?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
明らかに彼女の口調はからかっている。
その事に気付いているリンはそれ以上何も言い返さずに、零れてしまったカップの中身を黙々と拭き取り続けた。





「・・・・・・何故お前がここにいる?」
お茶を飲む4人の間に割って入った絶対零度の声。その瞬間シェリーを除く全員が顔を引きつらせゆっくりと視線を声の方へ向けた。見紛う事なきその美貌の主は・・・・・・ナル。
「あら。お久しぶりですね、博士」
「質問に答えろ」
「は?質問ですか?」
すっとぼけた返事をするシェリーにナルの眉間には深いシワが刻まれる。
怒鳴りたいのを堪えるように搾り出した声で、ナルは先ほどの言葉を再度繰り返す。
「何・故、お前がここにいるんだ?」
「来たかったからです」
「ふざけるな。真面目に答えろ!」
「本当ですもん。ま、用件はちゃんと別にありますよ」
ブリザードの如く突き刺さるような氷点下の声にもまったく動じることなく微笑むシェリー。
それを苦々しく睨みつけるナル。
月並みな言葉で表現するならばまさしく『コブラとマングース』。
とはいえ彼らの人並み外れた麗しき容貌の点を考慮すれば、鱗張りの爬虫類とネズミ色のイタチもどきより『黒薔薇と白百合』とでも言ったほうが的確だろう。
「本部からきた理由を言え」
「嫌ですよ、いくらなんでもこの年で死にたくないです」
「正直に言えば殺す必要もなくなる」
「正直に言ったほうが殺されそうです」
「殺されるような理由でわざわざ日本にきたのか?」
「さあ?とにかく落ち着いてくださいよ。博士もその年で犯罪者になりたくはないでしょう?」
厭味のない物言いにせっかくの毒舌も暖簾に腕押し。疲れたような表情でナルはひとつ溜め息をつくと、麻衣に一言「お茶」と言ってソファに腰をおろす。
勝ち誇ったとびきりの笑顔を浮かべるシェリーを見ないようにしながらお茶が入るまでの間俯きがちに口を開こうとしないナルだったが、ふと何かを思いついたように顔を上げシェリーを見る。
「本部に戻るのはいつだ?」
「・・・・・・二、三週間先ぐらいになると思いますけど」
「その間はここに来るのか」
「そうなりますね」
「丁度いい。―――リン」
「はい」
「昼間の件、彼女を同行させろ」
『昼間の件』、という言葉に心当たりの無い面々はナルとリンの顔を交互に見つめる。
ひとり心得た様子のリンは席を立ち資料室へと向かい、手に書類のような物を持ち戻ってくる。それを受け取ったシェリーは文面に目を走らせ、小声で「うえっ」と呟いた。
トレーを抱えて戻った麻衣は後ろからその書類を覗き込み、あれ、なんだ。と拍子抜けな声を出す。
「調査依頼用の書類じゃん。何?ひょっとして調査受けたの?」
「明日予備調査を行う。何かしら気になる点があれば、正式に調査を始める」
「博士、同行するっていうのは・・・」
「明日からの予備調査にだ。リンと行って来てくれ」
「もし正式に依頼を受けたら、このお嬢さんも一緒に来るってわけか」
「そうなるな。本部の者だろうが部下は部下だ。存分に働いてもらうぞ」
「・・・・・は〜い」





三日後。予備調査から戻った二人の報告で正式に調査依頼を受けることが決定した。
また同時に、滞在期間がまだ十分に残っていた彼女が調査員として同行することも暗黙のうちに決定された。
(『なんで日本に来てまで調査なんて・・・』と言う彼女のぼやきはナルによって無視され、麻衣とリンからは厚い同情を買った)
こうして臨時メンバーが加わった一向は、一路調査場所である東北某所へと向かったのだった。



あとがき
これ・・・・・続くんですかね?(聞くなよ)
あー支離滅裂 意味不明 前途多難 本末転倒etc・・・・私を表す四字熟語って
こんなにあったのね・・・驚きです。
シェリーさんは書いてて楽しいです。ナルを丸め込む人って少ないですし。
まどかさんと越後屋ぐらいですよね(麻衣はまだ力不足)。
どうかそのまま突っ走ってください〜・・・。リンさんとの関係は・・・・・・
どうなんでしょう?そのうち書ければいいのですが。ああ、リンさんファンの方!
い、石投げないで・・・・・(-_-;)
                                      五十嵐 蓮美
つづくって書いちゃいましたよ! 
やっぱ無しー!っていうのは、もう駄目ですよ。
ってゆーか、管理人よかペース早いぜ! 頂き物! しかも続き物!
ああ、なんて幸せな私なんでしょう……(うっとり)

もう、本当に感謝の言葉もございません。
うーふーふー続きを楽しみに待っております!
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