―はい、それでは早速窺いましょうか。一番手は谷山さん。
「えっ?私からなの!?」
―勿論です。我等が"渋谷サイキックリサーチ"の看板娘ですから。
「う〜・・・。そうだなあ、初恋か・・・・初恋・・・う〜ん・・・」
「麻衣。アンタひょっとして、初恋がナルとかいわないわよね」
「ナル?違うよ。もっと前に・・・あ、そっか。あのね、私の初恋は小学生の時で、相手は幼馴染みのお兄ちゃん。今もアパートが近所だから、たまに遊んでるの」
―"幼なじみのお兄ちゃん"ですか。初恋の王道ですね。
「そうだねー。キョウちゃんっていってね、私ひとりっこだったし、本当のお兄ちゃんみたいに思ってて。キョウちゃんのお母さんもすごい綺麗なひとで、大好きだった」
―本当のお兄さんのように思っていたところから、恋に発展した経緯は?
「たしか・・・キョウちゃんが中学に入ってすぐに、キョウちゃんに恋人ができたの。私はまだ小学生だったんだけど、キョウちゃんが彼女連れでいるの見て、すっごいショックに思ってね。そこでようやく恋だったって気が付いたんだ」
―気が付いたあとは、キョウちゃんとはどう接していたんです?
「最初はね、さすがに気まずくて避けちゃってたの。でもそのうち平気になったよ。多分、過去形の恋になったからだと思う。それで今は普通に顔合わせてるもん」
―それはなによりです。・・・では次、松崎さんの初恋は?
「は? 初恋? 知らないわよそんなもん。とっくに忘れたわ。安原くん、どうせ聞くならもっとネタになりそうなヤツに聞きなさいよ」
―・・・ネタですか・・・。というと・・・誰でしょうね・・・・。
「いるでしょ。波乱万丈な色恋沙汰に年中巻き込まれてそうなオンナが」
「綾子・・・それって・・・」
『ガチャリ』。
―・・・噂をすればなんとやらですね。
「・・・何してるんですか?」
「ナオミ。ま、いいからすわんなさいよ。腹割って話そうじゃない」
「はぁ?」
―シェリーさん。すみませんが、少々お時間いただきたいんですけど。
「?構いませんけど」
―それでは早速・・・シェリーさんの初恋を聞かせてください。
「・・・は?」
「は?じゃなくて初恋よ。は・つ・こ・い。まさか、まだなんてことはないでしょ?」
「ナオミさんはいつごろだったの?相手は?」
「うーん・・・初恋ですか・・・。よくわかんないんですよねー・・・・。そもそも恋ってものがイマイチ理解できないんで」
「「は?」」
「気になったりするのが恋っていうなら身に覚えがありますけど。初めては12歳のときだったかな?」
―12歳ですか。相手はどんな・・・
「相手? 医者ですよ」
「「医者ぁっ!?」」
―お医者さんですか。恋に至った経緯は。
「えーっと・・・小さい頃、病院で缶詰にされてた時期があったんですけど、そのとき私の主治医をしてたんですよね。それでまあ、色々お世話になってるうちに」
―なるほど。ちなみに、年は何歳くらい離れてたんです?
「どうだったかな。大学出てからドイツで2年くらい働いてたはずだから、あの時―」
―・・・・・。
「多分、15歳くらい上だったと」
「「じゅうご・・・」」
―上手くいっていればなかなかの年の差カップルでしたね。
「でも途中までは上手くやってたんですよ?」
―それは一体どういう意味で・・・
「ですから、付き合ってましたもん。しかも3年も!」
「「マジ・・・?」」
「大マジですよ。私が中学の間、ずっと付き合ってました」
「3年も付き合ってる間に手ぇ繋いだ事しかないなんて・・・ないわよね?」
「そのへんはノーコメントで。おいおい話すことにしましょ。・・・で、なんでこんな話してるんですか?」
―実は録音用の空テープが余ってたんで、お茶をしていた谷山さんと松崎さんで何か吹き込もうと・・・。
「え?今の録音してたの?」
―はい。もちろんこの場にいない人たちに聞かせたりはしませんが。
「・・・・・ふーん・・・」
―・・・・・・。
「「・・・・・・」」
『カランカラ〜ン』。
―?
「お邪魔しま〜すっ」
―!!?
「「「!!?」」」
「ね、今までなんの話してたの?」(ニコニコニコ)
―・・・しょ・・・・所長っ
「な・ナル?どこかおかしいの?熱でもあったりする?」
「(笑ってる・・・あのナルが微笑んでいる・・・っ!!)」←蒼白
「博士? ほんっとーにあなたオリヴァー=ディヴィス博士っ!?」
―シェリーさんですら慌てている・・・さすがは渋谷さん(?)
「僕? うん、ナルだよ。正真正銘、所長の渋谷一也!」
「「「(ウソだ・・・)」」」
―なんだか、物言いが幼いですね。っていうか物腰が柔らかいですし・・・。
渋谷さんじゃなくてひょっとして――
「・・・あなたひょっとして・・・ジーン?」
「―当たり。やっぱりナオミにはばれちゃったか」
「「ええっ!!?」」
―やっぱりお兄さんのジーンさんでしたか。さすがの僕も度肝を抜かれちゃいましたよ。あはは。
「ばれるも何も、実際に生きてる頃のあなたを見てたんですからね。あの博士と同じ顔で言動が違ければ他に思いつきませんよ。・・・寿命縮みましたけど」
「だろうね。さっきみたいに本気で慌ててるところ、そう何度も見たことないよ」
―うーん、素晴らしく美しい微笑ですね。渋谷さんが笑うとこんな感じなのか。あ、ところでジーンさんは何故ここに・・・。
「それがさ、ナルがひどいんだよ!全然僕の事構ってくれないんだから!」
「「「は?」」」
「どれだけ頼んでもすぐに"忙しい"とか言って、話相手にもなってくれないんだ。さっきだって、僕がせっかく姿見の前で待ってたのに。気が付いた途端に鏡の前を素通りしちゃうんだよ!」
「・・・それでどうしたんです?」
「うん。あんまり無視するもんだから、仮眠してるうちに勝手に身体に入っちゃった」
―つまり・・・ジーンさんの今入っている身体は所長本人だと・・・。
「ふん、いい気味だよ。せっかくだから僕、しばらくナルの身体で遊ぼーっと」
「・・・・ジーン、そういう問題じゃ・・・」
「あ、ねえねえ。このテープレコーダー、何に使ってるの?」(無視)
―はあ、これはですね、かくかくしかじか(中略)
「え?初恋?麻衣とナオミの?聞きたいなー」
「「ぜったいダメ!!」」
「仕方ないなあ。・・・んー。それじゃ、ついでにとっておきの話を録音しようか」
―とっておきですか?
「うん。例えば・・・ナルの初恋とか」
「「「えええええっ!?」」」
―しょ・・・所長の初恋ばなしですか!?
「他にも、ナルが他人に内緒にしてる失敗談とか、"実は黙ってたけどソレは僕がやっちゃったんです"話みたいなのとか・・・」
―所長には申し訳ありませんが、それはもの凄く
「「「聞きたいっ!!」」」
―同意見ですっ!
ジーンはにっこりと微笑むと、遠い昔を思い起こすように実の弟の赤っ恥青っ恥を洗いざらい語り尽くしたのでした・・・・。
「きゃーははははははっ!信じらんない!!」
「う゛・・・っう゛う゛う゛〜」(笑いを堪えている)
「・・・・へえ・・・あのオリヴァ―博士が・・・へ〜え・・・?」
「ね?コレだけ聞くと、ナルもちゃんとした人の子だったんだなーって思うでしょ?」
―まったくですね。以外でした。あの渋谷さんが・・・
「あーよかった。話したらすっきりしたよ。じゃ、そろそろ僕はナルに身体を返すよ」
―もうお帰りですか?
「うん。あんまり長い時間借りてたら、ナルの身体に負担がかかっちゃうからね。また機会があったらたくさん話そう。それじゃ――」
返事をする暇もなくジーンは身体を離れ、ナルはソファに腰かけたままの姿勢でぐっすりと眠ってしまいました。
そして数時間後。
何事もなかったように目を覚ましたナルは、自分が仮眠していたはずのベッド(自宅)からソファに移動していること(オフィスの)に不思議がっているようです。
ですがそれ以上に不思議なのは・・・・自分への部下や協力者(1名)の態度でした。
「麻衣。お茶」
「・・・っ・・・ぷっ・・・!」
「? 麻衣―」
「ご、ごめんなさ・・・す・すぐに淹れるから・・・」
「・・・・・」
肩を小刻みに震わせながら、麻衣は給湯室へと走っていきます。
大きな音を立てて閉ざされた給湯室のドア。その向こうからは辛抱たまらんと言わんばかりに一際大きな笑い声がこだましてきます。不審そうに眉を寄せるナルを向かいのソファで見ていた綾子は、同じく辛抱たまらんとばかりに吹きだしました。
ますます眉間の皺を深くしていると、今度は資料室から二人連れが顔を出し、そちらへと顔を向けると2人のうちの1人が笑い出しました。シェリーです。
「っ・・・あは、あははは!」
「・・・・・」
シェリーに何を聞いても無駄だと賢明な判断をくだしたナル。黙ってお茶を待ちます。
それでも激しく身体を揺らし笑い続けているシェリーと綾子。
シェリーの隣りに立つリンは何がなにやら分からず内心で首を傾げています。
そこで極めつけ。
「ただいま戻りましたー・・・っと」
リンに頼まれ機材の部品を買いに出かけていた安原。
彼もまた上司であるナルの顔を視界に収めた途端、口の端を引き攣らせました。
「うっ・・あ、あはっ!くくく・・・」
「・・・・・・」
その日渋谷道玄坂にある一風変わったオフィスでは、男女の笑い声が絶えなかったそうです。
後になって、唯一笑わなかったリンを所長室に呼び出し、ナルは真剣に尋ねました。
「リン」
「はい」
「・・・僕は・・・何かおかしなことをしたか?」
「・・・いいえ、何も」
「・・・・そのはずなんだが」
「・・・・・」
「・・・・・」
結局謎は解明されなかったそうです。
何故ならば、証拠物件であるテープは彼らが普段見向きもしない場所に隠されているのですから。
「どーする?このテープ。見つかっちゃまずいよね。特にナルに・・・」
「下手な場所に隠しても安心できないわね。相手はあのナルだし」
「カセットレーベルを偽装した方がよさそうですね。隠し場所もどうしましょうか」
「とりあえず・・・レーベルはこうしてー、隠し場所は・・・・」
「「「ラジャー!」」」
シェリーの指示によりカモフラージュされたテープは厳重に保管されました。
掃除用具入れの中に・・・。
時期を見て、また違う場所に隠し直すことになるでしょう。
カセットレーベルには几帳面なマジック書きで、一言。
『私立○×△高等学校、校歌』。
掃除用具入れに校歌のテープなんて不自然極まりないのですが、誰一人としてそこに気付いていないようでした。 |
おわり |
|