Ghost Hunt

密会 Noll and Mai

こんな関係になったきっかけは 今ではもう思い出せない

でもそれはある意味自然で 優しくて 暖かで

なんの不安も抱かなかった

きらきらと光る糸のような細い雨が降って

それがとても寂しげで なんだかすごく悲しくて

傍らのその温もりに 酷く安心したことは

今でもまだ 鮮やかに思い浮かぶ

「ねえ。まだ寝ないの?」
「……」
「返事くらいしてよ」
「………ああ…」
気のない返事に、逆にこっちの肩の力が抜ける。きっと人の話なんかこれっぽっちも頭に入ってないんだろう。今更だけど。…今更だって、分かってるけど。
いつもと同じ。
彼は分厚い横文字の専門書に没頭して、あたしはそのすぐ脇に座り込んで、時折キッチンに行って彼と自分の紅茶を淹れる。声もかけないでそっとティーカップを置けば、彼は顔も上げずに手を伸ばしてカップを取る。そしてまた、淡々とした読書の時間。
いつもその繰り返しで、大した変化はない。変化といえばせいぜい横文字の専門書がたまに横文字の資料の束になるって事ぐらいで。

彼に気付かれないように、小さく溜め息を付いた。
一つの言葉も交わさないこの時間が、私は嫌いでもない。
いつも他人を近寄らせない彼が、あたしだけは側にいることを当たり前に思ってくれているから。
空気のように。風のように。音のように。いつも近くにあって当たり前のモノ。
そんな風に彼があたしの存在を許容している事が、本当に嬉しいと思う。
…でも。

どれくらいの時間が経っていたんだろう。静まり返った彼の部屋に、小さなしぶきの音が聞こえる。
眠かったわけじゃないけど、何処かぼんやりと視線を彷徨わせていたらしいあたしは、その音に突然我に返った。隣のソファで読書にいそしむ彼を横目で見てみるけど、彼はその音が耳に入っていないらしい。
あたしはきょろきょろと辺りを見回す。

「……あ……」

雨だ。
サラサラと細かな音を立てて、キラキラと光をはじく針のように。まだカーテンを引いていない窓から、綺麗な滴がガラスに当たってはじけるのが見えた。
「……雨だね」
「………」
「冷えてきたね」
「…ああ」
さっきと同じ気のない返事をする彼は、手元から視線を上げようともしなかった。
別に何も期待していなかった。この人に何かしらの期待をすることが間違いなのだと分かっている。
分かっているのに、熱いものが目尻に込み上げてきて。
「…カーテン、閉めてくるから…」
来るか来ないか分からない彼の返事を待たずに、あたしはするりと立ち上がる。
立ち上がりざまにちらりと彼を見る……やっぱり、顔を上げない。
悲しいような、寂しいような、でも少しだけほっとしてあたしは窓を向く。彼に涙を見られたくはなかった。
ただの意地みたいなモノ。弱みを見せたくない。
構って貰えなくて寂しいなんて、見て貰えなくて悲しいなんて、あたしだけそんな風にへこんでるなんて。
絶対に知られたくない。

ゆっくりと窓に向かって行こうとしていたあたしは、突然後ろに引き戻された。

「…へ?」
「馬鹿」

仰向けの状態にひっくり返ったあたしは、一人掛けのソファに座っているナルの膝にすっぽりと収まっていた。天井を向いたあたしの視線の先には、漆黒の髪と整った顔がある。何処か呆れたような表情で静かに見つめてくる。

「……馬鹿って。何がだよ」
「論文。本部への報告書。学会で二週間渡英。日程の調整ミスで渡英日数がプラス四日間。帰国は昨日」
「・・・・・だから?それで何?」
「僕に構って貰えなくて寂しかったんだろう?」
「!!」
顔が赤くなっていくのが自分で分かる。何もかもお見通しと言いたげなナルの表情は、憎らしいほど楽しげだった。おもいっきり怒鳴ってやろうかと思ったけど、すぐにあたしは口を押さえる。ナルが薄く笑いながら、読んでいた本を閉じたから。
ナルがあたしを抱え直して、手にある本をテーブルに置く。
「麻衣」
「……?」
「隠れて泣くくらいなら素直に『構って欲しい』と言った方が利口だと思うが?」
「……悪かったね!別に隠れてないじゃんか!」

しばらくお互いに言い合っていたら、いつの間にか夜も随分更けていた。
何気なく窓を振り返る。カーテンを引き損ねたままの窓から、まだ雨が降っているのが見えた。

「―雨だね」
「ああ」
「………さっきから、ずっと止まない」
「…ああ」
「あたしね、寂しくなるから、雨は嫌いなの」
「………知ってる」
「一人でアパートにいるとき雨が降ると、雨の中に閉じこめられたみたいですごく寂しかった」
「………」
「だからね、この部屋は好きなの。ナルがいるから」
「構って貰えなくても?」
「やっぱりそれは寂しいよ。……だから、ちゃんとあたしのこと構ってね?」
「………」
「論文も学会も仕方ないけど。せめてあたしが泣きたくなるくらい寂しいときには、ちゃんと構ってよ?」
「………」
「返事は?」
「…―鋭意努力いたします」
「うん。お願いね」

冷たい雨の降りしきる夜。

静かで温かな二人の時間。

  誰も知らない今宵の密会…。



おわり



あとがき
【目も当てられない恥ずかしさ】

悪霊創作を初めて書いた頃のモノです。
このようなものが日の目を見るとは…。
最近の創作より上手い気がします。
成長するどころか退化しているようです、私の文才は。ああもう………(何)
密会……なんてドキドキする言葉なんでしょう?
ってゆーかナルはやっぱ秘密主義?
なんかバレて冷やかされても「ふん」の一言で終わらせるような気もしますが……。

でも、作中のナルはほんのり優しくて、麻衣を思ってる気持ちが溢れてて、読んでいるこちらがとても暖かい気分になれました。

……こう言うのを書かなきゃならんのよね!
うっ……。頑張れ私。

蓮美さん、本当にありがとうございました!!
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