はじめちゃんが一番!
これから
はじめは五秒それを見つめた後。 無視することにして、職員室へと向かう。
明日は卒業式。
新任で三年F組の副担任であるはじめは何かと雑用に追われている。
と、言うのはウソというか、ただの言い訳で。
見つけたものに、関わりたくなかったのだ。

私は何も見ていない。
少し色素の薄いふわふわとした髪をした、淡い白いコートを着て。
校庭の片隅で三角座りをしている子なんか。

それから三十分後。
廊下を歩いていると、まだその物体はあった。
また、それから十分後。
微動せずに、まだ居た。
それから、それから五分後。
はじめは諦めた。

あの子と関わるとロクなことがないけれど。
卒業式を前に風邪でもひかれては堪らない。
仮にも自分は、あの子にとって副担任という立場なのだから。

校庭に出て、その後姿に近づく。
人気のない校庭で。
美少年が一人。
背中を丸めて見つめる空。

そこで気付いた。
もし。
もしも、だよ?
あの子が。
あの綺麗な顔してデリカシーの欠片もない変人の、あの子が。
卒業を前に、センチメンタルになったりとかして。
泣いていたら?

はじめは悩んだ。
そんなキャラじゃないだろうと思うが、一度思ったことを拭うことはできない。
それに、そうだ。思い出した。
不思議にあの子と仲良くて、はじめの大好きな和田瑞希くんと違う大学に進むんだっけ?
それが淋しくて泣いているのかも?
そう思うが、いやいや、あいつはそんな奴じゃないって、と冷静に思う自分もいる。

はじめはゆっくりと、何故かドキドキする胸を抑えながら、その子の後ろに立った。

「…………え、江藤くん?」
おそるおそると声をかける。

その声に、うずくまっていた江藤亮がゆっくりと顔をあげ、振り向いた。
「はじめちゃん?」
その両目は確かに赤くて。
あの、江藤亮が。
喜怒哀楽が全然ない、あの江藤亮が。
教育委員会からクレームが来てもいい。
江藤亮は人類外だと、声を大にして言いたい、あの江藤亮が。

泣・い・て・い・る。

「ど、どうしたの??」
はじめは動揺を隠せない。慌てて亮の前まで出る。
「もしかして、瑞希くんに何かあった???」
はじめがそう聞くにはワケがある。
江藤亮という生徒は、普段はボーと、何事にも無関心なのに。
友人の和田瑞希の事に関しては、普段ではありえない彼になる。
それを一年近く先生という立場で見守ってきたはじめは知っていた。
そして亮は驚いたような顔になると。
「どうして分かったの?」
「やっぱり。何があったの??」
詰寄るはじめに対して、亮は困った顔になる。
言ってもいいのかな〜と思いつつも、会話の流れ上言わないわけにはいかない。
そして、嘘をつくという行為を亮は出来ない人間だった。
だから正直に話した。

「……瑞希に彼女ができたんだ」

「………………………へ?」
「A組の樋口さん?だっけ? 昨日、告白してOKもらったんだって」
「………………………へ?」
「オレに夜、電話してきて、言ってた」
「…………………」

亮は初めて見た。
人が、はじめが、固まり石となって。
風が吹いて砂となり。
風化されていく様を。

「……はじめちゃん、大丈夫?」
そんなベタな漫画みたいな反応をするはじめに、お決まりの言葉をかける。
風化したはじめはゆっくりと戻っていくと。
「いや〜〜〜!!信じられないっ!!ウソ!ウソ!!」
と泣き叫んだ。
「……嘘と言われても……」
「瑞希くんが、瑞希くんが」
首を左右に振り、泣きながら、A組の樋口さんを思い浮かべる。
学年一の秀才で、結構美人で、ちょっと、かなり変わっている。が、はじめは嫌いではなかった。
だけど、だけど、だけど。

わんわん泣いているはじめを前に、亮はどうしようかな〜と思った。
はじめが先生という立場なのに、瑞希を人一倍可愛がっているのは知っている。
それに文句をいう奴もいたが、亮はそういうはじめが可愛いと思った。
だって、はじめが選んだのが、亮の大好きな瑞希だから。

ゆっくり立ち上がり、手を伸ばして。
はじめの頭を、そっと数回、優しく撫でた。

突然、他人の手が頭に触れて驚くはじめ。
慌てて見上げると、そこには亮の顔のドアップが。
呆けて見惚れる。
綺麗な顔立ち。
「あ。泣き止んだ」
亮が言って、はじめは赤くなる。
「な、何してるのよ!」
と、慌てて亮の手の届かないところまで離れた。
心臓がものすごい音を鳴らしている。

なんなのコレ?どうしてこんなにドキドキするの?

そんな自分を悟られたくなくて、キッと睨む。
「ちょ、ちょっとビックリして、驚いただけよ!」
「ビックリも驚いたっていうのも一緒の意味だよ?」
「う、うるさいわね!だいたいあんたが悪いのよ!」
「?どうして?」
「そ、そんな、瑞希くんに彼女が出来たぐらいで泣いたりするから!!」
「?? オレ泣いてないよ?」
「え?さっき涙目だったじゃない?」
「…………ああ。ちょうど欠伸したところだったんだ」

これまたお約束の返事に、はじめは心底脱力した。
どうして、こう、私とこの子の相性は悪いのか。
「……そう。じゃあ、どうして学校に来てるの?」
変に気を使わずに、最初からこう聞けばよかった。
「用もないのに学校に来ちゃいけないでしょ?」

自分はこの子が苦手なのだ。
この子といたら、些細なことで翻弄される。

目をあわさないようにしながら、とりあえず亮を早く帰そうと思っていた。
「……用はあるよ?」
ところが亮にそう返されて、はじめは溜息をつく。
「じゃあいつまでもこんな寒い中にいないで、早く終わらせたらいいじゃない?」
何気なく言ったはじめを前に、亮が息を止めたのを感じた。
何?と思って、思わず亮の顔を見上げる。
「江藤くん?」
「明日は卒業式だね」
「は?」
用をしに行けと言ったのに、何故暢気に世間話しはじめるの?
「だから、その前に言っておこうっと思って」
「……はぁ?私に?」
コクンと頷く亮に、はじめは身構えた。
何?何を言う気なの??

「オレ」

ドキドキドキドキ。
へ?どうしてドキドキしてるのよ私?
大丈夫よ!相手はあの江藤亮よ!
また、どうせ、つまらないことを言うに決まっている。
それで私は烈火のごとく怒るのよ。
それがいつものパターンでしょ?
期待しちゃダメよ!はじめ!
って、期待って何?何の期待??

「はじめちゃんのこと好きだよ?」
「え、あ、そう。な〜んだ。そういうこと?好きって、て…え?え?えええ???」
「オレ。はじめちゃんが好きだ」

生まれて初めて告白されてしまった。
それも、それも。
嫌いというか苦手というか、あまり良い感情をもっていない、五つも下の男の子に。
それも、それも。
こんなにストレートに。

「好き」

三度も言われて、はじめは完全にパニックになった。
人間、本当のパニックに陥ったら、取り乱したりしないんだ。と頭の片隅で思った。
だって呼吸するのも忘れてる。

「あ〜。言えてよかった。昨日、瑞希に言われたんだ。
『もう会えなくなるんだから後悔しないよう言っておけ』って」
両手をアイボリーホワイト色のダッフルコートのポケットにつっこみ、亮は微笑む。
「はじめちゃんがオレを嫌っているのは知ってるけど。言っておきたかったんだ」
その笑顔は今にも消えそうなくらいに、綺麗で。
「ごめんね?」
そう言って亮はバイバイと手を振った。
そのままはじめの横を通り過ぎ、校門へと向かう。

その間、はじめは指一本動かせなかった。
日中から金縛りにあったような物だ。

そして。
強い風が吹いて、寒いと思った途端、怒りがはじめの心を埋め尽くす。

何なの?何がしたいの、あの子は??
突然、告白して、はじめの応えも聞かず帰っていった。
バッカじゃないの?
バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!
ええ。嫌いよ!大ッ嫌い!!
いつも人を小馬鹿にしたような態度を取って。
デリカシーなんて言葉は辞書にないって雰囲気で。
五つも下のくせに生意気で。
こんなに、こんなに心が千切れそうな想いにさせて。

なのに、最後の笑顔が忘れられない。

「ああ!!もう!!!!」
はじめは誰もいない校庭で一人、空に向かって叫んだ。








次の日の卒業式は、どんよりと曇った空の下、恙無く行われた。
全ての式が終わり、校庭内には別れを惜しむ友人や後輩達で埋め尽くされていた。
はじめは巣立っていく生徒達を見つめる。
江藤亮を式の時見かけたが、今見ている集団の中にはいないみたいだった。
安心したような、残念なような。

このまま。
彼が何も言わなかったら。
私も何もなかったことにしよう。
そう昨夜、決めたのに。
何故かささくれていく心。

「岡野先生〜。一緒に写真撮ろう?」
「いいわよ」
女子生徒達と一緒に、記念という写真を撮る。
はじめが真ん中になり、大層な女子生徒が周りを囲む。
「はい。チーズ」
ニッコリと笑って、はじめはフラッシュが光るのを見つめた。
撮りおわってバラバラになる生徒の内の一人が言い出した。
「あ!先生!知ってる?和田君が樋口さんと付き合い始めたって」
「……うん。昨日聞いた」
「ええ?誰から?」
失言だった。そんなレアな情報を聞いたのは誰からか。皆疑問に思うだろう。
「もしかして、江藤君??」
周りの子達の一人が言って、はじめは反射的に赤くなった。
「先生?」
「う、うん。そう」
「どうして?どうして江藤くんが?」
そんなの分かんない。こっちが聞きたいくらい。
そう言いたいけど言えないはじめに、皆が寄る。

そこへ。
「岡野先生」
と、一つ先輩に当たる藤井先生が声をかけた。
女子生徒達が、藤井先生を取り囲む。
また写真を撮ろうとするようだ。
藤井先生は中々の男前で、爽やかな雰囲気があり、女子生徒に人気あるのだ。
はじめはニコニコ笑いながら、藤井先生が解放されるのを待った。

「凄い人気ですね」
なんとか解放された藤井先生に対して、はじめは笑顔で言う。
藤井先生は照れたように「からかわないで下さい」と言いながら笑った。
そして、今日の打ち上げの場所が変更になったと言う。
今日は若い先生達で、卒業祝いをしようと数人で集まる予定になっていた。
はじめは最初渋ったが、女性は会費が半額でいいと聞き、参加することに決めた。
「お店に予約したら七時はいっぱいと言われたそうで」
「この時期はどこもいっぱいなんですね」
「それで駅裏にある『紫』って居酒屋になったんですけど、岡野先生知ってます?」
「いえ。全然」
「じゃあ一緒に行きましょうか?」
「いいんですか?」
その時。
はじめが藤井先生を見上げながら、嬉しそうに笑った時。

後ろから抱きつかれた。
「え?」
「駄目だよ。はじめちゃんは今日、オレと一緒に帰るから」
この声は、知っている。
目の前の藤井先生が、口をパクパクさせている。
「え、江藤くん??」
はじめは抱きついている腕を払い、後ろを振り向いた。
そこには、学ランのボタンが全てない状態の亮。
「な、何を言ってるのよ??」
「今決めた。はじめちゃんはオレと一緒に帰る」
「はあ?」
「これからずっと一緒にいる」
はじめは昨日以上にパニックになった。
だけど、今回は免疫力があるので反撃に出れた。
「何を勝手に決めてるのよ?大体昨日も言いっぱなしで帰るし!」
「うん。アレ以上何を言ってもはじめちゃん聞こえてなさそうだったから」
「うるさい!あんたのそういった自分勝手なところが私は嫌いなの!!」
「オレは、はじめちゃん好きだよ」
言葉を失う。
なんて真剣な顔をしているんだろう?
「はじめちゃんは?オレのこと、本当に嫌い?」
やめて。そんな悲しそうな顔しないで。

「オレは好き。すっごく好き。世界で一番、好き」

亮とはじめを中心に、校庭内が静まりかえった。
『これこそ“校庭の中心で愛を叫ぶ”だ』と皆が思った。

その沈黙を破るように、藤井先生が怒った。
「江藤!岡野先生をからかうのはやめなさい!」
「からかってないよ」
そう言って、呆然と立っているはじめを再度抱き締める。
今度は前からだから、はじめは亮の胸に顔を埋める形になった。
亮の心臓の音を感じて、それが早いのが分かって。
「そ、そんな生徒が先生に対して」
藤井先生の声が遠くに感じる。
その分、亮の声はよく響く。
「うん。だから卒業式まで待ってた」

亮の言葉に、はじめも気付く。
今日で、私と彼は、何の関係もなくなるんだ。

「はじめちゃん。イヤなら言って」
「イヤ」
「……じゃあオレの目を見て言って」
顔を上げさせられそうになって、はじめは亮の胸にぎゅうっと顔を埋める。
「…は…はじめちゃん?」
「イヤ……絶対イヤ」
呟きながらしがみつくはじめに戸惑う。
そして。
「かんけいなくなるなんてやだ」
小さい声に、亮は驚いた。
関係なくなるのは、嫌だということは。

亮は嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫。絶対、関係なくなることはないから」
そう言って、もう一度、抱き締めた。


途端に湧き上がる、歓喜と悲哀の叫び声。
それで、ここが卒業式後の生徒で、いっぱいな校庭であることに気付いたはじめだが。
全て後の祭り。
慌てて離れようとしても、もちろん亮は離さない。
愛しそうに抱きしめて。

そんな二人に対し、江藤亮ファンの生徒達が泣いているのは瑞希が慰めて。
ちょっとショックを受けている、藤井先生を慰めているのは樋口乃亜。


和やかな雰囲気が漂う校庭を、空から日が射していき。

これも一つのハッピーエンドで。



だけど、本当は。

これから始まる物語。


Fin
まるるさんちで15,000ヒットのキリリク小説です!
陸海のリクエスト「卒業式or終業式or入学式or始業式or入社式(多っ)でラブコメ」を200点満点で応えてくださいました!  うおおおおお!
が、学ラン姿の亮君ですよ皆様! は、はじめちゃんが女教師ですよ!
おおぅ(クレヨンしんちゃん風に)、禁断のかほりぃ〜〜いvv
しかし学生の亮君……じゅるり……おおっと、失礼。
ドリームが止まりません。
そして乃亜せんぱいとお幸せに! だよ、瑞希君 (゚ー゚*)

まるるさん、本当にありがとうございました。私、一生ついて行きます。