「はじめちゃん」
昼ごはんの後片付けも終わり。
コーヒーをいれて、一服しようと思ったはじめを亮が呼んだ。
「何?」
?顔だけ向けて、用件を聞くはじめ。
亮はニッコリと笑って。
手で、おいで、おいでと呼んだ。
私はネコかイヌか?と呆れながらも、はじめは亮が座っているソファーへ。
「で?何よ?」
「う〜ん」
伸ばされた両腕。
はじめは、その腕に逆らうことなく、亮がして欲しいと思っている通り。
亮に背を向け、両足の間に座った。
後ろから、優しく、ふんわりと抱きしめる亮。
スリスリとはじめの髪に頬を寄せる。
相変わらず、剛毛でちょっと痛いけど。 慣れて、平気だった。
はじめは溜息をついて。
「どうしたの?江藤さん 何かあった?」
と、聞いた。
その問いに、亮は少し考えて。
「ううん」
答えて、はじめをギュウ〜と抱きしめる。
亮の腕の中。おとなしく身を任せるはじめ。
この人は、時々。
こうして、人肌を、求める。
最初の方は、照れて、恥かしくて。
どうやって離してもらおうか。
鼻血が出ないように気をつけなくちゃ。
そんなことばかり、思っていたけど。
はじめ自身。亮の体温が心地良い。
そう思えたのは、いつ頃だろう?
「……ねぇ、江藤さん」
「うん?」
「今頃じゃなかった?江藤さんが、私を抱っこしながら、瑞希さんの写真集見ていたの」
クスクスと笑いながら、思い出したように言うはじめに、亮も笑う。
「そうだね。あの時、はじめちゃん鼻血が出て貧血起して。そのまま泊まっていったんだ」
「あれは!……江藤さんとかずやが勝手に泊まる形にしたんでしょ?」
「だって遅かったし……はじめちゃんは気持ちよさそうに寝ているし」
「うっ……悪かったわね!」
フン!と少々、機嫌を損ねたはじめは、亮に全体重がかかるようにもたれた。
亮は笑いながら、はじめを抱きしめて。
あの時。カチンコチンに固まったはじめを思い出した。
一年で。
はじめが亮の腕の中。
リラックスできるようになるなんて。
あの頃は考えられなかったな……
「ねぇ?はじめちゃん」
「はい?」
「あの時。どうして鼻血出したの?瑞希の裸を見たから?」
「はぁー??…そういえば江藤さんって、あの時も、そんなこと言ってたわね〜」
呆れるはじめに、亮は詰寄る。
「だって。 気になるじゃん?瑞希の裸を見たから鼻血を出したのか。
オレに抱かれているから鼻血を出したのか」
すると。腕の中のはじめが震えだした。
「??はじめちゃん??」
「あんたは!!いつまでも乙女に『鼻血・鼻血』言わないでよ!!」
ポカリと頭を叩きながら、怒るはじめ。
スルリと、亮の腕の中から逃れたはじめは、台所へと向かう。
コーヒーメーカーが落ち着いたらしい。
マグカップを二つ取り出し、半分ずつコーヒーを入れて、砂糖・牛乳をいれるはじめ。
亮はその動きを目で追っていた。
怒っていたはじめだけど。 きちんと亮の分もあるらしい。
亮はニコニコと笑いながら待っていた。
しかし。 そんな亮が、癪に障るはじめは、
「はい。取りにきたら?」
と、台所に置いて、自分のやつを一口飲んだ。 美味しい。
普段、コーヒーは飲まないはじめだが、亮の所ではコーヒーを飲む。
豆を挽いて、入れたコーヒーが、こんなに美味しいなんて知らなかった。
ふと、気付くと、亮がソファーから降りて、はじめの元にやってきた。
そして。湯気がふわふわ浮かんでいるマグカップを持ち、飲む。
「…ん。美味しい」
亮は笑顔ではじめに言った。
「本当? けど、江藤さんが作った方が、まだまだ美味しいと思うんだけど……」
「そう?オレは、はじめちゃんが作った方が好きだけど?」
「………って同じ豆なのにね。 何、言っているんだろうね?私達」
あはは、と笑うはじめに、亮はニッコリと笑って。
コーヒーを置いて。
立ったまま、はじめを抱きしめた。
「…私は、まだ飲んでいるんだけど?」
照れくさくて文句を言うはじめの手から、マグカップを取り、自分のコップの横に置いて。
また、はじめを抱きしめる亮。
はじめは、観念したように溜息をついて。
「……本当に 何かあったわけ?」
もう一度、聞く。
亮が人に触れる時。 それは、亮が不安で仕方が無い時で。
だけど。
「ううん。何もないよ。ただ、はじめちゃんが居るって思って」
そう言って。 愛しそうに、はじめを抱きしめる亮。
「……そう。それなら、いいわ」
はじめは、そう言って。 亮をそっと抱き返した。
恋人を抱きしめることに、?理由はいらない。
Fin