風光る
今と 明日と

「あ」


本日。一番隊は非番。
総司とセイは、以前から約束していた甘味処へと歩いていた時だった。
セイが、一人の女性と目が合った。
女性は、驚いたようだったがすぐに、微笑んで。
小さく会釈して、そのまま通り過ぎた。
そこで、セイは、その女性が誰かを思い出した。


「どうしました?神谷さん?」
前を歩いていた総司が、不思議そうに聞く。
セイは、総司の顔を見て、慌てて振り返った。
女性は人混みに紛れて、もう見えなくなっていた。


「神谷さん?知り合いでもいましたか?」
総司に聞かれ、セイは総司の顔を見た。
「あ、はい……」
俯くセイに、総司は何故だろうと、思う。
「……嫌いな人だったんですか?」
その問いに、セイは顔をあげて、首を左右に振った。
そして。会った人の名前を告げる。


「…あの……多分、お静(せい)さんだと思うんですけど……」
「おセイさん?」
総司には、その名前がピンと来ない。
「え?……せ、先生!もしかして覚えていないんですか?」
「……おセイさん??」
「し、信じられない!去年の今頃!あの人から手紙を私が受け取って、沖田先生にって」
「ああ!あの、お静(せい)さん!」
ポンと両手を合わせる総司に、セイは脱力する。
この人は。一年前のことも覚えていないのか?
それも、総司を慕っていた女性を!!


怒りが、セイの心に火をつけた。
「沖田先生は最低です!!」
「え?はあ?? 何ですか?急に!!」
負けずと総司も怒る。
「女子の気持ちを何と思っているんですか?先生のことをあんなに……」
そこまで言って。セイは涙が溢れてくるのを感じた。
悲しいんじゃない。悔しくて。泣きそうになる。
総司はその様子を見て、思わず溜息が出た。
立ち止まり言い争っている自分達を、興味津々に見ていく人たちに気付き、セイの手を握る。
「とりあえず。邪魔にならないところに行きましょう」
総司に引っ張られて、渋々と歩くセイ。足取りは重いが、今のところ泣いてはいない。
それに安心しつつ。総司は口を開いた。
「どうして神谷さんは、他の人のことで そんなに怒ったり、泣いたりするんでしょうね〜」
「…………」
「それで。お静(せい)さんは、不幸そうに見えましたか?」


聞かれたセイは、彼女を思い出した。
フワリと笑った笑顔。
一瞬だったから、曖昧だが。


彼女のお腹には、赤ちゃんがいる気がする。


「……いいえ」
小さな声で答えるセイ。
「それなら、いいじゃないですか。私がお静(せい)さんを忘れていても」
セイの胸が痛む。完全に忘れられるこの人を、今更ながらに酷いと思う。
だが。


「彼女は、彼女の道を歩いている」


その言葉に、セイは顔をあげて、総司の顔を見た。
「あの人は……私のことなんか、早く忘れた方がいいんです」
そう言い放つ総司の顔は前方を向いていて。
「……だけど、神谷さん」
総司は、セイを呼びながらも、セイの顔を見ずに。
ちょっとだけ。赤くなりながら。


「あなたは、私と一緒の道を歩いている。 今も……明日も」


繋いだ手に、力が込められた。
セイは、総司の言葉に赤くなり、俯く。


「……だから……」
総司が何か言いたげで。セイはその言葉を待った。
歩きながらも、鼓動は早く。
「…その……だから……」
手の平が、熱く感じる。総司の体温が上がっているのだろうか?
「……だから、今日もいっぱい甘い物を食べましょう!!」
総司の言葉に、ガクリと項垂れるセイ。
そのせいで、見えなかった。総司の顔が真っ赤になっていることを。
はぁー。とセイは溜息をついて。
「はいはい。お好きなだけ、食べてください」
と、拗ねるように言った。


もうすぐ。本日、お目当ての甘味処に着く。
総司は、拗ねているらしいセイの機嫌を、どうすれば良くなるのか。
ちゃーんと、知っている。少し恥かしいけど。


総司は立ち止まり、セイの手を引っ張った。
「?沖田先生?」
不思議そうに見上げてくるセイの耳元へ、屈んで口元を持っていき。
小さな声で言った。


「あと。 私にとって、『おセイさん』は、神谷さんだけですから」


セイは真っ赤になって。あたふたと総司の手を離そうとする。
しかし、総司は許さずに、より一層きつく握って。
「さぁ、今日は何を食べましょうか?」
笑顔で聞く総司。
「な、何でも、どうぞ」
照れて、俯いたまま言うセイ。


だが。セイの機嫌がすこぶる良くなったことは、間違いない。



そんな、秋のある日。
Fin
まるるさん宅 marble-cafe 一周年記念フリー小説第2弾です!

総ちゃんは本当に冷酷でもあり、潔くもあり……。
それが武士だからなのか、総ちゃんだからなのか……。
それは総ちゃんにしか分かりえない。おセイちゃんでさえ端から分からない。
だからこそ怒って怒られて悲しんで悲しまれて、そして分かり合えるんですね。
まるるさんのお話に「ううむ」と深く感じ入っている次第です。

まるるさん!  一周年おめでとうございます! そしてこれからも頑張ってくださいね!