Sync #1
・・・・・・レイ・・・。ス・・・レイ・・・・・・。
うるさい、俺を呼ぶな・・・。
・・・早く・・・大きくなって・・・・・・そして・・・。
黙れ、俺に将来なんか・・・ないんだ・・・。
「スレイっ」
2回・・・3回目だろうな。
3回目に俺はやっと目を覚ました。
寒い朝はただでさえ起きるのが苦痛だ。
その上、タルい『朝のお祈り』なんかがあったら誰だって嫌だろう?
俺は昔からこの『お祈り』だけは好きになれない。
祈るだけで救われるならこの世に不幸な奴は一人もいない。
そうじゃないか?
それとも不幸の数だけ祈りがあるのか・・・?
「今朝はお祈りがあるから・・・」
「わーってるよ!後から行くから先行っててくれ」
「先週、そう言って来なかったよ?」
「いいだろ、別に。『ラプラス』には関係ない」
「・・・そんな言い方」
「他に言い方があるか?」
ふふんとひねくれた笑い方をすると、そいつは口をつぐむ。
こいつ、悪い奴じゃないのに、俺に気を遣い過ぎるんだよ。
「ま、顔だけは出すよ。ほんと、先行けって」
「・・・・・・じゃあ、そうするよ・・・。また後で・・・」
「おう」
半ば強制的にそいつを部屋から追い出し、俺は再びベッドの中。
『ラプラス』・・・代役とかそういう意味だと聞いた。
影武者みたいなものだと思ってくれたら8割方は正解だろう。
残り2割は何かって?
まあそう急くなよ。
俺と・・・そう、さっき俺を起こしに来たあいつ。
俺達は二人で一つの役目をこなす。
エスパーの『かしら』を張るのが、その役目だ。
でも、今はまだ不完全。
二人でやっと一人前なんだからな。
この先・・・いつになるかはわからねぇが、俺達のうち、どちらか優れている方が、その役目を一手に引き継いで、残った一人が『ラプラス』なんて呼ばれる。
名前の通り、頭の代役だ。
ボスに万が一の事態が発生した場合にその代役を務める。
けれど両者に与えられる力・・・魔力も権力もひっくるめて・・・それは同等だ。
同じ一つの魂を共有しているから。
お互い協力しつつ、また微妙に牽制し合いながら、一人の人物を演ずる。
ばかばかしい。
俺の一生、他人の猿真似で終わりだってんだぜ?
冗談じゃねぇ。
その魂を受け継いで、記憶も、能力も、そっくりそのまま引き継いだ。
真面目で律儀なあいつは、恩返しのつもりか、やる気を見せているが、俺は願い下げだ。
確かに、ここで食わせてもらっていることに対しては感謝している。
元々俺は名前も持たないスラムの浮浪児。
道ばたで売っていた自作の魔導器を認められて、この子は才能があるってここに引き取ってもらえたんだ。
修行は決して楽じゃなかったが、どんどん魔導が上達する手応えがあったから、必死に続けた。
そして、あいつを除いて俺の相手がいなくなった頃、あいつと俺はひとつの使命を言い渡された。
しかし生き方まで強制されるのは絶対に嫌だ。
という訳で、俺は今朝もお祈りをさぼる。
お祈りしてる暇があるなら、スペルの一つも覚えやがれってんだ。
俺は一人で、吹雪くフィールドへ飛び出す。
小さな僕は、何故かその子が売っている水晶玉に惹きつけられた。
スラムの道ばたで無造作に品物を並べて、その子は地べたに座ってぼんやりと人の流れを眺めている。
僕は何気なさを装ってその子に近づいて、並んだ品物のうち、特に丁寧に作り込まれたそれを指す。
水晶玉そのものはきっとどこかで拾うかくすねるかしたのだろうが、その内に込められた魔力は本物だ。
「これ、君が作ったの?」
「ああ。買うかい?」
その子が水晶玉を手に取り、すっと目の前に差し出す。
「・・・お金、ないから」
「そう」
また品物を元の位置に戻して、その子は再び人の流れに目を向ける。
こんなことを言うと子供っぽいと笑われるだろうけど、どうしても僕はそれが欲しくてしょうがなかった。
「明日、持ってくるから」
「だめ」
「約束するよ。明日もここにいるんでしょう?」
「口約束だけじゃだめだ、この水晶、俺も気に入ってるんだから・・・でも、そうだな・・・何か担保によこせよ。そしたらやるよ」
ビジネスに関しては非常にシビアな子だった。
確かに、品物を売ってお金をもらう以上プロには違いない。
子供といえど、プロのプライドというものもあるだろう。
「担保・・・」
「それ、いいじゃん。それくれよ」
その子は僕が持っている杖に目をつけた。
でも、これは大切なものだから・・・。
でも、この水晶玉も欲しいし・・・。
しばらく葛藤してから、僕は決めた。
「いいよ。じゃあ、これ、持っていて」
とても大切なその杖を、僕はいとも簡単に渡した。
引き替えに、赤い綺麗な水晶玉を手にして。
「おまえ、名前は?」
少し唐突に名を聞かれて、僕は少し戸惑った。
それから、ゆっくりと答えた。
「普通の名前はないんだ」
本当のことだ。
名前をつけてもらう前に、僕は捨てられたから。
僕を最初に見つけたのがスカイティアーラだったから、その始祖の名『レティーア』なんて呼ばれてたけど。
「なんだ。俺と一緒か」
「そうだね」
「じゃあ・・・そうだ、その水晶玉、銘をつけたんだ。その銘で呼ぶよ」
「銘?」
随分、本格的なことをしてるんだな。
「それには大地の力が込められてる。大地の力が届く限り、おまえをきっと守ってくれるよ、ジオ」
「・・・ありがとう」
何だかこそばゆいな。
名前で呼ばれるのって。
「じゃあ君の名前も教えて?」
「スレイだ。スレイ=ウォルシュ。酒場の女将さんがつけてくれた。死んじまった子供の名前だってさ」
「そう・・・ありがとうスレイ。また明日ね・・・」
それきりその子はそこに現れることはなかった。
きっと会うこともないと思っていた君がまさかここに来るなんてね。
僕は驚いたけど、君は僕を覚えてないみたいだった。
10年近く間が空いたんだから当然かも知れないけど。
あの時渡した杖はまだ、持っていてくれている?
「サイコウォンド」って銘がついてて、結構、僕らの間では重要なものなんだけれど、もしかして誰かに渡したりしたのかな?
僕はまだ持ってるよ。
机の引き出しの一番奥の箱の中に隠してるんだ。
あの日君がくれた、僕の名前と一緒に、誰にも知られない所で、表に出してもらえる時を待ってる。
君が全部、思い出してくれる時を。
Sync #2
かんかんに怒っている長老の顔を見て、僕は思考を現在に引き戻す。
後から行くと言っていながら、結局スレイは今日もさぼった。
不敬罪で永久追放処分を喰らっても文句は言えないだろう。
そして僕は今日も頭を下げる役。
別にそのことは不満ではないけど、スレイのそういう素行の悪さが、彼への評価を不当に落としてしまっていることが残念なんだ。
目下最大の懸案事項として、僕とスレイのどちらが『五代目』を襲名するのかという問題があるけれど、大人達は僕に内定してるって言う。
僕が正式に『五代目』を襲名すれば、スレイはもう用無しだなんて言うひどい人もいる。
スレイだって、充分、資格はあるのに。
「レティーア?」
「あ・・・はい、すみません、長様」
ぼーっと考えていて、僕は長様の言葉を聞き流していた。
もしかして怒りに油を注いだかと僕は冷や冷やしたけど、それはなかった。
「僕がちゃんとスレイに言います。だからあまり彼に辛く当たらないで下さい。彼には彼なりの考えがあるんです。ただ怠けてるだけじゃありません」
「何故そこまで彼に肩入れするのかな?」
長様がふと怪訝な顔をして尋ねてくる。
僕は、もう何度も聞かされた言葉をそらんじて見せた。
「当然でしょう?僕たちは一つの魂を共有する二つの表現体。長様の口癖じゃないですか」
「建て前であって、本音は『五代目』の地位を奪い合うライバルだろう?」
「僕たち、別に奪い合ってません」
そうだよ。
周囲の大人がそう決めつけるから。
だからスレイが息苦しくなってるのに。
結構、憮然とした顔で言ってたのかも知れない。
長様が一瞬、眉根を寄せる。
何か言われる前に退散するのが良さそうだな・・・。
「僕、スレイ探して来ます」
僕はできるだけ明るい声でそう言うと、回れ右をして部屋を出た。
たぶん、スレイはまたあそこにいるんだろう。
一人になりたくなったら、彼がいつも行く場所。
そして、僕は館の裏口から外へ出た。
俺は暗いクレバスの底から遥か頭上の曇天を見上げる。
ここは大地の中心に近い場所。
こうして座ってると、・・・大地の力っていうのかな・・・それが強く伝わってきて気持ちがいい。
もっと深く潜ることもできるが、いくら俺でも命は惜しい。
穴蔵で迷子になって飢え死になんてのだけは避けたい。
「『ラプラス』・・・か・・・」
まあ、俺には相応しいかもな。
ずっと暗がりを選んで生きてきたんだ。
今もこうして、人の群を避けて一人で穴蔵に閉じこもって。
『影』は俺がなったらいい。
あいつにそんなのは相応しくない。
真面目で、優しくて、前向きで。
いい子過ぎて泣けてくるぐらい。
そういえば、もう一人、そういう奴を俺は知ってる。
知ってるって表現は正しくないか。
見たことがあるっていう程度。
ずっと昔、俺はそいつから値打ち物の杖を体よくまきあげた。
同じようなことは何度もやったはずなのに、何故か、そいつにだけは申し訳なく思った記憶がある。
後からやっぱり返そうと思って、出会った場所に何度か足を運んだが、そいつは二度と現れなかった。
・・・代わりにやった赤い水晶玉を、あいつはまだ持ってるんだろうか・・・?
「スレイ!」
唐突に名を呼ばれて、俺は少しぎくりとしながら後ろを振り返る。
レティーアが、コートに積もった雪を払いながら立っている。
レティーア・・・そういえば変わった名前だな。
そんな名前のバイオモンスターが昔いたような、いなかったような・・・。
「ずっとここにいたんだね?」
「ああ・・・悪かったな」
多分、こいつは今日も俺の代わりに頭を下げて回ったのだろう。
ほんと、いい子過ぎるよ、おまえって。
「僕のことはいいんだよ。ただ・・・」
「俺のこともいいんだよ」
そいつの口振りを真似て、俺はそっぽを向く。
おまえに八つ当たりしてもしょうがないんだけどな。
一瞬の沈黙の後、努めて明るい声でレティーアが言う。
「帰ろう、スレイ。吹雪も収まってきたみたいだし」
「・・・ああ」
いつまでもここにこうしていても凍死だ。
あそこに帰るのは気が進まないが、死んじまったら元も子もない。
重い足取りで、俺達は館へと戻る。
・・・スレイ・・・。
ああ、まただ。
またあの、遠くからの呼び声が聞こえる。
すごく・・・懐かしい・・・。
館に戻った俺を待っていたのは激しい糾弾の声だった。
継承の式が近いから、みんなピリピリしてる。
・・・ってのは、レティーアの言いぐさ。
正式に『五代目』が誕生したら、俺なんか用済み。
『影』なんか必要ない、またスラムに捨ててやるって意識がみえみえ。
笑っちゃうね。
人を犬猫みたいに拾ってきて、言うことを聞かないからって放り出す。
ふん・・・俺がここにいるのはおまえらの為じゃない。
レティーアが、何か、こう、危なっかしくて・・・。
真面目でしっかりしてて、っていうのが他の奴等の彼への評価だけど、俺は少し違う。
具体的にどこが、とは言えねぇが・・・何となく、危うい感じがする。
確かに強いし、俺よりしっかりしてるが、どことなく虚ろで儚げな・・・そんな印象を俺は受ける。
「スレイ・・・気にしないで」
部屋に戻るなり、レティーアが、すまなそうな顔をして俺を見てくる。
「いつものことだ、いいんだよ、おまえが五代目を襲名すればそれでみんな丸く収まる」
「スレイは・・・」
「ラプラス・・・影だろ?いいじゃねぇか?相応しいと思うぜ?」
俺は気を使わせないように、明るく笑ってレティーアの肩を叩いたが、沈鬱な表情は晴れない。
しばらく黙りこくっていたが、唐突なことを言ってくる。
「僕たちって、何なんだろうね・・」
「??何・・・って」
聞かれていることがイマイチよくわからない。
俺の返答は特に期待していなかったのか、そいつは構わず続けた。
「元々は全然別のところにいたのに、今は同じ魂を共有していて・・・けれど大人になったら表と裏に別れてしまう。君をたたき台にして、僕だけが・・・敬われて、君はずっと影のまま・・・寂しいよね・・・」
スンスンと鼻を鳴らしている。
泣いてんのか・・・おまえ・・・?
「だから、俺のことはいいって言ってるだろう?」
「けど・・・!」
「ばーか、泣くなよ」
側に置いてあったティッシュの箱を掴んで、レティーアに投げてよこす。
「俺もおまえに期待してるんだからな!」
何だかこっちがいづらくなるじゃねーか。
俺なんかに気ぃ遣うなって。
おまえ、ボスだろ?もっと堂々としてればいいんだよ。
「俺、ちょっと運動してくるぜ。おまえは休んでな」
今はそっとしといてやった方がいいかな。
俺はそう思って、部屋を出、修行場の方へと足を向けた。
(僕たちって、何なんだろうね・・・)
あいつの言葉が、何故か耳について離れない。
本当に・・・考えたこともなかったけど・・・。
何なんだろうな・・・俺達って。
どうして、二人も、必要なんだ・・・?
一人では足りない何かが、あるのか・・・?
今、得体の知れない不安があった。
継承の儀式を目前に控えて。
Sync #3
今日はめでたく継承の儀式。
主役のレティーアは、今頃、その準備に慌てていることだろう。
俺に出番はない。
出席する資格もない。
ルツの裏の顔となるべき俺が、そんな目立つ場所にいられる訳ない。
できれば、俺もあいつを、祝福してやりたかったけど・・。
長様やロイヤルガード達が、儀式の準備に忙しくしている中、俺だけぼけーっとしてるのも気が引けて、かといって手伝わせてもらえる訳もなし・・・。
お祝いムードの奥の院に俺の居場所はなく、結局、俺はまた闇の中。
・・・こんなもんなのかな、生きるってことは。
ぼんやりとそんなことを考えながら、俺はクレーターの底から曇天を滑空するアウルデゾリアを眺めていた。
その時だ。
ゆったりと規則的に円を描いていたアウルデゾリアが、突然軌道を変え、俺の視界から逃げるように飛び去る。
直後、雲が渦を巻いた。
その回転はじわじわと速くなっている。
竜巻・・?
そんな馬鹿な。この季節に。
唖然とする俺の目の前で、ついに回転する雲の中心に目ができた。
途端、強烈な閃光が目を焼く。
「わっ!?」
あまりの輝度に、俺はまぶたをきつくつむり、同時にただ事ではない異変に対し、反射的に近くの岩場の影に転がりこんだ。
つむったまぶたも透かす強烈な輝き。
それが収まるのを待ち、俺はゆっくりと目を開けた。
何なんだよ、一体・・・?
しかし、俺が状況を把握するよりも早く、事態はさらにややこしいことになっているらしい。
『それ』が、目の前にいたんだから。
「!?」
開いた口がふさがらないってのはこういうことを言うんだろうな。
我ながら、間抜けな顔をしてたんじゃないか?
でも驚いたのはこの後だ。
『それ』が俺に話しかけてきたんだから。
「おまえが、『ラプラス』で、間違いありませんね・・・?」
「そ・・・そうだけど・・・何なんだよ・・・」
俺は少しだけ落ちつきを取り戻しつつ、改めて『それ』を見た。
ゆらめく黄金の髪。
どこか焦点の定まらない、緑色の目が印象的だった。
人のようにも見えるけど、人じゃない。
背中からは、翼のようにも見えるけど、大きな爪のようにも見える硬質の物体が生えている。
全身に炎のようにも見えるけど、何かのオーラのようにも見えるこれまた黄金色のもやもやを纏って。
色々観察してみたが、結局何が何だか俺にはさっぱりだった。
「おまえ、・・・何なんだ」
『それ』は、空中に腕と足を組んだ姿勢で座っていて、こちらを婉然と見おろしている。
「おまえ達が『光』と呼ぶ存在・・とだけ、言っておきますわ」
ますます訳わかんねー・・・。
おまけに・・何か、ヤバそーな雰囲気。
ここはやっぱり、三十八計逃ぐるに如かずってやつか・・?
「恐れることはありませんよ・・おまえに、おまえ本来の任務をこなしてもらおうと思っているだけ・・・」
・・・ふん、やるじゃねぇか、心ん中もお見通しってわけか。
俺はイヤミったらしく舌打ちをして、『それ』を見据えた。
『それ』が最後に言った言葉が気に入らなかったから。
そんなくどくど言われなくたって、こっちにはそういう生き方しか残されちゃいないってのに。
少なくともこんな怪物に、どうこう言われる筋合いは全くない。
「ちっ、どいつもこいつも任務任務って。言われなくたってなぁ・・!」
俺はまだまだ言い足りないところだったが、『それ』が口を挟んで俺の抗議を中断した。
「おまえ、わたくしの為に働いてくれますね?」
「は・・・働く・・・?」
俺はオウム返しに問い返すだけ。
『それ』は満足気に笑みを浮かべて、ゆっくりと頷く。
もったいぶった口振り。
計算し尽くされ、演出が効きすぎたしゃべり方は、俺が苛立つ程だった。
「わたくしに刃向かう愚かな存在があります・・・おまえたちが『闇』と呼ぶ存在ですよ・・・」
「『ダークファルス』かい?」
これぐらいなら俺だってわかるぜ?
性懲りもなく破壊の限りを尽くしては倒される。
行動原理は不明なまんまだが、ま、あんまりありがたい存在じゃあない。
「まぁ・・当たらずといえど遠からず・・という所でしょうか」
「もったいぶりやがって。ははん、読めてきたぜ。『闇』と戦争しようってんで、その人員確保って訳だろう。生憎さま、頼む相手を間違えてるぜ!」
その戦争は俺の関わるべき事じゃない。
正式に『五代様』が動くべき事だ。
「まずは『表』にナシつけて来な。俺の行動が決まるのは、それからだ」
「必要ありません・・・知らないのですか?貴方達二人の使命は本来全く別物であったことを・・・」
「何・・?」
俺と、あいつの任務が全く別・・・?
いや、そんな話は聞いていない。
「そうですか・・・それも忘れてしまったのですね・・・。まあいいでしょう。では改めて伝えます。おまえは闇へ降りなさい・・・そして真に強き者を、おまえ自身が選び出してやるのです」
「・・・言ってることが・・・よく、わからねぇ・・・」
嘘。
本当はわかってる。
闇へ降りた俺が悪事をはたらけば、いずれ真に強い者が俺を倒しに来る。
見事成功した奴が・・・合格ってわけだ。
その合格者を導くのが『表』。
試験官が『裏』。
そうか・・・二人いるのはこれが理由だ・・・。
『裏』は早期に倒れる運命にあるからだ。
いきなりダークファルス相手では荷が重すぎる。
だから最初は・・・人間が相手。
人間をモルモットに・・・人間を、試す・・・。
人間をザルに・・・人間を、ふるいにかける・・・。
命を犠牲に・・・命を・・・救う・・・。
救う・・・??
「・・っざけんな、てめぇ!!!」
頭にきた。
本気で頭にきた。
「痛ぇ目見ねぇと、わかんねぇらしいな!人の痛みが、苦しみが!!」
後から冷静になって考えれば、かなり無謀だったと思う。
相手の正体すら知らずに飛びかかっていったって勝てっこない。
おまけに今、相棒はいない。
俺達は戦闘における役割がくっきりと別れていた。
こればっかりは向き不向きがあるから仕方がない。
つまり、あいつが防御で、俺が攻撃。
二人揃えば完璧に近い戦いを展開できる。
あいつが鉄壁の防衛陣で敵の攻撃を防ぎ、そして俺の広域破壊魔導で一気に片を付ける。
けれど、今、俺を守ってくれる者はいない。
いいように痛めつけられつつも、俺が必死の思いで繰り出した攻撃すら、『それ』にとっては毛ほどの苦痛も伴わぬ貧相な攻撃なのだ。
しかし戦いは長引いた。
遊ばれている・・・!
腑が煮えくり返る思いで、俺は地面に膝を折ったまま、『それ』を見上げる。
イヤミの一つも言ってやろうと思ったが、喉の奥からは血の泡を吐くばかりで言葉は出なかった。
「・・・遊んでいた訳ではないのです」
『それ』は相変わらず婉然と微笑んでこちらを見ている。
「あなたの能力を試させてもらったのですよ。薄皮一枚とはいえ、わたくしに傷をつけるとは立派です。人間相手ならば跡形も残さず消し飛ばしていたことでしょう・・・ごめんなさいね、酷く傷つけてしまって。けれど理解して下さい・・・これも、わたくしの愛しい子供達のため・・・」
優しい目だった。
言っている言葉も・・・嘘じゃない。
・・・わかんねぇよ・・。
愛しいものを守るって・・他に・・・他に、方法があるだろう・・・?
こんな方法しかないのかよ・・・。
『悲しいけれど、仕方ないのです・・・。大きな戦争は犠牲者を増やすばかり』
薄れていく意識の中、『それ』の声が遠い所から聞こえる。
ああ、この声だ・・・いつも俺を呼んでいた、懐かしい声・・・。
早く大きくおなり・・・って、いつもそう言っていた・・・。
なあ、笑わないで聞いてくれるかい?
俺、昔、その声聞こえるたびに思ってた。
・・・お母さん・・・、て。
Sync #4
なぜその時、それを持ち出そうとしたのかはわからない。
けれども、僕はどうしてもそれを持って儀式に臨みたかった。
ずっと昔、スレイに貰った綺麗な水晶玉。
凍えるような冷たい泉の水で、僕は身体を清め、洗い立ての白い法衣を纏い、隠し持って来たその水晶玉を、右袖の袂にしまった。
今日はいよいよ継承の儀式。
とはいえ、特別なことはもうない。
能力と記憶は既に継承済。
いわば、一人前になったということを、皆の前で発表する日だ。
このときから、僕には新たな使命・・エスパー達を良い方向へ導き、守護するという責務が課せられる。
そして、もう一つ。
僕が一人前になったから、相棒はいらない。
スレイは今日、この日を以て五代目を継承する資格を失い、代わりに五代目の影として、裏の顔としての使命を背負うことになる。
・・・違うよね、スレイ。
表も裏も、光も影も関係ない・・僕たちはずっと友達だよね?
扉をノックする音が聞こえた。
ああ、そろそろ時間だ。
長様が呼びに来たんだろう。
「準備は、できましたか?」
「はい、長様」
「結構。では、参りましょう」
「・・・はい」
スレイはどこにいるんだろう?
そういえば、今日は朝から姿を見ない・・・。
いづらくなって、またあそこに行ってるのかな。
後で迎えに行ってあげないと。
だって、僕が迎えに行かないと、君は絶対戻ってこないから。
そして、儀式は密やかに始まった。
ここに立ち会えるのはごく限られた人間だけ。
長様が一本の杖を、僕に向かって差し出す。
サイコウォンド。
歴代ルツの右手には常にこの杖があったという。
でも、今ここにあるのはレプリカ。
本物は、僕が昔、スレイにあげちゃった。
そんなレプリカを作る程のものじゃないと僕は思うけど、これが形式になっているからと、長様がわざわざ用意した。
どうしてなのかな、エスパー、特に古い世代は形式にこだわるんだよね。
そして、僕がそのレプリカを手にした時。
本当に唐突だった。
『それ』は現れたんだ。
強烈な光芒を伴って。
「わっ!?」
あんまりにまぶしくて、目が痛いほど。
それが収まってから、そっと瞼を開けると、見たこともない不思議な生き物・・・ううん、生き物と形容できるものなのかどうかもわからない。
けど、僕には『それ』の異様な容姿よりも何よりも目を引くものがあった。
スレイだ。
『それ』はスレイを連れていた。
連れてるっていうより、捕まえてるっていう雰囲気だった。
一種の結界・・・みたいな中に、スレイはいた。
膝を抱えて座り込んで、焦点の定まらない視線が宙を泳いでいる・・・。
こいつはスレイに何か悪さをしたんだ。
直感で僕はそう決めた。
自慢じゃないけど、僕の直感は、外れたことがないんだから。
「スレイを返せ!!」
僕は、僕の直感に従って、『それ』に喰ってかかった。
『それ』は憎らしくも、余裕気に笑みを浮かべて答える。
「返せですって?ふふっ、元々貴方のものでもないでしょうに、おかしなことを言うものですね。この子はわたくしのもの。わたくしが、貴方達から返してもらうのです・・・」
「よくもいけしゃあしゃあと・・・!」
「本当のことです・・・。代を経るにつれ不抜けてゆく『護り人』たち・・・人が背負いし最も大きな罪、『忘却』によって・・・。やむなくわたくしは、その第一世代と同じ能力を有するものを新たにふたつ、創りました・・・ひとつはこの子をデゾリスに。もうひとつは・・・まだ小さな存在ですが、その子はモタビアに。ふたつのうち、優れている片方を、選び出してもらおうと思うのです・・・」
「優れた・・・一方??そんなの、どうやって決め」
言いかけて僕は息を飲んだ。
そんな・・・まさか。
「単純かつ明瞭な方法です。戦ってもらいます。そう・・・その子は今『ルディ』という名を与えられ、一人でもたくましく生きています。ふふ、少しわたくしに似せて創ったんですよ。そしておまえはモタビアにいるその子を導き、デゾリスのこの子と勝負させてみて下さい」
「スレイは優しいから・・・僕がいたら絶対に全力出せないよ・・・」
「この子は一旦闇へ降ります。貴方のことも忘れる。人間の情も忘れる。『忘却』だけは意識しても防ぐことができませんから・・・」
「闇へ降ったスレイが、その『ルディ』を倒したらどうする気?」
「その時はわたくしの制作段階でのミスですね。作り直しましょう」
「戦争に間に合わなかったら?」
「その時は、わたくし自身が赴くまで・・・。けれどそれでは戦争を余計に大規模なものにしてしまう・・・多くの命が失われてしまう・・・。愚かな『護り人』たち、けれども、だからこそわたくしは彼らが愛しいのです。愛しいわたくしの子供達が多く失われるのはいやなのです・・・」
「スレイが死ぬのはどうでも良くて、大勢が死ぬのは嫌だと?」
「数百万の破滅よりも、ひとつの悲劇で済むのなら、致し方ないでしょう」
『それ』の言うことはもっともだ。
言っていることも決して間違ってない。
本当に人間を愛しているからこそ、最低限の犠牲で戦争が終わるように願う気持ちも本物だ。
僕もそうなったらいいと思う。
けれど、ただひとつ、許せなかった。
スレイが、その『ルディ』とかいうもう一人の子の、たたき台にされるのが。
「賢しい口をたたくなっ!!」
右手に握った役にも立たないレプリカのサイコウォンド。
その尖った先端を地面にガツンと突き立ててそれを捨て置く。
多分、勝てない。
僕は防衛陣を敷くのは得意だけど、破壊力の方はスレイに頼ってた。
しかし今、スレイは戦えない。
持久戦に持ち込んでも、どう見たって僕の方が息切れを起こすに決まってる。
でも勝敗なんて関係ない。
このまま大人しく言いなりになるくらいなら殺される方がましだ。
そう・・・スレイを殺す手伝いをするぐらいなら、彼を助ける真似事をして殺される方がずっと。
相手が何物かも関係なかった、僕にとっては。
でも、僕以外のみんなには、それがとても重要なことだったんだ。
防衛陣を敷き、臨戦体制に入ろうとした僕を、長様が止めた。
長様だけじゃない。
ロイヤルガード達もみんな。
僕以外のみんなが、僕を止めた。
「おやめなさい!『光』に刃向かうことがどれほど罪深いことか、おわかりでしょう!」
言われなくてもわかってるよ・・・。
『光』の力を信奉するエスパーとしては今の僕の行為は許しがたいだろう。
僕だって信じてるよ。
その力が圧倒的だってことを信じてるから、戦うんじゃないか。
闇へ降った者が、『光』に勝てることはないんだ。
今、ここで何とかしないと、スレイはこのまま・・・。
絶対許さない。
一人だって戦うよ、僕は。
誰も手伝ってはくれない。
誰もが僕を阻もうとする。
周囲のロイヤルガード達と、目の前の『光』。
その二者を同時に相手にするのは、辛かった。
ロイヤルガードの隙間を縫うようにして、やっとの思いで繰り出した攻撃も、『光』には効いていないみたい。
強いよ・・・やっぱり・・・!
どうしてこんな奴が・・・!
あれ?
そうだ、どうしてこんな奴が??
今まで約2000年間、何度か大きな戦争があったのに。
どうして今になって?
どうして今だけ?
どうして今だけ『光』が直にコンタクトを取ってくるんだ・・・?
『導』は別に僕でなくてもできることのに・・?
スレイが近くにいるから??
ううん、だったらなおさら僕じゃまずいよ。
近くにいるからこそ逆らうんだから。
僕でなければならない理由・・・他の人にない、僕だけの・・・。
つまり、『五代目』だから??
でも初代から四代目まで、こんなことは一度もなかったのに。
どうして僕だけ・・?
もしかして・・・何かが原因で、『光』は、先代までコンタクトを取れなかったとは、考えられない?
原因・・・つまり、先代までにあったけど、僕らにはないものだ。
先代まで存在していたけれど、僕らが初めて失った・・・代々受け継がれてきたもの・・・。
・・・そうか、あれだ!
『サイコウォンド』だ。
てっきりタダの飾りものとばかり思っていたけど、違うんだ。
きっと二度も戦争に巻き込まれた初代が、魔導という特殊な力を持つ僕たちを、『光』の過干渉から避けるために、後々に遺したもの・・・。
それを失って、『光』に深く立ち入られることになった・・・。
つまり、それさえ取り戻せば・・・何とかなる!?
でもあれは・・・。
「スレイっ!!」
あらん限りの肉声を張り上げて、僕はスレイを呼ぶ。
あの杖の行方を思い出してもらわなきゃ。
「スレイ!!教えて、あの杖をどこへやったの!?」
必死に呼ぶけど、スレイは答えてくれない。
聴覚がダメなら・・・!
僕たちエスパーのお家芸、テレパスで、直にスレイの感覚神経に干渉を試みるけど、それすら何かに遮断されている。
そんなばかな。
テレパスが通じないなんて、神経網の異常以外に考えられない・・・。
「そうです。この子の神経を一時的に麻痺させています」
逆に僕の思考回路は敵に筒抜けなのか、『光』がいかにも自慢げに答えてくれる。
「簡単に言ってくれるよね!」
「そう、サイコウォンド・・・あれは、あらゆる人外の存在を払う物。人外の存在を呼
び込む『エルシディオン』といわば対をなしてあなた方に受け継がれていますね。けれどサイコウォンドはここにはなく、他方『エルシディオン』はここにあります・・・」
ああそうだ。
人外の存在である『光』にとって、この状況はあまりにも美味しい。
だから、現れたんだ。
つまり・・・。
サイコウォンドを取り戻すか・・・エルシディオンを破壊するか・・・二つに一つ!!
それ以外に、勝利への可能性はない。
数瞬の躊躇ののち、僕は、決断した。
「僕は・・・」
Sync #5
エルシディオンの破壊。
サイコウォンドの探索。
僕は必死に心を落ち着かせながら、二つの選択肢を検証する。
前者、エルシディオンの破壊は下手をすれば自分で自分の首を絞めることになるかもしれない。
未だ姿を見せない『闇』を討つのに必要なものだから。
しかし、後者、サイコウォンドの行方は不確実だ。
唯一の手がかりを握るスレイは今あらゆる感覚を失っている。
万が一、彼の回復に成功したとしても、僕のことを憶えていないスレイ。
僕が渡したサイコウォンドだって忘れてしまっているだろうな・・・。
だったら僕は確実性に賭けよう。
取るべき行動は決まった。
「僕は・・・『エルシディオン』を、破壊する!」
歴史に『もしも』は通用しないけれど・・・。
このとき、もしも僕が逆の選択をしていたら、歴史は大きく変わっていたことだろう。
エルシディオンはここよりさらに奥。
丁度、目の前の『光』、そしてロイヤルガード達の、その真後ろの位置にあった。
僕にとっては、完全に行く手を塞がれた格好だ。
「な・・・何ですと!?」
僕のやろうとしていることを知って、長様が顔色を変える。
当然だろうな。
僕たちにとって、それはまさしく伝家の宝刀。
それを壊そうって言うんだから、猛反対を受ける。
でも僕は聞かなかった。
これだけは絶対に譲れない。
行く手を塞がれたなら、それを破るまで。
「みんな引いて!!いくら僕の破壊力が弱いからって、みんなを怪我させるぐらいはできるよ!」
前へ突き出した掌底に、威嚇の意味を込めて、数発のフレエリを生み出す。
でも、僕に譲れないものがあるように、みんなにも譲れないものはある。
それが僕はスレイの生命であって、みんなにはエルシディオンの生命だっただけだ。
だから、誰かがこう言って僕を罵ったことを、恨むつもりはないよ。
「異端だ!!」
異端。
『光』を信奉するエスパー達にとっての、異端とはつまり、『闇』を信奉すること。
最も忌まれる存在にして、この世に存在することすら許されない。
誤解しないでね。
僕は決して『闇』を信じたんじゃない。
僕は『光』のやろうとしていることに賛同しなかっただけ。
「ちがうよ!僕はスレイを助けたいだけ。みんなは構わないの!?スレイが死んでしまっても、『闇』へ降って二度と戻って来れなくなっても!?」
僕は必死に訴えるけど、もうみんなにはそんなことはどうでもいいみたい。
僕が異端者なのかどうかで頭の中はいっぱいだ。
一人の叫びは小さな細波のように、ざわざわと周囲に広がってゆく。
ついさっきまで頭を垂れていたロイヤルガードが、今は僕を猜疑心に満ちた目で見つめている。
「裁判が必要ですな」
異端かそうでないのかを見極める裁判を開く必要があると、長様がその場をとりまとめるかのように言う。
「ええ、構いません。でも今だけは邪魔しないで!」
ほんの威嚇のつもりだった。
右の掌底に生み出したフレエリの数発を、威嚇の意味で打ち込んだだけだった。
しかし、その瞬間、確かに、第三者の魔力が割って入った。
「!?」
まずい・・・!
解っていたけど、もう遅かった。
僕の、あまり強くないはずのフレエリは、その時、赤黒く輝く光の刃となって前方の空間を地面から天井へと一閃した。
凄惨なまでの破壊力。
その光の刃が寸断した軌跡の上に存在した全て・・いや、唯一、『光』だけはその強力無比な防衛陣で一撃を弾いたけれど、それ以外は人だろうと物だろうとお構いなしに切り裂いた。
「何・・・??何が起きたの・・・?」
僕には何が起きたのか見当がつかなかった。
唯一、僕以外の何かが、こんな無茶をしたことだけは理解できた。
「みんな・・・」
今の一撃でロイヤルガードは半数に減った。
当然のことだけど、みんなの、僕を見る目が、更に厳しくなった。
ちがうよ・・。
こんな・・・こんなつもりじゃ・・・。
そう思って、思ったことを口に出そうとしているけど、歯がかち合うだけで言葉にならない。
異端。
『闇』の力。
敵。
僕にはさっぱりわからない言葉を、みんなは口々に僕へとぶつける。
僕は・・・スレイに死んでほしくなくて・・助けたくて・・・。
ただそれだけ・・・。
誰かを傷つけたいんじゃないのに・・・。
「この子を助けたいのではなくて?」
『光』が余裕気にはなしかけてくる。
さっきから一度も、『光』は攻撃して来ない。
ただその場の成りゆきを見つめているだけだった。
「今の攻撃はかなりのものでしたね。わたくしも一瞬判断が遅れれば今どうなっていたでしょう・・」
「・・・僕がやったんじゃない」
「ふふ、おかしなことを言いますね。確かに貴方の攻撃なのに?」
「きっかけは僕だ。でも・・・あんな、つもりじゃなかっ」
それ以上言葉が続かなかった。
動転していた僕の隙をつくかのように、ロイヤルガードが一斉に攻撃してくる。
強烈なGがかかり、僕は膝をついた。
「くっ!」
体中の骨格が軋む。
内臓が縮められて、強烈な嘔吐感が襲う。
ごく基本的なテクニック・グラブトも、こうも厳しいと冗談じゃなく圧殺されかねない。
「やめて!!」
反射的にテクニックを弾くバリアを張る。
再びだった。
また、第三者の魔力が割ってはいる。
さっきのと同じ、力。
まただ・・・。
僕じゃない、目に見えない何かが・・・。
何・・・?
一体何なんだ・・・?
落ち着け、焦るな・・・。
そうだ、この感じは・・・追けられてる!?
背後に何かの存在を僕は直感で感じとる。
けれど現実はそれどころじゃない惨事に襲われていた。
僕の張ったバリアが膨れ上がり、近くにいた者から順番に弾き飛ばした。
弾くなんて生温いものじゃなかった。
激しい衝撃に肉体は千々に砕かれ、見る影もない。
「!!」
こんな・・・。
こんなことって・・!
もうみんなを止めるだけの説得力を、僕は微塵も持っていなかった。
みんなはますます怒って、僕を殺そうとする。
僕は耐えるだけ。
また何か僕が魔導を使えば、同じことが起こらないとも限らない。
「僕じゃない・・!何かが・・追けてきてるんだよ・・・すぐそこに!」
必死にそんな内容をみんなに話すけど、聞いてはくれない。
更に激しい攻撃が襲いかかってくる。
あらゆるテクニック・マジックを僕は一身に受けるしかなかった。
魔導を使わない魔導士なんて、でくの坊に等しい。
訓練用の的よろしく、僕は焼かれ、切り裂かれ、砕かれた。
とどめとばかりに、フレエリの雨が降ってくる。
僕には、腕を交差させて頭部を庇うしかできなかった。
降り注ぐ炎の雨は、容赦なく僕の右腕を焼き、着弾の衝撃で僕の身体は大きく左へと傾ぐ。
既に朦朧とする意識の中、反射的に反対側の足を踏み出して、転倒する寸前で踏ん張った。
けれど、ただ倒れなかっただけ。
焼けただれて脆くなった右腕が、自重に耐えきれず、肘からちぎれて床に落ちた。
一緒に、袂の中にしまっていた、あの綺麗な赤い水晶玉も床に落ちて転がった。
いやだ・・。
何を失っても・・・あれだけは・・・。
命よりも大切な・・・僕の、宝物・・・。
落としてしまった水晶玉を拾いたくて、一歩踏み出す。
けど、2歩目が続かない。
立ってバランスを保つこともできずに、ぐらりと身体が傾いだのがわかった。
もう踏ん張る力も出ない。
ああ、スレイ、ごめんね・・。
僕のやったことは間違ってたのかな・・・僕は誰一人救えなくて、たくさんの人を傷つけただけだったよ・・・。
教えてよ、スレイ・・・。
僕は、間違っていたの・・・?
ずっと遠くで、願った人の声が聞こえた気がした。
レティーア・・・と。
悲鳴に近い声が・・・。
悪い夢だと思いたかった。
あいつが今まさに殺されようとしていた。
助けてやろうとしたんだ。
でも『光』はやめておけと言う。
友達は裏切るものなのだと。
『光』にも生まれた頃には、たくさんの友がいた。
皆とても仲良く幸せだった。
しかし一つ、また一つと争い、裏切り、そして消えていった。
今ではあんなにいた友も、『闇』ひとつだけ。
『光』が俺に言い残した言葉が、俺の心には、壮絶なまでの孤独を伴って伝わった。
こんな悲しい思いをするくらいなら、初めから一人でいたかったと。
友達なんていらなかったと。
・・・泣くなよ・・・。
おまえのこと、憎めなくなるじゃねえか・・・。
「どうしても、お友達の所へ行きたいのですか?『裏』はおまえしかできないことですが、『表』は別にあの子でなくてもできることなのです、少し人より強い魔力さえあれば・・・」
「ちがう、そんなことじゃない、友達が死にそうなのに黙ってられるか?今のままじゃあいつ死んじまう・・・俺もあんたに随分やられたからどれほどの力も残ってねぇけど・・・今行かねぇと絶対後悔する。あんたの言うこと聞くよ、俺は闇へ降ってあいつが俺を殺しに来るのを待つ。だから行かせてくれよ!」
「きっと、辛い思いをしますよ」
「構わねぇよ」
「そうですか・・・ならば止めはしません。お行きなさい。そして、大切な友達を救ってあげなさい・・・」
そして、俺を残して『光』は去った。
去り際の寂しげな声は、俺の耳にいつまでも残り、なかなか忘れることができなかったけれども・・・。
おまえ、ほんとは・・・『闇』とは戦いたくないんじゃないか・・?
だって、最後に残った、ただ一人きりの友達なんだろう・・・?
なあ・・・戦わずにすむ方法って、どこかにねぇのかな・・・。
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