It Had To Be You
スタジオの入り口に立ったその人は、口元だけで笑った。
「送ってやりたいんだけどな」
彼はいつも無表情に近いから、急に笑われるとすごく困る。嬉しいような、照れくさいような、どうしたらいいのかわからないカンジ。只でさえ年上の彼に、どう対応していいのかがわからないというのに。微かにとはいえ、急に笑われると本当に困る。
外は随分と暗くなっていたから、彼がそう言ってくれたのだとはわかっている。でも、自分は男だし、家に帰るのに時間もかからないから気にしなくていいのに、とも思った。
「へ?、あ、気にしないで下さい」
浮かんでいる笑みに動揺しながら答えたのに、彼は笑みを顔全体に拡げた。整った顔立ちに浮かんだ笑みは、苦笑いに近かったけれど。
「オレ、お前のお姉さん、苦手なんだ」
ベースを抱えたまま石田ヤマトが言った言葉に、本宮大輔は頬を赤らめる。これまでの、自分の姉のミーハー加減によって引き起こされた数々の『迷惑』を思い出してしまった為だ。わが姉ながらなんて恥ずかしいヤツ、と大輔は常に思う。……弟の自分では勝てないけど。
「ごめんな」
送るどころか、一緒にも帰れないと言って、不思議な色に輝く目で真っ直ぐに大輔を見て謝ってくれるヤマトを、大輔はカッコイイ人だよなぁと思う。出会った頃は、ものすごく苦手なタイプの人だったのに。一緒に太一先輩がいなかったら話しかけたりしなかったと思う。だいたい、第一印象が最悪に近かったタケルの、兄貴だし。……表情があんまし無くて、怖かったし。あっ、兄弟のことでもめた所為でもあるけど。
でも、今は。ヤマトの無表情さが、結構心配性でお人好しで押しにも弱いという彼の内面を誤魔化すためのモノだと知っている。だから余計に、時折浮かべる笑顔がなんだか『特別』っぽくて、困るのだ。……照れくさい。
「せっかく手伝ってくれたんだから、メシでも奢ろうかと思ったんだけどな」
バンド練習に伴う楽器等の機材運びを手伝った大輔に、ヤマトはお礼をしてくれるつもりだったようだ。しかし、バンドの音づくりで少々もめた為、この後も練習を続ける事になったので、大輔は先に帰ることにしたのだ。それを謝ってくるヤマトの気持ちが、大輔にはなんだか後ろめたい。純粋に『手伝った』ワケじゃない。ヤマトに会えるならという気分が99パーセント、残りはなんとなくヒマだったから、だし。学校も違う年上の彼に会う機会は、ホントに少ないのだ。大輔の方が、ヤマトのスケジュールに合わせないと、何日経とうが会えない。
「ホント、気にしないで下さい。おれが、勝手にやってることだし」
後ろめたい気分を引きずったから、大輔はヤマトを見ていられなくなって俯いた。偶の機会なんだからもっと話をしたいとは思っても、何の話をすればいいのかもわからない。ただ、ヤマトの姿を見て、振ってくれた話に相づちをうつだけ。……情けない話だ、と大輔は思う。こんな自分の、ドコを彼は気に入ってくれたんだろう。
俯いたまま、それじゃあと別れの挨拶をしようとした大輔の頭を、ヤマトはクシャリと撫でる。ベースをやっている所為か、ヤマトの指は細くて長いけれど、骨っぽい硬さがある。その指が、大輔の硬い髪を撫でた。
「オレが、気になるんだよ。……まあ、今度メシは奢ってやるから」
何が気になるとは言わずに、ヤマトは大輔の頭をもう一度かき回す。少し乱暴なそれに、大輔は戸惑ったけれど口にしたのは制止の言葉だ。
「止めて下さいよ!、ヤマトさん!。おれ、これから電車に乗るんですけど」
頭を庇おうとヤマトの指から逃げる。触ってもらうのは好きだったから少し勿体ないとは思ったけど、頭をぐちゃぐちゃにされるにはイヤだよな、とも思う大輔だった。
少しだけ頬を赤くして大輔が顔を上げると、ヤマトは楽しそうな笑みを受かべている。その笑みのまま、素早く大輔の頭を引き寄せ、すぐにぽんと突き放して、これまでの笑顔の内でも一番鮮やかに笑った。
「また、電話する。気を付けて帰れよ。寄り道なんかせずに」
頬の赤みが顔全体に広がったように真っ赤になった大輔に対して、そう言い捨ててヤマトはスタジオの扉の向こうに消えてしまった。唖然として閉じた扉を暫く見つめた後、大輔はその場で暴れた。もちろん、中には聞こえない程度に押さえているけれど。
一瞬だけ柔らかく触れられた唇を、嬉しいのか、照れくさいのか、……悔しいのか、とにかくどうしたらいいのかわからなくて、掌で隠しながら。今、自分の顔が茹でダコよりも遥かに赤くなっていることを充分に自覚していた。やはり、年上の彼にどう対応していいのかがわからない。急にあんな事(そりゃあ、ヤマトさんには大したことじゃ無いんだろうけどさ、おれとっては大したことなんだ!)をされれば、尚更だ。
ヤマトさんはカッコイイけどズルイ!。誰よりもそう思う大輔だった。
END
誕生日プレゼントに天羽誠様から頂いたヤマ大小説です。
ヤマトさん格好良過ぎです〜〜(>▽<)
誠ちゃんありがとう〜〜〜(大歓喜)