「あっ」

 見られた方と見た方の、最初の叫びは極々普通だった。

 屋上で寝転がって呑気に空を眺めていた大輔が、唐突に横を向いた。

「なぁ」

「ナニ?」

 にっこり爽やか笑顔で大輔に返答をしたタケルの指を見て、大輔は顔を顰めた。すっきりとした指先が挟んで支えてる物体が、大輔には不快極まりないのだが。

「バレるぞ、ソレ」

「大丈夫、ちゃんとブレスケアするし」

 何の為に屋上に来てると思ってんの?、と笑う様に、大輔は世の中騙されてるよな、とつくづく思う。爽やかなツラして、受験生が煙草吸ってんじゃねぇよこんな所で!という大輔の内心の叫びは、叫ばれなくてもタケルには通じている。が、大輔の内心には頓着してないタケルには痛くも痒くもなかった。

 寝転がったまま嫌な顔をする大輔に、煙草を口にくわえたタケルの笑みは揺らがない。

「僕もストレス溜まるんだよ、受験生だし」

「……受験生が免罪符になると思うなよな、タケル」

「受験ない人に言われたくないけどね〜」

 プカリ、と吐き出された煙は、風上にいる大輔の方には流れてはこない。さりげなく、気を付けてくれているらしいタケルの態度に、大輔は感謝する前に溜め息が出そうだった。変なトコで変に気を回すクセに、嫌なトコではズケズケしてるヤツだよな、としみじみ思う。

「……丈さんにタレコミ……」

「大輔くん?、朝日拝めなくなっても良いのかな?」

 タケル唯一の弱点、を突こうとして、怖ろしい言葉と爽やかな笑顔(見た目だけ)を頂戴してしまった大輔はスミマセンもう言いませんと反対側に寝返りをうった。

 そんな大輔の態度に、タケルは煙を吐き出しながら声をかける。

「大輔くんは吸ったりしないの?」

「あ?、吸わねぇよ。味覚おかしくなるだろ」

 ごろりと再びタケルの方を向いた大輔の返答に、タケルは笑った。『ラーメン屋』という将来を見据えているらしい大輔の迷いの無さは、少し羨ましいとタケルは思う。望む未来(さき)は決まっていても、迷いがない訳ではないタケルにしてみれば。大輔の真っ直ぐさはある意味、羨望だった。自分に無理だとわかっているからこそ。

「あれ、でも兄さん吸ってるけど。間接的には、喫煙してるのと変わらないんじゃないの」

 だから、こんな風にからかうような言葉を大輔に投げるタケルに、大輔はキョトンとした顔をした。

「ヤマトさんが吸ってるからって、おれには関係ないだろ?」

「側にいれば、煙吸うでしょ」

「おれといる時は吸わせねぇし」

 あっさりと返ってきた大輔の言葉に、タケルは思わずポロリと煙草を落としてしまった。屋上に転がる煙草に大輔が焦って起き上がり、火を消そうと手を伸ばすのを他人事のように眺めて、タケルは口の端を少しだけ上げると言った。

「兄さん、大輔くんにベタ惚れだね」

「ウルセェッ!。お前だって、丈さんにベタ惚れだろうがッ!。怒られるのわかってるから、吸ってんの隠してんだろ、おまえッ!」

 摘んだ煙草を忌々しげに消した大輔の、赤い顔での叫びに、タケルは曖昧に笑って見せた。その通り、と思った事を正直に言うつもりなんて、タケルには更々ないのだ。

「否定しないんだね、大輔くん?」

 話題をねじ曲げて、人の悪い笑みを浮かべて大輔を見やれば。タケルに向かって吸い殻を放った大輔は、再び寝転がって反対側を向いてしまった。ふてくされたらしい背中に、タケルは小さく笑って投げられた吸い殻を携帯用灰皿に落とした。一見優等生だから、余程のことがない限り先生に荷物を調べられることのないタケルは、実は煙草もライターも灰皿も身につけていた。手荷物検査、等がある日は、ちゃんと別に隠すようにしているので未だ見付かったことは皆無だ。その影に、神懸かり的に勘の良い少女からの情報があるのだが。

 煙草をもう一本吸う気にもならなくて、タケルは大輔と同じように屋上に寝転がった。見上げる空は高く、秋特有の雲が広がっている。ぼんやりと上を見つめるタケルの耳に酷く小さな大輔の声が届いたのは、タケルが起き上がろうかどうしようかと考え始めた時だった。

「何でもイイから、話してやれよ、……丈さんには」

 あぁ、心配してくれてたんだ、とタケルは言われて初めて気付いた。そうして、大輔もきっと自分の兄が何も話さなくて心配したり不安になったりしたことがあるんだろうな、と考えて。

「そうだね……。まぁ、ひとまず、お願いがあるんだけど、大輔くん」

「ナニ」

「煙草の件は内密って事で。丈さんに心配かけたくないしね」

「……だったら、話せ」

 不機嫌そうな大輔の声に、タケルは笑った。笑って、善処するよと返事を返して。

「兄さんにも言っておくからさ」

 その言葉に対する、大輔からの返事は戻ってこなかった。多分照れているんだろう大輔の内心を考慮して、タケルはそれ以上何も言わずに。黙って起き上がって、再び煙草に火をつけると、高い秋空に煙を吐き出した。

 




またしても天羽誠しゃまから、誕生日プレゼント文を頂いてしまいました(^▽^)
誠しゃん!本当にありがちょーー(>▽<)
うわー!煙草!!
素敵アイテム煙草!!
嫌いだけど好きっス〜〜!!(どっちヨ)


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