素直にならなくちゃ。


 チリンチリンと自転車のベルの音が、左後方から聞こえて、光子郎は顔を上げる事なく、目線を本に落としたまま、歩道の端に寄った。
「何読んでんだよ」
 いきなりかけられたその声に驚いて、光子郎は目線を手元の本から、声のした方へと向けると、そこには自転車に跨がった太一が居た。
「太一さん」
「なぁ、何読んでんだよ」
 光子郎は手に持っていた本を掲げて見せた。
「しかばね……おに?」
「屍鬼です。しき」
「『屍鬼』?」
「はい」
 普段、パソコン関連の本しか読まない光子郎が、そんなホラーだかミステリだかわからないタイトルの本を読んでいることに、太一は疑問を感じた。
「珍しいな、光子郎がそんな本読んでるなんて…なんかイメージと合わねぇ」
 光子郎はそれに、小さく笑って答えた。
「僕だって、そう思いますよ」
「?」
 そう言って、再び歩き出した光子郎に、太一は自転車を降り、押して歩調を合わせた。
「国語の片岸先生が、何でも良いから本を読んで、感想文を書いてこいって言ったので…」
「あぁ」
 そう言えば、自分も1年の時に出された宿題だったと、太一は思い出して苦笑いした。
「太一さんは、何を読んだんですか?」
「ん〜…ドラえもん、のび太の『ぼく桃太郎のなんなのさ』」
 確かに片岸先生は「漫画でも何でも良いから」とは言ったけれど。
 いかにも太一らしいと、光子郎はクスクス笑った。
「で、感想文書いたんですか?」
「まぁな〜。笑われたけどさ。 なんてゆーかさ、良く考えたら、ドラえもんってデジタルなモンスターじゃん?」
 だから、何となく…と、理由になっているのかいないのか、良くわからない言い訳をして、太一はハハハと笑った。
「…確かにそうですけどね」
 光子郎も、静かに笑みを浮かべた。

「ん〜、うあぁっ…」
 片手で自転車を押し乍ら、太一はもう片方の手を大きく上げて伸びをした。
 チラリと、隣で同じ速度で歩いている光子郎を見ると、光子郎は、再び目線を本に落としていた。
「な、光子郎…」
「はい…」
「面白いか?それ」
「はい…」
「怖いのか?」
「はい…」
「どっちなんだよ」
「はい…」
「…聞いてんのか?」
「はい…」
(そういえば…一つの事に熱中してると、周りが見えなくなるんだったな)
 太一は光子郎との会話を諦めて、ぼんやりと光子郎の横顔を見つめた。
 出逢った頃より随分と成長したなぁと、親戚が久しぶりに会った甥姪に言うような感想が、太一の胸中にふつふつと沸き上がる。
(綺麗な顔してるよな…)
 勝手にそう思って、勝手に照れてしまい、バツが悪くなって太一は光子郎から目線を外した。
 光子郎は、太一がそんな事を考えているとはつゆ知らず、本に熱中している。

 …………………

 何とか光子郎の目を本から離さなければ。静かにしていると、どうも光子郎に対して不埒な思いを抱いてしまいそうだ。
 太一は沈黙に耐えられなくなって、自転車に跨がった。
「光子郎、光子郎!!」
「ハ…ハイッ!何ですか?太一さん」
 大声で呼び掛けられて、やっと気がついた光子郎は、顔を上げた。
 太一は薄らと笑みを浮かべ「後ろ乗れよ。送っていってやる」と、光子郎を自転車の後ろへと促した。
「え!?そんな、良いですよ」
「良いから、乗れってば!」
 そうすれば、光子郎は本から目を離すだろう。そうすれば、いつも通りに話せるだろう。それに、光子郎の顔をまっすぐ見なくてすむから、先刻の様な邪な思いは抱かないだろうと、太一はそんな事を考えたのだった。
「じゃあ、…お言葉に甘えて」
 そんな、太一の突然の提案に流されて、光子郎は本を閉じて鞄の中になおすと、トンボに足を乗せた。
「しっかり掴まってろよ!」
「はいっ!!」
 肩にそっと置かれた光子郎の手を確認して、太一はゆっくりとペダルを踏んだ。



 シャコシャコとペダルを踏んではチキチキと車輪を回し、風を頬に受け乍ら自転車を進める太一は、後ろで自分の背中にひっついている光子郎を、必要以上に意識していた。
 顔を見なければ…と思って後ろに乗るように促したのに。
 ちょっとした段差や風でバランスが悪くなる度に、光子郎はぎゅっと抱きついてくる。
(……誤算だった…)
 まさか自分から乗れと言っておいて、降りろなんて言えるはずもなく、太一は黙々と帰路を急いだ。
(…嫌なワケじゃないんだよな……オレ、光子郎の事好きだし。
 …でもこのままだと、心臓が爆発しそうだ)

 一方、光子郎も同じように、太一の事を意識しまくっていた。
 言われるままに後ろに乗ったのだが、ちょっとした段差や風でバランスが悪くなる度に、太一に抱きつかざるを得ない状況になってしまう。自分よりも広い背中に、自分の胸が押し当たる度に、光子郎は自分の動悸が太一に聞こえてはいないかと顔を赤らめた。
(乗るんじゃなかった…)
 普段見る事の出来ない太一の旋毛さえもが愛おしく感じ、そんな事を考えてしまう自分が恥ずかしかった。
 この行き場の無い気持ちを、一体どうしたら良いのだろうか。
 早く着けと思い乍ら、逸る心臓を戒めた。
 
 
 光子郎のマンションの前に辿り着いて、自転車はキキッと音を立てて止まった。
「……………………」
「……………………」
 太一も光子郎も、早く着けと心で願っていながら、いざ着くと今度は勿体無い気持ちになってしまう。
「着いた」
「ありがとうございました、太一さん」
 ゆっくりと自転車から降りて、光子郎はぺこりと頭を下げた。
「うん」
 それじゃあと言って、踵を返した光子郎の腕を太一は思わず掴んでしまった。
「なんですか?」
「いや、その………」
 素直にもう少し一緒に居たいと言いたいのに、その言葉をなかなか口にする事が出来ずに、太一は赤くなって目を泳がせた。
「太一さん…?」
 同じように真っ赤になってしまった光子郎は、自分の腕を掴んでいる、その熱い掌が離れなければ良いのにと思った。

「いや……悪ぃ、引留めちゃって……。感想文、頑張れよ!」
「いいえ、それじゃあ」

 マンションの中へと入っていった光子郎を見送って、太一は自転車に跨がると、全速力で走った。思った事を口に出せない自分に対して、歯痒い気持ちになり、無性にイライラした。
「くっそーー!!も少し勇気出せっ!オレぇ〜〜」

 部屋に戻った光子郎は、ベッドに倒れ込むと大きく息を吐いた。
(……好きです………太一さん………)
 どうしても言えない言葉を飲み込んで、光子郎はぼんやりと虚空を見つめた。


 もう少し、勇気があれば…
 そしてもう少し、自分の気持ちに対して素直になれれば…







終わり





うわ、何コレ太光?なカンジになってしまいました。
相変わらず訳の分からない文章で申し訳ありません。
何のフォローも無いし(爆)
一応、二人ともそれぞれ自分は片思いしていると
思い込んでるとゆー設定で。(どんなだ)
わ〜〜かりにくぅぅ〜〜い!!(岡田助手調で)

2001.03.12. 草ムラうさぎ

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