タケルの奴がどーしてもってゆーから、オレはこうして待ち合わせの場所に来たってのに、呼び出した当の本人が来ないってのは、一体どういうコトなんだ…。
2月の風は冷たくて、耳が痛い。手袋をしているのに、指先は冷たくてかじかんでしまっている。
畜生、オレが風邪引いたりしたら、アイツどう責任取るつもりなんだよ。
そんな事を考え乍ら、時計を見ると、既に待ち合わせのハズの時間から、20分が経過している。
冗談じゃねぇ。何でオレがこうして待ってなくちゃなんねーんだ!?ふざけるなっての。
……もう帰る。
タケルの野郎、今度絶対何か奢らせてやる…
冷たい両手を上着のポケットに突っ込んで、家に帰ろうとしたその時、背後から聞き覚えのある声に引き止められた。
「わりぃ……遅くなって……」
振り返って、その予想外の人物に驚いた。
「ヤマトさん…!?」
どーいうこった?何でヤマトさんがココにいるんだ?遅くなったって、オレはタケルと約束したんであって、ヤマトさんと約束したワケじゃないのに……
「……一応、全速力で走ったんだから、努力は……認めてくれよ?……くそっ、親父が出掛けに面倒事拾ったりするから」
ブツブツとボヤく、その人に、オレの頭の中はパニック寸前ってトコか!?
タケルはどーした!タケルはっ!!?
「まぁ、未だ映画には間に合うな。…大輔、待たせたお詫びにメシ奢るよ」
「はぁ…」
……何で!? だから、何でオレがヤマトさんと映画観る事になってんの?
「何喰いたい?」
「え?あ、何でも良いっス」
くそう、思わず返事しちまった。
「じゃ、イタメシヤに行くか。良いか?」
「ハイッ」
そう言うと、ヤマトさんはオレの手を引いて歩き始めた。
……だからっ!誰かこの状況を説明してくれっつーの!!
アクアシティの中にあるイタメシヤから、窓の外に見える東京湾を眺めていると、ヤマトさんが「何か面白いもんでもあるのか?」と言って、窓の外に目をやったので、オレは慌てて「何でもないっす」と答えた。
何でオレは、このちょっと苦手な先輩と、仲良くテーブルを挟んで海を見乍ら会話してるんだ!?誰か教えてくれよ。
そして、この緊張感。
この人は他人の目っつーモンが気になんねーのかよ!?
キンパツでスラッとした、二枚目のヤマトさんに、店の中の女の人たちの視線が刺さる。
一緒にいる、明らかに『ガキ』のオレの事も、なんだかヒソヒソ話してる。
「今日はありがとな、大輔」
「ハァッ!?」
何がありがとうなんだ?まったもくもって全然さーっぱりわかりませんぜ?
でも……オレに向かって、ニッコリ笑ってくれるヤマトさんに対して、オレは何故か顔が赤くなってしまった。
「まったく、嫌になるよな。タケルのヤツにも」
恐らく初めて聞く、ヤマトの漏らしたタケルへの不満に、ますますオレの頭ん中はクエスチョンマークがビッシリ。タケルとヤマトさんの兄弟喧嘩なんて、見た事も聞いた事もない。
「喧嘩…したんスか!?」
思わず口に出して聞いてしまった。
「なんだ、大輔。お前聞いてなかったのか?」
オレは、本当に何も聞いてなかったので、正直に「ハイ」と答えた。
「今日までの映画のタダ券が、二枚あったんだ」
「はぁ…?」
「だから、オレは、タケルに一緒に観に行かないかと誘った」
「はぁ……」
だから何だというんだ?
「そしたらタケルは、『二枚とも僕に頂戴?』って言ったんだ」
ほーほー。タケルも案外セコいな。
「一緒に行けばいいじゃないかとオレが言ったらな」
「はい……」
「よりにもよって、『その日は丈さんと約束があるから』だと!?」
そういや、タケルのヤツ……昨日エラくそわそわしてたな… なんだ、デートか。
それにしても、何でタケルは丈さんと付合ってんだ?男同士って楽しいかぁ?ペッタンコの骨骨じゃんか。オレは、もっとこう、ヒカリちゃんみたいに、や〜らかそうな、良い匂いのする可愛い子が良いな〜〜
「それは…大変っスね」
「分かってくれるか!大輔!!」
ヤマトさんが身を乗り出して、ガッシリとオレの両手を掴んだ。
「更にな、タケルのヤツ『どうせお兄ちゃん、一緒に行く人いないんでしょう?』なんて……!!酷いと思わねーか!?」
「そりゃ…すげぇヒドイっスね。つーか失礼っスね…」
「だろ?だからな、オレは意地でも、一人でも行くって言ってな。……でも、やっぱ一人で観るには勿体無いし、つまんねーだろう?だから、他のヤツらにも声を掛けてみたんだ」
「太一さんとかっスか?」
「あぁ……そしたらな……」
「そしたら?」
オレの手を握っているヤマトさんの手が、小刻みに揺れた。
「くそっ!!どうしてオレ達の周りはホモばっかなんだ!?」
「ヤマトさん…声でかいっス」
ヤマトさんの悲痛な叫びに、周りのヤツらが一斉にこっちを見た気がした。
オレは慌ててヤマトさんの手から逃れると、水を一気に飲み干した。
「まさか…太一さんも……!?」
オレが小声で聞き返すと、ヤマトさんも小声で、泣きそうな顔をして言った。
「光子郎と……デートなんだと………」
少し現状がわかった。
つまり、オレはタケルにヤマトさんへの当て馬にされたってコトだ。
きっとストレートにオレを誘うと断られると思って、たいした理由も話さずに、無理矢理呼び出したに違いない。
畜生、タケルの野郎。憶てろよ…
……まぁ、タダで映画が観れてタダでメシが食えるんだから良いけどさぁ…
目の前のヤマトさんが、がっくりと項垂れるのを見て、オレは何と声を掛けて良いのかわからなくなった。
「お待たせしました。ペスカトーレの御客様」
ナイスタイミング!おねいさん!!重い空気もどこへやら!!
最早酔っ払いのようになってしまったヤマトさんに、「まずは腹ごしらえしましょう!」と元気付けて、オレはやってきたペスカトーレを小皿に載せた。
ヤマトさんはそれに小さく答えると、ペスカトーレを口に運んだ。
メシも喰い終わって、オレとヤマトさんは映画館へと移動した。
ヤマトさんは、思っていたよりずっと取っ付き易くて、オレは思わずベラベラと喋り続けてしまった。
ヤマトさんの方も、オレが友情の紋章を受け継いでから、オレに親近感を持ってるんだと、笑い乍ら話してくれた。確かにオレも、あの頃からヤマトさんのコトを、そんなに苦手としなくなったような気がする。…気、だけだけどさ…。うん…何となく……。
まぁ、そんなこんなでオレとヤマトさんは、映画を見ようと、こうして二人仲良くポップコーンなんぞを持って座ってるんだけどさ、……気のせいだろうか……オレ達意外に客の姿が見えないんスけど?アレ??
「流石に人がいないな…」
ヤマトさんは当然の様な顔で笑っている。
「何で!?今日は日曜っスよ!?」
思わず声に出してしまった。
「この映画、まだ一般封切してないんだよ。関係者用の特別招待券を親父から貰ったんだから。で、明日から一般公開開始だから、このチケットは今日までだったんだ」
ヒラヒラとチケットを見せて、ヤマトさんが笑い乍ら言った。
じゃ、オレって超ラッキーなんじゃん!?
「一日一回公演だしな」
スゲー!!何か特別ってカンジじゃん!!
それなのに、オレときたら……
……寝てしまった………
目が覚めると、スクリーンには既にエンディングが流れていた。
「……あれ………終わった……え??」
イマイチ事体が飲み込めず、キョトンとしていると、ヤマトさんから「ひょっとして…寝てた?」と訪ねられ、オレは自分が内容を全然憶えてないほど爆睡かましてた事に気がついた。
オレは目の前で爆笑しているヤマトさんを、真っ赤な顔で小さく睨んだ。
「おっ……起こしてくれたって良いじゃないっスかぁ〜〜っ!!」
「だ…だって…ハハッ…普通寝るとか思わねーじゃねーか!ハハ…腹痛てぇ」
笑い過ぎて涙まで見せている。くっそ〜、超ムカつく!!
「ま、そういうトコが大輔らしいよな」
なんて言って、オレの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
その、手のひらの感触が何だか妙に心地良くて、オレは思わず赤くなって俯いてしまった。
………って、何で赤くなってんだ、オレ…
「ハハッ、大輔、お前ってなんか可愛いな」
なっ!突然何を言い出すんだ!この人は!!
オレは照れてしまい、耳まで真っ赤になって、顔も熱くって、兎に角くらくらと目眩がした。
「やっ…止めて下さいよ、ヤマトさんっ」
あ…なんか泣きたくなってきた。
オレは慌てて席を立つと、出口に向かって歩いた。
「おい、ちょっと待てよ大輔。悪かったって、からかったりして」
上着を持って、ヤマトさんが追いかけてきた。
オレは、何故か振り向く事が出来ずに、早足で出口をぬけた。
と、
ぎゅっと手を掴まれた。
「悪かったって言ってんだろ」
ヤマトさんの低い声が、オレを止めた。
「な、大輔。悪かったって。もうからかわないからさ」
オレはその言葉に「ハイ」としか答える事が出来なかった。
頭の中がこんがらがっている。
この気持ちは…どこかで感じた事がある。
急に、オレの腕を掴んでいるヤマトさんの手を意識してしまう。
ああ、この感覚は………この気持ちは……………
ヒカリちゃんと同じ…?
って…え!?
うそ…
そんな…
まさかっ……!!
「兎に角、今日は付合ってくれてありがとな、大輔」
「あっ! ハッ…ハイっ!!」
にっこりと笑ったヤマトさんの顔を見て、オレの心臓が跳ね上がったカンジがした。
ま…間違いねぇ……
「お前といると退屈しなくて楽しいよ。今度またどっか一緒に遊びに行こうな。…って言っても、オレはバンドで忙しいし、お前もサッカーがあるから難しいだろうけどな」
…今、ちょっとだけジュンの気持ちが分かった様な気がした。ちょっとだけ…ほんの少し……
「?おい、聞いてんのか?大輔」
「ハイッ!聞いてます聞いてますっ」
あぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っっ
オレもホモの仲間入り!? そんなっ、違うよな…きっとコレは風邪だ。うん、そうだ。そうに決まってる。それ以外ない。だってほら、オレはヒカリちゃんが好きなんだしっ!!…危険思想危険思想…… 周りがホモばっかだからちょっぴり感化されてるに違いないっ!うん!!
そんなテンパっているオレを見て、ヤマトさんは少し怪訝そうな顔をしたが、またくしゃりとオレの頭を撫でて笑った。
ヒィィ〜〜っ!そんな顔しないで下さいよぅ!!
……だっ…誰かっ助けてくれっ!この人の笑顔、心臓に悪いっ!
「じゃ、またな。今度はお前に直接メールするからさ」
今日はこの後バンドの練習があるからと、ちょっと申し訳なさそうに言って、ヤマトさんは笑い乍ら去っていった。
オレにあまり認めてしまいたくない気持ちを植え付けて。
残されたオレは、呆然としてしまった。
誰かに、気のせいだと言ってもらいたい。
気休めでも……良いからさ…………
大輔、ヤマトに惚れる編(爆)
実はこのSS、結構前に打ってたんですが、
UPするのを見送り続けていたんですヨ。
だって…タケ丈も終わってないし、
何より変っぽいしね(苦笑)
2001.02.18. 草ムラうさぎ
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