白く視界が弾けた後、一瞬浮遊感に襲われ………そして
「ハイおかか〜♪」
「……………おう」
上から軽く覗き込むようにあすかの顔が見えた。
事情を未だ良く理解していない皇は、何と答えたモノかと少し思案を巡らせ
ようやくそれだけを発する。
顔をあげるとステンドグラスに十字架が目に入り、
ここは聖堂なんだなとなんとか理解する。
気分はめちゃくちゃ悪かった。
「気分は?」
「元気よさそうに見えるか?」
ゾッとするような生々しい落下の瞬間の感覚を思い返して背筋が凍り付く。
高所恐怖症にでもなったらぜってー恨んでやる。
それよりも目眩が酷い。なんなのだコレは。
地べたにへたりこんでいた皇は体勢をかえて胡座を組んだ。
「で、」
「んー?」
「なんなんだよアレは」
不完全な世界、襲ってきた化け物。
予想は少しながらついている。だがそんなモノが肯定される世の中でもないのだ。
「たぶん当たってるよ、ひーさんの予想通りだ」
「……………現実味のねえ話だな」
「さてね?」
吐き捨てるように言ってやった俺にあすかはただ曖昧な笑顔を返した。
「さて…ここ最近起こってる怪事件て知ってる?」
「知らん」
「……お前なあ…新聞読めよ」
「るせえ、んなモン読むヒマなんかねえんだよ」
酷い目眩でろくに動けず、首根っこ掴まれて居間に
正しく引っ張ってかれた俺は、差し出された新聞記事に手をのばす。
―パソコンの前で突然動かなくなる人々?!
新聞には最近あちこちで起こっているこの奇妙な事件について詳細が書かれていた。
若者を中心に、突然パソコンの前で倒れる人が続出しているらしい。
意識不明ではあるが命に別状はなく、只眠るだけ。今までに目を醒ました者は居ない模様。
いくら眠っているとは言え、放っておけば衰弱死の恐れもあり得る。
警察も全力で捜査中らしいが事件の手がかりになるモノは一つもなく、捜査は難行…
ざっと目を通して俺はは記事をテーブルの上に戻した。
「どう思う?」
「B級っぽい。このタイトルが特に」
「言うと思った…」
「こんなん見せてどーしたんだよ」
「うーん」
おもむろに腕を組んでまた風宮は曖昧に笑う。
「記事には載ってないケドさ」
視線を新聞に固定したまま、淡々とあすかが言葉を繋ぐ。
「この事件に関連するキーワードはいずれも『PANDORA』」
はっと俺はあすかを見た。あすかの顔にはどんな色も見受けられない。
「そしてディスプレイに映る『GAME OVER』の文字、それ以外には手がかりナシ」
何の感情も伺えない声を耳におさめてこめかみに手をやる。
両親が送ってきたゲーム『PANDORA』、浮かび上がった女の顔、先刻垣間見た世界…
一体それは何を意味するのだろう
「いずれにしてももう一回『あっち』の世界に行くべきだね」
「げー………まーたこんな体験すんのかよ」
「人生いろいろだぞ、ひーさん」
「まっとうな人生でいいッス俺…」
がっくりと肩を落とす皇に向かって、あすかは不敵に笑う。
「大丈夫。今回は何の準備も無しで行ったからそんなふうになっただけで、今度はちゃんとしとくから」
なんだか楽しそうに見えるのは気のせいなんだろう、きっと、うん
そう皇は自分に言い聞かせてため息をついた。
「っつーか、お前何でんな事知ってんだよ」
「…………ヒミツ♪」
悪戯っぽく笑うあすかを睨み付ける。
まっすぐ皇の視線を受けるあすかはただ口元に微笑を浮かべているだけ。
「………お前、どこまで知ってる?」
「…………さあ?」
これ以上は詮索してもムダなのだろうか、あすかはのんびりとした顔で笑った。
「さって、ひーさんこれからどうする?明日は会社の方に行ってみるんだろ?」
「話を摺り替えんなよ…そういや今何時だ?」
「3時過ぎてるよ」
げっと低く唸る、そんなに時間が経過していたとは……
「どうする?泊めたげるケド」
「あーいい。家の電気付けっぱなしだ」
不快感はまだ残るが、体の方も大分回復している、走っていけば家もすぐだ。
残してきたウチの猫の事も気にかかるしな、そう思って立ち上る。
立ち上がった時ふと疑問が浮かび上がった。
「そういやお前どーやって俺こっちに戻したんだ?」
「えーっとな…ひーさんのMOコピーしといたヤツのソース見てたら何かヘンなの入ってきて…そこら辺
説明しようとしたら言語まるまる学習してもらわにゃならんが聞きたい?」
「いや…もういいよ…(遠い目)」
「待て待て、帰ってこいー。
そういやあれオンラインゲームみたいでな。まあ、なんか大事になりそうだったからムリヤリ改造した」
「改造て…お前そんな事までできたのか?」
思いっきり違法でわあるが…まあね、とあすかは得意げに胸を張った。
「R●Gツクールで」
―ウチの会社は、ここから電車で1時間半くらいかかる。
はっきし言って遠い。電車賃も往復すれば結構かかる。
だからあまり行く気にもならないのだが…
「ひぃーさーんー、着いたぞー」
いくら金かかるからって言っても電車の方がなんぼかマシでした。
そう少し後悔しながら、俺はメットを取って後部席から降りた。
「どうしたひーさん顔が青いぞう?」
「いうな…」
寝てねぇんだよ…そう心の底で呟きながら空を仰ぐ
会社のロゴの入った高層ビルが冬の太陽を受けて光っていた。
「さて…まずどーっすっかねえ」
「入れば何かおこんじゃないの?」
「まあ…そーなんかなあ」
取りあえずガラス張りの自動ドアをくぐって中に入った。
ちらほらと見た事のあるような無いような連中が忙しそうに歩き回っている。
「話し掛けてみる?」
「止めとく…ここはやっぱ…あっちだろ」
そう言って、俺はにこやかに微笑んでいる受付嬢の方に視線を向けた。
ああ…受付嬢まで知った顔だし………
「あらあら、皇さん、お久しぶりですね、そちらの方は?」
「ここに来る理由ないですからね。これは友達」
「社長も会いたがっておられますよ、是非挨拶為さってって下さいね」
オイラはひーさんの隣に立ってそのやり取りをじっと見た。
淡々と敬語で話すひーさん。あまりこの会社が好きではないんだろうか
面倒臭い会話には耳も口も挟む気はなく、ぐるりと視界をまわして辺りを見てみる。
広い吹き抜けのエントランスホール、ちらほらと歩いている社員はPCを抱えている者が多い。
会社だもんなあ…全部ひーさんの親類なのか…?
「おい、行くぞ?」
ひーさんにどつかれて(どつくな)はっと思考を断ち切る
「どうしたよ、そんなに珍しいか?」
「いやー、それよりどこ行くん?」
「まあ、まずは開発室だな」
「現場検証?」
「そうなるのか…?見に行くだけなのに…」
よっぽど楽しそうな顔に見えたのだろうか、ひーさんはもう一度オイラをどついて顔をしかめる。
しかめると言うよりは疲れた身体にムチ打って働くおにーさんに見えたりもしたのだが
そこは黙っておいて、先を歩くひーさんの後を追い掛けた。
4階にある開発室は誰1人としておらず、その部屋だけはしんと静まりかえっている。
気味が悪い、とこの部屋の開発スタッフ達も他の開発室にムリヤリ押し入って仕事をしているらしい。
「消えただけなのにねぇ」
「消えたから、だろ」
幾つも並ぶパソコン、暗い部屋。
「どのパソコンなのかな」
「確か・・・親機を使ってたって聞いたけど」
部屋の電気を入れ、どっから見ても『課長用デスク』っぽく一番前に置かれているPCに近付いた。
ディスプレイには何も書かれていない、電源も落ちている。
(当たり前か・・・)
「ぽちっとね」
ひーさんが制止する間もなく電源を入れてみた。
一応起動はするようで、軽く振動音を上げながらOSのロゴマークが現れる。
「勝手に見ちゃってもいいのかい?」
「好きにしな、俺ちょっと他も見てみる」
「ん〜」
背後で何やらごそごそやってるひーさんを後目に、立ち上げられたPCに目をやった。
(とにかく変わったトコはないようだけど・・・?)
デスクトップだけ一瞥してはたと手が止まる。小さな宝玉のようなフォルダアイコン、『PANDORA』
ビンゴ、と小さく笑って手早くダブルクリック。
「・・・・・パスワード?」
警告表示に『パスワードを入力して下さい』と書かれているのをひたと見つめ
オイラは無機質な天井を仰いだ。
嗚呼、神様の意地悪。
知るかそんなモン〜と言いたくなるのをぐっと抑えて、適当に予想できるすべての単語を入れてみた。
カタカタカタカタカタカタ・・・・
キーを叩く音だけが室内に響き渡り、そしてしばらくして・・・・・
「あー、ダメだ、わかんねぇ」
そもそもヒントもなしにパスワードなど考える方が無謀なのだ。
イライラと髪をかき回して、仕方なくポケットに忍ばせておいたCD-RWを取り出して機械を繋げ
ソフトをコピーしてしまう。
「後でゆっくり考えよっとね〜」
後は他にめぼしいモノを幾つか見て回り、一息ついた。
「ひーさん何かあったかい〜?」
「ゲームに関する資料とかありゃいいんだけど・・・」
適当に本棚のファイルを引っ掻き回しているようだ。片づけが大変そうだヨひーさん。
ちょっと考えて、声をかける。
「あのさ、コレパスワード制なんだケド検討つかない?」
「パス?」
本棚を漁る手を止めてひーさんもディスプレイを覗き込んだ。しばらくじっと黙り込んで
「前に言ってた様な気がする」
と、キボートにカチャカチャと何やらを打ち込んだ。
『s590128』
「コレ?」
「さあな、ホントにコレだったら俺としてはちょっとヤなんだが」
「へ、なして?」
「・・・・なんでもいいだろ」
黙りこくってリターンキーをタン、と叩く。
カリカリカリッ・・・とPCがデーターを読み込む音がして・・・・・
『?!』
オイラは思わずガタッと立ち上がった。ひーさんも目を見開いて画面を見ている。
「な・・・・?!」
『GAME OVER』
画面上を覆いつくすように只その文字だけが流れていった。
まるで、その言葉を印象づけるように。
そしてそれは、たっぷり30秒は流れ、突如ブツッと大きな音をたて画面はブラックアウトした。
電源が切れたのだ。
再び電源に手をのばそうとするオイラの腕をひーさんが制止する。
「止め解け、もう壊れてる」
「ひーさん、今のは・・・」
「俺が知るかよ・・・何だよ、今の・・・」
背筋をゾっとしたものが過る、このカンジは、つい最近感じた・・・。
「PANDORA・・・・」
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