「天にまします我等の父よ。
願わくば、御名を崇めさせたまえ。御国を来らせたまえ。
御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我等の日用の糧を、今日も与えたまえ。
国と力と栄とは、永遠に汝のものなれば。アーメン。」
もう何度口にしたかも覚えていない程慣れた祈りの言葉が、誰も居ない教会の中でやけに響いた。
薄暗い室内で、ステンドグラスから差し込む唯一の光に一人の男の姿が浮き彫りになる。
祈りを捧げていた男は閉じていた目を開き、天を仰いだ。
視界に移るのは十字架に張り付けられたイエス・キリスト
全ての人々に、もし幸福が訪れるのなら…
「このまま、皆無事平穏に…」
「シリアス気取っても駄目です。過ごせる訳無いでしょう先生」
……突然降ってきたとーっても冷ややかな声を耳に入れ、
男は、できるだけにこやかに笑みを作り、振り向いた。
……非常ににヤバいと本能が告げている。
「お祈りは済みましたか?先生」
「なんか、先生ってトコにトゲがあるなあ…」
「気のせいです『先生』」
「あのねぇ…」
「それより」
男の言葉を遮って更ににこやかな笑みを浮かべている青年は、
スッと目の前に何かを提示した……時計?
「おうおう、立派な時計だね」
「それはどうも。給料3ヶ月分ですからね。
ところで風宮先生、この針がここに来ると今回の原稿の〆切り時間なんですが?」
「うん、そうだねえ」
青年が指差した時刻は午前11時45分。
現在午前11時30分。
それでも男は何も悟られないようにと、更ににこりと微笑む。
「全ては神の御導きだよ、君」
「御託並べてないでさっさと書けえええ〜〜ッ!!」
「うぎゃーッ、すみませんすみません、実はまだ半分しか書いてませぇんッ!!」
ああっ!!胃の辺りをしっかりと押さえて担当君がついにキレた!!
いつもの光景ながら情けないことである。
これから昼寝をしようと思ってたのに…安息の時間はまだ遠いようだ…
「こうなったら仕方ない、フ…無駄だったか」
「開き直らないで下さいィィィィ!!!手を!!手を動かして先生!!」
先生と呼ばれた男は担当氏に首根っこ掴まれてずるずるPCの佇む机の前まで持ってこられる。
なんとか笑みだけは絶やすまいと笑顔を取り繕う男。
教会中に今にも泣きそうな表情で胃を押さえている担当氏の叫び声が響き渡った。
←++→
|