戻る

真・Water Gate Cafe

 異伝・東京魔人学園戦人記」〜序文「追憶」
--------------------------------------------------------------------------------
 〜1999年三月上旬〜

 東京新宿区――常に人や物が行き交うこの街も、少し離れると、閑静な小家族向けのマンショ
ンや一戸建てが並ぶ、住宅街となる。
 微かに春の訪れを感じさせるが、まだ冷たさを色濃く残した風が、一人の少女の髪を揺らし、
通り過ぎる。
 彼女は、手にした荷物を持ち替え、ゆっくりした仕草で僅かに乱れた髪を整えると、再び歩き
出した。
 間もなく目的のマンションにたどり着くと、カードキーを取り出し、セキュリティを解除する
と共に、郵便受けからDM等を抜き取ると、さらに歩みを進めた。
 304号室「風間」と書かれたドアの横、インターホンに指を伸ばし軽く数回押す。
 反応は、無い――。
 苦笑とも自嘲とも取れる笑みを浮かべると、彼女――美里葵は、ドアを開けた。
 葵を迎えたのは、日に比に存在を増す沈黙と寂寥感、小動物が動く物音だけである。
 上履きに履き替え、居間に向かう。古ぼけたソファーベッドやテーブル、TVには、カバーが
掛けられていた。
 葵は、しゃがみ込むと、目の前の篭の中に居る二匹のハムスターに、語り掛ける。
「こんにちは、『こげ』、それに『まる』」
 そして敷物を替え、餌と水を補充すると、窓を開け外気を取り込み、部屋に篭った塵と湿気を
追い出す。日課と化したそれを済ませると、入り口近くの部屋に入った。
 クローゼットや机、本棚、小型冷蔵庫に、寝台とコーヒーテーブル、椅子等が目に映る。
 この部屋の主の、私室だった。
 そして此処も、一日毎に荒廃感が、主の体温や存在した痕跡を蝕んで行きつつある……。
 無言のまま机の前に立ち、携えてきた物を置く。黒い円筒状の物体――それは、恩師の一人が
葵に渡してくれた、彼の卒業証書だった。
「――持っていけ」
 無造作にそう告げると、何も言わず、言わせず、そのまま立ち去ったのだ。彼女達しか知らな
い筈の「真実」を、あの人は知っていたのだろうか――。
 そんな事を思いつつ、視線を動かす。
 左手の薬指に光る指輪……。
 彼の母の形見であり、雪の夜彼女に贈られた、災いを退ける<力>を宿す『伏姫の指輪』だ。
 そして一つの手甲が有った。
 所々歪み、焼け焦げ、変色していたが、輝きは失っていない、『黄龍甲』――。
 彼と共に、幾多の戦禍を闘い抜いた「歴戦の闘士」である。
 指先でその表面をそっと撫でる様に動かす――それを数回繰り返した後、寝台に腰掛けると、
定期入れを開いた。
 中には、一枚の写真――三ヶ月前のあの日の、翌日の一瞬が、切り取られていた。
 じゃれあう、快活な少女と、赤毛の少年。
 そのすぐ後ろで、腕組みをしている巨漢。
 それを、一見不機嫌そうな表情、だが呆れと親しみの内混ざった瞳で見やる青年と、その傍ら
に寄り添う自分がいた……。
 出会いから今日まで正味一年を満たず、そして想いを打ち明け、それに応えてくれた彼と共に
過ごしたのは、三ヶ月半に過ぎなかった……。
 しかし、今まで彼女の歩んで来た人生の中で何よりも貴重な日々で有り、そして、如何なる刻
を経ても、忘れ去る事は無いで有ろう。
それを確信しつつ、葵はその写真の中に居る男性の名をつぶやいた。
「貴方……いえ、翔二……」
--------------------------------------------------------------------------------
 
--------------------------------------------------------------------------------

 あとがき

 読んでくれた皆様へ、どうも有り難う御座います。
 可能な限り、ゲーム本編に従って進行しますが、ご覧のとうり多分にオリジナル要素、設定を
含みます(例、中盤から主人公が徒手空拳以外の闘いをする等)。
 予め御理解、御承知ください。
--------------------------------------------------------------------------------
作・納屋村孝行 (編集・遼来来)
次頁→
感想はコチラ↓
談話室
戻る