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 ――遡ること、十七年前。

 神奈川県某市の、とある一軒家の居間。
 一組の夫婦の元を、一人の客人が訪れていた。

「……そうですか、結局あいつは――」
「済まぬ、我らの力不足故にお主の弟を……」
「いえ、あいつの事です、覚悟の上の事でしょう。お気になさらずに。
 ――それより、その子が?」
「うむ。あの二人の忘れ形見じゃよ、大切な……」
「ええ、解っています、龍山老師。私達が、責任を持ってこの子を育てあげます」
「それを聞いて安心したよ。では、ワシはこれで失礼するよ」

 ――この時、風間家に預けられたこの乳児が、やがて東京を……いや、人の世の存亡の鍵を握
る存在になる。だがその事を知る筈もなく、今はただ、静かな寝息を立てていた――。
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 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第一話「転校生」(前編)
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 ――1998年の新春、東京新宿区。

 都立真神学園高校3−C、HR開始前の自由時間は、「ある話題」でもちきりだったようだ。
 ――「転校生が来る」、と言う内容の。
 ある種の期待感とそれを上回る好奇心の中、現れたのは、豪奢な黄金の髪を持つ豊麗な美女、
クラス担任であるマリア・アルカードと、そして件の転校生――つまり、俺だ。
 挨拶の後、彼女は俺に、自己紹介と黒板に名を書く様にと告げる。
「風間翔二です、よろしく」
 一瞬の沈黙の後、喧騒がクラスに木霊する。お約束の質問攻勢だ。血液型や生年月日、果ては
好みの女性まで……。その内の幾つかに答えた所で制止が入り、座る席が決められた。
 軽く両隣に居る人に目礼をし、着席する。    
 HR終了後、名を呼ばれ振り向く。一人の少女が居た。
 ――黒絹の如く輝き、腰に届く程の豊かな髪、最高級の象牙を熟練の職人が全てを注ぎ込み、
彫り上げたかと思わせる様な、整った肢体と顔立ち。そして、穏やかな光をたたえる澄んだ黒い
瞳を持った――美しい少女だった。
 彼女は挨拶が遅れたのを詫びると、自己紹介を始めた。
「私、美里葵といいます。これから宜しくね」
「こちらこそ、宜しく」
 その時、彼女の背後から別の声が掛けられた。と同時に、声の主が俺の前に顔を出した。
「転校生クン。始めまして。ボクは桜井小蒔、これから仲良くしよーねッ」
 ――赤茶色の髪を短く整え、快活な声と屈託の無い笑顔が強い印象を与える。「活発」と言う
単語を疑人化したら、この少女になるのでは?そう思いつつ、挨拶を返す。
「ああ、宜しく」
「うん、こちらこそよろしくねっ! キミ、悪い人じゃなさそうだし。そうだ! 転校祝いに、
キミに良い事教えてあげるよっ」
 そう言うと、小声で俺に耳打ちした。
「葵って実はまだ、彼氏いないんだ。声掛けられても、皆断ってるし。ボクの見た所、キミなら
かなりイイ線いってると思うんだけど」
 そう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「小蒔!?」
 会話の断片を耳にした美里が、小さく声を上げる。
 だが桜井は、気にした様子も無く、さらに言葉を続ける。
「キミってさ、葵みたいなタイプが好みなんじゃないの?」
「本人の前では言えないな、情報と評価には感謝するが」
「ふーん。でも、競争相手は多いから、早めに動いた方がいいよ。それと、もし玉砕しても、骨
と賭け金は、ボクが拾ってあげるから安心してね。それじゃまた後で!」
 桜井が居なくなると、再び美里がやや遠慮がちな声で話掛けて来た、頬が幾分赤くなっている
様に見える。
「さっきは小蒔が変な事を言って、その……ご免なさい」
「謝る事はない、気にしてないから」
「良かった……。転校早々、嫌な思いさせたんじゃないかって――」
「そんなに気を遣わなくてもいい」
「もし、学校の事で解らない事があったら、相談してね」
「ああ、その時は遠慮なく頼らせてもらう」
 彼女は軽く微笑むと、教室から出て行った。
 入れ替わるかの様に俺の前に新たな人影が現れる。
「よう、転校生」
 ――身長は俺より10センチ程低いが、若獅子を思わせる強靭かつしなやかな体付きと、秀麗
と言って良い顔立ちには、自信と鋭気が溢れており、何より目を引くのは、手に携えている細長
い袋だ。雰囲気や物腰の一つ一つが、只物では無いことを伝えてくる――。
「俺は蓬来寺京一、剣道部の主将をやってる」
 ニカッと笑うと手を差し出した。
「まァ、縁有って同じクラスになったんだ、仲良くしようぜ。あぁ、それから俺の事は京一でい
いぜ」
 頷き、握手を交わしたその後、京一は表情を変えた。
「忠告しておくが、あんまり目立った事は止めとけよ。ウチの組には、頭に血の昇り易い奴が多
いからな……」
 一旦言葉を切ると意味在りげな視線をクラスの隅に向ける――その先に、制服をだらしなく着
た数人の生徒が居た。敵意と不快感を多分に含んだ空気が、辺りに漂っている。
「……憶えときな、「学園の聖女」を崇拝してる奴は多いし、平穏な学校生活をしたけりゃ、そ
れなりの礼儀を守るって事を、な」
 始業ベルが鳴り、京一は自席に向かった。椅子に座り、そのまま机の上で、いきなり居眠りを
始める。起きる気配は、無い……。
(……いい度胸してるなコイツ……)
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 ――昼休み。

 手製のサンドイッチで昼食を済ました後、暇を持て余していた所に、名を呼ばれる。
 ――そこには、名前も知らないが、先程のガラの悪い生徒がいた。
 が、そいつが何か喋るより早く、京一が現れた。
 舌打ちを残して立ち去る後ろ姿を見て京一も又、不愉快そうな顔を見せたのが、気になる。
 どうやら、お互い嫌いあっているようだ。
「昼メシがてら学校の案内をしてやるよ」
 誘いを受け、教室を出る事にした。
 新たに数人の知己を得たが、一階で偶然出喰わした3−Bの担任とマリア先生との口論が、妙
に気に掛かる。断片的な物しか聞き取れなかっただけに、尚更だ――。
 そうこうする内に、俺達は教室に戻って来た。
 戻り際に、京一がポケットから何かを取り出し、投げ渡す。「焼そばパン」だった。彼の好物
らしい。礼を言うと、「じゃあな!」と足早に立ち去った、午後の授業はボイコットのようだ。
 ……朝は寝るだけ、午後はボイコット、いつ勉強しているんだ? というか、学校に何の為に
来ているのだろうか?
 そう思いつつ席に戻り、教科書を取り出し、用意をする。
 人の気配に振り向くと、先ほどの生徒が立っていた。名は――佐久間とか言ったか?
 挨拶でもしに来たかと思ったが、即座にそれを訂正した。
「おうてめえ、転校生の分際で、イイ気になってんじゃねえぞ」
 奴の口から出たのは、オリジナリティの破片も無い、脅し文句だったのだ。
 ――どうやら、こいつに対しては、社会的な礼節等を守る必要はなさそうだ。俺は、一方的に
悪意や敵意を向けられて、なお笑って居られる程、寛大でも穏和でも無い。
 ……一応、誤解の無きよう言っておくが、自分は(基本的には)平和主義者だ。
 少々の事なら「自制」するし、『本日喧嘩大得価!』等と公言して、不必要に売って回ったり
はしない。
 しないが――。
 奴が更に言いかけた時、戸が開き、大勢の生徒が教室に戻って来た。
 午後の授業開始を告げるチャイムが鳴る。
 言い出すタイミングを外された奴は、俺を睨みつけた後、離れていった。
 京一が奴を嫌うのも当然の様に思える。
 授業が始まったが、それを聞き流しつつ、俺は今後の対応を考えていた。
 ――ああいう手合は無視に限るが、いずれ何らかの形で干渉して来るのは間違い無い。だが少
なくとも十日ぐらいは、様子見程度だろう。こちらが動かない内は、おそらく奴らも、軽々しく
実力行使には及ばない筈だ――。   
 そう結論づけると、俺は頭を切り替え、教師の言葉に耳を傾ける。
 しかし、その見通しが(かなり)甘かった事を俺が知ったのは、僅か数時間後だった……。
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 <後書きとゆーか、独り言>

 うーみゅ、一話は一回で済むと思ってたがいきなり二分割か……。
 2話以降は下手すりゃ三分割、四分割だなこりゃ。もう少し内容を減量すべきかな? 
 このペースで進んだら完結って何時になるのだろう。自分なりの予定も構想も有るから始めた
んですけどねぇ。

 とりあえずこの話は全二十四話で構成されてますが、ひょっとしたらその内の、五ないし六話
は、簡単なダイジェスト版又は「ここまでの粗筋」とかで済ますかも……。
 鬼道編では多分四・五・六・七話辺りがその対象になる公算が大きいですね。
 「外伝」系とか「符呪」は丸々割愛かな? 
 正直今はそこまで手が廻らないし、第一「完全ノベライズ」がやりたきゃそれを売りにしてる
所に行くなり、送るべきですし、なにより此処は「葵館」主人公と葵の二人を描かなきゃ話にな
りません。

 まあすっ飛ばした話が有っても、いずれ折を見てきっちり書き上げる予定なので、どうか宜し
くお付き合いの程を……。
 あ、それから、主人公の身体データや家族構成、座右の銘とかは、後半パートの方に描いて置
きます。
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著作・納屋村孝行 / 編集・遼来来

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