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葵館・談話室

戦人記・第拾話「変生・前編」其の参

      ■翌日ーーー新宿区、某所■

 昨日の打ち合わせ通り、俺達は学校が引けた後、醍醐に
案内され、師と仰いでいる人物の元へと向かっていた。
 学校から中央公園を経由して歩いて行く内に、周囲の景
色はいきおい変化していき、気付いてみれば、コンクリと
アスファルトに代わって、緑が著しく密度を増しており、
歩いている道も又、人の手など殆ど入っていない雑林の間
に広がる竹林を貫く、細いものへと変貌している。しかし
・・・、此処は東京のど真ん中の筈だ。なのに何故、これ
だけの緑が広がっているのだ? ある意味、例の<<門>>が
在った、青山霊園や江戸川地下の鍾乳洞より謎だ・・・・
・・。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・。おいッ、醍醐!!」
 申し訳程度に細く伸びる道。それをも覆い尽くさんばか
りの下生えを踏み締め、奥へと進んでいると、最後列にて
顎を出し、吐く息も荒く、よたよたとした足取りで歩いて
いた京一が、二、三度深呼吸した後、先頭を行く醍醐に向
かい怒鳴った。
「何だ、京一」
 振り向きもせず、そのまま進み続ける醍醐。
「なにが・・・、歩いて・・・行ける、距離だ・・・よ。
もう、どんだけ歩いてると思ってんだよッ!!」
「何だ、そんな事か」
「そんなコトォーーーーーッ!!」
 ぜいぜいと、息を切らしながらの問いかけに、事もなげ
に答える醍醐に対し、京一が憤慨と不満に呆れをミックス
した抗議の声を張り上げると、それまで黙々と歩いていた
桜井が五月蝿そうに言う。
「うるさいなァ、文句ばっかいうなら、途中から帰ればよ
かったんだよ」
「軟弱者が・・・。鍛錬が足らんぞ、鍛錬が」
「くっ・・・」
 追い打ちをかける様に、醍醐が言い放ったキツい台詞に
対し、京一はかなり口惜しそうな顔で黙り込む。・・・ち
なみに、頚筋や額に僅かに汗こそ浮かべてはいるが、桜井
に美里もへばっている様には見えないし、俺もかつての修
行中にやらされた『丸一日半不眠、絶食の上、40Kg近
い荷物を担いで、未開も同然の山道を5時間以内に30K
m歩け。出来ないと更に飯抜き延長』なんぞという事に比
べれば、この程度の事で疲労等は感じたりしない。
「うふふ・・・。でも、本当・・・、見事な竹林・・・。
東京にまだ、こんな場所があるなんて、知らなかったわ・
・・」
「ホントだよねェ」
「東京というより、オレは新宿にこんな場所があるって方
が驚きだぜ」
「それは同感だ」
 女性陣が漏らした感想に京一が一言付け加えると、俺も
それに同調し、頷いた。
「この竹林は、古い物でな、なんでも江戸時代からあるそ
うだ」
「ーーー竹なんざ、どうでもいいからよ。いい加減、その
ジジイの家につかねェのかよ」
「ここを抜ければすぐだ。もう少し我慢しろ、京一」
「そうはいっても、見渡す限り竹、竹、竹・・・。パンダ
でも飼ってんのか? そのジジイはよ・・・・・・」
 醍醐が説明口調に話すのに、京一はうんざりした様に言
う。いい加減疲れてカリカリ来ているので、辺りの光景に
も何の感銘や興味も持とうとしない。そして醍醐に宥めら
れても、まだぶちぶちと文句を垂れ続けるやる気ナッシン
グな態度に、呆れ果てた様に桜井が言う。
「あのねェ・・・。下らないこといってると、置いてくぞ
ッ」
「・・・それだけ口を動かすエネルギーが有るなら、その
分を足に回せ。その方が建設的だ」
「へえへえ。わかりましたよ」
 間髪入れず続けた俺の『口撃』に、すっかり不貞腐れた
京一は、半ばヤケのように大股で歩き出す。
 そして・・・、京一の不満が再度爆発する前に、醍醐が
立ち止まると、全員に聴こえる様に声を上げた。
「見えてきたぞ。あそこが、龍山先生の家だ」
「うへーッ。ボロい所だな」
 十数m先に建つその建物を人目見るや、京一が呆れた様
に言う。・・・建物の大きさは家というより、庵とでも呼
ぶ方が適切か。そして外観は、TVの時代劇のセットに使
えるような物をそのまま移築したような感じだ。人によっ
ては、単に古臭くてカビの生えたあばら家にしか見えない
だろうが、異なる価値観を持つ人からすれば、この家はあ
る意味、すごく贅沢なものに思える事だろう・・・。
 又、そのたたずまいと家を取り巻く景色が相まって、ま
るで国産ファンタジー小説に出てくる、『森に隠む賢者』
が棲む場所という雰囲気を見る人に抱かせる。
「はははッ。だが、あれで結構、中は綺麗なんだぞ」
 京一の声に笑いながら、醍醐はそう言った後、一分もし
ない内に俺達は玄関前に立った。
「近くで見ると、さらにボロッちいぜ・・・」
「龍山先生ーーー、龍山先生ッ!! 先生ッ!!」
 ぼそりと京一が呟く横で、醍醐が声を張り上げて家の主
を呼ぶが、声は只、辺りに響きわたるだけに留まり、そし
て家の中でも動きは感じられない。
「留守か・・・?」
 と、首を傾げた後。
「まあ、いい。中に入って待たせてもらおう」 
 無造作に扉に手をかけると、ガラガラという音と共に戸
が開いた。老人の一人暮らしだというのに、鍵も掛けない
とはえらく不用心な物である。俺も最近では、不細工な面
を着け、物騒なモノをぶら下げた害虫共への対策の一環と
して、窓ガラスを換えたのを始め、通・換気穴や玄関、ベ
ランダに通じる窓際と非常口等に異物・不法侵入者感知・
警戒用のカメラや電子センサー類を、万が一に備えて仕掛
けてあるが・・・・・・。

         ■龍山邸玄関■

「へェ、ジジイの一人暮らしにしちゃよく片付いてるな」
「こら、京一。少しは口を慎め」
 昨日の織部家を訪問した時もだが、屋内に入り内装や間
取りを見るや、京一が遠慮も何も無い口調で呟き、それを
耳にした醍醐が毎度の様に咎め、睨みを利かせる。
「よーーーっと。いいじゃねェか。ジジイには変わりねェ
だろ?」
「う・・・、うむ・・・」
 靴を揃えもせず上がり込んだ京一が言い返すと、返答に
詰まった醍醐は、不肖不精の体で頷く。そして、勝手知っ
たる〜と、いう感じで進む醍醐に連れられ、奥に有る部屋
へと入り込むや、その中央に鎮座する物を見た女性陣が、
驚きと感嘆の声を漏らした。
「わァ、スゴイッ。囲炉裏があるよ」
「素敵なお家ね・・・」
 ・・・確かに、今となっては地方の宿にでも泊まらない
限り、まずお目に掛かれない代物である。そして醍醐が言
った通り、邸内は整理整頓が行き届いており、汚れは殆ど
見られないが、かと言って、簡素に過ぎて味気ない事や、
整理が行き届き過ぎた事による妙な堅苦しさも無く、ある
種の余裕と言うか、極自然にリラックスできる様な雰囲気
を持った部屋である。俺も齢を取ったら、こういう所に棲
みたいものだ。尤も、60年程は先の話だろうし、何より
も、俺に60年後があればだが・・・・・・。
「しかしよ、醍醐ーーー」
 早速、囲炉裏の側にあぐらをかいて座り込んだ京一が、
相棒に話しかける。
「何だ?」
「お前みたいな頭の固ェ男の師匠だっていうからには、さ
ぞかし、頑固ジジイなんだろうなァ・・・」
「お前なあ・・・」
 冷やかす様に言う京一に、醍醐がため息をつく。
 ・・・俺の場合は、頑固さと柔軟性を併せ持ち、行動と
知性の均衡に優れた上、視野は深く広く、剛毅かつ冷静と
いう、戦士である以前に、人間としても尊敬に値する為人
だったが。<<力>>に目醒めたばかりの時に、かの人と出会
えたのは全くもって、幸運と言う他無い。仮に、出会いが
無く、ただ単に<<力>>に目醒めただけという事になった場
合、今頃どうなっていた事やら・・・・・・。
「・・・こいつの頭が固いのは、わしの所に来る前からじ
ゃ」
 背後から、瞬間的に気配が生まれ出たのに続いた声に、
醍醐がはっとそちらを見ると、京一は思わず飛び上がる。
「うわッ!!」
「先生ッ!!」
「全く、爺い爺いと五月蝿い小僧よ」
 入って来た人影・・・歳は、おそらく七十を越えている
だろう。頬の肉は落ち、額や目元には幾重にも深いしわが
刻まれており、総髪にした髪に、眉や胸まで伸ばした髭も
銀色に染まっている。その外見こそ枯れてはいるが、弱々
しさや衰えは感じさせない。現に僅かに見える目には穏や
かだか、重厚でいて深く、隙の無い精神と知性を感じられ
た。
「いらっしゃったのなら、返事をして下さればいいものを
・・・。盗み聞きとは、人が悪いですよ」
「何をぬかすか。ばったりと顔を見せなくなったかと思え
ば、こんなに大勢でぞろぞろと押し掛けてきおって」
「あの、すいません・・・。突然、おじゃましてしまって

 抗議するかの様な醍醐に対し、即座に言い返した後。美
里が申し分けなさそうに頭を下げたのを見て、髭に覆われ
た口元が僅かに動いたのに続き、ほう、と感嘆と賞賛を含
んだ唸り声を漏らした。
(雄矢、お主のこれか?)
「せッ、先生ッ」
 足音も無く近寄った後、囁き声と共に軽く手を動かし、
彼女から見えない位置で見せた仕草に、妙に慌てる醍醐を
見るや、某長寿時代劇に出てくる『越後のちりめん問屋の
ご隠居』の様に笑うと、にこやかな表情のまま、美里に声
を掛ける。
「あんたが、美里さんだね」
「はッ、はい・・・」
「よう来なすった。わしが、新井龍山だ。白蛾翁と呼ぶ奴
もおるがの」
「はじめまして・・・。美里葵といいます」
「ふぉふぉふぉ。手紙に書いてあった通り、良い娘さんだ

 改めて頭を下げ、自己紹介する美里を見て、孫を見る祖
父の様な穏やかな表情で口にした言葉に醍醐が反応する。
「なんだ、先生。手紙、読んでたんですか? 返事ぐらい
下さいよ」
「馬鹿もん。何で、わしがむさくるしい男に手紙なんぞ出
さなければならんのじゃ」
「いやあ、ははは・・・」
「うふふ・・・」
「あははッ」
「へへへッ」
 身も蓋も無い台詞を、毒の無い口調できっぱりと言い切
られて、きまり悪そうに頭を掻きながら、意味の無い笑い
を醍醐が上げると、俺以外の面々も可笑しそうに頬を緩め
て、それが収まった後。
「美里さん・・・、あんたのその瞳・・・」
「・・・・・・?」
 それ迄の好々翁的な笑いは消え、何かを憂うかの様な真
剣な眼差しを向けられ、美里は不思議そうにその顔を見返
したが。
「いや・・・、何でもない・・・」
 等と、頭を振りながら露骨(と、言っていい程)に、彼
女の顔から視線を外すと、続く(筈だった)言葉を飲み込
む。・・・占い師だと言っていたが、対面してからのほん
の数分の間に、一体、彼女の瞳に何を見出したのか? 
 悪い感じこそしないが、妙に気にかかる仕草だ・・・。
「先生・・・?」
 師事する人物が見せた態度に、やはり醍醐も違和感を覚
えたのか、顔一杯に疑問の色を浮かべてそちらを見たが。
「おお、おおーーー、すると、こっちが風間翔二か」
 その機先を制するかとばかりに老師が口を開き、醍醐や
俺が追求に掛かる前に、その流れを遮断してしまった。 
 ・・・こうなってはもう、こちらが何を言い、聞こうと
当人は口をかんして語らないだろうし、加えてその堅牢な
精神の甲冑を切り崩して、奥に包み隠された意図や本心を
探り、引き出せるだけの話術の才や技量は俺には無い。
「・・・はじめまして、風間翔二です」
 世間様一般の礼儀として、常識的な挨拶と共に一礼した
のに対し、鷹揚に頷いてみせた後。
「それにしても、縁とは不思議なものじゃ・・・・・・」
 それは既に敵味方含め、複数の口から出た言葉であると
同時に、単なる独り言にしては、深い感慨やある種の懐か
しさといった物を始めとする、複雑な想いが含まれている
様にも聞こえ、反射的に俺はその表情を観察する。
 ・・・やはりというか、表情や態度もてん然たるもので
目立った動きは無い。が・・・、変化は俺自身に現れた。
 それは、俺が普段の価値判断の中で重点を置かない、閃
きや勘がもたらしたもので、俗に言う既視感にも似た感じ
だ。
(・・・何故、この人物に? 今日、此処で始めて会った
筈だ。こんな感じを憶える理由なんぞ、ある訳が無い。だ
が・・・・・・)
 辿れる限りの記憶を逆行しても、この人物の姿は俺の中
に映像として残ってはいない。そしていくら疑問を問いか
けても、データ不足のコンピューターと同じで、何一つま
ともな答は得られない。堂々巡りの思考と心中に渦巻く、
もやもやした物に抑制をかけながら、俺はポケットに入れ
て持参したMDのスイッチを入れた。
「縁・・・ですか?」
「うむ・・・。織部の嬢ちゃん達にはもう会ったか?」
「おじいちゃん、雪乃と雛乃を知ってるの?」
 首を傾げた醍醐の声に、頷いての質問を耳にした桜井が
なんでと言いたげに聞くと、
「知っとるも何も、わしはあの二人の名付け親じゃ。わし
と、あの二人の爺さんは旧い知り合いでの」
「へェーーー」
「あの神社は、熊野の神である須佐乃男命とともに、大陰
陽師である、阿部晴明を祀っておる。陰陽道の基礎となる
陰陽五行、八卦といったものは、風水においてもまた、祖
となる。それ故、嬢ちゃんらは風水の事にも詳しかったろ
う」
 以外な事実に桜井が声を上げる一方、流れる様に続く説
明を聞いて昨日の出来事を思い出したか、納得した様に醍
醐が頷いた後。
「ところで、先生。今日、お伺いしたのはーーー」
「わかっておる・・・。まあ、座れ。話はそれからじゃー
ーー」
 話を切り出しそうとした醍醐を制し、そう勧められた俺
達は囲炉裏を挟んで向き合う形で腰を下ろした。


 ・・・手ずから煎れてくれた茶が、全員の前でほのかな
湯気と芳香を立ち昇らせる。そして一口それをすすると、
老師は重々しく口を開いた。
「雄矢よ・・・」
「はい」
「お主の手紙に書いてあった事じゃがな・・・。鬼道衆と
かいったか・・・。そやつらの事、心当たりが無い訳では
ない」
「本当ですか、先生ッ!!」
 それを聞くや、思わず上体を乗りだし意気込む醍醐を軽
く睨む。
「でかい声を出すな」
「すッ、すいません」
「ふん。・・・どれ、それでは、話してやるとするかの。
鬼に纏わる忌まわしき話を・・・」
 小さくなって畏まる醍醐を見て鼻を鳴らすと、それから
本題へと移った。
「<<鬼道>>とはーーー、古くは、邪馬台国の女王、卑弥呼
が用いたといわれる呪法じゃ。現代では、鬼道というのは
原始的なシャーマニズムと解釈されておる。つまりは、巫
女である卑弥呼が霊的存在ーーー、つまり、神の意志を聴
き、託宣や予言・・・、病気を治すなんて事をやってのけ
たのじゃ。今でもあるじゃろう? 神懸かり、とか降霊と
か。そうした超自然的な脅威から人々を奇蹟によって救う
事により、卑弥呼は支配者として、絶対的な権力を手に入
れていたのじゃ」
「シャーマニズム、か・・・」
 難しい顔をした醍醐が呟く。・・・まあ確かに、中世を
経て近代に至り、まともな科学や政治学なんてものが漸く
存在と立場を確立するまで、洋の東西を問わず時代や国家
は、宗教や占術といった物を司る立場にある人間によって
動かされてきた事は事実だし、『あの』ブードゥーを例に
上げるまでもなく、ネイティブ・アメリカンを始めとし、
東南アジアにアフリカ、中南米等で暮らす人々の間ではそ
うした一部の存在が隠然たる物だが今だ、確固たる力と支
持を保っている事はよく知られている。現に俺達のすぐ側
にも、それを具現化させた奴がいる事だし・・・・・・。
「どうじゃ、他に聞きたい事はあるか?」
「・・・風水と龍脈の関係については、昨日の話で多少な
りとも理解しました。では、鬼道とはどんな繋がりが?」
「うむ・・・。神の声を聴き、超自然的な力を発揮した<<
鬼道>>ーーー、では一体、鬼道という呪法の力の源とはな
んだったのか・・・。人間の持つ霊力如きで、自然現象を
治められよう筈もない。卑弥呼は、数々の研究の末、大地
のエネルギーを利用する術を編み出したのじゃ。即ち・・
・、龍脈を利用する法を・・・な。その為に卑弥呼は、龍
脈の交わる場所に自分の宮殿を建て、それに付随するよう
に、楼観という塔を建てておる」
「・・・塔を龍脈の上に?」
「そうじゃ。そうする事によって、より強大な龍脈の力を
得ようとしたのじゃ。・・・他に聞きたい事はあるか?」
 俺が漏らした呟きに応える様なその声は、俺の耳には届
かなかった。それとは別の声が頭の中に有ったからだ。


『もうすぐ、<<塔>>が完成する。その塔が完成すれば〜』
『なにかの研究を、極秘裡に進めて〜』


 昨日、雛乃より聞いた話の断片が頭の中を行き交う。
(まさか・・・。いや、まだそうと断定出来るだけの材料
も無ければ、話も全て終わった訳でも無い。こんな段階で
結論を導き出すのは、早計に過ぎる・・・)
「じゃあ・・・、<<鬼>>って、一体なんなの、おじいちゃ
ん?」
 と、考え続ける俺に代わり、桜井が質問をする。
「それか・・・。龍脈の力とは、つまるところ大地の霊力
よーーー。卑弥呼は、<<鬼道>>によって、その力を使った
というが、人が、その強大な力を使えば、必ずどこかにそ
のしわ寄せが来る。やがて、それは、龍脈の流れに乱れを
生む事になったのじゃ。太陽神の化身とも称された卑弥呼
の陰に、闇が生まれた・・・。闇は、人の欲望や邪心を映
し、ゆっくりと息づき始めた。それこそが、<<鬼>>と呼ば
れし輩ーーー。龍脈の乱れと鬼道の<<力>>が生んだ、異形
の者共じゃ」
「龍脈の乱れが産んだ者・・・?」
 美里の呟きに、頷きながら声を続ける。
「そうじゃ。そして、霊力の衰えた卑弥呼の死と共に、再
び、倭国には乱世が訪れたのじゃ・・・。どうじゃ、わし
の話は理解出来たかの?」
「・・・・・・。ええ、まあ・・・」
 聞かれた俺は、数秒の間を置いて答える。・・・一応、
その話は理路整然としており、何も知らないに等しい人間
が聞いても矛盾や違和感を抱いたり、異論を挟む様な余地
は無い様に思えるが・・・。しかし話の内容については、
慎重に思考や推察を重ねていかねばなるまい・・・。
「恐ろしい話ですね・・・」
 との、幾分強張った声は醍醐のものだ。
「ああ。人の欲望が鬼道を生み、龍脈の乱れが鬼を産んだ
のじゃ・・・。じゃがな・・・、話はこれで終わりではな
い。卑弥呼が鬼道を修めてから千と数百余年・・・。時は
江戸ーーー徳川の時代の事じゃ。歴史の彼方に失われた筈
のその呪法を蘇らせる事に成功した、ひとりの修験道の行
者がおる」
「修験道?」
 首を傾げ、疑問を声に出したのは桜井だ。
「修験道というのは、山へ篭り、自然に宿る神霊に祈りを
捧げ、苦行の末、験力ーーーつまり、特殊な<<力>>を身に
つける為の修行の道よ。その男の名は、九角鬼修ーーー」
 その名が告げられるや、室内の空気が揺れ動く。
「九角ッ!?」
「そ、それって、確か・・・」
「ああ。前に斃した鬼道衆が口にした名だ・・・」
 京一達三人が口々に言う間にも話は続く。
「鬼修は、外法にも精通していたという。外法ーーー外道
は仏道に背く道。その道士は、鬼神や悪霊を使役する呪術
を使うという。九角は、かねてから、大地を流れる龍脈の
力に目をつけており、その力を我がものにして、江戸を支
配しようと考えていた。その為に使ったのが、長い修行で
得た験力と、外法として蘇らせた<<鬼道>>よ」
『・・・・・・』
「そして、九角が幕府転覆の為に組織したのが、<<鬼道衆
>>と呼ばれた、人ならざる<<力>>を持った者共じゃ。お主
らが相手にしておる鬼道衆と名乗る輩もーーー、決して、
その名を騙っておる訳ではあるまい・・・。おそらく、そ
の頭目は、九角の血を引く者であろうよ・・・。お主らも
わかっておろうが、今、東京では異変が起こっている。そ
れらは全て、<<鬼道>>によって龍脈が乱れたせいよ。そし
てーーー、<<鬼道衆>>の目的は、おそらく東京の壊滅じゃ
ろうよ・・・」
「壊滅、か・・・・・・」
 老師の語る推察の最後に出てきた単語に対し、俺は小声
で呟いた。
 ・・・昨日の電話で如月から聞いた、当時の鬼道衆のや
り口については判明しているだけでも、要人暗殺、誘拐、
幕府の拠点や組織に対する破壊・妨害活動、加えて各種の
扇動やサボタージュといった、現代に於いてアルファベッ
ト数文字で省略して呼ばれる組織も顔負けの活動内容であ
るし、奴等の行動原理がどうも過去の復讐にあるらしいと
いうのも、既に葬り去った連中が口にし、やろうとしてい
たのを見聞きした事から理解した。しかし・・・、だ。
 只単に、『壊滅』というのは簡単だ。だが、それを成し
て奴等にどんなメリットがある?
 これが単に街を焼き尽くすと共に、そこに住む人間を無
差別殺戮しようというのなら、それは半世紀程前の狂気の
独裁者の猿マネか、はたまた破滅的なカルト宗教団体の元
締めが考えそうな妄想で済むし、その程度の頭蓋骨の中身
しか持ち合わせて無い輩なんぞ、恐るるに足らない。
 だが、(一応)世界でも指折りの経済大国であり、相応
の軍事力(と、云える物)も備えているのが今の日本だ。
 仮に奴等の目論見が成功し、東京が焼け野原となったと
する。するとそこに生ずる、日本だけに留まらない巨大な
政治的、経済的空白とそれに続く混乱を只、<<鬼道>>とい
う『力』を持っているというだけで収束すると共に、それ
までに代わる秩序を構築した上で、新たな統治者としての
地位に収まりうるか? ・・・否、断じて否。
 前にも言ったが、現代の法治国家がオカルトを認める事
は出来ないし、オカルトでもたらされる物を基盤にして、
現代に通用しうる国家体制と政治機構を新たに立ち上げ、
尚かつそれを運営・維持し続ける為に必要不可欠な経済、
立法、行政、司法といった巨大かつ、複雑極まるシステム
とそれを実務レベルで運用すべき官僚組織を構築、統率す
る事も又、不可能なのだ。
 もし東京が奴等の手により、壊滅・焦土と化したとして
も、混乱は一時のものでしかなく、名古屋や大阪辺りに置
かれるだろう臨時政府が、そこを起点に欧米諸国を始めと
した各国からの支援の元で即座に立直しを図るだろうし、
江戸時代や中世ヨーロッパ、帝政ロシアの様に愚民化政策
や、被支配者としての思想統制に階級意識といった物が、
国民の意識に刷り込まれている訳では無い。今の自分達の
置かれている立場のおかしさや、本来持つべき権利が侵害
されている事を理解するだけの知性は有るし、それを知り
得る手段は世の中に溢れている。加えて過去はともかく、
現代に於いては、個人の持つカリスマや唱えるイデオロギ
ーにオカルティズム等で、時代や国家に民衆といった物を
繋ぎ止めたり、支配する事など出来はしない。そんな事が
出来うるとすれば、コンピューターゲームと三流SF作家
が書くライトノベルの世界だけ・・・つまる所、幻想ない
し妄想の域を一歩も出る事は無いという事だが、それを出
来ると思い込んでいる輩の何と多い事か・・・・・・。
 そして、そういった事柄を一つ一つ重ねて考えていくと
やがて、一つの仮説が浮かび上がる。つまり・・・、奴等
にとって、『東京の壊滅』とは最終目的では無く、本来の
狙いに付随する『ついで』程度の物でしかないのでは? 
と、いう事だ。既に屠った『害虫』共は、それこそが悲願
だのと云ってはいたが、現場指揮官レベルの奴等に連中の
元締めがその思うところ全てを話していたとは限らない。
 それに連中が弄する悪辣かつ、陰惨極まり無い手段や思
考法等は、地獄の最底辺に巣くう下っ端悪魔の使い走り共
も恐れ入る程だし、又、その本質が徹底して歪んで腐りき
った程度の低いエゴイズムに満ちた、下衆な寄生虫共であ
るのは言うまでもない。それを思えば、奴等の狙いなり目
的は別に有り、それを達成する為の手段として鬼道を用い
る・・・。と、考えた方がより自然なのだ。・・・尤も、
そうと断言出来るだけの確証なり根拠等は無く、仮定に仮
定を重ねただけの物でしかない為、口外は出来ないが。
「そういえば、雄矢。手紙に珠を手に入れたと書いてあっ
たが・・・」
「あ、はい。これです」
 言われて醍醐は、いそいそとポケットから珠を取り出し
て、目の前に並べ置く。・・・その表面に龍の透かし彫り
がされた、青と白、二色の珠を手に取って真剣な眼差しを
注ぎながら、時折『ふむ・・・』と、唸り声を漏らす。
「この珠をご存じなんですか?」
「わしの考えが正しければな」
「何ですか? この珠は・・・」
「うむ・・・。この龍の模様・・・、五色の摩尼かも知れ
んな」
「五色の摩尼?」
 またも出た初聞きの言葉に、醍醐が声を上げる。
「ああ・・・。摩尼というのは、サンスクリット語で、宝
珠を意味する言葉でな。江戸時代ーーー、徳川に仕えた天
海大僧正なる男が、江戸の守護の為に使った珠よ。五色の
宝珠は、元々、天海のいた天台宗の東叡山喜多院に納めら
れていたものでな・・・。五色とはーーー、黄、白、赤、
黒、青の五色の事でな、それぞれが、地、水、火、風、空
に対応して、密教ではこの五色を以って宇宙の基本構造を
表しておる。その宝珠は、天海によって、江戸の繁栄と天
下泰平の祈願の為に、それぞれ、江戸を取り巻く五つの不
動尊に鎮守されたという。それが、江戸五色不動と呼ばれ
ておるものよ。つまりーーー、宝珠の霊力によって、更な
る鬼や邪の侵入を防ぐ方陣とした訳じゃ」
「へェーーー。ボクたちが知ってるお寺に、そんな意味が
あったなんて・・・・・・」
「この珠に、そんな役目が・・・・・・」
(・・・既に駆除済の害虫二匹から、『白』と『青』を回
収した。それで五色という事は、残り三つの内『赤』を持
つのは『奴』だろうから・・・。その他に、黄色と黒の珠
を持っている輩がいるという事か・・・)
 此処に来て初めて知らされた『事実』の数々に、桜井や
醍醐も驚きの表情を隠さない。
「そうして長らく、この江戸の平穏を支えておった宝珠じ
ゃが、江戸末期に何物かの手によって奪われておってな・
・・。そして、どういう経緯を経てか、幕府転覆を企んだ
九角一党の手に渡り、彼奴が鬼道によって使役した、五匹
の鬼が封じられているのも、その五つの珠だといわれてお
る。そして一度は、奴らより奪い返しはしたものの、幕末
の混乱の中、行方知れずとなった・・・。と、いわれてい
た。風聞では、奪い返された後、二度と災いの種にならぬ
様にと、当時の幕府中枢にも影響を持つ、ある高僧の手に
より、秘密裏の内にいずこかへと封ぜられたともいわれて
おったが、まさかこの様な形で目にするとはのう・・・」
『・・・・・・』
 俺達が黙って聞きいる中、老師はそれ迄持っていた珠を
床に置いた。
「とりあえず、お主らは、その宝珠を持って、不動を巡っ
てみる事じゃ。境内の奥の方に、宝珠を納める為の祠があ
る筈じゃ。そこに宝珠を納めれば不動の霊力が再び、宝珠
を護るであろう」
「わかりました」
 助言に対し醍醐が頷く一方で、俺は珠に手を伸ばした。
 珠の一つを手に取ると、数秒眺めた後で、視線を醍醐へ
と移す。
「・・・醍醐」
「なんだ、風間?」
「この珠だが、俺が持っていても構わないか?」
「? それはいいが・・・。どうしたんだ、急に?」
「いや、何というか・・・。別段、御大層な理由や動機な
ぞ無いが、かといって、無責任な一時の気紛れとか、好奇
心による物でも無いさ。まあ、モノがモノだから無理にと
は言わんが、まかり間違っても紛失したり、奴等に奪還さ
れる様なドジは踏まないから、安心してくれ」
 俺の返事を聞いても醍醐は怪訝な表情のままだったが、
他の面々も含め、取り立てて反対はしなかったので、承諾
と取った俺は、手にした珠を鞄の中へ入れた。
 ・・・昨日に続いて、<<龍脈>>や<<鬼道>>に纏わる、新
たな知識を得る事が出来たのもさる事ながら、今迄、正体
不明だったこの珠が、連中にとっても重要な物であると同
時に、自分が次にやるべき事の道標となる事も判明した。
 会話が途切れた所でふと、思い出したかの様に腕時計に
目をやった醍醐が『む』と、小さく声を洩らす。
「それじゃあ、先生。おれ達はそろそろーーー」
「うむ」
「ありがとうございました」
「よいよい」
 それぞれ大きく伸びをしたり、肩を鳴らすような仕草を
しながら腰を浮かし、醍醐や美里は礼儀正しく頭を下げて
謝辞を述べたのに、老師は再びにこやかな笑みで応えてい
たが、笑うのを止めると口を開いた。
「それより、葵さんよーーー」
「はい・・・?」
「お前さんが持っとるその<<力>>は、何の為の<<力>>か、
わかるかの?」
 問われた美里は、その容貌に当惑の色を浮かべながら軽
く目を伏せうつむくと、暫くの間その姿勢でいたが、やが
て顔を上げて、頭を軽く左右に振りつつ話し出した。
「いいえ・・・。でもーーー、私は、この<<力>>で大切な
人達を護りたいと思っています・・・。そしてーーー、闘
う事もなくなって、早くみんなが、元の生活に戻れるよう
になればいい・・・。と、思っています」
 一語一語を自身が再確認する様な口調で述べられたそれ
は、本来闘争なんぞとは無縁の存在たる彼女が持つ、純粋
でいて真摯な為人から出た物であると共に、<<力>>に目醒
めて以来の幾多の体験・・・仲間内で一番、闘争とそれに
伴う犠牲や流血に心を痛めているのは彼女だ・・・が結実
した結果だろう。そして美里が口を閉ざすと、老師は静か
に頷いてみせた。
「そうか・・・。そうじゃな・・・。一日も早く、その日
が来るよう、わしも祈っておるよ・・・・・・」
「はい・・・」
 美里が頷いたのを見て、次はこちらへと向き直る。 
「それから、風間よ・・・。また、ここに来る事があれば
ーーー、お主に話しておきたい事がある。それまでは、己
が信じた道を進むがよい・・・。よいな、風間よ・・・」
「・・・『己が信じた道』、ですか・・・。それをいうな
ら、今闘っている連中の元締めも又、『これが自分が信じ
た道だ』なんぞと確信した上で、日夜ああいうロクでもな
い行為の企画と実行に勤しんでいるんでしょうよ・・・。
今の自分が考え、やろうとしている事は、この不毛で馬鹿
げた闘いをとっとと終わらせ、そうする事で、ゴタゴタに
巻き込まれる事で発生するだろう、死人・怪我人の数を減
らす・・・それ以上でも、それ以下でも無いです」
 ・・・無礼な言い草ではあろうが、本音でもある。『正
義』だの『信念』だのと一緒で、聞こえがいい為に多用さ
れるが、それ故に先に並べた語句と同じく、耳にして気分
の良い物では無い。そして・・・、この人物が内に抱え込
んでいる『事情』とやらが何かは知らんが、今の俺にとっ
てはどうでもいい事だ。
「・・・・・・。まあ、よい。そうだーーー、忘れる所じ
ゃった。お主らに渡そうと思っていたものがある」
 そういって立ち上がった老師が、一旦奥へと下がりまた
出て来た時には、大き目の木箱を持っており、中から幾つ
かの物品を出すと俺達の前に並べた。
「ほれーーー。少しは役に立つじゃろうて」
 ・・・並べられた品物はというとまず、金属塊から削り
出されたかの様な無骨で頑丈な造りの手甲に、膝から下全
体を丈夫な金属板でしっかり覆い隠す大き目の足甲と、淡
い金色の地金に大粒の宝石が埋められ、全体に細緻で凝っ
た飾りが彫り込まれた、女性物とおぼしき華奢な指輪。更
に直径が30cmばかりある古びた鏡と土で出来た鈴、多
くの文字や数字が刻まれた板に針を配した、方位磁石みた
いな物。そして、これ迄に旧校舎から回収したのと同じ様
な、霊符や薬瓶といった雑多な品々である。
「・・・先生、これは・・・・・・?」
 当然の醍醐の質問に、指先で髭を弄りつつ答える。
「うむ・・・。わしが師事した方や、旧い友人知人達から
譲り受けたり託された物もあれば、あるいは旅の道中で見
い出した物もある・・・。主らなら判ると思うが、それぞ
れ何らかの<<力>>が込められた品でな」
「・・・しかし、渡すといっても、これだけの<<力>>を持
った品々、手に入れるだけでも困難でしょうに・・・。そ
れにあなたにとっても、貴重な物であるのでは・・・?」
 目の前に置かれた品の中から一つ、足甲を手に取ってみ
る。・・・そのサイズと外見からすれば以外な程軽く、良
く考えられた装甲の配置により、足の動きを制限する事も
無い。銘などは見当たらないが、それでも造りからして粗
製濫造されたもので無い事は容易に想像がつく。現にこの
前、これに良く似た物を如月の店で見た時、結構な値が付
いていたと思うが・・・・・・。そして、元の位置に戻し
ながら聞いてみたのに対し、気にした様子も無く言っての
ける。
「何、構わぬよ。それにわしが持ち続けるよりも、主らに
使って貰う方が、より前の持ち主の意に叶うじゃろうと思
ってのう・・・・・・」
「・・・わかりました。ありがとうございます、先生。決
して、徒や疎かには扱いません」
 醍醐に続いて、美里や桜井、そして京一も為人と性格に
応じたそれぞれの表現で謝辞を述べていき、最後に俺も頭
を下げつつ、謝意と辞去の言葉を告げ、
「それじゃあ、おれ達はこれで失礼します」
 と、一同を代表して醍醐が挨拶をし、
『うむ。また、いつでも来るがよい』との老師の声に送ら
れて俺達は、多くの『陰』に纏わる知識と譲られた道具類
を手に、秋の虫達が競うかの様でありながら、どこか心和
ませる鳴き声の交響曲を響かせる山を降り、うって変わっ
て優雅さや落ち着きなぞカケラも無い、無数の生活騒音に
満ち満ちた新宿の街中へと帰っていったのだった。

        第拾話『変生』その四へ・・・・・・

 戦人記・第拾話「変生・前編」其の四へ続く。

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