おじさまの部屋を退去した後、私はワゴンを食堂に返して、自室までフラフラと歩いていた。 「?」 まさか私がこんなところにいるとは思わなかったのだろう。キラは慌ててこちらに走ってきた。 「何でこんなところを歩いてるの。足もふらついてるし、まだ寝てなきゃだめじゃない!」 「……誰のせいだと思ってるのよ……」 顔を引きつらせながら言う私に、キラは頭の上に?マークを飛ばす。 「人が弱ってるっていうのにッ……色情狂……」 「酷ッ! って、色情狂はないでしょ」 「あれだけ残されたモノ見たら、誰だって普通はそう思うんだけど」 「……だってあんまりにもが可愛くて……。けど、誰にも見られてない……よね?」 少し思い出して、さすがにやりすぎたと思ったのか。キラは少し顔を赤らめながら聞いてきた。 っていうか、私より君のが可愛いんだけど。18歳男子でその可愛らしさは卑怯です。 私はそんなことを思いながら、返事を返そうとしたとき。 「話はカガリから聞きましてよ?」 乱入してきた第3者の声に、キラは見ているこっちが気の毒なぐらいに体を震わせて、顔面蒼白になった。 振り向かなくても相手が誰か分かったらしい。 私はキラの肩越しに覗くと、人好きのよい笑顔を全面に貼り付けて、ラクスがこちらを見ている。 「感心しませんわね。キラは『ご自分の気持ちを押し付ける気はない』と言っていらしたのに。 舌の根も乾かないうちにそれですか?」 そこでわざとらしくため息をつくラクス。 「やはり人類最高のコーディネイターとして生まれ、フリーダムを操って先の大戦で英雄扱いされたとはいえ。 キラも自分の欲望に正直な、普通の男の人でしたのね」 な、なんか彼女の後ろにビシバシと黒いものが発生していませんか? 今まで見たことなかったものが、わきあがっている気がするんですけど……。 うわぁ、昨日あれほど強気だったキラが、耳伏せて尻尾丸めてるよぉ。 「ラ、ラクス……それはあんまり……」 「あら、だってに迷惑かけてるんですもの、これくらいは当然ですわ。それに、私悔しいんです」 「何が?」 「だって、一番大事なものを奪われてしまったんですもの!」 あっ……。 そうだ、ラクスはキラのことが好き……だったんだよね……。 「……ごめん、ね……」 「どうしてが謝るんですか?」 きょとんとした顔で問いかけてくるラクス。 「だって、ラクスからキラを取り上げちゃったんだもの」 「それは逆ですわ。ね、キラ?」 彼はこくこくと頷きました。 ……半泣きッ、キラさん、あなた半泣きですかッ? 「キラが私からを取り上げたんですのよ。 折角、可愛いに近付けないように威嚇してましたのに」 「……威嚇……? どういうこと?」 「時々ピンクちゃんをキラに向かわせて、気絶した彼を看病して。 すりこみ、とでも言うのですかしら。優しく接することで、私以外が目に入らないようにしていましたのよ」 こともなげに言うピンクの歌姫様。 「それって……平気?」 「平気なわけないだろ! 3日に1度の割合で背中やお腹に鉄の塊が突っ込んで来るんだから!」 ……ハロって、重いの? あんなによく跳ねるのに? だとしたら、それを軽々と持つラクスってすごいかも……。 「それはキラが注意力散漫だからですわ。 アスランは3回ほど攻撃を食らいましたけど、あとは全て叩き落しましたのよ」 『だから、洗脳がうまくいかなかったのです』と言葉を続けるラクス。 『一体何のッ?』と、キラと私が同時に心の中で突っ込んだのは言うまでもないことで。 「で、ラクスはキラに何を奪われたって言うの? まさか、しょ……」 「既成事実という点ではその方法も考えたのですけれど、さすがにためらわれまして。 キラなんかのために、そこまではしたくありませんでしょ?」 『キラなんかのために』って、それじゃ実際に奪われた私の立場は? 「アスランやカガリと約束してましたのよ。『の純潔はの本当に好きな人のために守りぬく』って。 それなのに、『顔を見たくない』と言った彼女を、弱っているを無理やりになんてひどすぎますわ! ……私達を怒らせたのですから、それ相応の覚悟は出来てますわよね、キラ?」 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」 にっこりと笑って視線を向けたラクス。キラは引きつりながら私の後ろへ。 スーパーコーディネイターが情けないよ、その格好。 「……も何か言ってやってっ!」 「何かって、何を?」 あ、コレは効いたようです。キラ、再び涙目。 ……だから、その顔は反則。 「か・く・ご・で・き・ま・し・た・わ・よ・ね?」 仕方ない、ココで助けてあげないと後々何されるか……。 昨夜判明した彼の一面を思い出し、小さなため息の後。 「ラクス、ごめん」 くるりと体の位置を変え、私はキラの首筋に抱きついた。 そして自分から彼の唇を奪う。 ……狭い通路に響く、濡れた音。 「んっ……」 思う存分彼の口の中を蹂躙して、私はようやく離れ、最後に結ぶ細い橋を舐め取る。 「ラクスたちの気持ちはうれしい。けど、私はキラが好きなの。だからお仕置きは必要ないよ」 「そんなこと、とっくにわかってましたわ。 私だって伊達に、親衛隊のリーダーを名乗っているわけではありません」 はぁっとため息をつきながら、ラクスが言う。 ちらり見ると、キラの方はよほど私からのキスに驚いたのか、硬直してるし。 「エターナルを降りてあの家に落ち着いてから、の視線はただ1つを追いかけていたんですもの。 あんなあからさまな態度に気が付かなかったのは、そこにいる鈍感な優男だけですわ」 「鈍感な優男って、ダレのこと?」 「あら自覚ありませんの? 鈍感の上にお間抜けとでもつけます?」 「見てるだけなら人畜無害、口を開けばブレイク・ザ・ワールドなあなたに言われたくありませんよ」 「言うようになりましたわね、キラ?」 「ラクスにけしかけられたハロに殴られ続けた結果です」 か、乾いた笑いが怖いです。果てしなく怖いです。 「……じゃ、私はそろそろおいとましますわ。 キラ、を泣かせたらどうなるか分かってますわよね?」 「こんなに可愛いを泣かせるなんて、僕がそんなことをすると思うの? 安心してくれる? もう、このプレートと彼女に誓ってるから」 ちゅ、と耳にキスしてきたキラに、私は真っ赤になって俯いてしまった。 「一応の忠告ですわ、啼かせるのはベッドの上だけにしておいて下さい。あ、それとですね」 「まだ何かある?」 「カガリとアスラン、彼らにもがんばって説得してくださいね」 「「え゛?」」 慌てて顔を上げた私の目に、相変わらずのラクスの笑顔。 『では』と彼女は立ち去ってしまった。 「説得……だって」 「大丈夫だよ。だって、が僕のことを好きだって言ってくれたんだし」 にっこり笑ったキラ。左手が私の腰に回され、右手は下顎を捉えて軽く上向かせられた。 「昨日は言ってくれなかったもんね。だからね、さっきは腰が砕けそうになるくらいにうれしかったんだよ? も一回言って。僕のこと、好き?」 「……好き」 私は頬が赤くなるのを止められない。そんな私に、微笑みながらキラは顔を寄せてくる。 そして、触れるだけの軽い口付けを交わした。 「が僕のために作ってくれたプレートと、君にもう一度誓う。 僕ものことが、一番大好きだよ」 「……知ってる。昨日、いっぱい教えてもらったから……」 「今夜も教えてあげるね」 「その前に、カガリをせっ……」 「明日でもいいよ。それよりも、僕はに唇を奪われちゃったんだけど?」 「え、えーっとぉ……あれはラクスを説得するために……」 「もう部屋に帰ろうね、送っていくから」 横抱きにされて、私は逃げ場を失った。 「このバカ、やりすぎだ! 手加減を覚えろ!」 次の日、よろめきながら歩くを支えながらブリッジに現れたキラに、カガリが指を突きつけ。 その言葉にきょとんとなるキラ。 意味がわかって真っ赤になる、マリュー。 そして、やはり意味がわかったバルトフェルド、ラクス、ノイマン&チャンドラは苦笑するしかなかった。 ![]() ← □ |