私は牢の内と外を仕切るドアを、いつものように内側からロックをかけることだけは忘れなかった。

?」

 バタバタと走りこんできた私に驚いたのか、ディアッカさんの戸惑いを含んだ呼び掛けが聞こえたけれど、私はそれに答えることも忘れ、ベッドの中に飛び込んだ。

「なんでっ……何で今さらっ……」

 お兄ちゃんが殺されて、キラ先輩もフレイ嬢もいなくなって、上の皆とは極力交流を断って。
 私の知り合いはここにしかいないと思い込んでたのに。

「何で今さらなのよォッ……」

 私は両手を組んで、必死で泣き出すのを堪えた。泣き顔を見せることでこれ以上、ディアッカさんやニコルを心配させたくなかった。それでもじわじわと溢れてくる涙。それでも嗚咽だけは漏らすまいと、シーツで口を押さえた。

 受取りのために食堂に入ったときに聞こえた声。


『ヤマトの持って帰ってきたMS。あれは何て名だろうな?』
『さぁね。また本人から話してくれるだろうよ』


 その短いやり取りで何となく気がついた。……戦闘から逃げられたのは、彼が援護してくれたからだと。でも、その姿を視認するまで信じられなかった。
 いつもどおり3人分の食事をワゴンに乗せて歩いていたら、これまたいつもどおりにトリィの襲撃に会って。
 いつもより諦めのいいトリィが飛んだ姿を追いかけた視線の先に、紫の瞳のキラ先輩がいた。
 うれしくないわけじゃなかった。死んでしまったと思っていた人が、初めて好きになった彼が、以前と変わらない姿で立っていたんだから。
 だけど、あの時の現場を見ているから、笑えなかった。むしろ、冷たい態度すら向けてしまった。
 『驚いてくれないの?』と聞かれて、本当は驚いてるのに、言葉にしたのは正反対のこと。
 これ以上言葉を交わせないと判断したからこそ、冷たくして彼を傷付けてはいけないと思ったから、私はそこから離れようとしたのに。


 指を絡められて手の平を押さえ付けられて、壁に体を押し付けられてキスされた瞬間、私を襲ったのは押さえ切れない気持ち。


 諦めて、忘れてしまおうと考えていた。
 あれは本物じゃないと言い聞かせて、無理やり納得させていた。
 私以外の人に手を差し出したことに、彼にとってはこれでいいんだと思い込んでいた。


『……キラのかわりに、が死ねば良かったのよ……』


 抵抗する力を抜きかけたとき、ミリアリアから言われた一言が甦る。
 やはり一緒にいるべきではないと思った次の行動は、キラ先輩の唇に歯を立てたこと。驚いて離れてくれると思ってたのに、手は離してもらえなくて。それどころか、ワゴンを持っていかれたせいで、その場から逃げる口実すら失って。

『さて、君はこっちね』

 こっちって何? どうして私が連れていかれなきゃならないの?
 嫌だ行きたくない、私は先輩と話したくない。傷付けてしまうだけの会話なんてしたくない。
 だけど、どんなに悪態をついても逃してもらえなくて。


 キラ先輩の部屋で入口にロックされて、ベッドに降ろされたとき。
 頬を撫でた柔らかな髪に、思わず期待してしまった自分が恥ずかしかった。

『……何、言われたの?』

 でも隣ではなく、ドア近くの椅子に腰かけた先輩は、もう手の届かない人に思えた。
 廊下でのキスも、ただの気まぐれのように思えてきた。
 もう何も話したくない。……それなのに、再度質問してきて。
 面倒だから『関係ない』の一言で終わらせた。それでも納得できないのか、キラ先輩は話しかけてくる。

『あんな人たちは知り合いなんかじゃないっ!』

 そう叫んだ私は、堪え切れなかった。
 やっとはっきりした自分の気持ちを押さえる方法もわからない、私のことが嫌いになったはずのキラ先輩がなぜこんなに構うのかもわからない、今まで友達だと思っていた人たちが見せた冷たい言葉や態度もわからない。
 溢れる涙は止まらなくて、次々と出てくる言葉を聞いているキラ先輩の顔はあまりにも切なそうで。

『ごめんっ……』

 そう言いながら、いきなり抱きしめられた。好きでもない子にこういうことをするのは間違ってる、私は必死で逃げようと体をよじる。それでも、キラ先輩の腕は緩まない。
 必死で謝ってくる言葉を理解していないわけじゃない。むしろ、痛いぐらいにわかってるのに、出てきた言葉は。

『好意をたくさんくれたって、たった1つの言葉や行為がそれを砕くんだから!
 一番最初にそれに気付かせたのは、キラ先輩じゃないですかッ!!!!』

 あのときの、逃げ出す直前に見た、泣き出しそうな先輩の顔が忘れられない。
 ……あんなことを言うつもりじゃなかったのに。あんなひどい言葉をぶつけて、今度こそ嫌われた。言うつもりのなかった言葉、口にしてはいけなかった言葉。
 もうどんなに悔やんだって遅い。傷付けるだけの私は、キラ先輩に近付いちゃだめ。

「……でもだめだよッ……やっぱり、キラ先輩が好きっ……」
















「……と言うことですが?」

 近くで聞こえたニコルの声に驚いて、私はかぶっていたシーツを撥ね退けて、飛び起きた。

「ニコルッ、あなた何で檻から出てるの……よ……」

「マリューさんに言われて、僕が開けたから」

 影になっていた位置からゆっくりと現れた人物。

「だめじゃない。誰にも入って欲しくないからって、入り口のロックを勝手にいじっちゃ。ほら、上に戻るよ?」

「嫌ですっ! 近寄らないで!」

 私の投げた枕が、キラ先輩の顔にクリーンヒット。

「……ニコルくんだっけ? もう1人の彼と先に上がっててもらえるかな?
 階段の上では、ムウさんが待ってるはずだから」

「わかりました」

「嫌、ニコル、行っちゃ嫌ッ!」

、いい加減に素直になったほうがいいですよ?
 いつまでも貴女が泣いていると、僕とディアッカがレガールさんに恨まれちゃいますし」

 『じゃあ』と去っていく彼を追いかけようにも、間に立ちふさがったキラ先輩が許してくれない。
 しばらく響いていた足音も、ドアのエアーが抜ける音とともに消えた。







「今さら何のようがあるって言うんですかッ……。
 キラ先輩には皆がいるでしょう。いい加減、私なんかに係わろうとするのは止めてください」

「だって、好きなんだから仕方ないじゃないか。気が付けばのことを考えてる。
 プラントで治療してた間もずっと、君のことしか頭に浮かばなかった」

「………………そんな風に言われるのは迷惑です」

「そう言うと思った」

 小さく苦笑しながら、キラ先輩は私の投げた枕を手にとって、軽くはたいた。

「でも、僕にだってどうしても止められない思いがある。にも、同じような経験はあるでしょう?」

「そんなのはありません。
 それに、キラ先輩の思いなんか私には関係ありませんから。だから、さっさと上に戻ってください。
 私はここが気に入ってるんです、謹慎を解かれたとしても元いた部屋にもどる気はありませんから」

 本当なら彼の体を押し出してしまいたい。でも、近くに寄ったら何されるかわからない。
 呟きを聞かれてしまったのはこっちの落ち度。いくらあんな状態だったとはいえ、檻の中に来られるまで声をかけられるまで気配に気が付かなかったのは情けない。

「聞こえませんでした? 早く出て行ってくださいよ」

 動く様子のない人影に焦れる。けれども、投げつけられるようなものは私の手元にはない。

「……ねぇ、あのときの約束、覚えてる?」

「1日も経たないうちに破られた約束なんて、忘れました。
 一応、AAをアラスカに連れて行くという約束は守りましたけど。
 でもあの時、私がイージスを追いかけていればよかったんですよね。
 そうすれば、キラ先輩はMIAにならずに済んだし、JOSH−Aで、お兄ちゃんも殺されなかったし」

「やっぱり、怒ってるんだね」

「何がです?」

「……フレイを抱いたこと」

「ああ、そのことですか? 別に気にしてませんよ、私は。
 彼女の肩を抱いた先輩が部屋に消えたことなんか、気にする必要ないことですし。
 ただ、彼女の思惑にはまったなとは思いましたけど」

「思惑?」

「うわー、気が付いてなかったんですね。あんなのはバレバレだったんですけど。
 フレイ嬢が近付いてきたのは、モンゴトメリの1件の後ですよ?
 彼女はザフトに対する復讐のために、キラ先輩に近付いただけです」

「……そのことはサイも同じようなこと言ってたけど……。
 だから僕は砂漠で彼女を拒絶したんだ。……それなのに……僕が忘れられないって……」

「お人好し」

 私はきっぱりと言い切ってやった。

「だって、フレイも僕と一緒だって……嫌われててもを追いかける僕と一緒だって……」

「それで、彼女が『1回でも抱いてくれたらそれで諦める』って?」

 こくりと頷くキラ先輩。

「底抜けのお人好しですね。人を疑うってことを知らないんですか?
 自分と同じ境遇だからフレイ嬢を抱いた? それって単なる同情ですよ。
 おまけにキラ先輩を苦しませる原因を作って、友人とも確執を作らせるつもりだったんです。
 先輩がAAで孤立するように。ナチュラルの自分を守るために、AAで同胞を撃たせる道を進ませるように」

「……それじゃ、フレイのあの行動は……」

「仕組まれたもの。最初から最後まで気持ちいいぐらいにきっちり騙されてますね。
 約束を破られて怒ってるのは、『一緒に守ろう』と決めたことを守ってくれなかったことに対してです」

「それは……」

「守れない約束をするぐらいなら、最初からしないでくれたほうがよかったですッ!
 そうすれば、私だって今頃はアラスカで死んでいら、んっ」

 抱きしめられたと思ったら、しょっぱい唇で塞がれていた。





「ごめんね、こんなやり方しか知らない僕で。
 ……でも、これ以上に続きを言わせたくなかった。君を泣かせたくなかったんだ」

 言われて初めて、自分が涙を流していたことに気がついた。

にそんな顔をさせたのは僕のせいだけど、泣いて欲しくないよ」

「……キラ先輩のために泣いてるんじゃないんです。
 私が泣こうがわめこうが、生きようが死のうが、先輩には関係のないことですから……」

!!!!」

 いきなり声を荒げられて、私はびくっと体を震わせた。

「『死ぬ』なんて軽々しく言わないで!
 生きたくても生きられなかった人たちに対する侮辱だよ。
 はずっとここにいたから見てないよね、アラスカで何が起こったか」

「え?」

「ザフトの『オペレーション・スピットブレイク』の目標はパナマだって。
 それが直前になってアラスカが目標に変えられたんだ。でも、その情報は地球軍に漏れてて。
 どうなったと思う?」

 わからないと首を振った私に。

「連合軍本部はね、いくばくかの不要になった艦隊を置いて、潜水艦で逃げたんだ。
 AAは切り捨てられた艦隊の1隻。
 そして、ザフトに進入された本部を廃棄する目的でサイクロプスを使ったんだ」

「うそ……。あんな非人道的な兵器を……」

「AAは何とか逃げ切れたけど、それでもナチュラルとコーディネイター、たくさんの命が奪われた。
 それを見ていたら、死ぬなんて言えなくなるよ!」

 何も言えなくて俯いてしまった私を、隣に座ってきたキラ先輩は抱きしめてくれた。

「それにね、僕は嬉しいんだよ。……AAに戻ってくることができて。
 サイクロプスの起動より先に、ザフトの攻撃で艦が沈んでしまう前に戻って来られて。
 との約束が宙に浮いてたでしょ。それを遅ればせながらでも守ることができたから。
 ……アラスカ到着のときは僕がいなくてにばっかり負担をかけたね。
 その代わり、今回は僕1人で頑張ったってことで許してくれないかな?」







「……………………ずるいです」

「え、どういうこと?」

「私が出なかった理由を知っているくせに、キラはそれを取引材料に使うなんて」

「手持ちのカードは有効利用しなきゃ勿体ないじゃない。でも、答えは聞く必要ないね」

「聞いてくださいよ、一応は!」

「んじゃ、答えは?」

「……好きだから、無罪とします……」

「僕は、好きだから有罪にしちゃうよ?」




黒マント製作機から
 なっがーっ。ってなわけで、ここまで読んでくださってありがとうございました。
 切る所がないと、だらだら書いてたらこうなりました。

 さてさて、キラとヒロインが本当にひっついてくれました。
 でも問題は、まだまだ山積しております。




To NEXT