ホワイト・シンフォニー―――――。
 オクトーベル市にある……あったホール。
 もはや使われなくなったその場所は荒れ果て、看板のペンキは半ば剥がれ落ちている。

 ピンクハロが飛び跳ねていたのは、白いバラが植えられていた位置。
 以前、庭の散策中に『記念のお花ですのよ』と彼女が微笑んだ場所。聞けば初めてラクスがコンサートを開き歌った場所と同じ名前だという。

 アスランは胸にしまった銃を服の上から押さえた。

 いざとなったら、これで彼女を撃つのか―――――?

 布越しに触れる固い感触が、与えられた『接触した人物の排除』という任務の遂行を訴えているようで、しかしそれを拒否する自分がいて。アスランは迷いを抱えながら、中へと進んだ。






 広く静かなホールに響き渡る、高く澄んだ歌声。
 ステージの上、一条のスポットライトに浮かび上がる彼女は幻想的なものに、また犯してはならない邪魔してはならない神聖なもののようにすら感じられ、アスランは声をかけるのを戸惑ってしまった。

 時が止まってしまえばいい。
 そうすれば銃口を向けることなく、婚約者のままで見つめていられる―――――。

 しかしその願いは、騒ぎ出したハロによってあっけなく終わりを迎えてしまう。



「やはりあなたが連れて来て下さいましたのね」

 他の誰にもわからなかったであろうメッセージに気が付いてくれた、エメラルドの瞳の少年。
 ラクスは、自分の言ったことを忘れてくれていなかった彼にきれいに微笑んだ。

「ラクス、これは一体どういうことなんです?」

 客席の間を走り抜け、一息にステージに飛び上がってきた彼を、ラクスは微動だにせずにセットの瓦礫に腰掛けたままで見上げた。

「お聞きになったからいらしたのではありませんか?」

「……では、スパイの手引きをしたというのは本当なのですか!?」

 否定して欲しかった。あの監視カメラの映像は間違いだといって欲しかった。

「スパイの手引きなどしておりません。…………ただ、キラに新しい剣をお渡ししただけですわ」

「……えっ……」

 思っても見なかった答えに、一瞬だけ隙だらけになったアスラン。
 それを逃さず、立ち上がったラクスは、彼の頬に白い手を添えた。

「キラは生きています……。そして今度こそ、守りたいものを守るのだといって地球に戻られましたわ。
 あなたは何を守りたくて、戦っているのですか?
 お父様のご命令だから、そして新たな勲章を頂くために、幼き頃からの友に銃を向けるのですか?」

「……俺……は……」

 真っ直ぐに見上げてくる視線を受け止めきれなくなり、アスランは僅かに目をそらした。

「あなたが本当に望む『正義』は、何なのですか? 大切な友や知人を撃って得たい栄光なのですか?
 ……………………それならばキラもも、あちらに捕らわれている2人も。
 そして私も、いずれはあなたの敵になりましょう」

「そんなのはッ……」

 『そんなのは嫌だ』アスランはそう言いたいのに、喉に引っかかったように言葉は出ない。

「敵……なのでしたら、私を撃ちますか?―――――『ザフト』のアスラン=ザラ?」

 少し視線を落とし、服の上から銃のある場所に触れたラクスは、その場所を押さえたままで再び顔を上げた。アスランの翡翠とラクスのマリンブルー、2つの視線が重なり合う。
 こんな、こんな目をしたラクスは知らない。いつも穏やかな笑みを浮かべて、愛らしい歌声を響かせていた彼女しか知らない。アスランはうろたえる。
 ……見上げているラクスの瞳は進むべき道を探し出した決意の眼差し。

「『自由』はキラに相応しい剣です。自分の守りたいもののために、何事にも囚われないで動くための力。
 そしてアスラン、あなたは自分の『正義』の翼とともに戦ってください。
 それがたとえ私たちと敵対する道になろうとも、ためらわないでください。
 何が正しいことなのか、何が間違っていることなのか。第3者が口出すべき問題ではありません。
 本当の『正義』は自分で見つけ出すことしかできないのです」

「……ラクス……君は、一体……」

 何かを悟ったような彼女の瞳の中に、どこか憂いを秘めた哀しさが含まれていることにアスランは気が付いた。詳しく問いただそうとしたが、ラクスはゆっくりと頭を振った。





「ご苦労様です、さすがは婚約者といったところですかな?」

 気配に気が付いてアスランが銃を構えたとき、新たな声がホールに木霊した。

「さぁお退きください。
 ……彼女は国家反逆罪の逃亡犯です。止むを得ない場合は、射殺、との命令も出ているのですよ?」

 パトリックは申し開きする機会すら与えないのか、それよりも自分は最初から信じてもらえず、つけられていたというのか!
 まるで生贄の山羊のように、ラクスを殺して口封じをしてしまおうという父の考えに対して、憤りがアスランを支配する。
 彼女を庇いながら後ろに下がるも、近付いてくる複数の男を相手に自分が守りきれるか?
 答えは限りなくゼロに近かった。通常の実力ならば引けを取らないだろう。だが、今のアスランは片腕を怪我している。しかし、この場で彼女を渡すことなどできはしないのも事実。
 自分の背中を握り締めている少女は、守らねばならない相手。自分の信念を見つけて歩み始めた彼女を邪魔することなど、あってよいはずがない。

 ……しかし、この不利な状況をなんとして打破するべきか……。

 そう考えていたとき、アスランのものでもない、ましてや近付いてきていた男達のものでもない銃声が轟いた。
 男達の注意が逸れた瞬間を狙って、アスランはラクスを抱え込むようにセットの影へと身を隠す。
 リーダーらしき男がラクスに気が付いて銃口を向けてきたが、それもあっという間に撃ち倒された。銃を手にしていながら男達に向かって引き金を引けないのは、彼がまだ迷っている証拠であることにラクスは気が付いていた。



「ラクス様、ご無事ですか?」

「ええ、アスランが守ってくださいましたもの」

 激しかった銃声が止んだあと、アスランの後を着けてきていたと思われる男達はすべて息絶えていた。立ち上がったアスラン、そして彼に支えられて立ち上がったラクスの元に、緑色の軍服を着た赤毛の男が走ってくる。

「そろそろ我々も行かねば……」

「わかりました。……ではアスラン、助けてくださってありがとうございました」

 いつもと同じ笑顔の彼女に、ドキリとするアスラン。

「……これからどこへ……?」

「わかりませんわ。……ですが、いつか私と望むものが同じになれば、再び出会うこともできます」

「同じにならなければ?」

「道は交わらず、平行線のままでお話しすることも叶わなくなるでしょうね……。
 ですが、アスラン。私はいずれ、あなたともう一度お茶を飲めることを楽しみにしていますわ」

 彼女の白い手が、アスランのの胸に押し当てられた。
 そして近付いてくる。



































 そっと、温かな柔らかさが、アスランの頬を掠めた。














「ラ、ラクスッ?!」

「また、お会いしましょうね」

 キスされた箇所を押さえて真っ赤になっている彼を残して、ラクスは赤毛の男達に誘われて出て行った。



 アスランが顔の火照りを抑えることができたのはそれから約30分後のこと。ユーリたちとの約束を思い出して慌てて帰った彼は、地下工廠で新機体を受け取り、己の進むを探すための正義の翼を広げた。







「…………私、あんなことをしてしまって、アスランに嫌われませんでしたでしょうか?」

「大丈夫ですよ。あの彼の様子を見ていればね」

「でもっ!!」

「心配ないですって」

 移動中のエレカの中で、ラクスと赤毛の男の間で交わされていた会話は、夜の闇にまぎれた。



黒マント製作機から
 うわぉ、思いっきりオリジナル入った会見シーンになっちゃったよ。
 銃を向けるシーン書きたくなかったし。アスラクしたかったし。
 でもやはり初々しく奥手に。頬キスでうろたえるくらいにしました。

 キラに与えられたのはフリーダム、自由の剣ということで、
 アスランに与えられたジャスティスは、正義の翼とさせていただきました。
 だってね、ファトゥム−00が翼っぽく見える……という、半分こじつけです。


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