「……走り去っていったまま帰ってこなかったな」

「そうですね……。本当にどこに行っちゃったんでしょうか……」

 黒塗の高級車、クッションの効いたシートに向かい合わせに腰かけて、僕とディアッカは同時にため息を付きました。

「もしかして、今頃。結婚式を中止させるための取引材料とするためにさ。
 オーブ行政府のホストコンピュータにハッキングしかけてたりして」

「……笑えませんよ、それ。キラさんの情報処理能力の高さには、ディアッカだって驚いてたじゃないですか」

「だよなー。俺たちが何度試しても解除できなかった、の組み立てたメチャクチャなプログラム」

「あっさり5分で崩しちゃいましたもんね……」

 先日の地下牢ロックの1件を思い出して、またまた僕たちはため息。

「それにしても、僕たちだけがどうして呼ばれたんでしょうね?」

「お前は血縁者だからわかるとしても、どうしてかねぇ?」

 何も知らされないままで車に乗せられて、向かっている先はオーブの獅子、ウズミ=ナラ=アスハの私邸だということですが。……たぶん、の結婚式に参列するように言われるんでしょうけれどね。







 緩やかな坂を上ると、緑の屋根に白い壁の大きな邸宅が見えてきた。そして広い庭には着飾った人たちの姿が見えた。それを見ていると。

「ニコル……俺達って着替え持ってないのにさ、すっごく浮くんじゃねぇ?」

「奇遇ですね。僕も同じこと考えてました」

 僕もディアッカも一般人に混じって歩けるぐらいには普通の格好になっているが、飾った人たちの中にいると絶対目立つ。
 豪勢な玄関前で車から降ろされて、呆然と圧倒されていた僕たちの元へやってきたのは、さっきAAにやってきたカガリさん。

「おやおや、お姫様直々のお出迎えなんて嬉しいね」

「姫とか言うな。っていうか、お前らの顔を知っているのは私しかいないんだから仕方ないだろ。
 マーナの奴は、の用意を手伝ってて手が離せないし。
 とにかく、あっちの部屋に着替え用意してあるからな。案内してやる」

「着替え……ですか?」

「お前ら、まさかその格好のままで出席するつもりじゃなかったんだろうな?
 ……ってまあいい、時間が惜しいから話は歩きながらだ」



「それで、キラはついてこなかったのか?」

「付いてくるも何も、呼んだのは俺とニコルだけだったろ?」

「それはそうだが……、あいつなら何が何でも付いてきそうな気がしてた」

「あぁ、それはそうかも知れませんね。……でも彼、どこに行っちゃったのかわからないんですよ」

 3人が並んでも十分なほどの広い廊下。さすがアスハの家だけあります。でも、華美な装飾は施されていなくてすっきりとしていて、主の性格を反映しているといってもよいでしょう。

「何やってんだ、あいつは。本当に結婚してもいいのかよ。
 ……ただでさえも、相手の男に対して、は断わるどころか懐いてたのに」

「「懐いてたぁ?」」

 カガリさんの言葉に、僕とディアッカは思わず大声を挙げてしまいました。

「あの、人見知りの激しいが?」

「僕たちにさえも、最初のうちは脅えてなかなか話してくれなかったがですか?」

「知り合いみたいだったぞ。迎えに行く前にちょっと寄ったら、すっごく仲良さそうに話してた」

「……それは聞き捨てならないね」

「「「うわぁっ!!!!!」」」

 いきなり混ざってきた声に、混声3合唱で声を上げた僕たち。

「キラ、お前いつからここに……って言うかどうやって入ってきた?」

「玄関から普通にだよ? 泥棒じゃないんだし、お宅訪問の常識じゃない。
 ま、誰かにあっちゃったらどうしようかと思ったんだけど、誰にも会わなかったしね」

「ところで、今まで何やってたんです?」

「知りたい?」

 くすっといたずらっぽく笑ったキラさんに失礼ですが、僕は何やら危ないものを感じ取ってしまいました。

「やっぱり、詳しいことを聞くのは遠慮しておきますね」

「とにかく、キラの着替えも用意させるから待ってろ」

「ありがとカガリ。でも僕は要らないよ、招かれざる客だし」

「んじゃ、お前はどうすんだよ?」

「だから、さっきから知りたいかどうか聞いてるんじゃない」

「……いや、別に聞きたくないから」

「着替えはこの部屋、終わったらインターホンで呼べば迎えにきてくれる。
 私も着替えなきゃならないから、もう行くぞ」

 走り去っていくカガリさんを見送ってから、僕たち3人は部屋の中に入りました。椅子の背にはワインレッドのスーツが2着。

「……俺たちがザフトレッドだってことを知ってて、こういう色にしたな……」

「いいじゃないですか、着慣れた色なんですから」

 大きい方のスーツをディアッカに渡し、僕はハンガーを外しながら、キラさんに問いかけました。

「本当に着替えなくていいんですか?」

 ぼんやりと窓の外を見ていた彼は、こっちを向いて。

「いいんだ。僕は式に出る気はないから。
 ここに来たのはニコルたちが心配してるだろうと思って顔見せに来ただけだし」

「顔見せって……お前、が本当に結婚しても平気なのか?」

「平気なわけないでしょ。だから、結婚式を壊す準備はもう出来てるよ」

「壊す準備って……」

「僕だって手段は選んでられない。そんな余裕なんてないからね。
 あとは時間がくれば、結婚式どころじゃないぐらいの混乱になるから。楽しみにしてて?」

 いたずらを仕掛け終わった満足そうな笑顔を見せたキラさんは、真顔になり。

「僕はね、相手が誰であろうとも、絶対には渡さない。
 どんな人を、今までの友を敵に回したとしても、彼女を手放すつもりはない。
 我儘だと言われてもいい、独占欲が強いと言われても構わない。
 僕が本当に望んでいるのは、本当に欲しいと思っているのは、彼女だけ。
 ……でも、だからといって無理やりにを連れ出したりはしない。
 よく考えたらね、そんなことをしてもまた僕から逃げ出そうって気持ちが残ってたらだめなんだ。
 だから最終的にはに決めさせることにした。追い詰められたとき、嘘を選ぶ人は少ないでしょ?」

「キラさんは、自分を選んでくれると確信してるんですね」

「そう。だけどね……もし、が選んでくれなかったときは無理やり諦めるつもり」

「……お前、本気なんだな……」

「うん、自分でも驚いてるよ。
 僕はこういうことには無関心に近かったし、もっても憧れぐらいだったんだけどね。
 でも今回は違う。最初はに一目ぼれって感じで近付いたけれど。
 彼女の声や仕種にずっとドキドキが止まらなくて、気がつけばいつものことを考えてる。
 最初は嫌い宣言されて逃げられてたんだけど、それでもようやく、撤回してもらったっていうのに……」

 バキッ、と板が割れる音に着替える手を止めた僕たちが見たものは、立派な机に拳を叩き込んでいるキラさんの姿。
 ……その机の素材って、マホガニーのむちゃくちゃ固い奴ですよね? 僕たちがいくらコーディネイターだって言っても、普通そんなに簡単には割れませんよ?
 思わず僕もディアッカも額から一筋の汗が伝うのを止められませんでした。

「キッ、キラ。そろそろ迎え呼ぶから、お前は隠れてろよ」

「そうだね。見つかったら良くないし」

 『ディアッカ、顔が引きつったままです』と教えてあげたいのは山々でしたが、さっきのことに驚いた僕にもそんな余裕はなくて。とりあえず、キラさんの拳が抜かれた割れ目を隠すようにテーブルクロスをかけるのが精一杯でした。

「じゃ、あとで会おうね」

 そう言い残して、彼は開いていた窓からひらりと外へ。……って、ここ3階じゃなかったですか?
 慌てて外を見ると、側の木に飛び移ってするすると降りていくキラさんの姿がありました。

「あいつはサルか?」

「それを本人の前で言えたら、僕は1日ディアッカの召使いになりますよ?」

「言えるか。俺だってまだ命は惜しいッ」

 程なくして迎えにきてくれたメイドさんに連れられて、僕たちは手入れされた庭に案内されました。どうやらそこで結婚式が行われるようですが……。






「お前ら、元気だったか?」

「ラスティ〜〜〜〜〜?」

「幽霊じゃないですよね? 足がありますよね? 触っても消えない足ですよね?」

「相変わらずディアッカの声はデカいっ。ニコルも何げに失礼だよな。
 ご心配なく、ちゃんと生きてピンピンしてるさ」

「2人とも驚いたでしょ」

 クスクス笑いながら歩いてきたの姿に、僕もディアッカも思わず見惚れてしまいました。

「私も引き合わせられたときは、心臓止まるかと思ったくらいですから」

 少しぽかんとして彼を見ていた僕たちですが。

「それで、いきなりどうしたんですか?」

「……その言い方はないよなぁ、俺、今日の主役の1人だぜ?」

 今度こそ言葉を失った僕たちに、はウズミ様がラスティの遺伝子情報を調べ直したことを教えてくれました。



黒マント製作機から
 結婚式は次の回です。


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