ヤキン・ドゥーエの前線基地からもたらされた知らせに、パトリックは一瞬我が耳を疑った。

『特務隊所属アスラン=ザラが、地球軍のシャトルとおぼしきもので帰還いたしました。
 ……どうなされますか?』

 黙っているパトリックに、もう1度繰り返される言葉。
 それでようやく我に帰った彼は、アスランを至急こちらへよこすようにと命令した。








「街の様子はどうですか?」

 ゲリラ放送用のマイクを切った後、戻ってきた彼に、ラクスはいつもの笑顔を向けた。

「……よくないですね」

 コートをかけながら、ダコスタはため息をついた。

「『ラクス様はいいように利用されているだけだ、彼女は悪くない。救い出してあげてほしい』と訴える。
 エザリア=ジュールの放送を聞いた、ラクス様を慕う市民はかなり混乱しています」

「そのエザリア様の言葉を鵜呑みにした人たちが、私たちの居場所を捜すかもしれない。
 そういうことですの?」

「でしょうね……」

 このまま留まることも、隠れながらの移動も、そろそろ限界なのかも知れない。

「私たちもまた、行かねばならぬ時期なのでしょうね」

 ラクスの静かな、はっきりとした決断の言葉―――――。
 その言葉は、ダコスタだけでなく、その後ろにいた数名の男たちにも慌ただしさを与えた。

「あ、もう1つ、ラクス様にお知らせしておかなければならないことがありました。
 ……彼が戻ってきました。
 地球軍のシャトルでヤキンに入り、すぐさまアプリリウス市の委員会本部に連れていかれました」

 『彼』というのが誰を指し示すものかわからないラクスではない。
 その顔は一瞬だけうれしさにほころび、そして次の瞬間には困ったような顔になる。

「地球軍のシャトルでということは、ジャスティスはどこかに隠して来られたんでしょうけれど……。
 もしかしたらそれ以外の理由で戻ってきたのかも知れませんし……」

「何にせよ、与えられた機体での帰還ではありませんから、ザラ委員長は納得しないでしょうね」

「どうにかできまして?」

 ダコスタは、思わず口元がひきつった。
 ラクスは『天使の微笑み』と称された笑顔を、いつもはブラウン管越しでしか見られなかった笑顔を惜しげもなく、彼だけのために振りまいている。

 ……どうして自分の付いていく人は、時々無茶な他力本願になるんだろう……。

 そうは思いながらも、ダコスタは了承の意を頷くことで伝えた。






 アプリリウス市・国防委員会本部ビル。
 最後に訪れてからそんなに経っていないはずなのに、やけに見知らぬ場所に見えるな、とアスランは思う。
 両脇を兵士に固められ、護送というよりは連行といった感じな彼が通りすぎる様を、事情を知らない兵士や関係者が不思議そうに見ていた。



 父と子、2人きりの執務室。アスランは今までとは違い、父の視線を避けることなく受け止めた。
 しかしそんな彼の様子に気付くことなく、パトリックの口から一番に出たのはジャスティス、および、フリーダムの行方を問う言葉。

「アスラン、ジャスティスとフリーダムはどうした! 答えろ!」

 確かに、あれには再び自分たちを脅かしかねないエネルギーが使われているとはいえ。
 相手に渡したくないものだとはいえ、血を分けた自分のことより、最新鋭のMSの方が気になるのか。
 肉親に対するものではない冷たい言葉に、寂しさを覚えながらも、アスランは『本当に撃ち合えば戦争は終わるのか』と、問いかけるしかなかった。自分が見てきたもののすべてを伝えようと、必死で言葉を紡いだ。

 しかし、返ってきたのは初めて向けられてた敵意のない視線。それは、プログラム通りに動かない相手に対する戸惑いの視線。そして―――――。

「何をバカなことを言っている。我々は敵を倒すために戦っているのだぞ!
 あの女……ラクス=クラインにでもたぶらかされたか!」

「父上!」

「ナチュラルをすべて滅ぼせば、戦争は終わる! なぜそれが分からん!」

 怒りに任せて突き飛ばされ、アスランは床に転がった。説得できると思い込んでノコノコとやってきた自分が愚かだと気がついたとき、ガラスの砕けた音に気が付いた。
 こんなところにワレモノがあったのかと視線をそちらに向けると。デスクを回ってきたパトリックがそれに気付かずに蹴り飛ばした。否、気がつかなかったからだと思いたかった。
 パトリックの妻・レノア、そして幼い自分とが共に写っている写真、その写真立てが何らかの拍子で床に落ちたらしい。父がその写真を飾っていたことに驚いたアスランだが、同時に、それを蹴り飛ばしためらいなくピストルをつき付けてくる彼に、もう自分の言葉は届かないのかと思うと悲しくなった。

「うわぁぁあっ!」

 飛びかかった彼に、パトリックは引き金を引いた。そしてその弾丸は、目の前の男の肩を貫いた。
 銃声に驚いた兵士たちが飛び込んで来る。
 言葉短く、アスランを連行していくようにと告げ、パトリックは彼に背を向けた。

「……見損なったぞ、アスラン……」

「……俺もです……」

 父と子は、その考え方の相違から、絆を断ち切る道を選んだ。








 入ってきたときと違うのは後ろ手に手錠を掛けられていることだけ。
 夕焼けに染まるビルを出ながら、アスランは玄関先に止められている護送車に促された。が、見張りの一瞬の隙をついて彼らを蹴り飛ばした。

「止まれ!」

 そう叫んだ兵士が銃を向ける。しかしそれは、隣にいた兵士の銃床が降り下ろされた制で、彼は引き金を引けなくなった。

「まったくあなたって人は!」

 赤い髪の兵士……ダコスタは、呻いている彼らに煙幕弾を投げつけた後、アスランの腕を引いて物陰に隠れ、彼の手錠を撃ち壊した。

「死ぬ気ですか? こっちのメンバーも蹴倒してくれちゃって、もう段取りがメチャクチャだ」

「すみません。……あなたは?」

「いわゆる『クライン派』って奴ですよ」

 そう言われてみれば、見覚えのある顔。……ラクスとの会見のときに、側にいた男。アスランはダコスタに導かれるままに移動した。






 ほぼ同時刻。
 アプリリウス・ワンの宇宙船格納デッキには、1隻の新造艦が係留され、真空の海原に漕ぎ出す時を待ち構えていた。
 淡い桃色のようなボディに特徴的な白い翼を持った、どこか飛行艇のようなイメージを持たせるその艦は、主砲のほかに『ミーティア』と呼ばれる強化パーツを2機、保有していた。
 そしてブリッジ。
 艦長席に座るのは、日焼けした顔に自信に満ちたニヒルな笑みを浮かべたバルトフェルド。かつての砂漠の戦いにより片腕と片目、片足を失ってはいるものの、その存在感に変わりはない。
 ちらりと時計を見て確認した彼は、おもむろに艦内放送用の受話器を上げた。

「えー、本艦はこれから最終準備に入る。繰り返す、最終準備に入る。皆、心してかかるように」

 いきなりの放送に面くらったクルーに、他のクルーから突きつけられる銃口。

「な、何をする……?」

「おとなしく降りてくれれば何もしないさ」

 同じような目に会った幾人かのクルーを下船させて、新造艦・エターナルのハッチは閉じられた。
 そして。
 別のルートから乗船したのであろう。ブリッジにはピンクの髪を高く結い挙げて、陣羽織姿で決意の強さを感じさせるラクスが謝罪の言葉と共に現れた。彼女が現れたことについては、それが当然であるかのように、バルトフェルド以下ブリッジクルーに戸惑いは感じられない。ラクスが席に着いたのを合図にして、エターナルはゆっくりと機械的で重厚な産声を響かせ始めた。

 突然始動し始めたエンジンに驚いたのは管制室である。エターナルに発進許可など下りていないことを告げ、メインゲートの開放プログラムは即座に書き換えられた。

「どうします?」

 本当に困ったなどと思っていないくせに、バルトフェルドはラクスを見上げた。

「仕方ありませんわね。私たちは行かねばならぬのですから」

 という決定と共に、発進と同時に主砲を放つという、とんでもない荒技が矢継ぎ早の命令として下された。



「エターナル、発進して下さい」



 前を見据えた彼女の凛とした言葉。
 メインゲートを破壊して、係留アームを引きちぎって、エターナルは星の海へとその姿を預けて動き始めた。



黒マント製作機から
 目標達成。<エターナル発進まで。
 でもその分、内容が薄くなったかもしれないです。ごめんなさい。

 うぉ、ヒロインが出てこなかったっ!……ま、ちょっと休憩中です、彼女は。
 どっかの椅子に座ってコーヒーブレイクしてるでしょう。……次、出せるかな……?


To NEXT  連載TOP