ジャスティスを操って、エターナルへと移乗した俺がラダーを使って機体から降りていると。MSデッキを見下ろしている視線に、ラクスの姿に目が止まった。
 その顔が何かを耐えているように見えて、それが気になった俺は、彼女のいる展望デッキへと向かった。





「……お父様は、幸せでしたか……?」

 首に下げた鎖、その先に通してある父の形見となってしまった指輪を見つめ、ラクスは小さく呟いた。
 屋敷から別々に脱出する際、温かな抱擁と共に自らの指から引き抜いて渡してくれたもの。その時はまだ人肌の温もりすら残っていたのに、今はもうこんなに冷たい……。
 ぎゅっと握りしめてみても伝わるのは自身の温もりだけ、本当の持ち主の温もりを取り戻すことはできない。それがまた彼女の哀しみを倍増させる。
 それでも泣けない。理由はわからないけれど、一粒の涙も出ない。
 声を殺してでも泣くことができれば、それで少しは哀しみを忘れられるのに。今の自分はそれすらできない。ここにいる誰よりもシーゲル=クラインの死を悼み哀しんでいるのに、泣いて弔うこともできない。



「ラクス……」

「まぁアスラン。部屋がお気に召しませんでした?」

 ドアが開いた音に振り返った彼女は、微笑みを向けてはきたが、その目はどこか哀しげで。
 いつもの彼女なら俺がさっきエターナルに乗ったばかりであてがわれた部屋に行っていないことに気がついたはず。しかしそれを知らないのか。それだけ他のことを考えていたのか。……きれいな1対のマリンブルーを曇らせてしまうほどの哀しいことを。
 床を蹴って近付いた俺は、迷わずラクスの体を抱きしめていた。彼女の体が少し強張ったのに気がついたが、それに構わずに俺は腕に力を込めた。

「何か……あったんですね?」

「……え、いきなり何を根拠に……」

「隠さないでください。今のラクスはとても哀しそうだから……。
 俺は1ファンであり、あなたの元婚約者です。だから、いろんなあなたを見てきました。
 それでも、そんな顔で笑う姿は初めて見ました。
 だから話してください。1人で抱え込んでしまうよりも、楽になれるのでしたら……」

「私は平気ですわ。だから心配なさら……っ……」

 顔を上げて言葉を紡ごうとしたラクスは、ちゃんと言い終えていないのに堪えるように俯いた。

「……どこが平気なんですか?」

「平気ですったら! お願いですから、今の私に近付かないでください。
 でないと私はあなたに愛想を尽かされるぐらいの言葉をぶつける……アスランを憎んでしまうっっ……」

 逃れようと、俯いたままで、必死で俺の胸を押す彼女。

「アスラン、お願いです。この腕を離してください……」

「それはできません」

「……あなたのお父様が、私の父を殺した……と言ってもですか?」

「シーゲル様を……父が……ころ……し、た……?」

「地球にいらしたアスランが知らないのも無理はありません。
 私でさえも、父がどのようにして息を引き取ったのかは知らされていません。
 ただ……ザラ議長命令下の特殊部隊の手に掛かった、としか……。
 ですからあなたの父は、私の父の敵なのです。……この話を聞いても、まだ離れてくださいませんか?」

 俯いたままで静かに告げられた事実。それに対し、俺は少しの間、言葉を失った。
 それならば、彼女が俺から逃げようとする訳もわかる。
 増してや俺は、もう既にラクスとの婚約は解消されてしまっている身。……束縛する権限は持ちえない。
 だとしても……。

「俺は今のあなたから離れるつもりはありません。
 確かに、父親を手に掛けた男の息子の俺が憎いのもわかります。
 しかし、あなたが気付かせてくれたことを、ラクス自身が忘れているのですか?
 『人を憎んでしまえば、それはまた新たな争いを生むだけ』だと。
 そのことに気付かせてくれたのは、他でもない、ラクスなんですよ?
 ……だから今は、ラクスから離れません。
 あなたの哀しみも怒りも、恨みの言葉も、憎しみの言葉も、俺がすべて受け止めます。
 だからラクスは……人を恨まないでください」

「……以前から時々思ってましたのですが。
 あなたは聞いてるこちらが恥ずかしくなるようなことを、平気で言いますわね」

「え、あ……それはキラたちにも、言われたことがあります……。
 すみません、不快な気分にさせてしまい……」

「あら、謝らなくていいのですわ。それもアスランの一部なのですから。
 ではお言葉に甘えて、少しの間だけ受け止めてもらっててもよろしいですかしら?」

「今は誰もいないですから、存分に?」





 声を上げて泣くラクスの姿を見るのは初めてだった。
 俺が知っている彼女はいつも笑顔だった。
 胸に縋り付いて泣きじゃくる彼女は『プラントの歌姫』ではなく『エターナルの艦長』でもなく、父親との早すぎる別れを哀しむ、ただの16歳の少女の姿。
 もはや、肩の痛みなど感じなかった。
 俺の痛みより、彼女の心が負った傷のほうが大きい。そう思うと、少しだけ力を込めてしまったらしい。






「苦しいですわ……」

「す、すみませんっ! ただでさえも、元婚約者の腕のなかに……えっ?」

「アスランは、もう私の婚約者ではありませんの?」

 ラクスは俺の唇に人差し指を当てて黙らせ、さっきとは別の哀しそうな表情を浮かべて聞いてきた。

「俺がジャスティスを受け取ったとき……父から言われました。
 その時はまだ非公式でしたが、ラクスとの婚約は破棄されたと……」

「なら、アスランはそれをそのまま受け入れましたの?」

「初めて本当に愛していると言える人に、守ってあげたいと思う人に会えたのに。
 それなのに勝手に引き離されて、簡単に受け入れられるわけないじゃないか!
 けれども、いなくなったのは解消しても構わないのだという意志の現われだと思って。
 それがラクスの考えだと思って、俺は無理やり納得させてた!
 だけどあなたは、こっちの気も知らないで、別れ際に頬にキスしてくるなんて……」

「……やっぱり、怒ってらっしゃいましたのね」

「当たり前だ! 頬にキスにしたって、あのハロのメッセージにしたって!
 ……俺はまだ嫌われてないんだって、誤解するじゃないか……」

「誤解なんかじゃありませんわ」

「な、何が……」

「私、アスランが好きですもの。
 お父様、やキラさん、カガリさん、ニコルたち、たくさんのハロ、皆みんな好きですわ」

「はぁ……」

 嫌われてないとわかって少し嬉しかったが、たちと同格の好意らしい……。喜んでいいのか悪いのか、少し複雑な気もした。そう言えば、ラクスは人にキスするという行動をよく行なっていたっけ……。そう、ハロやに対しては挨拶のようにしょっ中……。

「ラクス……君はまだ、俺みたいなのが婚約者だって認めてくれるのか?」

「もちろんですわ。もともと、コーディネイターに婚姻統制があることを知っていらっしゃるはずですけど?」

「だから、ラクスは俺を選ぶ、と?」

「そうですわ。私、昔から決めてました。
 真っ白なドレスの花嫁さんになるときは、遺伝子から引き合っている人の隣にっていたいって。
 ですからアスラン、その夢、叶えてくださいましね?」

 微笑んだその顔は、いつもと同じものだった。

「……まいったな……ラクスから先に言われるとはね……」

 思わず洩らした苦笑に、少しだけ首をかしげる彼女。

「戦争が終わって時が来たら、……俺と教会に行ってくれるか?」

「え……っと……、それは……もしかして……」

「もしかしなくても、なんだが……」

 泣き止んだと思ったラクスの瞳に、また新たな水が溢れ、零れ出た。
 俺はその流れに唇を近付けて、少し啜って。

「……でも、どうして『時が来たら』なのですか?」

「コーディネイターでは成人している年齢だから問題ないが。
 俺はザフトからの脱走兵だ。落ち着くまでに少し時間がかかるんじゃないかと思って……」

「そうですわね」

 ラクスの頬に手を掛けて少し上向かせると、彼女は少し驚いたように目を開いて、その後、まぶたを閉じた。
 俺はそれを見て少し安心して、そっと唇を重ねた。





「……こっちから丸見えだってこと、わかってんのかなぁ……」

 ハッチを開いて顔を上げた途端。
 目に飛び込んできたのは少し離れた展望デッキのガラス越しの親友と、その婚約者の姿。
 しっかりと抱き合ってキスを交わしてるのを直視するのはさすがに気恥しくて、僕はさっさとフリーダムから降りた。

「話を聞いてた限りじゃ、アスランもラクスさんのことを気に入ってるっぽかったし。
 ラクスさん、僕を看病してくれている間も、アスランのことしか話さなかったしなぁ。
 あの様子じゃ、ようやくお互いの気持ちを伝えたってところかな?」



 ブリッジで割り当てられている部屋を教えてもらった僕は、その部屋に入る。
 真っ白なシーツのかけられたベッドは2つ。1つはアスランだという。

「……ならよかったのにな……」

 そう言いながら、入って左側のベッドに倒れ込んだ。

「何で……なんでだよ、、教えてよ……」

 いきなり自分を拒絶しだした少女。それは以前の比ではない。
 顔も合わせたくない、話したくない、そう言われてしまっては、どうやって自分の考えを、気持ちを伝えたらいいのかわからない。

「あ……いきなりじゃ……ない……」

 宇宙へ上がってすぐ、カガリから写真を見せられた後。あれからの様子は変わってきた。
 1人で逃げるように隠れて、僕が触れようとしたら、激しい拒絶を示して。
 嫌いになれないと言いながら、気に掛けてもらうことが苦痛になったと嘘をついて。
 そう言えば、カガリも『の態度がよそよそしいんだ』とボヤいていた。



「もしかして、はあの写真について……何か知ってるの……?」



黒マント製作機から
 今回はアスラク色濃いです。苦手な人、本当にごめんなさい。

 そして、ヒロインの様子がおかしくなった原因が写真にあると、キラは薄々気が付き始めました。
 が、どうしてなのか、はっきりした理由はまだわかってません。


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