お父さんとお母さんが死んで、しばらく泣き暮らした。
 目の前で起こった惨劇に、体は食べ物を受け付けず、赤い色を見れば泣き叫んだ。

「返して! 謝ってもらわなくたっていいから、今すぐお父さんを、お母さんを返して!」

 乗客名簿で知ったのだろう。……2人共が高名だったから。娘の私が入院している病院に、花束を持って謝罪に来た地球軍の偉い人たち。
 その人たちに私は泣いて掴み掛かって。飛び込んできた医師に羽交い締めにされて。

「……コーディネイターのガキが……」

 吐き捨てるように呟かれた言葉。それに私は心底怒りを覚えた。

「何よ、私がコーディネイターでも、アンタたちが殺したお父さんたちはナチュラルだったんだから!」

 ……そこから先の記憶はない。自分がいつ退院したのかも、それすら思い出せない。





 次にはっきり覚えているのは、お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいない家で、1人だけ座っていること。半袖を着ていたことは覚えているから多分、お父さんたちの事故から3ヵ月ほど経っていたんだと思う。
 投げ出した膝の上にあるのは、臙脂皮の厚い本。……否、お父さんの日記帳。遺品の整理をしていたら見つけたそれを、興味心から開いた。
 顔も知らないお兄ちゃんのお母さん……お父さんの前の奥さんの死から、私のお母さんとの出会い、そして結婚への道。1日の出来事を細かく、1日も飛ばすことなく書いていた。それがあまりにもお父さんらしくて、つい笑ってしまったのを覚えている。

「わ!」

 次のページを開いた瞬間、挟み込まれていた写真が落ちた。……とはいっても1枚だけだったが。

「……お父さん、お母さんがいるのにこんな写真を持ってたら、誤解されちゃうよ?」

 薄茶の長い髪に紫の優しそうな瞳の女性に『まさか浮気相手?』とか思ったけど。しかし、両手に赤ちゃんを抱いていることで自分の早とちりだということに気が付いた。

「でも誰だろ……?」

 写真の裏には「C.E.55・5・18」としか書いていない。
 だとしたら、これはちょうど自分が生まれる1年前の写真ということになる。娘と同じ誕生日だから残してある……わけじゃなさそうで。
 その写真が挟まれていたページを読み進めていくと、それから数日で、写真の人物と周りの人たちに関する記述は終わっていた。





「……あの写真、どうしてお父さんが持ってたのかわかったよ……」

 ベッドに仰向けになったまま、私は自分の顔を抑えた。
 今、部屋の中には誰もいない。アスランさんはエターナルに移ったし、ニコルとディアッカさんはさっき『シャワーを浴びてくる』と出て行った。
 今なら、あの写真に写ってた人が誰で、抱かれてた2人の赤ちゃんの行方もわかる。

『……あの子達と同じ日に生まれた我が娘・
 もし、私が死んでお前の手元にこれが渡ったとき。
 ここ数日の記録を読んだお前はどういう反応を示すのだろうか……。
 双子の片割れ……カガリとは何も知らずに友人関係を築き上げているだろう。
 それが事実を知ったことで崩れないことを、私は望んでいるよ……』

 あの写真の記載がなくなる最後の日、まるで私が読むのを予想していたかのように書き込まれていた言葉。

「……無理だよ、お父さん。カガリだけならよかったけど……もう1人の方もいたんだもの……」

 しかも、自分が好きになった相手。
 父親が行なったことに対して、どんなに謝っても償いきれない。
 でも、諦めきれる思いではない。胸の中で膨らんでしまった、消せない思い。
 名前を聞いたときに、なぜ、自分はピンと来なかったのだろう。
 母親譲りの紫の瞳を見た時に、なぜ、自分は思い出さなかったのだろう。

「……誰にも軽々しく相談できないし、もう……どうすればいいかわかんない……」

 相談できるとしたら一緒に写真を見たアスランさんだけ。でも、お父さんのことは説明できない。
 どんなに2人っきりで話したとしても、どこからその会話が漏れるかわからない。ラクス嬢やニコルたちにならまだ構わないけれど、キラ先輩とカガリにだけは知られたくない。だから私は話せない。たとえそれが臆病者だと言われても。

 ――カガリとまともに顔を合わせられない。いかぶしげに思われているのがわかっているけれど。
 ――キラ先輩と同室でいられない。駄目だとわかっているのに、求められたら答えてしまうから。

 私は枕許に置いたままにしてあった、少し大きめのカバンを見た。中には、お父さんの日記帳が入っている。
 誰にも見せたくなくて見られたくなくて、本体と裏布の間に隠してある。さすがにカバンを持ち上げたときの重さはあるけれど、少し中を見られただけでは気付かれない。中に隠してあるものに気がついてそれを取り出そうとすれば、裏布を裂くことになりこっそりとは読めない。
 だから、日記に書かれていた事実を知っているのは私だけ。レガール兄だって知らない。……相談する前に死んでしまったのだから。
 でも本当にどうすればいいのか、答えは出ない。せっかく先輩と離れて、1人で考える時間が持てたっていうのに。ただゴロゴロと、何度も寝返りを打ってみたって、何の解決にもならない。







 短い電子音の後に聞こえてきた声は、エターナルへと移ったはずの彼のもの。

「いるんだよね? 迎えに来たよ」

 迎えに来られたって、私は行くつもりなんて全くない。それどころか言葉を返す気もない。っていうより、ニコルたちが留守の時間を狙ってやってくるなんて……。ドアロックは閉めたままだけれど、彼には時間稼ぎ程度にしか通用しないのはわかっている。

「ラクスさんがね、とカガリと、女だけで話したいって。
 カガリはもうエターナルへ連れて行ったんだ。だから今度はの番。一緒に来てくれる?」

「……私は話すことなどありませんから、行きたくないです」

「でも、連れて行くって約束しちゃったし。行きたくないって言うんなら、無理やり連れ出すからね」

 電子ロックが解除されていく音が聞こえる。この音が止まらなければと思うのに、30秒と立たずに消えて。

「よかった、がいじってなくて。いじられてたらもっと時間かかってたよ」

 開いたドアとともに聞こえたそんな言葉。近付いてくる足音に、私は日記帳の入ったカバンを抱きかかえて、きつく目を閉じる。



 カーテンが開かれた音が聞こえた。

「ほら、エターナルへ行こう? 僕と話したくなくても、ラクスさんやカガリとだったら話せるよね」

 誰とも話したくないから、放っておいて。

「せっかく迎えに来てあげたのに、手ぶらで帰れって言うの?」

 そうです、帰ってください。っていうか、最新鋭のMSを送迎タクシーにするラクス嬢もすごいです。

「ねぇ、がそんなに僕を避けるのは、カガリがウズミ様からもらった写真のせい?」

 いきなり想像していなかったことを言われて、向けている肩が揺れた。

「……さっき気がついたからダメモトで聞いてみたんだけど、どうやらビンゴみたいだね。
 それまでは普通に話してたのに、写真を見た後から、の態度は急に変わったし。
 はあの写真について、僕たちが知ってること以外に何か知ってるんじゃないの?」


『コロニーの外に未確認艦接近中。第二戦闘配備、MSパイロットは搭乗機にて待機』


 いつもは嫌な音だけれども、今回は有難かった。
 私は飛び起きると、ベッドを飛び降りて、裸足のままでパイロットロッカーに向かった。





「…………」

 起き上がったときも、ベッドから降りたときも、僕を見ようとはしなかった彼女。近くにいるのさえ耐えられなかったのか、靴を履く間さえ惜しんだ少女はあっという間に、廊下の先に消えた。
 はっきりした理由もわからないままで拒否されるのが、これほど辛いことだとは思わなかった。きつく噛み締めた唇から、口の中に広がったのは鉄サビの味。
 AAで戦闘配備が出ているのなら、エターナルでも同じだろう。……それにあの艦はもう少し最終チェックを要しているのだから、その分、戦わなきゃいけないのはわかっている。……でも……。

「……ふっ……うっ……」

 僕は洩れる声を必死で押さえることはできても、溢れる涙を抑えることができなかった。



黒マント製作機から
 父の日記帳から事実を知っていたヒロインは、キラとカガリをこれ以上苦しませたくないと離れる道を選びます。
 しかしそれは、それぞれを知って、心を通わせてしまってからでは遅すぎる行動でした。
 特にヒロインにとって、キラと離れることを選ぶことは、苦痛以外の何ものでもありません。

 対するキラの方も、急に態度をひるがえしてしまったヒロインに戸惑い。
 なんとか捕まえ直そうとしても、逃げられるばかりで、どうしていいのかわからなくなっています。

 今回はヒロインの誕生日を明かしました。
 彼女はC.E.56・5・18生まれ、ちょうどキラとカガリの双子とは1年違いになります。


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