ブーツも予備が在ったし、パイロットスーツに着替えたまではよかった。

「……どーしよぉ……」

 さっきまで難しい顔をして考え込んでいたはずなのに。
 警報が鳴って飛び出してきたまではよかったけれども、目の前のことを完全に失念していたことがあまりにも情けなくて、私は大きなため息をつくしかなかった。





「どうしたんだ?」

 声をかけてきたのはディアッカさんだった。もちろん、彼もザフトの赤いパイロットスーツに着替えている。

「……ないの……」

「はぁ? 何が?」

「バスターの横、見て」

 言われたとおりに顔を上げて、ディアッカさんも『なるほど』と笑う。
 空いたメンテナンスベッドは、本来なら濃紺のMSが立っているはずの場所。だけど、この前は気絶させられてAAに連れ戻されたから、はクサナギに置いたまま。

「さすがにも、MSがないんじゃどうしよーもねーな。……今回の出撃は止めとく?」

「冗談言わないで、クサナギまで送ってください」

「おいおい、バスターはタクシーか?」

「ラクス嬢はフリーダムを同様に使ってましたから」

「上手がいたのか!……って、まさか」

「ええ、ディアッカさん達がいない間に、頼まれたからってやってきました。
 でも強制連行される前に、アラートが鳴ったので、無事に逃げられましたけど」

 『何もなかったんだな?』と聞いてきたディアッカさん。それに対して私が頷くと、彼は『よかった』と頭を撫でてくれた。

「ほら、さっさと乗り込むぞ。こうやってる間にも敵さんは近付いてきてるからな」

「はい」

 私はディアッカさんにしがみついて、バスターに乗り込む。

「1つだけ聞いてもいいか?」

「なんですか?」

 OSを立ち上げながらの僅かな時間。

は、本当にキラのことが嫌いになったのか?」

「……嫌いじゃ……ないですよ。むしろ、こんなに誰かを好きになったのは初めてだと思います……。
 でも、今のままじゃ、側にいることはできないんです……」

「そっか……わかった」







「敵艦、光学映像出します!」

 AAメインモニターが、クサナギとエターナルのそれが、そして個々のMSのカメラアイが捕らえ映し出したのは、あまりにもよく知った形の宇宙艦。
 両舷蹄を突き出したあまりにも特徴的な姿から、ザフトでは『足付き』の異名を持っていた。
 その形はAAと同じ。アラスカでのデータを流用させているならば、武器もほぼ一緒だと思って間違いない。ただ違うのは艦体の色。AAは大天使の名を関するに相応しい白いボディ。対する同型艦はグレイを基調としている。


<―――こちらは、地球連合軍所属宇宙戦艦・ドミニオン。AA、聞こえるか?>


 流れてきた声を知る者は、無事に安堵しながらも『やはり来たか』という思いに囚われる。そして、改めて自分達が地球連合軍を敵に回したのだということを再認識してしまう。
 ドミニオンは脱走噛んであるAAに対する、即時の無条件降伏を求めてきた。そして、それに従わない場合は撃破することも……。

<ラミアス艦長、お久しぶりです……>

 モニターに写し出される懐かしい顔に、AAブリッジクルーの心中は複雑なものだった。
 戸惑いがちに紡がれる言葉、それは、以前のナタルからは考えられない行動。

<アラスカでのことは、自分も聞いています。ですがこのまま降伏してください。
 及ばずながら、自分も弁護いたしますッ……>

 根っからの軍人気質を持つために上の命令に逆らえない彼女が、敵に情けをかけることを嫌っていた彼女ができる最大の譲歩であること。苦しげに絞り出される声からもそれがわかるから、マリューは以前の有能な副官の言葉をじっと聞いていた。と同時に、申し訳ないような気持ちも込み上げてくる。
 しかし、もう迷いは捨てた。誰かに命令されて決められたものではなく、自らが信じる道を歩むことを決めた。



<……ごめんなさい>

 以前の上司の言葉に、ナタルは愕然とした表情を見せるも『やはり駄目だったか』という諦めの思いが浮かび上がった。
 モニターの向こうに座っている栗色の髪の女性の瞳を見たときから、自分のやろうとしていることは無駄なものに終わるだろうと予感していた。粗い画面の中でもはっきりとわかる強い眼差し。あの軍人には不釣合いな優しさを持っている彼女が見せている真っ直ぐな瞳は、迷いを切り捨てた者の証だったから。
 謝罪の言葉を聞きながら、ナタルは自分が選んだ道とかつての仲間達が選んだ道とが完全に分かたれたことを知る。
 怒ることも多く、また頼りない艦長やお茶らけたMAパイロット、仲間を守りたいとブリッジにMSに乗ってくれたヘリオポリスの学生達、気のいい整備班やクルー達。一緒にいたのは半年足らずの間だったというのに、様々なことが起き過ぎたせいか、自分の今までの中で最も充実していたであろう時。……少なくとも、周りに誰も知り合いのいないこの場所よりは心地よかった。それが、もうすでに手の届かない遠い場所。

「ラミアス艦長……」

 自分でも引き際が悪いとは思った。それでも呼びかけに応じ、こちらに戻ってきて欲しかった。

「黙って聞いていればアキレますね」

「……アズラエル理事!」

「言ってわかれば、コの世界に争いナンテものはなくなるんですヨ。
 逆に取れば、言ってもわからないカラ、争いはなくならないんデス」

 指示官席に座っている金髪の男、ムルタ=アズラエルのねちっこい言葉遣いは、どうも好きになれないなとナタルは心の中で思う。

「カラミティ・レイダー・フォビドゥン、発進です。
 ……不沈艦AA、今日こそ沈めて差し上げますヨ……」

 くつりと笑った男の指が、ナタルとは別の意思がAAとの通信を切った。

 彼の艦の性能をよく知っているからこその降伏勧告、そして、彼らを死なせたくない、せっかく助かった命を失わせたくない、沈めてしまいたくないという思いの降伏勧告。
 しかし交渉は決裂した。
 こちらからは3機のMSが発進し、それに対してゆっくりと進撃を開始してきたAAとクサナギとの戦闘はもはや避けられないものとなった。

「…………ミサイル装填」

 AAでは何度も言いなれた言葉、ドミニオンのシュミレーションでも簡単に言えた言葉。
 それが、今回ばかりは搾り出すような命令になってしまった。……それでもクルー達は敏感に反応して行動に移してしまうことが、ナタルには少しありがたかった。
 もう甘さは捨てよう、でなければこの艦は堕ちる。……彼女に、そう決心させた瞬間でもあった。







 クサナギのブリッジには、エターナルからトンボ返りをしてきたカガリがいた。

「機関最大、AAの左舷に着く!」

 甲高い声と共に、クサナギのエンジンが唸りを上げて進み始める。

「敵は1隻だ、エンジン部を―――」

 そう言いかけて、衝撃と共に止まった声。

「なんだ?!」

「何かケーブルのようなものが絡まったようです!」

 キサカの声に帰ってきたのは、パイロットの焦った声。

「アサギ、マユラは絡まったケーブルを外せ。ジュリとラスティはこちらの守備に回ってくれ!」

『了解!』

 すぐさまそれぞれの作業にかかるが、コロニー外周部に使われているほどの高分子化合物特殊繊維ワイヤーは強靭でなかなか目に捉えられないため、思ったようにそれは進まなかった。



黒マント製作機から
 個人的には両艦長の会話シーンを掘り下げたかった。

 にしても、カガリの影が薄っ!
 もう少ししたら、ちゃんと出します。


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